4-1 形態変化(タイプチェンジ)
多重人格において、生まれつき存在する人格を基本人格と呼び、最も多くの時間身体を支配している人格を主人格というらしい。
それでいうなら、自分は主人格になるのだろうとメンカは思う。
少なくとも基本人格ではない。
彼女もまた7T-271-28本人ではなく、何かの出来事がきっかけで生み出された人格の1つに過ぎなかった。
自分が生まれた理由をメンカは知らない。
本来の7T-271-28の人格はメンカに何も語ることなく、無意識という深海の奥底にうずくまって夢を見ている。
永久に横たわる死者ではないのだ、いつか目覚めるときが来るのだろう。
それがいつかはわからないが、それまでメンカは7T-271-28として生きることを余儀なくされた。
迷惑な話である。自分が投げ出したような世界を他人に押しつけないでほしい。
だけどスゥを生みだしてしまったメンカには、そんな恨み言を吐く権利は失われてしまった。
そう。スゥを生みだしたのはメンカだ。
何がきっかけだったのかは記憶の底に封印してしまった。案外今からすると取るに足らない出来事だったような気もする。
ただとにかくひたすらに、目の前の現実から逃げたくて、助けてほしくて、守ってほしくて。
そうして気がつくと、『妹』がいた。
それ以来、彼女はメンカを守り続けてくれている。
世界が戯れに放ってくる、有形無形の悪意の矢を自分の代わりに受けながら、スゥは今日も脳天気に笑ってみせる。
だけど駄目だ。それではいけない。
だってメンカはスゥを愛してしまったのだから。
彼女に幸せになってもらいたいと、心の底から願っているのだから。
だから、それ故に。
「――わたしが、スゥを守るんだ!」
どこか軟体動物じみても見える、銀色の姿となったラーディオスが蠍械獣に向かって跳ぶ。
空中にて一回転、背中の推進器を利用しての流星の如き飛び蹴りは、しかし強靭堅固を極めたシールドによって受け止められた。重低音が大気を震わせる。
互いに背面推進器を全開。バックファイアの巻き起こす嵐が背後のビルさえ削り取っていく。
数秒間の競り合いの果てに、メンカはあきらめて後方へ逃れた。轟音を上げて着地。
械獣もまた未知の敵と距離を取ることを選んだ。
「相変わらず硬い盾だ。だが、盾以外の場所なら攻撃は効くはずだ」
「なんでそう思う?」
「あの盾と同じ材質で全身を覆えるなら、今までの械獣だってそうしてる。だがそうじゃないのは、あの盾に使われてる金属が希少で、もったいないからだ」
「特別なのは盾くらいで、後は蜘蛛械獣や蝙蝠械獣と同じ……?」
「ま、楽観的観測と言えばそうだが」
「……残り稼働時間は?」
辺村はデジタル時計を表示してやった。
残り130秒、129秒、128――
「じゃあ、まずは盾の内側に飛び込まないと!」
「あ、おい!」
砂を蹴立てて、メンカがダッシュ。
無謀にもまっすぐ突っ込んできた愚かな敵を、械獣はメーサーにて出迎える。
至近距離だ。常識的に考えて、外れるはずがなかった。
だが。秒速30万キロで飛ぶ灼熱の矢は敵を射抜くことなく、ただ虚空を通り過ぎ、消散する。
撃たれる直前、巨神は身を捻って射線から逃れたのだ。
避けた、といえばそれまで。
けれど巨神達にとっては目睫の間、しかも光速で放たれるメーサーを回避するなど尋常なことではない。
てっきりメーサー光で串刺しにされるとばかり思っていた辺村は、未だに巨神の無事を信じられないくらいだ。
だがどのような魔術が行われたにせよ、予想外のことが1つ2つ起きたくらいで動作不良を起こすほど、械獣に搭載された人工知能は愚かではない。
冷静に次の手を選択する。
腹部ハッチが展開、ミサイルが飛び出す。
ただまっすぐ敵を追うものもあれば、酔っ払っているかのように複雑な軌道を取るものもある。
更に起爆方法も、命中してから爆発するものと、敵の近くにきた時点で爆発するものを混ぜ込んだ。
回避は困難、必中確実のはずだった。
しかし銀のラーディオスは、その全てをかいくぐる。
チャフやフレアなどの妨害装置を使うまでもない。
ただ体捌きだけで、ミサイルの軌道も、種類さえも、まるであらかじめ知っていたかのように適切に対処。
(何なんだ、これは。俺の知らない機能だと?)
ラーディオスの動きをモニターしながら、辺村は内心混乱の極みにあった。
彼にとって、巨神の変化も、この回避能力も予想外のことだ。
(レヴォルバーとラーディオスの能力は調べ尽くしたと思ったが、どうやら違ったらしい)
絶遠からもっと情報を聞き出せれば、と思ったが後の祭り。
今はただ、これがメンカに悪影響を及ぼすものでないことを祈るばかりだ。
「Tkrrrry――」
命中必至の攻撃を2度にわたってかわされたことで、蠍械獣は次の一手に迷う。
あえて人間的に表現するなら、彼は初めて自分の戦略に自信を喪失したのだった。
それはほんの一瞬にすぎない空白だったが、メンカ・ラーディオスが懐に飛び込むのには充分な間隙となる。
「はっ!」
銀のラーディオスがジャンプ。
ひらりと械獣の頭の上を飛び越え、背後に。
着地と同時に深く身を沈め、械獣が振り向きざまに繰り出した斧の一撃を回避。
ついに、メンカは難攻不落の盾を潜り抜け、敵の懐に飛び込んだ!
「やあ~っ!」
銀のラーディオスの左拳が械獣の胸にヒット。
――しかし。
械獣は小揺るぎもしなかった。
「…………え?」
更に2発、3発と拳を叩き込むメンカだが、現実は彼女の望む結果を排出しない。
蠍械獣が首を傾げるように動かす。
メンカにはそれが、「何かしましたか?」と械獣が嘲笑しているように感じられた。
「べ、ベムラハジメ!? 盾以外なら、攻撃、効くって――」
「……考えられる結論の1つとしては」
「しては?」
「このラーディオス、運動性能と引き替えに、攻撃力が低下している……」
「そんな……」
メンカの腕がだらりと垂れた。
せっかく、ラーディオスで戦えたのに。
スゥを守れると思ったのに。
結局自分は逃げ回るだけが能なのか。
何もできない、スゥのお荷物でしかないのか。
茫然自失のメンカは、蠍械獣の頭部が赤く輝くのに気づかなかった。
ラーディオスの左胸に命中したメーサーが、着弾部分の細胞を蒸発させ、やがて背後へ飛び出す。
胸を貫かれた巨神は、泥のようにぐにゃりと溶け崩れ――消えた。
標的を失った蠍械獣のメインカメラが、第2目標――召神の余波でひっくり返ったCATにピントを合わせる。
CATを引き起こそうと足掻いていたレッド達は、視線に気づいて身を強張らせた。




