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ある日、Hと彼女に加え、一つ年上の男性の先輩(以下Iと呼ぶことにする)、彼女、Hと同学年の先輩(以下Jと呼ぶことにする)の五人で、Jの家(一人暮らし中)で鍋をすることになった。IはHを想い慕っていると聞いた。つまり、IはHに近付く、私は彼女へと近付くいい機会だった。Jには感謝しかないが、単純に遊びたいという気持ちを踏み躙った罪悪感もある。申し訳つかない。
その日、彼女の好きなトマト鍋を皆で食べ、夜遅くまで、言うなれば、夜明けギリギリまで遊んだ。ゲームをしたり、だらだらしたり、それはそれで楽しいと、恋慕い云々無しで思える時間だった。もう、この時間が最も幸せなのではないか、と思う程に。
静まり返った部屋で、私は一人、Jのベッドで天井を見つめている。一番の後輩だから、という理由でベッドで寝ることが出来たが、しかし先輩が使っているベッドだ。ゆっくり寝られるわけもなく、天井を見つめている訳だ。
少し意識が飛んだ。時計の針が少しだけ進んでいた。あまりにも寝付きが悪いので、一度姿勢を直そうと思い、足を動かした。すると、足の先に、なにか丸いものがある。まだベッドの上のはずで、寝る前確認した時は何も無かったはず。何かと思い近くで確認してみると、いつの間にか近くまで移動していた彼女であった。
どうしたのか聞くと、ベッドがとても気持ちよさそうだからつい、と言った。私は少しだけ考え、寝る場所を交換しますか、と提案した。すると彼女は悪いとだけ言い、その場所でうつ伏してしまった。私は1人でベッドを使っている罪悪感が膨れ上がり、それなら一緒に寝ましょう、と再提案した。彼女は少し考え、それを承諾したのだった。
訳の分からない時間だった。ただただ幸せだった。彼女の都合など考えない行動だった。軽率な行動だった。反省すべきだ。今でもそう思う。だが、思い出すとにやけが止まらない。私の好きな人が、目の前で、同じベッドで寝ている事実。彼女もきっと緊張していたのだろう、あまり寝れないと言って私を見つめるのだ。彼女が動かす唇の動き一つ一つ、吐息、視線、全て私を捉えていた。あの時間は、本当に彼女を独占していたと思う。
彼女は何の考えも無しに、結果的には添い寝となった行動を承諾した訳では無い。私を全面的に信頼してくれているのだろう。それは嬉しいが、手を出さないと思われてるのはどこか寂しさもあるものだ。出すことはないけど、それでもいつも背後にいる悪魔は微笑み続けていた。それで私は、罪悪感の錠前に縛られて、胃を、食道を、そして言葉を痛めつける。まるで茨に絡まったような、そんな痛み。彼女の寝顔が、純粋に可愛らしいと思う。そんな資格もない。私には、そんな資格はない。
翌朝は15時までダラダラと同じ場所で過ごしていた。最早太陽の傾く時間。流石に空腹を感じ始めた私達は、帰る支度を済ませ、駅前の喫茶店に入った。他愛もない会話。それが癒しだった。彼女だけじゃない。HもJもIも、私にとって掛け替えのない人達なんだ。だから、とても良い時間だった。そこで飲んだブラックの珈琲は、いつも飲む物より甘かった。