8-4 方針会議
ブルー達は辺村達が知っているような情報は全て知っていた。
なんと突然現れた絶遠がペラペラ話していったらしい。
かつての上官の意図が読めない。辺村は嘆息する。
「おまけに牢から逃がしてくれたのも絶遠か。何がしたいんだ、あいつは」
「昔馴染みのおまえにわからんなら、俺達がわかるもんか」
94班員同士の交流は地球に降りる直前からである。
「どっちかといえば常識的で、冷静な人間だったはずだ。その場のテンションで動いているなんてことはないはずだが……。それで、絶遠は?」
「俺達を牢から逃がして、すぐにいなくなった。班長は俺達にCATの確保を命じて、その間にジェロームの始末に向かったわけだ」
しかし暗殺は失敗した。
暗殺は成し遂げられず、それどころか非斗の女王であるラメチネワを負傷させてしまった。生死は不明である。
メンカ達がスーパーグスタフの片隅に身を潜めてから、もう3日経っていた。
イクッネンは実行犯のレッドだけでなく、事態を招いた責任者としてジェロームまでも処罰しようとしているらしい。
「そういや、イクッネンはジェロームと仲が悪そうだったしな。今回の事件を利用して政敵を追い落とすつもりか」
「それでどうする、俺達は?」
「もちろん、班長を助けてスーパーグスタフもぶっ壊す。邪魔すんなら非斗だってやっつけてやらぁ」
最初にピンクがそう言った。
「まずは俺達が脱出することを考えよう。キャンプに合流して応援を頼むんだ」
これはブルーの案である。
正直、いかにグスタフの主砲が巨大であろうと、これを使ってスペース・ハビタットを攻撃することができるなどブルーには信じられない。
所詮は狂人の戯言だ。
映画のヒーローじゃあるまいし、なんで俺が少人数で乗り込んでいって止める、なんて真似をしなくちゃいけない?
「おまえはどう思う、271? 言っとくがおまえら姉妹で一票だからな」
「え――」
シィの腹を撫でてやっていたスゥは、話を聞いていなかった。
「ごめんなさい、シィの奴、最近疲れてるみたいだから」
あれ以来、シィは94班を匿い、また情報を持ってきてくれていた。
とはいっても、市井の子供が日常で見聞きできる範囲の情報だ。
レッド達がどこへ収監されているか、見張りはいつ交代か、なんて実用的な情報は流石に手に入らない。
それでも彼の話から、非斗の社会が変革を迎えつつあるのはわかった。
原因は、ラメチネワに代わりイクッネンが実権を握るようになったからだ。
イクッネンは新しい神を人々に広めようとしている。
貌を持たないが故に、あらゆるものに対して分け隔てなく公正なる神。
その神は非斗が生きるために他の命を殺めることを赦した。
新鮮で滋養に満ちた食物を食うことを赦した。
新しい神は非斗社会に急速に受け容れられていっている。
はっきり反発しなくとも、それまでの神の教義に不満を抱いていた者は多かったらしい。
そして新たな神の教義に従い、イクッネンは非斗の社会に軍隊を作ることを推し進めていった。
狩りをするにせよ外敵を排除するにせよ、統率のとれた戦闘組織は不可欠だからだ。
その流れで、若い者にはみな数時間の軍事教練が課せられた。
非斗社会ではまだ小学生ほどの子供でしかないシィにとってもそれは例外ではなかった。
「疲れている」のはそのせいである。
「イクッネンは人間も械獣も敵視していた。僕達ジェローム派も含めてね。それらに抗う力が非斗にないことに焦りを覚えていた……。奴はずっと、非斗の、非斗のための、非斗による軍隊を欲していたんだ。きっと今回のことがなくったって、いずれ同じことをやっただろう」
シィからの情報を通訳した後で、コラドはそうコメントした。
「非斗はその教義上、温厚ではあったが、去勢された犬とは違う。ラージャ・グルラーの操縦だって遠からずマスターする。このままでは、非斗はERFにとって脅威となるかもしれないな」
「脅しつけなくたって、イクッネンは倒す。だがジェロームもだ。ハビタットを攻撃なんかさせるか」
「ジェローム様は、僕が守る!」
大人達と、大人のコピーみたいな子供が睨み合う。
そんな中で、無邪気に振舞うシィは姉妹にとって癒しだった。
「む! む! とろつき! ときはう……」
目を輝かせて、何かを訴えようとするシィ。
まるで母親に今日あった嬉しいことを報告する子供みたいだ、とメンカは思う。
彼女達にはついぞそんな経験はなかったが。
どこに起爆スイッチがあるかわからない爆弾に好き好んで触れに行く者などいない。
爆弾の方は、気まぐれで近づいてきては勝手に爆発しに来るわけだが。
「――で、なんて言ってるの?」
コラドは面倒くさそうに、しかし一応はちゃんと通訳してくれた。
「今日は、銃を触らせてもらったそうだ。ナイフを使った訓練では成績が悪くて怒られたが、銃の成績はよくて誉められた、うれしい――」
「ふつ! まーちてゆそ たちんをき は!」
「勲章ももらったんだそうだ」
シィはポケットから歪な円形をした金色のメダルを差し出し、見せびらかす。
「そうか、すごいねシィ」
スゥが頭を撫でてやると、シィは誇らしげに胸を張った。
「それで、271はどう思うんだ。ベムラハジメも」
「え?」
「だから、今後のことだよ」
「……わたしは、ジェロームを、救出する、べきだと思います」
コラドの主張に乗った形だが、コラドは喜ばなかった。
むしろ「何のつもりだ?」と疑いのこもった眼差しを向けてくる。
「奴を助けてやれば、恩義に感じ入ってハビタット攻撃をやめてくれるって考えか?」
「ありえないな、そんなことは」
揶揄するようなブルーの言葉に、コラドは頷く。
「ジェローム様は、そんな個人的感情で大義を見失ったりしない。僕もそうだ。僕をあの場から連れ出したのはおまえの意思だったそうだが、それで僕がおまえに尻尾を振ると思ったら大間違いだ」
「そんなんじゃないよ。助けたのは……借りを返したかったから」
「借り……?」
「蟷螂の械獣から助けてくれた」
「……ああ。そういえばそうだったな。だがあれは、ジェローム様から命じられたまでだ」
「だったらジェロームにも恩を返す。ハビタット攻撃は、やめてほしいけど……それはゴタゴタが片付いてからだ」
「おまえが姉か妹かどっちかかは知らないが、姉妹両方の合意と見ていいんだな?」
「あたしなら、姉ちゃんが良ければそれでいい」
(ありがとう、スゥ)
(……正直、微妙だけどさ)
メンカがコラドを助けたのも、ジェロームを助けようと言い出したのも、恩返しなんて殊勝なものではない、とスゥには――精神を共有する妹にはわかっていた。
メンカはジェロームが実の父親ではないかと思っている。
それを確かめたい。そして、その後は。
もし本当にジェロームがスゥ達の父親だとしても、今更いい親子関係など築けるべくもないとスゥは思っているのだが、メンカには別の考えがあるらしい。
(悲観的なくせに、時々ロマンチックなんだよな、姉ちゃんは)
「で、ベムラハジメは?」
「俺も、ジェローム救出に賛成だ。もちろんレッドもな。そして2人の安全を考慮するなら、すぐにでも事を起こすべきだろう」
「……おまえまでジェロームか。たいした人気だよ」
「絶遠があんたらにペラペラ事情を喋った上で解放した目的がわからない。たぶん、奴は俺達に何かさせたいんだと思う。それにそぐわず逃げ出すようなら――」
「ゼツトーリョーのラーディオスが襲ってくる……か?」
そういうことだ、と辺村は締めた。
「――話を総合すると、俺達5人の中でジェローム救出が3票、班長救出が2票――」
「いや、あたしらも別に班長を見捨てようってわけじゃ」
「……僕も、ジェローム様を助けてくれることが前提なら、おまえ達の仲間の救出に協力してやっていい」
「班長救出が4票。それを即時実行せよと仰る、お人道的な方々が4票ってわけだ」
「文句あんなら1人で脱出しろよ、192」
「出来そうならそうしてる。どうせCATは置いてけって言うんだろ?」
眉間に皺を寄せるブルー。
「じゃあ方針が決まったところで作戦会議だ。コラド、今後銃の訓練をするとき、弾をいくつかちょろまかしてこいってシィに言ってくれ。銃本体も欲しいが、流石に無理だろうしな」
しかしそれからしばらく、シィがCATに潜り込んでくることはなくなった。
そして久しぶりにやってきたとき、シィは『敵』の顔をしてやってきた。
その後ろに、武装した非斗の兵士達を引き連れて。




