11-1 赫き王の祝福
械獣と言っても、スペース・コロニーの1区間そのものが変形したものだ。
女王蜂械獣の全長、約1キロメートル。
50メートルのラーディオスなどもはや小人に過ぎない。
女王蜂がレーザーを発射するのに混じり、無数の働き蜂が殺到する。
流石に2度ともなれば、ビームの拡散攻撃にも引っかかってくれない。
スゥは赤いラーディオスの外骨格を閉じた防御体型のまま、手足を振り回してデブリキラーを追い払う。その動きは鈍い。
ハビタットに侵入するためデブリキラーと戦って、そして今。
充分な休憩を挟んだわけではないので、ラーディオスの残り稼働時間は心許ない。
「良いニュースと悪いニュースがある」
「じゃあ良いニュースから!」
「悪いニュースだが、更に女王蜂が3体接近中だ」
スペース・ハビタットは全部で7基。
そのどれもが同じ以上、そのどれもに1体ずつ女王蜂がいる。
今戦っているのと増援で計7体。
残りの3体は待機中か、あるいは絶遠が倒したのか。
後者であってくれとスゥは、メンカは、辺村は思う。
「良いニュースは?」
「レッドが、絶遠の解放に動いてる。上手くいけば、仲間になってくれる」
「……ああそりゃ、確かに良いニュースだわ」
傷も癒えていないであろう絶遠がどれだけ戦力になるか怪しいものだ。
目の前の1体にさえ有効打を与えられないまま、3体の蜂械獣が交戦圏内に入る。
械獣達は尻尾の先端にある主砲を並べる。
その先端に、レーザー光が灯った。
「ベムラハジメ、盾を!」
「左掌部展開式光子装甲!」
放射された3本のレーザーが光の盾に集中する。
盾が負荷に耐えきれなくなるまで、数秒とかからなかった。
ラーディオスの左腕が融解。
「ぎゃあああああ!」
痛みに身をよじれば、姿勢制御機能のバランスが崩れた。
宇宙空間を『転がり回る』ラーディオス。だがデブリキラーは追撃しなかった。むしろ離れていく。
女王蜂は主砲の照準を慎重に定める――。
「だらしねえな」
スゥとメンカは振り返った。
何もない――星空と地球とハビタットさえ見えない真っ暗な空間に、姉妹は並んで立っていた。
その背後には、スゥとメンカと同じ姿をした少女が膝を立てて座っていた。
髪の毛はボサボサで、傷み放題だ。
前髪の隙間から覗く瞳は荒んで濁っていた。
唇は全てを嘲笑するかのように歪む。
メンカはその少女を知っている。
今までずっと、基本人格と思い込んできた相手だ。
眠り続けていたはずのそれが目覚めて、自分達を見ている。
「何チンタラ虫けらごときに手ェ焼いてやがる」
少女はスゥを見据え、腕を伸ばす。
その手には手錠。
よく見れば、身体中に鎖が巻き付けてあった。
「チャンスなんだぜ? おまえが望んでいたように、この世の全てをぶっ壊す、なぁ?」
「あたしは望んでない!」
「嘘をつけ。だったら何故オレ様が生まれた。何故まだ消えていない」
「スゥ、誰なの、この人……?」
「おまえこそ誰だよ」
少女がメンカを睨む。
それだけで、メンカは背筋を冷たいものが這い上がってくるような感覚を覚えた。
「そうか。メンカか。はじめまして、名前はまだないんだ。まあ、『弟』とでも呼んでくれよ」
「おまえなんか兄弟でも姉妹でもない!」
スゥが叫ぶ。
「出て行ってよ! あたしの中から出ていって!」
「うわ。作った本人がそんなこと言うかよ。でも、そんなこと言っていいのか?」
「…………」
「オレ様じゃなきゃ駄目だと思ったから、起こしたんだろ。時間がねえんだ、グダグダ言ってねえで、さっさと身体を寄越せ。まあ、嫌と言ってもいただくけどな」
次の瞬間、スゥとメンカは2人とも人格の座から降りていた。
現実世界では、蜂械獣がレーザーを発射していた。
赤い光線が宇宙空間を走る。
それは動きを止めた巨神を貫き、その生命の火を吹き消すはずだった――が、そうはならなかった。
ラーディオスはわずかに首を動かす。
傾けた頭のすぐ横をレーザーが通り過ぎていく。
ラーディオスの内部空間の中で、スゥの髪留めがぷちんと切れた。
ポニーテールにまとめられていた髪が、バサリと落ちる。
顔まで覆うような長い髪の隙間から笑みを覗かせたのは、もうスゥではない。
同じ顔をした別の何かだ。
「……おまえ、誰だ」
「ベムラハジメだっけ? オレ様にも名前、つけてくれよ。かっこいい奴な」
ラーディオスの形状が変化する。
全身を流れる発光粘液が輝きを増し、マッシブだった赤いラーディオスの筋肉が更に膨れあがる。
腕も足も丸太のようだ。
2本の触覚は更に長く、棘まで生えた。
失われたはずの左腕が急速に復元されていく。
首が伸び、頭部が前方に向かって突き出す。
「……炎」
それは燃え盛る松明に似ていた。
あるいは翼をもたないドラゴンの形をした、燃え盛るマグマ、
紅蓮のラーディオスは唸りを上げると――後退した。
ラーディオスの発光を自爆と誤認し、距離を取った蜂械獣が慌てて追いかける。
ハビタットのシリンダー部に身を隠したラーディオスは壁面を手で押しはじめた。
背面の外骨格が開き、バーニアノズルが迫り出し、炎を上げる。
「……まさか」
「うらあああああ!」
紅蓮のラーディオスは、ハビタットを武器のように振り回した。
全長60キロメートルの棍棒と蜂械獣3機がぶつかる。
械獣の身体は丸めた新聞紙で叩かれた昆虫の如くへし折れ、爆発。
「おい、中にはレッドや絶遠がいるんだぞ!」
「知るかよ!」
『そいつ』は高らかに笑う。
「オレ様が、オレ様達が生きてりゃいい。他人なんざ知ったこっちゃねえ。いや、いっそみんないなくなった方が清々する。そう思うよなァ、スゥちゃんよぉ? そう思ったからオレ様を生んだんだよなぁ、スゥ!?」
精神の奥深く、スゥは『違う』と言いたげに口を開いたが、結局何も言えずに口を閉ざす。
械獣とぶつかったことで、ハビタットも崩壊をはじめていた。
3つに折れたハビタットが慣性のままに流れていく。
その残骸をかいくぐるようにして、最後に残った蜂械獣が接近。
「うるせえんだよぉ!」
紅蓮のラーディオスは械獣の頭部へ突撃。
蜂の複眼に似たセンサーの中に己の拳を叩き込む。
そこから流し込まれていくラーディオスのエネルギー。
「――待ちなさい」
ラーディオスとの通信回線を構築した蜂械獣――ハビタット管理システムが呼びかけてくる。
「管理システムが全て破壊された場合、ハビタットは地球に対して最終報復行動に出るようプログラムされています」
「あん?」
「ハビタットを地球へ特攻させます。地表到達と同時に発電システムを自爆。ハビタットそれ自体の質量攻撃と爆発の破壊力は、ツァーリ・ボンバ級核爆弾240発分の計算になります」
地球を破壊されたくなければ攻撃をやめろ――。
それは脅迫だったのか、或いは命乞いだったのか。
どのみち『そいつは』鼻で笑い飛ばした。
「そりゃいいねぇ? 地球が死の星になるところ、見てみたかったんだよな!」
ラーディオスはエネルギー注入を再開。
械獣の頭部が、胸部が、ボコボコと泡立つように変形していく。
その変化が全身に及ぶ前に、械獣の機能は停止していた。
「――名前、決まったか、ベムラハジメ?」
酷薄な光を浮かべる泥のような目が、レヴォルバーを見下ろす。
「……ヒグモ」
目の前の相手に仲間の名前をつけるのはどうかという気持ちがあったが、1人だけ仲間外れも可哀想で、辺村は緋雲夕子の名をつけた。
紅蓮のラーディオスから「緋」を連想したからだ。
肉体上は女性だが、女の人格ではなさそうなので、ユウコではなくヒグモ。
「OK、ヒグモね」
「どうでもいいが、残り稼働時間が20秒しかない。……どこに下りる気だ?」
「……えっと」
目の前のハビタットは粉々。
他のハビタットに辿り着くまでは持ちそうにない。
地球など論外だ。
だがそこに、幸運の星が瞬いた。
ハビタットの外壁保守に使われる宇宙作業艇、その屋根の上で赤い信号灯が明滅する。
その操縦席にレッドの姿があるのを見て、ヒグモは内心ほっと胸を撫で下ろした。




