2-5 大械獣空中戦
ラーディオスの目頭から半透明の瞬膜が出て眼球を覆う。
視界が暗視モードに切り替わり、夜の廃墟はスゥにとって昼と等しくなった。
「行こう!」
「うん、姉ちゃん!」
兵士達から充分に距離を取ると、スゥは猛然とダッシュ。
一歩踏み出すごとに、落雷のような足音が大気を震わせる。
幾つかの遺跡はその振動だけで崩壊していった。
途中何度か地下施設を踏み抜いたが、水たまりを踏みつけた程度にしか感じない。
「走っても間に合わないぞ、飛べ!」
「飛べるんですか?」
「先に言ってよぉ!」
スゥは地を蹴った。
大地にクレーターを穿って空に跳んだ巨体は、しかし落下しない。
「すごーい、飛んでる!」
敷き詰められた模型のように見えるビル街に、スゥは目を輝かせる。
メンカは可能な限り下を見ないようにした。
肩甲骨の辺りにある外骨格と、ふくらはぎの外骨格がスライド。
内部からブースターノズルのような器官が迫り出す。
そこから噴射された蒼い炎は、超音速での飛翔を可能たらしめる翼となった。
蒼い尾を引く流星となって、巨神は夜の運河を滑る。
「――いた!」
ラーディオスの視覚が、月光に照り映える金色の影を捉えた。
「あれが蝙蝠械獣か……」
空飛ぶ矢印かブーメランめいたその巨体は、辺村にステルス爆撃機を思い起こさせる。
ついでにいうと、蜘蛛械獣も生物というよりSF作品に登場する多脚戦車のように見えた。
獣というより、明らかに兵器。
だとすれば、何者が造り出したのか。
「あれ?」
蝙蝠械獣はキャンプKを素通りして、何もない山の上で腹部のハッチを開く。
そこから何か円筒状のものが落下。高振動爆弾。落下と同時に500キロ通常爆弾の爆発に相当する振動波が放たれる。山肌が弾け飛ぶ。
「あいつ、なんであんなとこ……?」
「いいから止めよう。ベムラハジメ、攻撃手段はないんですか」
「右の掌にビーム砲がある。右掌部速射荷電粒子砲だ」
「……今、なんて? パジャマカルテット?」
「お泊まり会かよ。パルマ・ジャヴェロットだ」
「パ、パルジャマヴェヴェ――痛ッ!」
舌を噛むスゥ。
その間にラーディオスは敵を追い越した。旋回。
「ラピなんとかといい、あたし達の名前覚えられないくせになんでそんな馬鹿みたいに長い名前つけるの? 『右ビーム』でいいじゃん!」
「バッカおめえ、そういういかにも『私中2病じゃありませんからー』みたいな、味のなくなったガムみたいに無味乾燥なネーミングの方が余計ダサいんだよ!」
「そうかな!?」
「スゥ、そういうの、今はどうでもいいから!」
「よくないが、まあいい。右手を開いて目標に向け、念じれば撃てる」
「よっし、出ろぉ! パルジャマ……なんたら――!」
スゥの咆哮に応え、右掌砲口から青い光弾が夜空を切り裂いて飛ぶ。
それは瞬時に目標に達し、蝙蝠械獣の背中で爆発を起こした。
「Tkrrry!?」
既に撤退準備を始めていた械獣だが、逃げられぬと悟り急速旋回。
ラーディオスに向き直る。
「やる気みたいだな」
「だったら、墜とす! 姉ちゃんに牙を剥くものは、全部あたしの敵だァ!」
もちろんその中には人類も含まれると、スゥはあえて言わなかった。
紺碧の夜空をバックに、2体の巨神が睨み合う。
一方はオレンジの燐光を身体に走らせる暗緑色の巨神、ラーディオス。
相対するもう一方は金色の蝙蝠械獣。
械獣の翼、その後部が口を開くように上下に割れた。
そこから蝙蝠械獣をそのまま小型化したような械獣が大量に吐き出されていく。
巨神からすれば小鳥のような子型艦載機は、しかし大型猛禽類もかくやという凶暴さで襲いかかってきた。
機銃弾がラーディオスの肌を打つ。
砂利をぶつけられたような衝撃がスゥを襲った。
ラーディオスの感じた痛みは使用者にも伝達する。痛覚は能弁なアラート・メッセージであり、戦闘中に視界の一部を占拠するよりずっと安全だ――と、巨神の設計者は考えたらしい。
「この程度でッ! ラーディオスが倒せるかぁ――ッ!」
パルマ・ジャヴェロット連射。
串を刺すように、1発で複数機を貫いて蒸発させる。
至近距離をかすめただけでも、更に数体が溶解し爆発していく。
夜空を裂く青い光の枝に、爆発光が実を生らせる。
だが細いビームで無数の小型蝙蝠を相手取るのは、皿いっぱいの豆を爪楊枝で食べるような手間だった。
「やめろスゥ、エネルギーがいくらあったって足りやしない。親玉を狙うんだ、親玉を――」
ラーディオスが小型蝙蝠に気を取られている間に、蝙蝠械獣は次の攻撃に移っていた。
機首がX字に開き、パラボラアンテナに似た器官――あるいは機関――が顔を覗かせる。
そして。
「La――――――」
械獣が歌ったように、スゥには聞こえた。
音叉を爪弾くような美しく澄んだ音色。
しかしそれとともに放たれたものは、そんな嬉しいものではなかった。
大気を歪めて接近したそれが、小型蝙蝠を巻き込みながらラーディオスの左肩甲殻を打ち砕く。
「あうっ――!」
「何、今の……?」
「音波収束破砕砲だな。超音波を一点に収束して対象を破壊する」
人間にとっては可聴域外の発射音をラーディオスの耳が捉えたのが、さっきの歌声というわけだった。
「次弾、来るぞ! 左手を前に!」
「Laaaaa――――」
空間を歪め、音波収束破砕砲の一撃がラーディオスに迫る。
スゥは左手を突き出した。
敵に向けた掌の先に、青く光る半透明の盾が生まれる。
「左掌部展開式光子装甲、起動」
超音波の矛と光の盾がぶつかり合う。
左腕が折り曲げられそうなほどの衝撃。スゥは右手を添え、必死に耐える。
ここで力を抜けば、身体に風穴を開けられるのは明白だ。
蝙蝠械獣は更にエネルギーの放出を続ける。
わずかずつ押し出されていくラーディオスの身体。
「違うスゥ、受け止めるんじゃない! 流すんだ!」
「!」
スゥは盾を傾けた。
音波砲の軌道が折れ曲がり、空の彼方へと流れていく。
左腕への負担も減り、スゥは自由になった右掌を械獣へと向けた。
「パル――なんだっけ――いけえッ!」
放たれたビームが械獣の剥き出しになった砲口に突き刺さる。
エネルギーバイパスを溶断され、ただでさえオーバーヒート状態だった音波砲の砲身が暴発。
蝙蝠械獣の機首は柘榴のように弾け飛んだ。
だが――。
その爆煙を裂くように、蝙蝠械獣は突っ込んできた。
「特攻か!?」
ブーメランに似たその形状に相応しい軌道を描いて、械獣が巨神に接近する。
わずかな傾斜を持つ平たいボディはまさに刃物。
かわしても、かわしても、鉄の刃は執念深い猟犬のように巨神の喉元に食らいつくのをあきらめない。
「残り1分を切ったぞ!」
「……ラピサー・ソリスルクス!」
『1st Instance《第1審》......Guilty』
右腕の外骨格がスライドし、スリットが拡大。そこから漏れる光が輝きを増す。
その隙を突いて、蝙蝠械獣が肉薄。
「この……!」
スゥは右腕を掲げた。
己が身そのものを刃と化した蝙蝠械獣と、光の剣と化した巨神の右腕がぶつかり合う。
スパーク。
加速と質量の分、蝙蝠が打ち勝った。
切り裂かれることこそなかったものの、ラーディオスは独楽のように弾き飛ばされる。
バランスを崩し落下する巨神。械獣はトドメを刺すべく、高く舞い上がった。
満ちた月を背に、正眼に構えられた剣のような体勢を取る械獣。
高度20キロメートル分の位置エネルギーをもっての垂直落下突撃が、迫る。
『2nd Instance《第2審》......Guilty』
大地に向かって緩やかに墜落しながらも、ラピサー・ソリスルクスの発射シークエンスは続いていた。
左腕のスリットが解放される。身体を捻ったスゥは、自分に向かって一直線に突貫する械獣に左手を突き出した。
そこから放たれた光のリングが械獣に直撃。
蝙蝠械獣は画鋲で縫い止められたように、月や星とともに夜空を飾るオブジェとなった。
『Final Instance《最終審》......Guilty』
胸部外骨格が展開。そこに生まれたエネルギー球の輝きは、まるで夜空に太陽が昇ったようだ。
かつては棚田であったのだろう、不自然な段差のある山肌に巨神は落ちた。
斜面を崩し土砂を巻き上げ、もはや人類はその名も知らぬ野生植物達を蹴散らして着地。
オレンジの光をまとい、太陽をその腕の中に抱く巨神の眼光が天を見据える。
『O.K. Execution Time!』
「いけやあああああ!」
偽りの太陽が月に向かって飛ぶ。
その途上にあった械獣は、直撃を受けて成層圏まで押し上げられた。
煌めく黄金の装甲に、それより眩い光が亀裂を走らせ、そして。
爆光。
破損した心臓の誘爆が、夜空に刹那の夜明けをもたらす。
その輝きが消えてもなお、燃えながら落下する械獣の残骸は流星雨となって空を飾った。
だが、夜の静寂をかき乱す光の乱舞もわずかな間のことで――。
間もなく空は元の藍を取り戻し、地上に立つ巨神も冷却を済ませるとすぐに闇の中に立ち消えていった。
《今日の械獣ナビ》
●蝙蝠型飛刃械獣ゴストリイ
全高:6メートル
全長:60メートル
全幅:120メートル
重量:18万トン
人類側認識コード:MMMAL410
カラー:金色
劇中の呼称:蝙蝠械獣
全翼型ステルス爆撃機のような形状の飛行械獣。
航空戦力を持たない人類にとって現状手のでない相手。
腹部に抱えた高振動爆弾により人類の拠点を攻撃して回っている。
子型艦載機や機首の音波収束破砕砲、
自らの身体を刃に見立てての突撃でラーディオスを苦しめた。




