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5.探せど探せど

 ハイルは、見つからなかった。


 村中総出で、山を探し、森を探し、川も探した。

 何時間も何日も何週間も探したけれど、その姿はおろか噂すらつかめなかった。

 時が経つにつれ皆疲労と絶望が濃くなっていった。


 けれど、誰も口には出来なかった。

 言葉にしてしまうと本当にそうなってしまいそうで恐ろしかった。


 だから、誰もが口をつぐんだ。


 ——リリ、たぶんね、ハイルはもう——。

 

 その一言を“誰か”が告げてくれることを期待しながら。

 誰も、言えなかった。


 だからリリは、探し続けることを止められなかった。



 せめて——それがどんなに辛く悲しいことでも——せめて“真実”が分かれば諦めもついたのだろうけれど。



***


 それから二年の月日が流れた。


 今年もまた冬が近づき、村のあちらこちらでは食料の確保や聖夜祭の準備がとり行われていた。


 家々は赤を主色とした飾りつけが為され、リボンや鈴が殺風景だった村を明るく彩る。寒い冬を少しでも暖かく過ごそうという村人たちの考えだった。

 聖夜祭は十数日行われる。毎晩のように酒場や広場に人々が集まり、火と料理と酒を囲み、踊り歌うのだ。この時期にしかない菓子などもたくさん出て、恋人たちは互いにプレゼントを贈り合う——。


 リリもこの季節が大好きだった。台に上って屋根に飾り付けをしようとしている子供たちを横目に往来を行く。彼がいれば、リリだって今年も楽しめただろう。


「わっ」


 正面からびゅうと強い北風が吹いてきて、リリの長い髪を後ろになびかせた。


「さむ……」

 

 呟いて、両手をさすり合わせる。その日は革のブーツと厚手の外套を着込み、上からショールも巻き付けていた。今年はまだ雪こそ降っていないものの、外気は凍えるように冷たい。それでもリリは出かけることを止めなかった。


 雨の日も風の日も、雪の日も雷の日も、関係ないのだ。



「今日も出かけるのかい?」


 マスターはホウキを動かしていた手を止め、通りかかったリリの重装備に眉をひそめた。酒場の営業時間まではまだ数時間はある。リリは「ええ」と小さな笑みを作った。


「昨日は西の森に行ったから、今日は北の川の方に行こうと思って」

「川岸は冷える。もっと暖かくなってからにした方がいい」


 しかしリリは聞き入れない。


「別に水浴びをするわけじゃないんだから」


 苦笑を浮かべると、「行ってきます」と足早に去ってしまう。

 マスターもリリの悲痛が痛いほど伝わってくるものだから強引に止めることも出来ない。


「日暮れまでには戻るんだよ」


 マスターの声に、リリはちらと振り返ってこくりと頷いた。すぐに小さくなっていく後ろ姿を眺め、マスターは(どうしたものか)と悩ましげに息をついた。

 あんなにも明るかったリリは、ハイルの失踪と共に姿を消してしまった。


 ハイルが消えたと解った、その時の取り乱しようはひどいものだった。

 食事もとらず、眠ることもできず、ひたすらハイルを探そうとしていた。なんとか正気に戻せたのは原因でもあるヘンリーの一言があったからだろう。


「俺が必ず見つけ出す、だからリリはここで待っていろ」


 ヘンリーの方が旅には慣れている。それに、彼はハイルの失踪に関して強い責任を感じていた。


「自分が誘わなければこんなことにはならなかった。自分も一緒に帰っていればこんなことにはならなかった」と。


 それには、泣きはらした瞳のリリが答えた。


「行くと決めたのはハイルよ。あなたのせいじゃない」


 ヘンリーはそれでも自分の責任だと言ってきかなかった。——どんな情報であれ——必ずハイルを見つけ出すと言って、彼は再び旅に出た。

 以来、リリには十日に一度、必ずヘンリーからの手紙が届いた。

 十日も経たぬうちに次の手紙が来ることもあった。

 手紙には、場所と状況が詳細に書かれていた。


 最初のうちはその手紙を開く度に期待に胸を高鳴らせたものだが、今では開けるのも億劫になっていた。

ヘンリーの慰めの言葉で埋め尽くされた手紙は、毒そのものだと気づいたのだ。

「大丈夫」「必ず見つける」「待っててくれ——」

(ああ、ハイルはまだ見つからないのね)

その一文字一文字がリリの心をじわじわと蝕み、侵していく。まるでそろそろ降参しろと言われているかのようだった。

 いっそのこと、誰かがトドメを刺してくれたら楽になれるのに。

 けれどリリは、楽になるくらいならずっとこの地獄に留まっていたかった。認める勇気が、まだ持てなかった。



 しかし。

 事態はその日、一転した。


 村を出ようとしたその時、街道を砂嵐を立てながらかけてくる馬があった。

 馬には枯草色のローブをまとった男が跨り、器用に手綱を操っている。物凄いスピードに、リリは足を止めた。


「リリ‼」


 ローブの男はヘンリーだった。

 最近来た手紙で、彼がそろそろやってくる頃だろうとは思っていた。リリはぼんやりと自分の前でとまった馬とそこから飛び降りるヘンリーを見上げた。

 息を切らしたヘンリーが、リリに近寄る。


「リリ、聞いてくれ」


 リリは「なに?」ととりあえず口を開く。

 また「似た人がいた」とか?

 美味しいお菓子を持ってきた、とか?


 学習したリリの心は、もう期待に胸を膨らませることはない。

 しかし。


「いたんだ……」


 リリは意味が理解できず、反応を返せなかった。もどかしそうに、ヘンリーがもう一度繰り返す。


「ハイルが、いたんだ」

「……どこに?」


 ヘンリーはぎゅっと眉間に皺を寄せ、唇を噛みしめた。


「……本当は、いたと、言って良いのか……わからない。でも、あれは確かにハイルだった」


 リリの頭が、しだいにはっきりと覚醒していく。


「どこにいたの?教えて」


 ヘンリーは少し考えて、言った。


「領主様のお屋敷だ」

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