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07話 またまた大暴落する私の命の価値

 

 月が陰る闇夜にその人影は立っていた。

 

 小さな通りを挟んでそれぞれの建物の屋上でにらみ合う人影と《紅星の背中》の二つ名を持つ四天の一人のルジィ・フェルナンテ。

 そのローブの下はやけに膨らんでいて、何か武器を隠し持っているのではないかと私でも警戒できるほどに不自然だった。


 でも、直前のルジィが人影に問いかけた言葉のせいで混乱していてそれどころではなかった。

 

「もしかして私って……偽物だったの?」


 私の間抜けな質問に、私を抱きかかえているルジィも、ルジィと対する人影も答えない。

 

 これまでにないほどに真剣な表情のルジィを見て、私はその人影がとてつもなく危険な存在なのだと理解する。

 それと同時に、あの人影こそが、本物の魔女なのかもしれないというのも頷けるような気がした。


 ……でも、だとすると私ってなに?

 ただの人違いってことはないでしょ?


 影武者?


 魔女が死んだと思わせる為の死体役ってこと?


 そんな人のところに私の精神は入りこんじゃったの?

 いくらなんでも悲しすぎない?




 ――そんなことを考えている私の緊張感のなさが災いしたのかもしれない。


 


 一瞬強い光が私たちを襲った。

 兵士たちが使っていたようなスポットライトのような光ではなくて、ほんの一瞬だけれどものすごく強い光。

 

「―――――??」


 私はその光を浴びた瞬間意識がゆらゆらと揺れるような感覚に襲われた。


「お、おい!? どうした!?」


 どうやらルジィには効果がなかったようで、私は遠のく意識をどうすることもできずに、必死に私に呼びかけるルジィの問いかけに答えることができなかった。








「はっ!?」


「目覚めるの早いなオイ!」


 ……一瞬完全に意識が飛んだと思ったけれど、どうやらそれはほんの一瞬のことだったらしい。


「今の光の影響かどうか知らんが頼むぞ魔女さん。……いや、正確には魔女さんじゃねえのか?」


 ルジィは目線を目の前の人影から離さないまま言った。


「嬢ちゃん、名前は?」


「私の名前は…………」


「なんだ、名前教えると不都合でもあんのか?」


「そ、そんなことない! 私の名前はヴァルシュ!」


 名乗りを上げると、ルジィはニヤリと笑った。


「そうかい。それじゃあヴァルシュ。ここからは死なないことだけ考えて立ち回れ。来るぞ!」


 ルジィがそう言った瞬間、目の前のローブの人物が動く。


 ローブの下に隠していた―――人を見せる。


「……ッ!? ミリナ!」


 ルジィの表情が驚愕と憤怒に染まる。


 そう、そのローブの下から現れたのは紛れもなく、ヒロインのミリナちゃんだった。

 どうやら気絶しているようで、ルジィに反応することはない。


 っていうかもう面識あるのねミリナちゃんとルジィ。 

 

 なんて考えていると、人影がまた動く。

 本物の魔女であるらしいその人影はミリナちゃんを、明らかに物理法則を無視した力で放り投げる。

 多分魔法なんだと思う。

 ミリナちゃんの体は信じられない速度で右斜め下、つまり地面に向かって放り投げられる。


「チッ! すまんな!」


 ルジィはそう短く言い切ると、私をその場に取り残して、地面を蹴りだすと、さっきまでの跳躍とは比較にならない速度で跳躍した。

 その衝撃で生まれた突風に私は思わず目を閉じる。 


 そして目を開いた時に、目の前に黒いローブの人影があった


「……あっ」


 屋上に取り残された私は、その人影――魔女と一対一で向かい合う。

 そして、魔女は、懐から杖のようなものを取り出す。

 その先端が一瞬光ったかと思うと、私の意識は真っ白にそまり、一瞬全身に針を突き刺すような鋭い痛みが走り――














「はっ!?」


「目覚めるの早いなオイ!」


 私はすぐさま自分の顔を、身体を確認する。


「し、死んでない……?」


「なんだ、死んだと思ったのか? 一瞬気を失っただけだ、安心しろ」


 ルジィは安心させるようにそう言ってくれたけれど、私の頭はぐるぐると回っている。


 絶対に違う。 

 私は死んだんだ。


 こんな感覚、前にも覚えがある。

 というか絶対にそうだ。


「し、死に戻り……!」


「は?」


「ルジィ! よく聞いて、今からあの魔女がミリナさんをあのローブの下から出してぶん投げるから」


「なんでそんなことがお前に……ッ!?」


 ルジィが私の言葉を疑問に感じた次の瞬間には、そのローブの下からミリナちゃんがお目見えしていた。


 そして、見覚えのある超物理法則的な力で右斜め下の地面に投げ飛ばされるミリナちゃん。


「チッ!」


 そしてそれを追いかけて衝撃音と共に跳躍するルジィ。


 置いて行かれる私。


 まずい。

 完全にリピートしてる。


 つまり、今度もまた目の前に――


 そう、本物の魔女だ。


「ひっ」


 魔女が懐から杖を取り出すのと同時に私は悲鳴をあげながら動き始める。


 私はとにかく魔女様の正面に立たないように、咄嗟に真横に駆ける。


 その次の瞬間には、私がつい先ほどまでいるところを通過するように業火が吹き荒れる。

 それは一過性のものではなくて、延々と吐きだされ続けていて、ものすごい熱量が近くにいる私に容赦なく伝わってくる。


「……っ!!!」


 あんなのを受けたらひとたまりもない。

 というか実際にひとたまりもなかった。


 そしてその吹き荒れる炎は方向を変えて、私の方へと向かってくる。


「……い、いやだっ」


 私はそれから逃れるように走る。


 走るけれど――



 背後から襲い掛かる炎に飲み込まれる。


「うあ! ああ! あぐ……ひぐ」

 

 絶叫する間もなく、そんな猶予も余裕もなく、炎はあっというまに私を包み込んだ。

 

 全身を貫くような痛みを受けながら、業火の中では悲鳴をあげることすらできない。

 一瞬、コンマ何秒という単位の時間が永遠に感じられる苦痛。

 内側から破壊されているのか外側から破壊されているのかも分からない。

 絶望的なまでに、自分という存在が壊されていく痛み。

 取り返しがつくはずもない破壊が自分を確実に蝕んでいく喪失感。

 肌が冷たいのか熱いのかも分からない。

 痛い。

 痛い。

 痛いの。

 すごく痛いの。

 こんなのもう嫌なの。

 お願い私を早く―――――――














「はっ!?」


「目覚めるの早いなオイ! ……っていうかどうした。震えてんのか。気持ちは分かるが踏ん張りな」


「…………」


 ルジィがそう声を掛けてくるぐらいには私の様子は変化してるらしい。

 震えが止まらないし、汗がにじみ出る。


 即死といえば即死。

 即死の定義なんて知らないけど、さっきよりも絶命するまで三秒ぐらい延びたとかそんな程度だ。

 

 でも、その三秒が恐ろしい。

 既に何回か絶命した体験はあったけれど、その比較にならない苦しみと恐怖だった。


 またまた大暴落する私の命の価値がもうマイナスに振り切りそう。

 


「おい、本当に大丈夫か」


「……今からあの魔女がミリナちゃんをこっちから見て右に真っ直ぐ放り投げるからそれに合わせて跳躍して。その時に私も一緒に連れて行って。どんなに苦しくても、骨折しても、死にかけてもいいから連れて行って」


「お前一体何を……」


「いいからお願い!」


 私がそう叫ぶのと同時に、本物の魔女のローブからミリナちゃんが姿を現す。

 そして、私が言った通りの方向に放り投げる。


「は、驚いたぜ……ッ!」


 ルジィは私を、まるで丸太でも抱える様にかかえて、信じられない速度で跳躍する。


 静止状態から一気に加速するその瞬間に掛かる負荷は半端じゃなくて、全身がビリビリするし脱臼ぐらいしててもおかしくないぐらいに身体が痛いけれど、あの痛みを食らうよりはいい。


 これでさっきと同じ目に遭うことはない。


 そう確信した時だった。


「……ッ!? すまんッ!」


 ルジィはそう言って着地と同時に、私をその場に転がしてその瞬間に再び跳躍した。

 それは先ほどまでの跳躍がお遊びに思えるほどの速度で、私はその衝撃にまるで突風にでも吹かれたかのように地面をごろごろと転がる。

 

「い、いったい何が…………っ!!」


 ようやく起き上がると、一瞬でいくつかのことを悟った。

 

 どうやってかは分からないけど、ミリナちゃんを真逆の方向に吹き飛ばしたこと。

 ルジィはそれを追いかけたということ。



 そして、目の前に魔女がいるということ。

 


「ひっ……」


 私はもつれる足で起き上がろうとして、失敗する。

 一刻も早く立ち上がって、魔女から逃げなければならないのに、足が言うことを聞いてくれない。


 魔女はそんな私をゆっくりとした足取りで追いかける。

 懐から杖を取り出す様子もないけれど、足を止めることもない。


 私を観察するかのように、ゆったりと、ゆっくりと、近づいてくる。

 

 そして、まるでもう十分だとでも言いたげに足を止めると、その懐からゆっくりとあの杖を――あの業火を吐きだすあの杖を取り出した。

 

「や、やめて! お願い! やめて!」


 聞き入れられるはずもない私の懇願を、まるで虫の断末魔でも聞いているかのように観察し続ける魔女。

 

 私はその魔女を目の前にして、もう冷静ではいられなかうなっていた。

恐怖と怒りと絶望と、色んな感情をごちゃ混ぜにした激情が爆発する。


「どうして、どうしてこんなことをするの? 私はなんなの? あなたの偽物なの? 教えてよ!! なんなの! いったいなんなの!」

 

 魔女は答えない。

 

「誰か、誰か助けて――」


 そして、その杖の先端が一瞬光り――――――


















「……アレ?」


 恐れていた痛みは訪れない。

 それに、ルジィの腕の中にいるわけでもないから即死したわけでもない。


「……?」


 瞑っていた目を恐る恐る開くと、はためく翼が目に入った。


「……へ?」


 天使のようなその真っ白な六枚の翼は、私を庇うように魔女の前に立ちふさがる。

 神々しさを漂わせるその翼は一枚一枚が大きくて、人が飛べてしまいそうなほどだった。


「遅れてごめん」


「…………!」


 その声は、この世界に入ってからたくさん聞いた、穏やかで、優しい声だった。


「これまでも、これからも、僕のわがままで構わない。君が誰かに助けを望むなら、僕が君を守る」


 白い翼は見覚えのある衣服を突き破って生えている。

 その天使と見紛うような羽をその背中に生やしているのは――紛れもなく私の知る彼だった。


「ヴァイツ!」


 闇夜の下に、黒衣の魔女と、白翼を持つ青年ヴァイツは対峙するのだった。

 


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