02話 私の命の価値が大暴落してる件について
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拝啓
ようやく春めいた今日この頃ですが、私はゲームの世界で死にかけています。
というか既に何回か死んでいます。
どうしたらいいのでしょう。
かしこ
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「なんてアホなこと考えてる場合じゃないよね」
死に過ぎて色々と頭がおかしなっちゃってるみたいだ。
私の命の価値が大暴落してて私の頭もくるりんぱだよ。
意味が分からないよ。
死に戻りして、また目の前にミリナちゃんがいる。
もう既に紫髪の強気なおめめがチャーミングな青年、ロンダル君に六回ほど斬り殺されててとても辛い。
よく分からないままに二回。
少し考えている間に一回。
気絶してるミリナちゃんを人質に取るも凶器がないことを看破されて一回。
物陰に隠れたら一瞬で見つかって一回。
兵士たちがこの部屋に来る前に飛び出ればなんとかなるんじゃないかと思って飛び出したところで隠れるところがどこにもなくて見つかって一回。
計六回。
「即死なのが幸いというべきかなぁ」
一瞬の鋭い痛みの後には目の前にミリナちゃんがいる状態なので、それほど苦しんだりはしてない。
だからといって全く苦しくないわけでもないし、即死するような斬撃が痛くない訳ないので、正直もう死に戻ったりしたくない。
早くおうちに返して……
なんてお祈りを捧げても帰れそうにないのはもうよく分かった。
「とは言ってもどこに逃げたらいいのやら……」
改めて部屋を見渡しても武器になりそうなものはないし、隠れても無駄なのは分かってる。
ただ窓から外の景色が見えるぐらい。
「……窓から逃げればいいんだ!」
なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう!
慌てて窓に駆け寄って窓を開く。
開こうとする。
開かない。
というか嵌め込みの窓だから開くとかそういう機能がない。
「嘘でしょ……」
嵌め込み窓によりかかりながら外の景色をじっと見つめる。
うんうん、ここどこだよって感じだね。
所狭しと石や煉瓦造りの建物が立ち並んでいて、煙突なんかもある。
建物はたくさんあるのに人の気配はない。
陽が出ている時間でこれだけたくさん建物が並んでいるのにこのありさまってことは、よっぽど寂れたところなのかもしれない。
「それにしても、ここって五階くらいあるよね……?」
もしも一階や二階だったなら、飛び降りて逃げることもできたかもしれない。
でも五階からとなると直接地面に飛び降りるのは流石に厳しい。
「となれば、隣の建物に飛び移りたいところだけど」
隣の建物の屋根が見えていて、今私のいるところよりも若干低いのもすごくいいんだけど、少し距離がある。
全力で走って飛んだら余裕で届きそう。
でも今私の目の前には窓があるから、それをぶち破らないといけない。
ぶち破りつつ、隣の建物に飛び移る。
「難易度高いけど泣きごと言ってる場合でもないよねぇ……!」
ドタドタという足音はどんどん近づいてくる。
時間はない。
窓から距離を取って、全力で走る。
深呼吸してる暇もない!
走る!
「とりゃああぁぁぁぁぁ!!!」
身体ごとぶつかっていく!
すると思ったよりもあっさりと、そして盛大にガラスが割れて、私の身体は宙に浮く。
私の身体は隣の建物の屋根に――――辿りつくことなくふわりとした、まるでジェットコースターが最高点から急速に下降した時のような浮遊感があった。
一瞬なのに無限にも感じられる浮遊感を全身で感じて、終点に辿りつくのと同時に全身を砕くような強い衝撃が走って、そのまま意識が消えてしまった
ミリナちゃんが目の前にいる。
「勢いが足りなかった……?」
うんうんきっとそうだ。
もうなんか色々と麻痺してきた。
とりあえずもう一回突っ込もう!
手汗がぐっしょりだけど、そんなこと気にしてられない。
窓から距離を取る。
そして走る!
その前に、気が付いてしまった。
「……へへ、足が震えてるや」
ぷるぷると、そりゃあもう情けなくなっちゃうくらいに震えてる。
そりゃあ届かないわけだよね。
こんな生まれたての小鹿みたいな状態の足で走って、窓が割れただけマシだと思う。
「うううう、でも死にたくないけど痛いのやだし怖いし……」
あの浮遊感、頭から地面に落ちるあの感覚。
めちゃくちゃに辛いものがある。
どうせゲームの中に入るんだったらもっとマシな立場が良かったよ!
悪役令嬢とかなら大人しくしてるだけで褒めてもらえるっていうのに、斬殺寸前のヒロイン誘拐してる魔女とか誰得なのさ!?
「なーんて言っても始まらないよね。今度こそ、全力で」
自分の両脚を落ち着けるようにぽんぽんと叩く。
……うん、ほんのちょっとマシになったかも。
窓から距離を取って助走の構え。
ローブ被ってると走り辛い気もするけど、ガラスの破片とか危なさそうなのでこのまま突っ込む!
「とりゃああぁぁぁぁぁ!!!」
さっきよりも勢いをつけて、走って走って、とにかく全力で窓につっこむ!
再び盛大にパリーンと窓ガラスをぶち破って、ふわりと私の身体は宙に浮く。
恐怖で変な声が漏れそうになる。
またダメだったかな――
と思った直後に私の身体は強い衝撃に襲われてごろごろと転がる。
「めちゃくちゃ痛いけど、死んでない!!」
嬉しくってつい声が出ちゃう。
起き上がってキョロキョロとしてみると、見事に屋根の上に飛び移れたみたいだった。
「おのれ魔女め! 魔法でも使ったのか!」
ついさっきまでいたあの部屋からそんな兵士さんの声が聞こえて、そっちの方を見てみると兵士さんがこっちを睨んでる。
魔法じゃないです、物理です。物理で移動したんです。
「逃がさんぞ魔女め……!」
あっ、ロンダル君も物騒な顔してる。
そんな顔してちゃイケメンが台無しだゾ☆(ウィンク)
「俺を愚弄するか……!」
げ、なんか余計怖い顔になった。
っていうかウィンクしたの見えたんですかすごいです怖いです。
「へ、へへへ。どこかに逃げなきゃ」
とにかくあの兵士たちとめちゃ怖いロンダル君から遠ざかりたい一心で私は屋根の上を歩いて行く。
ロンダル君もこっちの屋根に飛び移ろうとしてたみたいだけど、周りの兵士が止めてくれた。
追いかけられてたら残機がまた減るところだったね。
「あんまり悠長にしてられないけど、どこに逃げたらいいんだろ……」
屋根の上を歩いた経験なんてないし、そもそも見知らぬ街なのでどこにどう逃げたらいいのか分からない。
「と、とりあえず遠くに…………っ!?」
ズルッ、という見事な音と共に、私は自分のローブをふんづけて屋根の上で盛大にすっ転んだ。
転んだだけならまだよかったかもしれない。
そのままごろごろと転がって、私は屋根の上から落っこちた。
「んにゃあぁぁぁ!!!!」
完全に不意打ちだったので、見事なまでの変な声が出る。
恥ずかしい。
そしてまた死ぬのか。
こんなことが原因で死ぬのか。
痛いのやだよ。
「ふぎゃっ!?」
と思ってたら、予想よりもずっと早く身体が衝撃に襲われる。
何事かと思って顔を上げると、どうも転がった先の真下にベランダがあって助かったらしい。
「ら、ラッキー、っていうべきなのかな……?」
バキバキと痛む全身に鞭打って身体を起こす。
割と死にかけですのよワタクシ。
ベランダの下にはまたベランダがあって、そうやって乗り継いでいけば地面まで降りられそうだ。
幸いというべきか、兵士たちの姿も見えないし、きっと兵士たちからは私がまた魔法でも使って消えたみたいに見えてるはずだ。
「よし、いくぞぉ……」
ベランダから身を乗り出そうとする時に、背後からガラガラと何かが開く物音がした。
「えっと、すごい物音がしたんですけど、どちら様ですか……?」
そこにいたのは、ガラス戸を開いて困惑している、白銀の癖っ毛が可愛い、円らな瞳の綺麗な青年だった。
「そ、その、私は…………」
気まずすぎる。
こんな怪しい格好をした奴がベランダに落ちてきたら普通は困惑する。
というか通報する。
「し、失礼しましたっ!」
慌ててベランダから身を乗り出して、この場から去ろうとする。
「あ、危ないですよっ!?」
その美青年は慌てて私のローブを掴んで引っ張る。
「ひゃっ!?」
美青年は随分と力を入れたみたいで私は見事に引っ張られて、その勢いで部屋の中にごろごろと転がっていく。
「あ、あいたた…………っ!?」
「お怪我はないですか?」
私はその美青年に折り重なるように、もっというとまるで押し倒してるかのような体勢で、馬乗りになっていた。
まじまじと美青年の顔に見入ってしまう。
白い肌、端正な顔立ち。
純朴さを固めて人形作りましたとでもいうような、優しそうな表情。
癖っ毛がふわふわしていて、なんだかとってもラブリーです。
誘い受けみたいな顔しやがって……!
私はもうメロメロだよ!
「あ、あの、僕の顔に何かついていますか?」
ラブリーな彼が困ったようにはにかむと私は今の状況を思い出して、飛び退いた。
「ご、ごごごごめんなさいっ!」
「いえいえ、無事で何よりです」
むくりと起き上がっても、嫌な顔一つしない。
ははーん、キミ、さては天使だね?
とかアホなこと考えてる場合じゃないよね!!
天使だって犯罪者を目の前にしたら神の代行者になって神罰とか与えてくるよ!!
「えっと、それであなたはいったい……?」
天使は首を傾げて私の方を見つめてくるのでした。
……さて、どうやって言い逃れしようかな?