7-2 まぼろしの超重砲
キャビンから自分を呼ぶ声に気づいて、レッドは小さく舌打ちをした。
(やれやれ、やっとお気づきか)
気づいてほしかったわけではない。
むしろ最後まで気づかないでいてくれた方が都合がよかった。
レッドは車を停め、ガンガンと叩かれる仕切り戸を開けてやった。
同時にオアシス跡で拾ったあの犬人間が放つ悪臭が流れ込んでくる。運転席の窓を全開。
途端、身を切るような夜風が入り込んで車内の温度をぐんぐん下げていく。
畜生どうしろってんだ、とレッドは舌打ちする。
「班長、道が違うようですが。我々はキャンプTに戻るのではないのですか?」
「……任務変更だ。あの大砲の調査に行く」
案の定、部下達からはブーイングが起こった。
「イエローの弔いもせずにですか?」
「それに自分達は疲弊しています。あのゾンビみたいなのから逃げ回ったばかりですよ?」
「ラーディオスの再使用にも、まだ時間が……」
「おまえら、地球に何しに来たと思ってる! 物見遊山に来たんじゃねえんだぞ。疲れてますだ? 死体も残ってねえのに弔いごっこだ? そんな理由で兵隊が命令を拒否できたら、誰も苦労しねえんだよ!」
ひょっとしたら自分は軍隊の常識に照らし合わせても無茶を言っているのではないか、とレッドは思っていたが、その不安はおくびにも出さなかった。
たとえ道理に合ってなくとも、自信満々に発言されてはかえって自分の常識を疑ってしまうものである。ブルー達は押し黙った。
いや、声をあげた者が1人いる。
「『スーパーグスタフ』だよ」
「……は?」
レッドは、スゥの腰に視線を向ける。
「何か言ったか、ベムラハジメ」
「スーパーグスタフ。……第2次世界大戦でドイツが造った80センチ列車砲『グスタフ』と『ドーラ』。コールタール戦争のとき、それにあやかって造られた120センチ移動要塞砲。それが、あれの正体だ」
120センチというサイズを頭の中で思い浮かべた面々は、その大きさに背筋を震わせた。
「……なんでそんな馬鹿みたいなものを……」
「何にでもその場で姿を変える不定形の化物に対抗するために、従来の戦術にとらわれない、いろんな兵器が造られた。巨大列車砲なんて可愛いもんだ。巨大人型機動兵器なんてのもあった。ラーディオスとは比べものにならないちゃちなものだが」
「…………」
「なあ班長さんよ。みんな疲れてる。いったん、休憩を取った方がいい」
「拳銃でも疲れんのか」
つまらない嫌味につきあうつもりなど辺村にはなかった。
レッドは舌打ちする。
「……仕方ねえ。そこの河原で野営を張る。271、あの臭い犬っころを洗っておけ」
「あたしが!? ピンクじゃなくて!?」
犬人を連れてきた当の本人であるピンクは「頑張れよ」とばかりにスゥの肩を叩き、テントの設営に取りかかっていった。
「拾った奴が面倒みろよなぁ……。絶対、ペスってのの世話してたのもあいつのママだろ」
スゥはもう使われることのないブラックの――絶遠の分のタオルとボディソープを手に犬人を見た。
噛みついてくる気配はなさそうだ。
「……うん、よく見れば可愛い顔してる……と言えなくないこともないかもしれない要素がなきにしもあらず?」
おいで、と言うと大人しくついてきた。
2足歩行はするが、ただでさえ小さい身体をせむしのように丸めて歩く。
スゥの隣に並んで、犬人はタオルに鼻を近づけた。
「ゼツトーリョーの臭い、わかるのかな?」とメンカ。
「もう1人の犬人にも好かれてたみたいだからな。こいつも懐いてたのかも」
きっとメスじゃないかな、と辺村は心の中で付け足す。
絶遠はよくモテた。姿形は変わっても、それは変わらないらしい。
そして姿形がどうあれ、自分の人生にロマンスとかボーイ・ミーツ・ガールがないのも不変のようだ――そう考えて辺村は気が滅入るだけの思考にピリオドを打つ。
絶遠の目的。犬人の正体。スーパーグスタフを誰が運用しているのか。その目的は。
ラーディオスが緑ではなく赤に変わった理由も気になる。
考えねばならないことは山積みだ。
「……ほら、犬じゃなくて犬人間なんでしょ、身体洗って」
スゥはボディソープを差し出したが、犬人は首を傾げるだけだった。
身体を洗う習慣はないか、あるいは道具の勝手が違いすぎるのか。
「やっぱり、洗ってあげるしかないんじゃない?」
「……姉ちゃん、『これからは2人で助け合う』って言ってたよね……?」
「えー? スゥ、小さい頃に犬飼いたいって言ってたじゃない。よかったね、夢が叶ったよ?」
「姉ちゃん……」
渋々、スゥは犬人を川に潜らせた。
出てきた途端、犬人は激しく身を震わせる。
当然、スゥは容赦なくその洗礼を浴びた。
「……もうやだ、たとえハビタットに戻れても犬なんて絶対飼わない」
死んだような目で犬人の身体を洗うスゥ。
対して犬人の方は気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「身体を洗うこと自体には抵抗がなくてよかったな」
「自分で洗ってくれればもっとよかったんだけど。おーい、もう自分で洗い方わかるよね?」
しかし犬人は「クゥン?」と純真な目で首を傾げるばかりである。
「……いや、こいつ、わざとだ! 絶対わかってる! 女の子に洗ってもらいたいから知らないふりしてやがるっ!」
「スゥ、落ち着いて」
「そうだぞスゥ、ほら、洗ってほしそうに腹を見せてる」
「チンコくらい自分で洗え――ッ!」
いろいろあって犬人の洗体は完了し、吐き気を催すような臭気はだいぶ改善された。
「ふふっ、気持ちよさそう」
「あーはいはい、よかったっすねー」
「いめへーねは」
「あ、なんか喋った」
「くそっ、洗ってる最中は完全に犬になりきってやがったくせに」
スゥはタオルをバンバンと振って水気を散らす。
「逃げようとしないね、この子」
「ここで逃げても野垂れ死にするだけだし、可愛いお姉さんが身体を洗ってくれるし、そりゃ逃げないでしょうよ」
「可愛いお姉さんって誰だ?」
「喧嘩売ってんのかベムラハジメ」
スゥはひどく不機嫌だ。
しかし、名前をつけようと最初に言い出したのは他ならぬ彼女だった。
「というか、名前あるでしょ? なーまーえ。わかる?」
スゥは犬人の正面に座り込んで目線を合わせる。
自分を指差して「スゥ」、辺村を指して「ベムラハジメ」。そして犬人に指を向ける。
意図は通じたのか、犬人は口を開いた。
「しい」
「そっかー、シイ……シィか」
「すぅ」
「シィ」
「すぅ」
「シィ」
「すぅ」
「シィ」
互いを指差して名前を呼び合う2人。
「……寿司が食いたくなったな」
「えっ、この微笑ましい光景を見ての感想がそれなの、ベムラハジメ?」
「洗い終わったんなら、シィ坊主を連れてレッド達のところに戻ろうぜ」
テントの設営は終わっていた。
上流ではブルーが釣りをしている。
スゥはバケツの中を覗き込んだ。釣果は上々だ。
「……イエローが生きてれば、喜んだだろうね」
「そうだな。あいつの分まで腹一杯食おう。残りは干して保存食だ」
珍しく上機嫌のブルー。
だがそれも、シィがバケツをひっくり返すまでだった。
「シィ!?」
「たーえたーぬゑ わなんつ!」
河原の上でビチビチと跳ねる魚を、シィは川に投げ込む。
「何してくれんだ、てめえ!?」
「けたーろと つみ! ぬゑわゐの ひみろぬね つーわ!」
「何言ってんのかわかんねえよ!」
ブルーは拳銃を引き抜き、シィに向ける。
そこへ割って入った者がいた。スゥだ。
「やめてください、この子にはこの子なりの価値観とか、あって……。ほら、ヴィーガンか、ブッディストなのかも」
「そうだぜブルー、らしくない」
ピンクが横からブルーの腕を掴んで、取りなす。
ブルーは忌々しそうに拳銃を下ろした。
「どうした、何騒いでやがる?」
レッドまでがこっちにやってくる。
それがよくなかった。
河原に面する雑木林から、銃を持った一団が飛び出してきて、1カ所に集まったスゥ達を包囲する。
「動くな」
人間の言葉で、彼等は言った。
それも当然だろう。彼等は人間なのだから。
身にまとう迷彩服も、掲げている武器も、レッド達にはお馴染みのものである。
ただ全員背丈は小さく、装備はお仕着せのようにブカブカだ。
襲撃者はみな、幼い子供だった。
しかも。
「……おい、奴等の首……」
「ああ」
彼等の首にはスゥと同じ、銀色の首輪がはまっている。
「HCの軍隊だと……?」
「そうです」
包囲網の奥から歩み出てきた少年がヘルメットを脱ぐ。
メンカとスゥは彼のことを知っていた。
あの晩、Cテントで、HCの少年少女にジェロームによる救済を説いていた、あの美少年だ。
「あんたは、あの時の……」
「やあ。誰でもない君。どうだい、僕の言ったとおりになっただろう。僕達はジェローム様によって救われたんだ。キャンプTはもうない」
「あんた……」
「『コラド』だ。お見知りおきを」
「コラド?」
「ジェローム様が付けてくださった、僕の新しい――いや、本当の名前だ」
緊迫した空気の中で、シィだけが自由だった。
キョロキョロと周囲を見回していた彼は、彼が拾い損ね、川に戻れなかった1匹の魚が力なく跳ねているのを見つけた。
懸命に足掻く魚だが、それで陸上に適応することなどできるはずもなかった。
ついに息絶える。
シィはそれをつまみ上げると、一切の躊躇なく口の中に放り込み、バリバリと噛み砕いた。




