06話 もしかして私って……
初めて降りた階段はギシギシと音を立て、外に出た時の石畳の感触の新鮮さに私はもう戻れないということを悟った。
建物の外はひんやりとした風が吹き抜けるだけで、人の気配もなければ灯りもまるでなかった。
「月が陰ってるうちに行くぜ」
大男はそう言って空を仰ぐ。
街灯もなければ月明かりもない通りは異様に暗い。
「魔女さん、ちょいとすまんが急ぐんでな」
「はい?」
私が間抜けな声を出すのに構わず、大男は私を抱き上げた。
「え、あの、ちょっと」
ちょうどお姫様抱っこの形になって、なんともいえない恥ずかしさがある。
今から何されてもおかしくないっていうのに、こんなことを恥ずかしがってる場合じゃないとは思うんだけど、どうにもこの大男と喋ってるとそんな危機感が湧いてこない。
「……チッ、遅かったか」
不意に大男がそんなことを呟いたかと思うと、辺りが途端にパッと明るくなる。
それはまるでスポットライトのような強い光で、私と大男を照らしだしている。
その光はどうやら、杖のようなものから射出されているようなので、魔法なんだと思う。
「ルジィ・フェルナンテ様ですね」
光が眩しすぎてよく見えないけど、その声には聞き覚えがあった。
「誰かと思えば自警団団長様のロンダルじゃねえか。真夜中にどうした?」
大男がからかうような調子で言うと、あの紫髪の強気青年ロンダルは不愉快そうに鼻をならした。
「真夜中にどうした、というのはこちらの台詞ですよルジィ様。あなたが抱きかかえているその女、こちらにお渡し頂きたい。もちろん、ルジィ様の手柄として報告させて頂きます」
「は。いつからお前は俺に手柄を譲ってやる、なんて偉そうなことが言えるようになってくれて俺は嬉しいよ。訓練兵の時のお前は――」
「い、今はそんな話はしていません!」
飄々と喋る大男に、ロンダルは吠える。
吠えるけど、さっきまでの強キャラ感が吹っ飛んじゃった。
強気受けっていうのを体現するような男の人だなぁ。
……っていうか、さっきからルジィとか、フェルナンテとか、どここかで聞き覚えのあるような言葉が聞こえるんだけど気のせいかな?
「やれやれ。自警団が軍部から独立したと思ったらあっというまにやんちゃになっちまいやがって…… 俺は悲しいぞロンダル」
「私はやんちゃなどしておりません! ただ、民のことを思い、動いているのです!」
「民、ねぇ」
「公爵家のルジィ様には分からないこともあるのです!」
「……それがお前の本音か」
大男は少し寂しそうに言った。
っていうか今公爵家って言った?
「ま、それはいいんだがな? 魔女さんの身柄は俺が預かる。そこを譲るつもりはない」
「……どうしても、ですか?」
「ああ、そうだ。どうしてもだ。あとは分かるだろ?」
「……分かりました。それでは力づくで参ります」
ロンダルの口調がまた強キャラっぽくなる。
え、なに、バトル? バトル展開なの?
「総員! ルジィ様を取り押さえて魔女を奪え!」
ロンダルがそう言うと、いまだに光が眩しくてよく見えないけど、一斉に多くの兵士たちが動き出したようだった。
「お前ら、すまんがここは頼んだぞ」
「はっ!」
大男はお連れの兵士さんにそう声を掛けると兵士さんらしい返事が聞こえた。
「それじゃ、魔女さん。しっかりしがみついてくれよ」
「……へ?」
いったい何が、と思った時には既に遅かった。
「せいッ!」
一瞬の衝撃と共に大男のド迫力の掛け声が間近で聞こえたかと思えば、私の体は宙に浮いていた。
「…………は?」
眩しい光がなくなって、ようやく私は周囲の状況を見渡して、青ざめる。
大男はジャンプしただけだ。
そう、ただのジャンプ。
けれど、ただのジャンプも常識を超えた力から繰り出されれば。
宙に浮くのだ。
眼下には口をあんぐりと開いて私と大男を見上げる兵士たち。
久しぶりに見たロンダルは悔しそうに顔を歪ませながら周囲の兵士たちに指示を出している。
大男は常識を超えた跳躍で五階ぐらいはある建物の屋上に降り立つ。
「いやすまんな魔女さん。びっくりしたか?」
「そ、そりゃあもうびっくりですよ……っ!?」
――その時、ずっと陰っていた月明かりが差し込み、私はようやくその大男の顔を見た。
燃えるような赤い髪、紅の瞳。
浅黒い肌に、彫が深くてまるで精巧な彫像を思わせるような顔。
精悍でがっちしりした肉体。
豪快で不敵なその笑顔。
身に纏っているゲームのパッケージで見かけた軍服。
そして大きな身体とその超人的な身体能力。
「四天のルジィ・フェルナンテ!?」
「お。噂の魔女さんも知ってるとなると俺もいよいよ有名人だな」
そう言って大男――四天の一人であるルジィ・フェルナンテはフフンと笑った。
「い、いやいやいや…… え? どうしてルジィ様がこんな最前線っていうか、直接私を捕まえに?」
「お、様づけしてくれるのか魔女さん。……なんか妙な感じだし呼び捨てにしてくれ
「え、あ、はい」
なんてのんきな会話をしてると、こちらに強い光が差し向けられて、兵士たちが私たちを探し始めた。
「おっと、あんまりじっとしている訳にもいかねえな」
ルジィはそう言ったかと思うと、地面を蹴り飛ばして、まるで巨大なバッタが飛び跳ねるように屋根をぴょんぴょんと飛んで行った。
ぴょんぴょん、とは言ったけれども実際はかなり強い衝撃が跳躍の旅にあって、お姫様抱っこされてる私にもダイレクトに伝わってくる。
そんな風にぴょんぴょんと飛び跳ねているうちにすっかり喧騒からは遠ざかっていた。
「あ、あの」
「ん? どうした魔女さん」
私が声を掛けてもルジィが足を止めることはなかった。
抱きかかえられたまま喋るのはなんだか恥ずかしかったけど、とにかく聞いてみよう。
何から聞いたらいいのかも分からないけど、答えてもらえそうな感じだし、色々聞かないと!
「えっと……どうやって私の居場所を?」
「地道な聞き込みをやったのさ。てっきり遠くに逃げたもんだとばかり思ってたからな。あんな近くにいるのは盲点だったぜ。ま、聞き込みしたのは俺じゃなくて部下なんだが」
「そ、そうだったんですか…… あ、そういえば」
「今度はなんだ?」
「あの、ロンダルっていう人とはどういう関係なんですか? 対立しているように見えましたけど」
「……なかなかズケズケと物事を聞く魔女さんだな」
ルジィは呆れ顔だった。
「ま、いいがな。あいつは元々は俺の部下だ。一度でも軍部に所属すれば俺の部下になるんだが、あいつはその中でも直属にまでなった男でな」
「親しい仲だったんですか?」
「そうともいえなくもないな。……それが唐突に軍部から独立した自警団を作るとかいう話になってな。その時にかなりの人数が軍部から抜けたんだが、その頭目だったのがアイツだ」
「だから自警団団長、なんですね」
「そういうことだな。全く、誰が余計なこと吹き込んでくれたんだかな」
ルジィの口ぶりからはロンダルへの悪意や恨みのようなものは感じられなかった。
これは相当仲良しだったんだろうなー。
そんなことをぼんやり考えていると不意にルジィが跳躍を止める。
「……? どうかしましたか……?」
「お前のお仲間さん……じゃねえのか」
「……え」
陰る月の下では、その姿は余りにも目立たなかった。
けれど、気が付いてしまえばそれがどれだけ危険な存在なのか、不思議と想像できた。
小さな通りを挟んだ建物の屋上でその人影とルジィはにらみ合う。
闇夜に溶け込む黒いローブを身に纏うその人影は、私が目覚めた時のその姿にそっくりだった。
何か大きな武器を隠し持っていても不思議がないほどにやけに膨らんだそのローブ姿の人影にルジィは問う。
「お前が……本物の魔女か」
本物の魔女。
ルジィはそう言った。
その人影は何も答えない。
本物っていうことは、偽物がいるってことで。
「もしかして私って……偽物だったの?」
私の間抜けな呟きに答える人は誰もいなかった。
少し書き溜めるので、次回の更新は日曜日になります。
楽しみにお待ちいただければ幸いです。