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18話 終末への螺旋の先に


「起きてください」


「とてもいい顔ですね。

 分かりますよ、あなたの考えてること。

 それではまず指から」








「起きてください」


「怖いんですね。

 分かりますよ。

 でもまだ足りないんです。

 魔法が使えれば、色々な方法で苦しませてあげられるんですけど、ここにあるのはナイフと針ぐらいなものですから。

 これだけ暗いとあなたには見えないでしょうけど。

 せっかくですから目、いきましょうか」








「起きてください」


「目が気になるんですか?

 なるほどそれなら目をいじってあげましょうか」







「起きてください」


「ああ、そんな風に叫ばれると殺すしか」












「起きてください」


「火事場の馬鹿力って馬鹿にならないんですね。

 これだけ縛っておいて正解でした。

 それでは」












「起きてください」


「どうしたんですか急に泣き出して。

 怖いですか?

 何か聞きたいことがありますか?」


「……ああ、今嘘をつこうとしましたね」


「もう聞きたいことなんてないんですね。

 分かりました」


「そんな嘘つきのあなたは口の中をいじめてあげましょう」










「起きてください」


「随分と呼吸が荒いですね」


「溺死はとても苦しいという話、知っていますか?」


「肺に穴があくと、擬似的に溺死を体験できるそうですよ」


「それでは針を」








「起きてください」





「起きてください」




「起きてください」




「起きてください」



「起きてください」



「起きてください」
















「起きてください」

















 ――私は、どうして、こんなこと。


 どうして?

 

 何が、どうして?


 へんなの。


 なにがへんなの?


 わたしはだれでもない。

 わたしはいらない。


 わたしは。いらない。

 

 わたしは。


 わたしは。





『生きることを、諦めて』



 ああ、そうだ。


 諦めればいいんだ。


 そうだ。


『死ぬよりも辛いことが世の中にはきっとある。魔女はそれを躊躇わずに君に実行する。だから、もしもそんなことがあったその時には、僕らのことなんて気にしないで』


 そうだ。


 辛い。


 死ぬよりも辛い。


 つらいの。


 いたいの。


 もういやだよ。


 誰か助けてよ。


 どうして誰も助けてくれないの?


 わたしがいらないものだから?


 ――――みんな、ごめんね。


 わたし、もう、だめだ。


 

 

 ごめんなさい。


 ごめんなさい。











 さようなら。






























「…………何故だ。どうして何も起こらない」


 ミリナは――否、ミリナに宿る魔女は血相を変えた。


「魔力が……もうない? 馬鹿な。どうして死んでいない? こいつは……」


 魔女はヴァルシュの胸に手を当てる。


 ――ヴァルシュは紛れもなく生きていた。

 完全に気を失い、その表情は苦悶に満ち、今にも目を覚まして発狂しそうなほどであったが、生きていることに違いはなかった。


「どうしてこいつは生きている? 魔力がないのに生き残れるはずがない。それに魔力が収縮して、爆発するはずなのにそれがどうして」


 魔女は自分の声が震えていることに気が付いた。


「馬鹿な。この私が。 ……いったい何が起きた。どうしてこいつから魔力を感じない。こいつはどうして魔力が皆無だというのに息をしているんだ」
















「――魔力の代わりになるものがあれば、別だよね」









 その声は、いつの間にか開いていた扉の外から聞こえた。


「ヴァイツ・アンデイル、お前が何かしたのか。馬鹿な。病室で寝たきりのお前がどうしてここにいる。お前に何かできるはずがない。私はお前が病室にいることも確認した。それなのにこんなはずが」


「それよりも気づくことがあるんじゃないのか」


「何を…………ッ!?」


 言われて魔女は気づいた。


「お前、魔力を捨てたな」


 魔女は吐き捨てるように行った。


「そう。捨てた。全部捨てた。君にはもう僕の存在に気づけないだろうね。そして、ヴァルの存在にも」


 言われて魔女はその目を見開き、怒鳴り声をあげる。


「この小娘にも神聖力を!? いつ、どうやって!? そもそもどうやって防いだ!? ありえない! こんなことはありえない!」


「僕自身も、自分の神聖力の扱い方や、この翼がどういう性質を持つものなのか、ずっと分からなかった」


 ヴァイツは取り乱す魔女を気にする様子もなく語る。


「この羽自体に魔力を吸収する力があるのか。それとも、僕にその力があるのか。それが分からなかった」


「――――――まさか病室に閉じこもっていたのは!」


 魔女は歯ぎしりをしながらヴァイツを睨み付けた。


「流石に頭の回転が速いんだね。そうだよ。僕はとっくに完治してた。魔力を全て神聖力に変えて、人であることを止めればすぐだった。閉じこもっていたのは、神聖力とこの翼を研究するためだ。ヴァルに知られれば、魔力から感情を感知できる人間はみんな察する。だから、ヴァルには隠し続けた。四天の方々の手助けがなければ不可能だったよ、こんなことは」


「……いや、ありえない。お前の魔力は常に病室から感じていた。そんなはずは」


「これを見れば察してくれるかな」


 ヴァイツは自分の足を――靴を脱ぎ捨ててその下をさらした。


「お前、まさか自分の足先を」


 ――それは、包帯を巻きつけられてはいるものの、長さが足りていない足先だった。


「そういうこと。僕の最後の魔力はありったけ足の指に込めて、切断した。それをできる限り魔力が保存されるように保管してもらっていた。もしも足先で足りなければ、もう少し斬ってもらうつもりだったけど、必要なくてよかったよ。

 間近からならともかく、病室の外から魔力を感知しようとするなら、魔力の大きさで測るしかない。そうなれば、足先を少し斬っておいたくらいでも十分だった」


「……どうしてだ。お前はどうしてそんなことを」


「僕は君をずっと疑っていたからね」


「何故だ。ミリナという少女はなんら不自然なくミリナという少女であったはずだ!」


「そうだね」


「ならばどうしてだ!」


「魔女に誘拐されていた。そして気を失ったヴァルのすぐそばにいた。まるで魔女の手先でもあるかのように魔女に都合よく誘拐されて、そして無事に戻ってきた。魔力が回復しないという体質の変化。

 そして何よりも――――僕のことを警戒しすぎた」


「―――――」


「心当たりがあるだろう? おそらく君がその少女を操っている時の大半は僕のことを見ていたはずだ。それも当然だろうね。僕だけが君の予定にない存在なのだから。僕の能力は唯一と言ってもいい魔力崩壊現象を収める術だった。それを理解してくれた四天の方々が僕を護衛に任命してくれたんだ。

 僕が一生つきっきりで彼女を遠いどこかで保護すると言っても、ミリナさんが怪しいから隔離してくれ、と言っても聞いてはもらえなかったのが本当に残念だけどね。

 残念ながら、四天の人たちを説得させるほどには、君は怪しくなかったし、僕もそれほどには信頼されていなかった。それが達成できてれば、ヴァルをこんなに苦しませることはなかっただろうに」


 ヴァイツは苦々しく、その拳を握りしめて言った。









「――――はっ、存外見抜かれていたということだな。全く、上手くいかないな」





 魔女は降参、とでもいうように鼻でふんと笑った。


「…………」


 ヴァイツはその様子を黙って見ている。


「どうした? 少しは喜んだらどうだ。あるいは怒ってもいいんだ。

 私はどうしようもなく悔しいぞ。これでこの国の中枢部とその人材をまとめて滅ぼすことができるはずだったというのに」


「お前はいったい何がしたい」


「……そんなことを聞いてどうする? 私を殺しにでも来るのか? お前が一生を掛けて私を追いかけてくるとなるといささか辛いものがあるな」


「茶化すな。何が目的だ」


「答える気などない。察しろ」


 魔女はそう断言してから、また茶化すように笑った。


「はっ。それにしてもお前のような若造にしてやられるとはな。全く。最大限警戒はしていたつもりだったが……」


「お前のことにもう興味はない。……ミリナさんを助ける術はないのか」


「ない。できる限り穏やかな余生でも過ごさせてやるんだな。多少は寿命が延びるだろうさ。ああ、延命したいのであれば、魔力を込めたポーションでも飲ませ続ければいい。身体はいたって健康なわけだからそれで生きながらえるだろうな。ま、寿命を全うするまでにいくらかかるか考えたくもないが」


「……そうか」


 ヴァイツは悔しそうに俯いた。


「それにしても神聖力か。素晴らしい力だな。是非とも私も研究したいものだ」


 魔女が軽口を言った瞬間――――空気がびりびりと痺れるような波動が部屋を満たした。

 それは魔女にもはっきりと感知できるもので、それでいて感じたことのないものだった。

 そしてそれが、ヴァイツの怒気によるものだと、肌で理解した。


「い、今のは神聖力か?」


「そうだ」


「そんなこともできるのか? そもそも、どうやって吸収したんだ? 近くにいなくても吸収できるのか?」


「……これ以上べらべらと語るつもりはないよ」


 ――実際は、ヴァイツの背中に生えた翼をむしりとり、それがヴァイツの身体から離れても機能することを実験した上で、ヴァルシュの食事に混ぜたり、身の回りの品々にその羽を紛れ込ませた結果だった。

 

 より正確には、食事にヴァイツの羽をそれと分からないほどに刻み、摂取したことでヴァルシュが生き残れたのであって、結果的に身の回りのものにそれを忍び込ませたことにはあまり意味がなかった。

 


 ヴァイツは病室で自分の神聖力と翼の権能を理解するために、できる限りの実験を行った。

 その中で、どのような規模の魔法であってもたちどころに吸収するという離れ業を成し遂げたヴァイツの翼は紛れもなく魔力崩壊現象の対抗策になりうるとヴァイツは喜んだ。 

 けれど、それをどこに仕込むべきなのか、そして仮に魔力崩壊現象を止めたとしても、ヴァルシュ自身が無事で済むかどうか、あまりにも不明な点が多かった。

 

 考えた結果、ヴァイツは四天たち――特にフィアスと協力し、衣服や寝室の毛布などいたるところにそれらを仕込み、それどころか食事にすら混ぜた。

 凶行ともいえるヴァイツのその行動のおかげで結果的にヴァルシュは死なずに済んだが、それは偶然に任せたものであって、ヴァイツ自身としては誰に対しても誇れるようなものではなかった。


「ま、それもそうだな。次回以降の対策に、とでも思ったがそうも都合よくはいかないか。二度と関わらないようにするのが正解、なんだろうな」


 魔女はやれやれと首を振る。



「いったい何事ですか!!」

「まさか魔女が!?」

「何の物音だ!!」

「ヴァイツ様!? いった何を」

「ミリナ様も何をなさっているのだ……?」


 ヴァイツの発生させた波動の音に寄せられて人々が寄ってきて部屋の中に入って明かりを灯すと、その場のただならぬ雰囲気とその状況にただただ困惑している。


「そういえば、扉の前の兵士はどうしてたんだ?」


「……気絶してもらっている」


「それだとお前が疑われそうだな」


「どうでもいい」


「フン…… ま、敗北記念だ。最後に置き土産をしてやろう」


 そう言いながら魔女は――ミリナの身体は寝台の上で立ち上がり、言った。


「聞け! 雑兵共! この男、ヴァイツが魔女と呼ばれるこの私の陰謀を防いだのだ! 精々感謝しておけ! それとこの娘の身体は返してやる! もはや不要だからな!」


 ミリナの身体から発せられる、どう考えてもミリナのものではないその声に、兵士たちは動揺した。


「……ふん、察しの悪い連中だ。この辺りで退散するかな。おい、ヴァイツ」


「なんだ」


 魔女は、ヴァイツの方を見た。


「私の可愛い人形を好いてくれたようだな」


「……そう、だね」


「あれは一応私の娘、と言ってもいい存在だ」


「どの口がぬけぬけと」


「私は必要があればどんなものでも犠牲にする。――だが、必要がなければ犠牲にはしない。自分が作ったものを壊して満足できる性格ならそもそもこんなことはしない」


「…………」


「せいぜい、可愛がってやれ。それがあの人形の最後の望みだろう」


 そう言いながら魔女は、足元で気を失っているヴァルのすぐ横にしゃがみ込む。

 そしてその頭に手を当てた。


「ヴァルに何を―――!!」


「少し、記憶を消しておく。このままではこの人形は痛みの記憶を抱えて廃人のまま一生を過ごすことになる。……それを果たせば、このミリナの身体からも私の魔力は消えるだろう」


「…………」


「殺すのならとっくに殺してる。お前を殺すように記憶を改ざんしたり洗脳をかけるには、残ってる魔力が少ないし質も悪い。……信用できないのは分かるが、黙ってみておけ」


 そう言って魔女はヴァルシュの額にそっと手を当てる。

 そして何事かを念じると、ミリナの身体はぱたりと倒れてしまった。



「ミリナ様!」

「ヴァルシュ様!」

 

 兵士たちは何かが終わったことを察して慌ただしく部屋の中を動き回る。


「……これで、よかったのかな」


 ヴァイツは騒がしい部屋の中で、一人そう呟くのだった。



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