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キャロル・エンド・ナウ ~械獣惑星騎行~  作者: 鯖田邦吉
序章「悪夢はふたたび」
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0-2 サード・コンタクト(後編)


「……畜生が!」


 レーダーマップに映る、赤い光点。

 それが何を意味するかを理解した瞬間、憤怒が辺村の胸を満たした。


 戦友だったのだ。辺村にとっては。

 たとえ向こうにとっては辺村など『同僚A』でしかなかったとしても。


 マニピュレーター先端に装備された機銃が、辺村とともに咆哮する。

 弾着反応なし。避けられた。この距離で。


 レーダー上で、自機と敵機が重なる。


「――――ッ!」


 機体に衝撃。独楽のように回転させられる感覚が辺村を襲う。

 だが、まだ死んでいない。

 レーダーマップには、互いに消えることなく離れていく2つのドットが表示されていた。


 辺村の全身の汗腺から汗がどっと噴き出し、宇宙服の下に着込んだインナーをべっとりと素肌に張り付かせる。

 助かった――と思うのは早計だ。

 1度は離れた赤いドットが、数秒の減速を経てまっすぐキロ単位の道程を戻ってくる。


 喉に絡みつく痰を吐き出す。目の前を漂うそれは汗の珠とともにヘルメット内の『痰壺』に吸い込まれていく。


「左舷アーム全損、左バーニア破損、推進力60%低下……」


 もはや逃げ切ることは不可能。

 ならばやってやる、と辺村は思う。

 倒すのだ、あの敵を。できるはずだ、自分なら。


「――そうだろ、絶遠!」


 ヘラクレス――ヘラクレスオオカブトの名をつけられる由来となった、機体上部の旋回式対艦レールキャノンが敵に向けられる。


 ヘラクレス最強の武装、レールキャノン。だがその使い勝手はよくない。

 使用するにはチャージが必要だし、1発撃てばバッテリーは干上がり、数秒間は何もできなくなる。そもそも動きの遅い艦艇や要塞に対して使用されるもので、小回りの利く敵相手には向かない武器だ。

 普通なら絶対にチョイスしない。だが――普通でない相手には、むしろこれが妥当だと直感が告げていた。


「――『窓を開け』(オープン・ウインドウ)


 音声入力で、辺村はメインモニターをレーダーマップからカメラの映像に切り替える。

 距離の掴みにくい宇宙空間で視覚映像というのはアテにならないが、それでも理屈抜きに、自分が今戦っている相手の姿を見たいと、痛切に思った。


 その願いはすぐに叶えられた。

 カメラの捉えた敵の姿に、辺村は一瞬、呼吸を忘れる。

 それは編笠を被ったような頭をした、薄赤色の甲殻類とでもいうものだった。

 背中から蝙蝠に似た翼を広げ、こちらにまっすぐ飛んでくる。


 あれは、まるで――異星人(エイリアン)じゃないか。


 敵が3対ある腕のうち、最前列にある1本を振り上げる。

 その先端には蟹の鋏にも似た鋭い鉤爪。

 まさかあんなもので、スペースチタニウム製の鏡面装甲を持つヘラクレスを墜としてきたというのか。


 コクピットに警報。

 辺村は1つの賭けに負けたことを知った。

 レールキャノンのチャージ完了より、敵とぶつかる方がわずかに早い。

 だがそんなことは想定内。賭けはまだ、終わっていない。


「勝負は、これからッ!」


 相対距離がキロからメートルになる直前、辺村は操縦桿を力の限り前に倒した。

 機体後部のスラスターが炎を発し、爆発的な勢いで機体を前に押し上げる。


 敵は、一瞬怯えたように身を竦ませた。

 きっと同じ場所に留まっている辺村のことを、怯えて竦んだか、あるいはギリギリまで引きつけてから大砲を撃ってくるつもりと踏んでいたのだろう。

 まさか、その前に|自分から突っ込んでくる《カミカゼ・アタック》とは思ってもいなかったに違いない。


 敵は慌てて回避運動を取ったが、遅い。

 銀の流星となった鋼の甲虫が、その角を宇宙生物の喉元に突き立てる。

 敵がどれだけ頑丈かは知らないが、音速でぶつかりあっては無事で済まない――お互いに。


 へしゃげたコクピットが下半身を押し潰すのを辺村は知覚する。


 しかし死への恐怖も、痛みもなかった。

 モニターいっぱいに広がった奇怪な宇宙生物が、レールキャノンの砲身から流れる電流でビクビクと痙攣するのが見えていたからだ。


 仲間達が手も足も出ずやられてきた相手を倒した。他ならぬ自分が。

 その喜びが、三途の川に腰まで浸かった身体にトリガーボタンを押す力を与えてくれた。

 激突で破損したレールキャノンの砲身が、射撃の負荷に耐えられず爆散する。

 同時に、その先端に突き刺さっていた宇宙生物もまた、いくつかの肉片となって宇宙(そら)に散った。


(やった……。俺が勝ったんだ、俺が……)


 慣性で宇宙の暗闇へ流されていく機体の中、コクピット内を漂う機械部品の破片や血の珠を眺めながら、辺村は歓喜に身を震わせる。


(見たか、絶遠――)


 死を前にしても、何故か思い浮かぶのは母親でも脳内のみに存在する恋人でもなく、絶遠の顔だった。


 最期に母星の姿を目に焼き付けようと、辺村はモニターの中に青い星を探す。

 そこで彼は凍りついた。


 胸を満たしていた喜びが、命の炎とともに急速にかき消えていくのを感じる。


 先程倒したのと同じ形の宇宙生物が、何十匹と地球へ向かうのを見てしまったからだ。




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