6-6 姉妹になった日
メンカは空を見ていた。
背中には土の感触。凸凹していて、おそらくは木や石ころであろう小片が背中の肉を圧して痛い。
さっきまで周囲を覆っていた瘴気は霧散していたが、寝心地はよくなかった。
自分はさっきまで械獣と戦っていたはずだ。
なのに何故、昼寝でもするように地に横たわっているのだろう。
(姉ちゃん、起きて!)
「――しっかりしろ、メンカ!」
「スゥ……ベムラハジメ……?」
メンカは首だけを起こす。それだけでも痛みが稲妻のように全身を駆け巡る。
あまりにも痛いので、首を起こすのは途中でやめてしまった。
一瞬、銀色の胸郭が視界に入る。どうやらまだラーディオスの中にいるらしい。
ということは、戦闘はまだ終わっていないのだ。
「何が起こったの……? 械獣は……?」
「今、分析中だ。械獣なら、まだ生きてる」
辺村はサブ・カメラからの映像をメンカの視界に投影した。
無理して首を起こそうとする必要なかったな、とメンカは少し恨めしく思う。
湖は大幅に水かさを減らしていた。
中に潜んでいた瓶子草械獣は半分ほどが水面の上に出てきている。
サラセニアに似たその身体は半ば焼け焦げ、葉の何枚かは無惨に破れていた。
自慢の蔓もわずか数本しか残っていない。
「わたしの……ラーディオスの状態は?」
「左腕全損、股関節損傷大、右膝は完全に明後日の方を向いちまった。自己修復中だが時間切れの方が早い。それから、はねた溶解液を引っ被って装甲表面に微小な腐食」
「右腕と左脚は無事……?」
「ああ、一応な」
「そっか……。わたし、無傷なら腕1本だけでも動かせると思ってたけど、ここまで傷つくと痛みで全身身動き取れないんだ……。知らなかったよ」
よかったな新しい発見ができて、と辺村は軽口を返そうかと一瞬思ったが、やめにした。
「……分析が完了した。第三者による、メガトンクラス重破甲榴弾による攻撃だ。ちょうどラーディオスと械獣の間に落ちたな」
「砲撃……? 誰が、どこから……?」
「わからん……械獣にばかり気を取られていた俺の失態だ。ナビゲーター失格だな」
そんなことないよと言おうとして、しかし痛みがメンカの口を閉ざした。
「姉ちゃん、交代して!」
メンカは微笑みを浮かべることでスゥを安心づけようとしたが、ちゃんとできていたか自分でもわからない。
「いいニュースと悪いニュースがある」
唐突に辺村が言った。
「リクエストがないなら、いいニュースから。砲撃の発射地点がわかった。北北東110キロメートル先だ」
「110キロ……!? キャンプにある大砲の倍以上!?」
「悪いニュースは……?」
「それがなんでわかったかっていうと、第2射が観測されたからで……、あと1分30秒で着弾する」
次に攻撃を受ければ、械獣もラーディオスも保たないだろうことはメンカにも容易に察せられた。
粘液化を行っても無駄だ。粉々に弾け飛んで、2度と再生できまい。
仰向けに倒れたのが更にまずかった。背面のブースターハッチが展開できない。
万事休す。
「――姉ちゃん、替わって!」
「無意味だよ。どうせこれで最期なら、わたしが……」
「それでもいいんだ。あたしに姉ちゃんを守らせてよ!」
「スゥ……」
「あたし、今日初めて、姉ちゃんが今までどんな気持ちであたしに守られてたか、わかった! あたしのせいで、ごめんなさい!」
「あなたは悪くない。わたしが、苦しみから逃れるために、あなたを生み出して、ずっと辛い役割を押しつけて――」
「違うんだよ姉ちゃん!」
2人の世界で、スゥは首を振った。
「……姉ちゃんは、自分が生み出された意味を知ってる?」
「知らない。わたしを生み出した基本人格は、ずっと眠ってて――」
「あたしは知ってる。姉ちゃんがいつ、どんな状況で生み出されたか」
「…………!」
メンカは理解した。
多重人格において、年齢など持って生まれた設定でしかない。
子供が大人の人格を生み出すこともあるし――妹の次に姉が生まれることもある。
「あなたが……わたしを作った……?」
スゥは頷きを返す。
「あたしはずっとひとりぼっちだった……! 愛する人も愛してほしい人も愛してくれる人もいなくて、何のために生きるのか、誰のために頑張ればいいのかわからなかった!」
気がつけば、姉がいた。
誰にも見えない姉。
自分をおいて行くことのない、誰にも取られることのない存在。
彼女の登場で、スゥは姉を守るという生きる目的を得た。
自分が生きていることを望んでくれる。気にかけてくれる。
頑張れば誉めてもらえるし、上手くいかなければ慰めてくれる。
感謝してくれる。叱ってくれる。笑いかけてくれる。話し相手になってくれる。遊んでくれる。
無限の荒野を刃物で追い立てられるような人生を、姉はピクニックに変えてくれた。
姉がどんな気持ちで守られていたか、考えもしなかった。
「姉ちゃんが感じてきた罪悪感は、全部あたしが原因なんだ! 姉ちゃんは何も悪くないんだ、本当に苦しむべきは、あたしだったんだ! だからッ!」
ごめんなさい、とスゥは涙を零す。
自分が長年抱いていた悲壮感が滑稽な1人芝居だったと知り、メンカは視線をさまよわせる。
怒ればいいのか笑えばいいのかわからない。
あるいはスゥを呪えばいいのか。
その資格は充分にある気がした。
けれど、そんなことをして、はたして自分は満足か?
「……最期くらい、スゥの好きにさせてやれよ、メンカ」
「ベムラハジメ……。でも……」
「確かに銀のラーディオスよりは、緑のラーディオスの方が頑丈にできてる。……ま、焼け石に水だろうが」
「…………」
「それにおまえ、言ったよな。『自分の子供が問題を起こしたからって、一生閉じ込めるのは、違う』って。スゥにはスゥの考えとか、望みがあるんじゃないか? それを無視されるのは辛いことだって、メンカ、おまえは自分の身をもって知ってるはずじゃないのか?」
「お節介はやめてください」
「あたし達のことに口挟まないでよ、ベムラハジメ!」
「……あれ? 俺、結構いいこと言ったような気がするんだけど、なんで邪険にされてるんだろう……?」
お節介ではあるが、辺村の言ったことは一理あると、メンカは思う。
「……わかったよ、スゥ。任せる」
「姉ちゃん……」
「でもこれだけは約束して。もし生き延びられたら、もう自分を犠牲にして相手を守るのは終わりにする。これからは2人で一緒に頑張るんだって」
もう、どちらかがどちらかに罪の意識を抱いて、言いたいことも言えなくなるような関係はいやだ。守りたい気持ちはあっても、それを義務や贖罪として行うのはうんざりだ。
「生き残ったら――今度こそ、本当の姉妹になろう、スゥ!」
「うん――わかった!」
人格が切り替わる。
砲弾がオアシスに落下したのは次の瞬間だった。
周囲の木々はもちろん、械獣さえも紅蓮の炎と衝撃波の前に消し飛ばされる。
大気の震えはオアシスから脱兎の如く遠ざかるCATにまで届き、車体を一瞬浮かせた。
地獄の業火は、瞬く間にその場にあったものを焼き尽くし、消える。
かくして、オアシスが1つ地図から消えた。
後に残ったのは、一面の焦土。
そして。
「赤い……ラーディオス……?」
砂漠用二輪車のシートの上で、一部始終を見守っていた絶遠が呟く。
双眼鏡の中でうずくまる巨神の体色は、暗緑色ではなく、くすんだ赤に変わっていた。
オオグソクムシのような蛇腹状の外骨格は、和洋折衷した甲冑のよう。
頭部からは鞭のような2本の長い触覚が伸びる。
いかにも頑丈そうな筋肉質の体型だ。
メンカを『守る』ために生きてきたスゥに相応しい姿といえよう。
防御のため隙間をぴっちりと閉ざしていた外骨格が解放され、排熱。
目元を覆っていたバイザーが額にスライドすると、2つの鋭い眼光が覗いた。
生きている。ラーディオスは――姉妹は無事だ。
ラーディオスの姿がかき消えた。稼働時間限界である。
「……また新しい形態を生み出したか。早めに潰しておいた方が良さそうだな」
絶遠はレヴォルバーに手をかける。
だが、やめた。
「……手を出さないって、言っちまったしなぁ……」
実のところ、絶遠もまたレヴォルバーについて真に理解しているとはいえないのだ。
1人で何種類もの形態を生み出した彼女を観察することで、安全に実験ができるかもしれない。
首は預けた、と絶遠はバイクを反転させる。
と、その裾が引っ張られた。
眉間に皺を寄せた絶遠は、サイドカーのシートからこちらを見上げる犬人の少年に気づいて、慌てて笑顔を取り繕った。
「どうした?」
やんわりとさりげなく、その手から裾を引き剥がして、絶遠は少年と視線の高さを合わせる。
「……ほしうぃよー こいなたほ ぬゆなろ……」
「わかったから、言ってみなさい」
「ほしのちーし たてはおね め……」
「……もう1人いたのかよ!?」
絶遠はすっかり焼け野原になったオアシス跡を見て、額を押さえた。
《今日の械獣ナビ》
●瓶子草型侵緑械獣セラサニエ
身長:40メートル
体重:2万トン
人類側認識コード:MMPLM424
カラー:緑
劇中の呼称:瓶子草械獣
異常な進化を遂げた植物だが便宜上械獣に分類……と見せかけて実はれっきとした械獣の一種。
砂漠を緑地化するために開発された人工植物『緑神』が暴走したもの。
周囲の植物を人間や他の生物にとって有害な毒性植物に変え、更にそれで地球を埋め尽くそうとする。
食虫植物であるサラセニアが原種だが水中花としての適性を獲得しており、オアシスの湖底に潜む。
細菌による溶解液と、葉の中に生える毛から進化した無数の蔓を操って獲物を捕獲する。




