第一章
主人公である男が謎めいた薬屋を訪ね、「記憶を無くす薬」が欲しいという。
その理由とは...??
彼女と出会ったのは、高校に入って間もなくの春風吹く暖かな季節だった。
入学式の日は、晴天で空気が澄んで清々しい日和だった。
「今日から高校生か。」
未だに実感が湧かないまま、校門の前に立ち学校の校舎を見上げる。
俺が受けたのは、この地域の中で対して高くはない平均的な偏差値である高校。校則が厳しいと評判で、同時に就職のつきやすさNO.1だという。かといって、俺が受けた理由は、ただ単に『家から近かったから』。
「高校なんてどこも同じだろ。」
ここまでの俺は、そんな風にばかり考えていた。その考えを180度変わった瞬間はこの後だった。
校門から1歩踏み出した瞬間空気が変わった。もう、目を離せなくなっていた。
俺の数メートル前に歩く女の子から。
彼女は、艶のある黒髪を風になびかせながら、姿勢よく玄関に向かって真っ直ぐ歩いていた。たったそれだけのことなのに。
どうしてしまったんだろうか...。
頬がじわりと紅潮していくのを感じ、更に熱を増していったことに気づいた。
他の生徒は、俺のことを変な目で見ながら通り過ぎていく。しかし、そんなことも気にならなかった。
彼女の周りだけが、光り輝いているようにしか見えなかった。
雑草の中に一輪の花が咲いているように、そこだけが釘付けになったのだ。
-体育館-
入学式で、校長先生に承認されるためそれぞれが点呼されていく。1組...2組...そして、3組で彼女の名前を知ることになった。
カガミ リンネ
『香美 凜音』
「はい!」
名前を呼ばれ、即座に立ち上がる彼女はやはり、美しかった。彼女を見ているだけなのに、風も吹かないこの体育館に桜が舞っているような感覚さえ覚えた。
(凜音って言うんや、似合う名前だなぁ...)
そんなこと考えたら、呆然としていたのか隣の男の子に声を掛けられる。
「どないしたん?ぼーっとして」
少し癖のある喋り方をする、茶髪の如何にもやんちゃ坊主さが、特徴的だった。
「大丈夫何でもないんだ」
と、笑顔でかえす。
「そう?次、呼ばれるで」
(関西弁かな...??)
そう思いつつ、親切な人が隣で良かったと感じる。
スノハラ ユズキ
『春原 柚希』
「はい!!」
俺は、彼女にも届くよう声を張り上げながら立ち上がる。
そして、俺は、晴れて高校1年生になったのだ。
-廊下から教室へ-
入学式が終わり、一斉に各教室へと戻る。
俺は、自分のクラスに戻るのに、スキップをしたくなった。なぜなら、彼女と同じ1ー3なのだ。こんな奇跡が他に、あるだろうか。.....いや、あった。
席についたあと、心臓が壊れそうなぐらい胸が高鳴っていた。
(やばい、やばいって!)
「じゃぁ、まず、隣の人同士で自己紹介を始めてください。」
「「なんでー!?」」
(嘘だろ...!?)
「なんでー?じゃありません。近所付き合いから始めるのはとても大事なことですよ~。」
担任の先生が、明るい笑顔で続ける。
「あ、私は長嶺遥って言います。1年間このクラスでよろしくお願いします」
小さな背丈に対して礼儀正しいお辞儀をする担任を横目に、俺の意識は、そんなこと気にしてられなかった。
動揺しすぎて、手から汗が滲む。
「あの...。」
隣から、鈴を転がしたような声がする。鈴...といってもランドセルに付けるような鈴ではなく、風鈴の音に近い透き通った声。
「は、はい。」
俺は、少し上ずった声で返事をした。
「そんなにかしこまらないで...」
「ご、ごめん...」
「大丈夫!実は私も緊張してるんだ!」
「そうなの?」
「うん!だから少ししかめっ面だったかも...」
顔をあげると、彼女が安堵したように笑いかけてくるその様子にまた、惹かれていく。
「私は、香美凜音っていうの!よろしくね!」
ほんのり顔を赤くしながら、彼女の名前を聞いた。
「あ、俺は、春原柚希って言います。これから、よろしく。」
そう言い終わると、彼女は俺の方へ手を差し出した。
首をかしげていると、彼女は戸惑った顔をした。
「握手!...あれ?したくなかった…?」
差し出した手を軽く握りながら戻そうとする、彼女を引き止めた。
「ごめん。そういうことじゃないんだ。」
俺はもう、恋はしたくない。なんて、そんなことを考えてた時期があった。
けれど、今は違う。
俺は、手を差し出し、彼女の手を握り返す。
「よろしくな!」
精一杯の笑顔で、そう答えたのだ。
春の幕開けだ___...。
* * *
「うん。そこまでは、とてもいい話だね。」
ズッと1口コーヒーを啜りながら、白衣の男は足を組み直した。その声は酷く冷静で、以前に聞いたことがあるような口ぶりに思えた。その様子をみて思わず黙り込んでしまう。
「...あ、カルテを書くのわすれてた。」
白衣の男は、コーヒーカップを机の上に置き、引き出しからカルテらしきものを取り出した。
「えっと、お名前は"春原柚希"さんですね。」
「...はい。」
「うん。まぁ、本当は他にも聞くことはあるんだけど、今はいいや。」
カルテを机の上に置き、腕を組む。
「そうか、そうか。」
1人で納得したようで、若干口角が上がっているように見えた。白衣の男は、俺の目を見て続ける。
「もう少し、聞かせてください。」
そう言った彼の目は、爛々と輝かせていた_____...。