7.朗報と悲報と
流れるような金の髪に、空色の澄んだ瞳。
通った鼻筋も、赤い唇もリリの見知ったものに違いない。
それは、間違いなくハイルだった。
「ハイル……!」
リリは両手を広げハイルに抱き着いた。
やっと、やっと会えた。
生きていた。
死んだんじゃないかと思っていた。いや、本当は口にしなかっただけでほとんど諦めていた。それでも信じたかった。信じて良かったとリリはハイルの首筋に頬を寄せる。
「ハイル、ハイル……っ会いたかった」
馬に振り落とされてしまった身体は、左腕と左足首とがずきりと痛んだ。けれど、そんなのどうだっていい。だってハイルが見つかったのだから。
「どうして無事だったのに教えてくれなかったの?」
リリはハイルの首に回していた腕を緩ませ、距離をとり、彼の端正な顔をそっと覗き込んだ。——相変わらずひどく美しい顔立ちをしたハイルは、困惑気味にリリを見つめ返していた。
その表情に、リリは違和感を覚えた。
彼はこんな顔をして笑っていただろうか?
どこか遠慮がちに、困ったように微笑まれる。
「——ハイル?」
「あの」
ハイルが言った。
「すみません、たぶん……人違いですよ」
その引いたような彼の笑顔に、リリの心は冷たく凍てついた。
ハイル——いや、ハイルと思わしきに男に、からませていた腕をそっと離される。
「なにを、言ってるの?」
男は「えっと」と人差し指で頬をかいた。
「僕はリュカと言います」
「リュカ……?」
「ええ、そうです。だから全くの別人だと思いますよ」
リリは疑うようにリュカの顔を覗き込んだ。
瞳の色も、輪郭も、体格も、声だってハイルそのものなのに。
「ハイルじゃないの」
リリは、ヘンリーの煮え切らない態度を思い出して納得した。ヘンリーは知っていたのだ。ハイルにしか見えないこの男が、リュカと呼ばれていたことを。
と、がさりと音がして城の中から人影がふたり出てきた。
「リュカ様」
間に割って入ったのは、いかにも厳しそうな顔つきをした妙齢の女だった。プラチナの髪をきちんとまとめあげ、背筋をただしたその女性は、首元まで覆われた濃紺のドレスに身を包んでいる。明らかに上位の人間だった。
後ろにメイドを引き連れたその女は、釣り上がり気味の細い瞳でぎらりとリリを睨みつけてきた。
「その方は?」
説明を促されたリュカは、女のきつい口調には慣れているのか圧倒された様子もなく口を開く。
「ああ、さっきそこで落馬していて」
「落馬?」
女の声に、棘が交じる。「女が馬になんて」と小さく呟く。そしてリリの姿をさっと上から下まで観察した。
「お怪我は?」
心配されているとは到底思えなかったが、リリは咄嗟にこたえていた。
「大丈夫です」
「そうですか。ではお医者は必要ございませんね」
女が言うと、リュカが「待って」と声をあげた。
「一応、念のために診てもらった方が」
女はやれやれと言うようにため息を零した。
「そんな暇はございません。お医者様はお嬢様のためにいらしてるんですよ……ところであなた、何をしにいらしたの?」
今度こそ、確実な悪意を持った声音で尋ねられる。
「そんなぼさぼさの頭でお客人の前に出るなんて……まさかここの召使なんてことありませんわよね?」
女がちら、と背後のメイドに目をやる。メイドは「違います」と細く消え入りそうな声で言った。
「あの」
リリが喋ろうとすると、女は片方の眉をぴくりと動かした。
「全く。躾のなってない人間ほど嫌な生き物はいませんわね。誰が話していいと言いました」
リリは貴族を相手になんてしたことがない。だが、勝手に話すことも許されないというのならそれはなんて窮屈な世界なのだろう。
唇を噛んだリリに、リュカが話しかけた。
「なんだい?」
そうだ、リュカ。この人も貴族なのだろうか。
黒い上等な上着に、首元には絹のネクタイが締められている。それはほんのたまに見かけたことがある、紳士の服装そのものだった。でも、どうしてもハイルにしか見えない。
リリは賭けるように言った。
「やはり、足がひどく痛むのです。どうか憐れと思って、助けてくださいませんか」
リリがしおらしく言うと、女は眉間の皺を一層深く刻んだ。断るには、矜持が邪魔をしたのだろう。
貴族には義務がある。
持つ者は、持たない者を助けなければならないと。
「わかりました」
女はメイドに目配せする。メイドはそっとリリの手を取った。
「どうぞ、こちらへ」