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6.領主の城

「領主様の?」


 リリは困惑しながらヘンリーを見上げた。


 領主と言えばこの辺り一帯を管理している貴族家だ。一介の村娘であるリリもその存在はさすがに知っている。彼らが森の奥の美しい城に住んでいるということも。

 けれど解らない。どうして領主の城にハイルがいるというのだろう?保護でもされたのか、それとも別に事情が?

 様々な疑問が浮かんだが答えは出せず、結局はヘンリーの返答を待つ。


「ああ」


 ヘンリーは断言しながらも、その言葉尻はどこか弱弱しい。


「でも……なんというか、その、ハイルらしくなくて」


 歯切れの悪い返答に、リリは「どういうこと?」と質問を重ねる。


「彼は元気なの?」

「ああ、笑ってた」


 その答えに、リリはほっと胸をなでおろした。


「怪我はないのね?」


 ヘンリーは頷く。しかし、その顔から憂いは消えない。何か他に言いにくい事情があるだろうとは予想出来たけれど、そんなことに構ってはいられなかった。

 リリはヘンリーの腕をつかむ。


「連れてって、今すぐ」


 ヘンリーは口を開いて固まったまま、数秒ためらう。


「……ちょっと待ってくれ。その前に」

「待つってどうして?」


 リリは嫌だと首を振った。


「ハイルがいたんでしょう?早く会いたいわ」

「リリ、話が……」

「話なら行きながらでも」

「マスター達にも聞いてもらいたい」

「会いに行ってからじゃだめなの?」

「だめだ」

「……っ」


 リリは「もういいわ」とヘンリーから素早く離れた。

 城の場所なら知っている。


「連れて行ってくれないなら、自分で行く」


 言って、近くで大人しく待ってくれていたヘンリーの馬の手綱をとった。


「リリ……!」

 

 血相を変えたヘンリーの腕がこちらに届く前に、リリはひらりと馬にまたがった。手綱を握りしめ、馬の腹を蹴る。馬は悲鳴をあげるように嘶いて、リリの誘導する方へ首を向けた。全速力で走り出した馬に振り落とされないよう必死に身体に力を籠める。なんて速さだろう。子供の頃に乗ったポニーの比ではなかった。

 後ろから、ヘンリーの怒鳴り声が聞こえる。

 馬は必ず返すから。

 リリはそう心の中で固く約束をして城への道を突き進んだ。




***


 雨が降り出しそうだった。


 リュカは暖かい暖炉のそばで本を広げていたのだが、どうにも気乗りせずそれをパタンと閉じた。そうして、足元でバチバチと爆ぜる火を眺める。


「面白くありませんでした?」


 そう聞いてきたのは、リュカの膝上にある本を貸してくれた娘だ。ミリアリア・シュンゼル・ハイネ。貴族特有の長くて舌を噛んでしまいそうな名前を持った彼女を、リュカは親愛をこめて“ミリア”と呼んでいる。彼女と親しい間柄の人間は皆そうしていた。


 リュカは「いや」と首を振って否定した。本自体は面白いのだ。ただ、読んでも読んでも、文字が頭に入ってこない。昼に食べ過ぎたせいだろうか。


「なんか、眠くなってきちゃって」

「長旅でしたものね」


 ミリアがクスりとわらった。

 出会った頃の彼女はもっと大人しく弱弱しい態度だったが、このところは体調もよいのか、よく喋ってくれるようになった。とは言っても、初対面の人間には相変わらず奥手のようだったけれど。

 リュカはひじ掛けに体重を預けながらゆっくりと立ち上がった。


「悪いけど部屋で少し休ませてもらうよ」

「ええ。夕食の頃お呼びしますね」


「ありがとう」。リュカは言って、暖かいサロンを出た。


 古くて厳めしい城の廊下を進んでいると、向こうから黒いスカート姿のメイドが歩いてきた。

 と、リュカの姿を目にしたメイドは、身体を壁に寄せて立ち止まり、視線を床に落とした。ないものとしてふるまっているのだ。

 その貴族扱いに、リュカは苦笑する。自分はただの雇われ人だ。メイドがかしこまる必要はない。


「あの——」


 誤解を解いておこうと、声をかけようとした、その時だった。


 外から馬の嘶きが聞こえ、何かが倒れこむような轟音がとどろいた。

 リュカも、ないものとしてふるまっていたメイドもはっと顔をあげる。

 すぐに側の窓硝子を開けて、外を見下ろす。と、茶色の立派な鬣の馬と、その横に村娘風の女が横たわっていた。

 落馬したのだ。

 リュカは唸る娘を観察する。意識は、ある。すぐに助けないと——。

 転んでいた馬はすぐに起き上がって、娘を置き去りに森へ走っていった。 


「医者を」


 メイドにそう告げると、リュカは外へと走った。

 幅の広い階段を二段飛ばしで駆け下り、正面玄関を飛び出して、すぐに娘の倒れていた場所へ駆け寄る。茂みの側にいた娘は、頭を押さえながらも起き上がろうとしていた。目立った外傷はないようだが、落ちた際についたのだろう、土やら葉っぱやらが彼女の身体につきまとっていた。


「大丈夫ですか?」


 あまり動かない方がいい。リュカは娘のそばに膝をつき、身体に触れようとした。


「どこか痛いところは」


 リュカがそう声をかける。

 娘は、こちらを見上げてくる。

 その瞳がみるみるうちに開かれていった。


 リュカは直感した。


 この娘は。


「……ハイル!」


 突然娘はそう叫ぶとリュカの首に腕を回してきた。


 柔らかな身体の感触と、耳をくすぐる細い声に、リュカは戸惑う。


 だけれど、直感した。


 ああ、この娘は。


 知らない僕を、知っている。


 平穏が崩れ去る音を、聞いた気がした。

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