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05話 少しの間だけど幸せでしたっ!

 ――それからしばらくの間、私の生活はとても穏やかだった。


 ヴァイツは薬剤師の真似事と言ったけれど、ヴァイツのやっていることは医者と薬剤師の二つの役割を兼ねた小さな診察所のようなものだった。


 真っ当な病院に行く金のない人々がこの周辺には住んでいて、そういう人たちがヴァイツを頼って来る。


 ヴァイツも万能ではないので、重病だったり切開を要する病だったりするときにはその旨をその人に伝えるようにしているそうだ。


 患者さんは本当に様々だったけど、どの人も本当に困っていて、苦しそうだった。

 だけど、この部屋から去る時には皆どこか穏やかで安心した笑顔で、ヴァイツはすごいお医者さんなんだなって感動しちゃった。


 私はそのヴァイツのお手伝いとして、色んな業務、もとい家事を任された。


 掃除、介護の手伝い、薬草の水やり、洗濯――挙げればキリがないほどにすることがあって、仕事があって安心しながらもこれ全部を一人でやってたヴァルツに尊敬の眼差しを向けずにはいられなかった。


朝起きて。

薬草に水あげて。

ご飯食べて。

掃除と洗濯して。

患者さん迎えて。

仕事して。


お昼休憩して。

ご飯食べて。

掃除して。

患者さん迎えて。

仕事して。


仕事が終わったらまた掃除して。

ご飯食べて。

お風呂入って。

お喋りして。

爆睡して上に戻る。



 こんな感じの生活を繰り返して、もう十日は過ぎた。


 流石に外をうろつくと自警団の兵士に見つかるかもしれないからということで、買い出しなんかは全部ヴァイツ任せで、私は基本的に引きこもりだった。


 こんなに充実した引きこもり生活なんてなかなかないと思うけどね!!


 とにもかくにも、私にもできる仕事がたくさんあって、ヴァイツの役に立ててるっていうのは正直すごく嬉しかったしやりがいもあった。


 その一方で、穏やかな生活だからこそ未来のことを考えずにはいられなかった。


 一生ヴァイツに頼って生きていくわけにもいかないし、もしも彼がそれを許したとしてもそれでいいのだろうか。


 いわゆるゲームの中に入ってしまう小説やゲームだと、何か強大な敵がいてそれを倒したり、あるいはひたすら無双したり。

 はたまた悪役令嬢だったりモブだったりヒロインだったりになってのほほんとした生活を送ったり。

 今の私の立場はラスボスになっちゃいました、だとか悪役令嬢になっちゃいました、なんていうのに近いのかもしれないけど、どうにも立場が弱い。


 せめて私に何か特別なチカラがあれば!

 というか魔女なんだから魔法ぐらい使えてもいいじゃん!


 切実にそう思ったけど、ヴァイツに魔法の話を聞くのも躊躇われるっていうのに「魔法を教えて☆」なんて聞く度胸は私にはなかった。




 そんなこんなで私は充実はしているものの、どこかもやもやした生活を送ってた。







 そんなある日の晩。

 ご飯を終えて小さなテーブルを挟んで二人で最近恒例になっているお喋りをしていた。


「ヴァル、君がその魔女の身体の中にいることに何の意味も理由もないとは僕には思えない」


「神様の気まぐれ、とかってこともあるかもしれないよ?」


「……人様を誘拐した直後の魔女の身体に別の世界の住人の精神を入れる神様なんて僕はいてほしくないよ。それに他にも奇妙なことが多すぎる」


「うーん、そうかもしれないけど」


 ヴァイツはどうも「神様」というものに思うところがあるようで、私が神様で説明しようとするとあまりいい顔をしなかった。

 神様という概念はあるけれど宗教みたいなものはなくて、信仰の対象ではないみたいだ。

 どちらかというと伝承や物語みたいなものらしいけど、ヴァイツはとにかく神様が好きじゃないようだった。

 正直かなり意外だったけど、嫌いな理由をあえて聞く必要も感じなかった。


 でも私にはそれ以外の何かがこんな真似事できると思わなかった。


「ねえ、ヴァル」


「は、はいっ」


 私がそんなことを考えていると、ヴァイツは真剣な表情で私の顔を見た。

 普段温和そうに微笑んでいることの多いヴァイツの真剣な表情は、診察の時ぐらいしか見られないし、それにしたって自分に向けられてるものじゃない。


思わずドキドキしながらヴァイツの言葉を聞いた。


「……ヴァルはこのままでもいいの?」


「え?」


「記憶が戻らなくって、自分の正体も分からなくって……一生僕みたいなのと一緒に生活することになってもいいの?」


 ヴァイツの言葉を聞いて私はだいぶ混乱してた。

 まるでヴァイツは私と一生一緒に暮らしても構わないとでも言いたげに聞こえるんですけども???


「……いいよって言ったら、どうするの? 私と暮らしてくれるの?」


 やー、絶対に顔真っ赤ですよワタクシ。

 プロポーズなの?

 それともずっと俺が養ってやるよ宣言なの?

 私は一生ヒモでもよくってよ???






「もしもヴァルがそれを望むのなら」






 ヴァイツはそう言って、真剣な表情のまま頷いた。



 その真剣過ぎる表情を見て、私は気が付いてしまった。

 気が付かなければ、それが一番良かったのかもしれない。



「……ねぇ、ヴァイツ」


「どうしたのヴァル」







「もしかして、何か過去に悪い事しちゃったの?」






 私のその質問に、ヴァイツは一瞬大きく目を見開いて、それから慌てて笑顔を作った。


「どうしてそんな風に思うの?」

 

 いつもの穏やかな笑顔がほんの少しぎこちなく歪んでいて、私は確信した。


「私、すごくヴァイツに感謝してる。ううん、きっと私だけじゃない。ここに訪れる患者さんたち皆感謝してるよ」 


「そ、それと今の話がどう関係するのかな?」


「今までヴァイツがやってきたことは、贖罪、なのかなって」


 私がそう言うと、ヴァイツはまた目を見開いて、それから観念したように首を振ってため息をついた。


「…………贖罪、か。そっか。そうなのかもしれない」


 ヴァイツはどこか遠くを見て呟くように言った。

 私の知らない記憶を思い返してるのかもしれない。


「そう、だったのかもしれない。不愉快だった?」


 ヴァイツは自嘲するように言った。


「ううん、そんなことない! 私は……」


「いや、ごめん。きっとヴァルがそう答えるだろうと思って聞いたんだ。そりゃそうだよ。だって命の恩人だからね。感謝するのが普通だろうさ」


 ヴァイツの表情はみるみるうちに私の見たことないものになっていった。

 ヴァイツ自身への嫌悪と後悔で満ちているように見えた。


「僕は感謝されるために君を助けたんだ。絶対に感謝してくれるから。ここに来てくれる人たちに対してもそうかもしれない。いや、きっとそうだったんだ」


 ヴァイツは乾いた笑いをこぼした。


「ねえ、ヴァイツ、私そんなことが言いたかったんじゃないの。私は――」


「いいんだ。君が悪いんじゃない。僕が悪いんだ。こんなことに今の今まで気づかずに善人ぶっていた僕がね。ああ、そうだ。毎日忙しくて考えたこともなかった。いや、無意識にそうなるように自分を忙殺してきたのかもしれない」


 ヴァイツは最後に小さく笑った。


「すまない。名前なんて僕につけられて気持ち悪かったよね。もしよかったら何か君の好きな名前を考えるといい。明日からも手伝いをしてくれたらとても助かるけど、君の好きにすればいい。もしも出て行きたいと思ったら、当分生きていけるだけのお金も住むところも用意するよ」


 そう言ってヴァイツは立ち上がって、外への扉に手を掛けた。


「ど、どこに行くの!」


「……ごめん、ちょっと冷静じゃないみたいだから頭を冷やしてくるよ。心配しないで。僕のことなんて気にしないでおやすみ」


 そう言ってヴァイツは部屋から出て行ってしまった。


「ヴァイツ…… 私…… そんなつもりじゃ……」


 気づいたら目頭が熱くなって、涙がとめどなく溢れてきた。

 

「私、ただ、すごく嬉しいよって、感謝してるよって、だからそんな風にしないでって、自分を押し殺さ、ひくっ、ないでって、言いた、くって」


 だんだんと嗚咽まで漏れてきて言葉にならない。

 

「ごめんなさっ、ごめんなさいっ……」


 私はどうしたらいいのかも分からないまま、一人で泣いた。

 私の後悔の言葉も、泣き言も、聞いてくれる人はいなかった。













 ヴァイツが帰ってくるのがいつかは分からないけど、きっと診察時間には帰ってくるだろうって思った。

 だからといってぐっすり眠ろうだなんてつもりにはとてもならなくて、私は椅子に座って机にもたれていた。


「ヴァイツ……」


 いつもならもうとっくに寝ている時間。

 月明かりも差し込まない部屋の中は暗かったし、寝息一つ聞えない部屋の中は静かだった。











 だから、不意にギシリとなった音を私は聞き逃さなかった。





「ヴァイツ……?」



 もしかしたらヴァイツが帰ってきたのかもしれない。

 そう思ったら行かずにはいられなかった。


 慌てて扉を開いて、嬉しくて笑顔になる。



 

「ヴァイツおかえ…………り……」




 目の前にいたのは、数人の見知らぬ男たちだった。


 私の笑顔は一瞬で凍りついた。



「おっ、気づかれたか」


 男たちの中心にいた大男は特に驚きもせずにそう言って私の方にじりじりとにじり寄ってくる。


「お前が噂の魔女さん、だな?」


 暗がりでその男の表情どころか髪の色すら分からないけれど、男は明らかに確信を持った声色だった。


「……はい、そうです」


「よしよし。それじゃあ色々聞きたいことがあるから同行してくれ」


 男は威圧するつもりは欠片もなさそうだった。

 てっきりすぐにでも殺されると思っていたので拍子抜けだった。

 私をどこかに連れて行って拷問にでも掛けるのかもしれない。


 ……もしそうだとしても、私の答えは決まってる。


「分かりました。どうぞ連れて行ってください」


「おお、聞きわけがよくて助かるぜ」


「その代わり、お願いしたいことがあります」


「うん? 聞けるかは分からんが、言ってみな」


「ここに住んでいた人は何も悪くないんです。私が頼み込んで、脅迫して匿ってもらったんです。だからどうか、ここに住んでいる人には何もしないでください。私が勝手に出て行ったと、きっとそう思うはずです」


「…………ほぉー?」


 大男は愉快そうにそう相槌をうった。


「で、今はその住んでいた人ってのはどこにいるんだ?」


「……分かりません」


「分からんのか」


 大男は愉快そうに笑った。


「ま、とりあえず考慮には入れておいてやろう。とにかく今は急いでくれ。あまり騒ぎにもしたくない」


「はい」


 ああ、なんて運が良いんだろう。

 こんなタイミングで私を捕まえてくれるだなんて。


 これできっと、ヴァイツは苦しまずにすむ。

 私のことなんて、きっとすぐに忘れてくれるはずだ。

 匿ってもらっておきながら自分で出て行った女のことなんて。



 私は小さく、小さく、ぽつりと呟いた。


「少しの間だけど幸せでしたっ!」


 届くはずもない、感謝の言葉を。





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