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4.失踪

 その日、いつものように行商にやってきたヘンリーに一番に駆け寄ってきたのはリリだった。


「いらっしゃいヘンリー」


 まだ荷も下ろしていないのに、リリはきょろきょろとヘンリーの背後を気にしている。何か欲しい品物でもあるのだろうかとヘンリーは商売魂をたぎらせた。この手の若い娘が気に入りそうな品を、ちょうど手に入れたところだったのだ。


「やあ、リリ」


 しかし、そう挨拶をしたヘンリーにリリは困惑気味に言った。 


「……ハイルは?一緒じゃないの?」


 ハイル?とヘンリーは小首を傾げる。


「一緒じゃないけど、どうして?」


 ヘンリーの答えに、リリの表情は一変した。ヘーゼル色の瞳が揺らぎ眉間に皺が寄せられる。


「どういうこと?」

「どういうことって?」


 リリは答えずおろおろとヘンリーのそばをうろついた。


「てっきりあなたと一緒だと思ったのに」

「何言ってるんだ?」


 今度はヘンリーが顔をしかめる番だった。


「ハイルとはずっと前に別れてる」


 確かにヘンリーは半年前にここを旅立ち、二か月程はハイルと行動を共にしていた。

 思った以上に薬は売れて、上機嫌のハイルと別れたのも記憶している。そのままヘンリーは別の国へ、ハイルは村へと戻ったはずだ。


 そう話すと、リリは一層顔を白くした。


「じゃあハイルは何処に行ったっていうの?あなたと半年前に出て行ってから、一度も帰ってないのよ?手紙も来ないし、どこにいるのかもわからない。だから、あたし達はてっきり商売が長引いたんだと思ってた。特にあなたは旅人でしょ?ハイルはあなたに連れまわされてるんじゃないかって、マトソンさんも言ってて……なのに」


 リリの話を聞くうちに、ヘンリーの表情も強張っていく。


 帰り道はそう難しい道のりではなかった。

 それでもどこで何があるかは誰にもわからない。旅には危険はつきものだ。置き引きや強盗、自然災害に出くわすこともあるだろう。病だってかからないとも限らない。ヘンリー自身何度も危険な目には遭ってきた。だからわかる。

 そのどれかひとつにハイルが巻き込まれた可能性は充分すぎるほど考えれらた。


 ヘンリーは血の気の引く思いでリリを見下ろす。


「……あたし、探してくる」


 リリは呟くと脱兎のごとく駆け出そうとした。

 ヘンリーは慌ててその肩を掴む。


「リリ……っ」

「離して!」


 叫んだリリに、通りすがった主婦が何事かと顔を向けた。ヘンリーは舌打ちをして、力任せにリリを引き寄せる。もがく小柄な娘と、掴みかかる薄汚い旅人。


(ああくそっ、これじゃ端から見たら暴漢じゃないか)


 しかし、この感情的な娘を抑えるには言葉よりも腕力が必要だった。


「リリ、リリ、落ち着け。あれから何日経ったと思ってる。やみくもに探して君にまでなにかあったらどうするんだ」

「痛いわ!離して!」

「リリ!」


 怒鳴ろうともリリは少しもひるまず、ヘンリーから逃れようと身をよじった。


「どこかで怪我をして動けないのかもしれないわ、助けなきゃ」

「俺が行くから君はここで待ってろ」

「嫌よ!」


 とうとう涙を零したリリに、ヘンリーは胸を痛めながら、彼女の腕と肩を掴む手にさらに力を込めた。リリが目を細める。その時だった。


「おい、なにやってんだ」


 どすの効いた低いがなり声が背後から届いて、ヘンリーは唇をかんだ。暴れるリリを抑えたまま、後ろを振り返る。思った通り、肉屋のマトソンが怪訝な顔つきでこちらを見ていた。


「やあ……」


 マトソンだけではなかった。

 リリの叫び声に、いつの間にか周囲には人だかりが出来ている。これだけいれば大丈夫かとヘンリーはリリを拘束する力を緩めた。だが、甘かった。リリは再び走り出して、あっと言う間に村の外の方へ消えていく。場に残されたヘンリーはその方角をしっかりと確認して、突き刺さる衆人の視線を受け止めた。


「おい」


 肉切り包丁を担いだマトソンが声をあげる。鈍く光る刃から血のりが滴っているところを見ると、ついさっきまで仕事に精を出していたらしい。


「どういうことだ?」

 

 ヘンリーは降参するように両手をあげた。


「……説明するけど、その前に、誰かリリを連れ戻してきてくれないかな」





 ヘンリーの話を聞いた村人たちは、皆血相を変えた。

 すぐに男たちで捜索隊が組まれ、ハイルを探しにかかった。リリは連れ戻され、マスターや友人たちがついて一晩中慰めた。少しでも目を離せばリリは「あたしも行く」と立ち上がる始末で、一時もひとりには出来なかった。


「だってあれから、何日経ったと思う?元気なら手紙のひとつも寄越してくれるはずだわ。それなのに、なんにもないなんて、絶対におかしい」


 リリは震える両手を握りしめ涙を零した。

 そんなリリの背中を叩いてやりながら、マスターは「大丈夫だよ、きっとハイルは無事で戻ってくる」と声をかけた。リリが横に顔を振るのが、つらかった。


 口には出さずとも、皆考えていることは同じだったろう。


 状況は絶望的だった。


 狼にも食われたのか

 はたまた野党にでも襲われたのか


 真実はわからない。


 ただひとつわかっているのは。


 ハイルが村にいない。


 その事実だけだった。

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