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「あなたは私の全てよ」――恋愛映画のワンシーンを思い出す。
下らない、と言って吐き出す、薄っぺらな愛の言葉を、今真摯に受け止めると、なんだか、天気雨の様な心持ちになる。
少なくとも今は、そういう気分なんだ。
自分の気持ちに嘘をつき、その嘘は貴女にまで伝染して、貴女の嘘がまた、私に伝染する。けれど違う。私の嘘は、例えるなら、甘いドロップスの中にある薄荷。貴女の嘘は、例えるなら、精巧な模造品の中にぽつりと立つ、劣悪で甘いオリジナル。貴女は私の嘘を避けるけれど、私は中毒になって、貴女の嘘を離そうとはしない。
第一志望の大学は、今思えば落ちて当然だった。最早、いい旅行だったとしか思えない。東海地方在住の私は、はるばる四国まで足を運び、たった3問の問題に挑み、見事大敗したのであった。とある居酒屋で食べたカツオのたたきが忘れられない。あれ以上に美味しい海鮮は無いと言える、うん。
そこから、既に受かっていた県内の私立大へと入学する準備を始め、金銭面で四苦八苦しつつ、私は晴れて大学生になった。
私は運動が苦手で、何をやっても大体平均、またはそれ以下。それは、幼少からずっと、音楽を嗜んでいたからだろう、と自分に言い聞かせる。実際それは本当だろう。
それもあり、私は大学内の、音楽に関わるとある部活に入ったのだった。
それからというもの、光陰矢の如く、あっという間に日は進み、講義も部活も熟れてきた頃、ふと目にした。私は身長が170cm強あるのだが、その人は、私よりおよそ20cm低い。だけれど、ちゃんと耳に届き、それでいて柔らかい声と、気恥ずかしくて、目を逸らしてしまうような純粋で透き通った瞳。部活内で軽いミスをした私に対して、「頑張れ」と一言、簡単な一言を言ってくれた年上のその人に、私は直感で思ったのだ。
「きっと私は、彼女に惚れてしまうだろう」
それからまた少し日を隔て、練習に明け暮れていた頃、また先輩を少しいじることも出来るようになった頃、偶然私は、その人とその他数名と夕飯を一緒することになった事がある。私以外皆先輩方だったから、昔はこんな奴が居た、だの、今の1年生は中々意識が高い、だのと色々な話を聞いた。肝心のその人はと言うと、飲酒していた事もあり、我ここにあらず、ぽわぽわした様子だった。普段見ているのは、部活内でキリッとしている姿だけだったから、そんな一面もあるのか、と自然と若気てしまう程度にはもう、私は彼女の虜だった。
それと同時に、彼女には別の想い人、既に恋人が居るということを知った。
そこから、軽い会話が始まった。気軽に言葉を送ることが出来る。良い時代になったな、と思う。少しグロテスクな感情が、彼女に見えることの無いよう、細心の注意を払いつつ、何にもない、少しクスッとできる程度の会話がしばらく続いた。きっと彼女も、楽しんでいたと思う。そう思いたい。
彼女が疲れていたら労り、また彼女に嬉しいことがあった時は、それが彼女の想い人に関することだとしても、ただただ相槌を打ち続けた。だが、勘違いしないで欲しい事として、私は決して、彼女を振り向かせたい、と、彼女を奪いたい、と思って、自分を押し殺しながら話を聞いていた訳では無い。これは、ただ単純に、純粋に、彼女に笑っていて欲しい。彼女に元気になってほしい。そういった、成長に連れて捨てられていった筈の感情が、私にそうさせていたのだ。
例えば、満月の夜や、雨の夜なんかは、どうしても、寂しく、辛くなる。仕方の無いことだ。本当に変な片思いをしている。思えば高校の頃も、こんな風な片思いをしたことがあったような気がする。