プロローグ
「ふぁぁ......」
十代前半の年齢を思わせる可愛らしい声__で眠たげな息を漏らしながらベッドの上で伸びをする。
この体での朝は何度目だろう。この体になってから数ヶ月は経とうとしているが、やはり大きさも力も違うこの体では違和感が拭えない。
ベッドから下りた俺は小さな足でペタペタと音をさせながら、衣装棚の前へ行き服を取り出す。
下半身にはショーツしか身に着けていないが、明らかにサイズのあっていない男物のシャツを寝間着にしているため、隠すための大きさは十分だ。しかしふとももとふともものあいだに直に空気が触れる感覚は、暖かい時期であるというのにうっすらと寒気を感じさせる。
__やっぱり慣れないな。
手に持った少女用の小さいシャツと短いパンツを眺めているとそんなことを思う。シンプルながらに所々に小さく愛らしいデザインのなされたこれに手を通すことも、やはりまだ慣れることはできない。
しかし着替えなくては今日の仕事に取り掛かることはできない。
慣れない着替えを済ませるため、衣装棚の隣へ設置された姿見の前へ移動すると、”俺”の体が写し出された。
表情は大人の様に落ち着いているが、あどけなさを多分に感じさせる、そんな愛らしい顔。
か細く、すらりと寝間着から伸びた手足。
布の上からではわからない程、慎ましやかに主張をする二つの双丘。
肩口で切りそろえられた黒髪は、寝起きとは思えないほど素直に下へ流れている。
姿見に写った幼い少女の姿。
今の、今の俺の姿だ。
写し出された俺が拙い手つきで寝間着のボタンを外していくと、布と布の隙間から穢れを知らぬきめ細やかな柔肌が姿を見せた。
眠さと拭えぬ違和感を感じて細く整った眉を曲げ、眉間にしわを浮かべながらシャツとパンツに手足を通す。この体の柔肌は前の体に比べて皮膚が薄く感覚が鋭敏だ。そのためだろう、着替えるだけですこしくすぐったく頬に紅がさした。
......やはり不思議な感覚だ。
この違和感をなくすため、今日もギルドへいかなければ。
◇◇◇
この幼い容姿で「ギルドへ行く」と言うと受付嬢の仕事をするのか、依頼を出しに行くのか、とそんな事を言われてしまうがそうではない。それを証明するように、俺は武装していた。
そうだ、俺は依頼を受ける側。
冒険者なのだ。
ギルドの扉をくぐるとギルドホール内の顔見知りが数人手を挙げて軽く挨拶をしてくれる。この体になって数か月たつのだ。十数年分の体の慣れはそうそう感覚が変わるものではないが人間関係はそうでなかった。
前の体の時よりも人と仲良くなりやすい。
前と比べて力などは落ちたが愛らしい容姿に好意を向けられやすいのだ。行き過ぎたものでなければ行為を向けられるというのは、やはりうれしいものだ。
「すみません。あの」
「はい。リアさん、いらっしゃい」
「今日もおねがいします」
「用意してますよ。どれにしましょうか」
受付に声をかけると依頼情報の記載された容姿を手渡される。この体は身長が低いため依頼掲示板を見上げることしかできない。そのために、自分の等級で受けられる依頼をこうして準備してもらっているのだ。
・オオナガヤンマの捕獲(生状態、無傷のみ)
・ルガリアの東部崖より薬草(花、種、状態問わず)の採取
・極東の島での遺跡周辺調査
「薬草の採取でお願いします」
「わかりました。それと、遺跡周辺調査は内部調査隊も含めた大きな編成で行くことになってるの。中堅の冒険者も同行することになってるし、リアさんならそろそろこれくらいの難度も大丈夫だと思います」
「私は......」
「無理にとは言いません。ただ編成はまだ人員を募っている段階ですし、時間もあるので考えてみてはどうでしょう。等級を上げるためにもいいタイミングだと思いますから」
受付嬢のルディアさんが手際よく俺の依頼の受注を進めながらそう勧めてきた。
「......はい。ありがとうございます。考えておきますね」
遺跡調査__か。前の体での出来事が思い起こされる。
だがもう、”あの光景”を思い浮かべても手の震えはない。そろそろ克服を考えてもいいのかもしれない。
「受注手続き完了です。お気を付けて」
「はい。ありがとうございました」
(とりあえず、薬草集めかな)
俺はギルドホールを後にした。
◇◇◇
「ふぅ......。こんなもんかあ」
いましがた摘んだ薬草をバックパックへ詰め込みながら、そうつぶやく。
海沿いの崖へ採取へきているため、潮のかおりをはこぶ海風がほほを撫で、ひじょうにすがすがしい。
海の方へ視線を向けると遠目に見えるのは極東の孤島。つい、つい最近になって遺跡が発見されたというあまり大きくはない孤島。
ここ一年ほどの間に世界各地で謎の遺跡が次々に発見されているらしい。あの孤島で発見された遺跡もそれと同類だろう。
その遺跡は魔物もいる。罠がある。宝もある。
そんなよくあるダンジョンで、ギルドや国など、それぞれが様々な方法で我先にと攻略を競い合っている。
自分もギルドに所属する冒険者だ。ギルドからの依頼で遺跡の調査にいったことがある。”前の体で”だが。
そのときの不運な事故で致命傷を負ったまま、見知らぬ土地へ転移してしまったのだ。
兎にも角にも、その転移先で自分は運よくとある錬金術師に救われた。
瀕死の体を捨て置いて、魂だけを新しい体に移し替えることで。
このかわいらしい幼女の体。
あまりに非力で魔物どもと渡り合うには不釣り合い。
あぁ、早く元の体に戻れないものか......。