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16話 真意


 あの事件――ロンダルがその身が砕け散るのもいとわずに起こした爆破事件から、三日が経過していた。


 三日、と聞くととても短くて大したことのないような期間に思えるかもしれないけれど、私にはその時間が重く、長く感じられた。


 ヴァイツの容態は安定したようだけれど、会いに行くことは許されず、当分の間は護衛の任にはつけないと聞いて私はひどく落ち込んだ。


 四天たちは断続的に襲い掛かる死体の群れによって、王宮の外で戦い続けていたが、それを平然とこなす彼らは流石四天様という他なかった。


「ヴァイツ……」


 私は部屋のベッドで横になりながら呟く。


 もちろん、部屋には私だけじゃなくて、使用人さんや護衛の兵士さんがいる。


 この部屋にずっといると、昼夜の概念も薄れてきてしまうので、今は夜だと聞かされてもいまいちよく分からない。

 


「どうしてヴァイツはあんなことを……」


 私の頭の中は、ヴァイツが私の耳元でささやいた言葉ばかりがぐるぐるとしていた。






 

 

 翌日。

 

 私のところにミリナちゃんが来てくれた。


「お久し振りです、ヴァルシュさん」


「久しぶりだね、ミリナちゃん。……四天の皆さんは元気?」


「はい。それはもう、私の助力が必要ないぐらいに」


 ミリナちゃんはその特殊な魔力の性質、生まれつき透明な魔力という性質を活用して、いわば回復役として前線で戦う人たちの補助をしていた。

 王宮には多くの物資があったし、定期的に輸送もしていたけれど、それでも回復のための物資というのは真の魔女の脅威にさらされている国の現状を思えば貴重なものである。

 だから、ミリナちゃんは当然色んなところでありがたがられてる立場なんだけど、最近はあまり体調がよくないみたいで、こうして休んでいる。


「しっかり検査はしてもらったんですけど、原因がはっきりしなかったもので」


 ミリナちゃんはそう言ってしょんぼりする。

 あの面倒でつらい検査を前向きにとらえる人がいることに私は驚きを隠せないよ!


「やっぱり魔女に捕まってた時に何かされた……ってことなのかな?」


「おそらくそうだと思います。ほとんど魔力が回復しない状態なんて、初めてです」


「魔力って確か体力とか精神力とか、そういうものでもあるんだよね? だとするとそれってものすごく危ないことなんじゃ……」


「はい。とても危険な状態です。なので、こうしてお役御免になってしまったというわけなんです」


「そうだったんだね……」


 ミリナちゃんにしてみれば、役に立ちたい場面で役に立てないのだから、相当に歯がゆいだろうなー。


 そのおかげ、っていうのはミリナちゃんに悪いけど、私はミリナちゃんとお喋りできる時間にとても救われている。

 使用人さんたちとのお喋りは、どうしたって堅苦しくなっちゃうし、向こうからしてみればお仕事なわけだから、黙っててもらった方が都合もいいだろうなーなんて思っちゃう。

 

 おまけに、ロンダルに私のいる部屋の場所が伝わっていたことから内通者探しも始まっていて、定期的に検査員による尋問が始まったこともあって、皆気が立っていた。

 その一方で、王宮内では事件らしい事件も起きていなかったので、なんだかチグハグした空気が流れていた。









 そんな息苦しい生活がそれからまた数日続いて、ようやくヴァイツと面会が出来た。


「ヴァイツ!」


「やあ、ヴァル。……元気そうで良かった」


 ヴァイツは病室の真っ白な寝台で横たわっていた。

 目立つ外傷はないけれど、私には彼が無理に微笑んでいるように思えてならなかった。


 私は寝台の横においてある椅子に腰かける。


「ヴァイツは大丈夫なの……?」


「こう見えて結構元気だよ。……ちょっと分かり辛いかもしれないけど、説明するとね。魔力の大半を神聖力に変換したから、身体全体が神聖力に対応した身体に変化しようとしちゃってるんだ」


「え、それって、翼が生えた状態のままから戻れないってこと……?」


 たしか、体内の魔力を全て神聖力に変換したらそうなってしまうって、そう言ってた。

 神聖力に対応した身体に変化しちゃうっていううのは、そういうことなんじゃないの……?


「今はもう戻れるようになったから大丈夫だよ。ただ、体内の魔力も神聖力もほとんど使い果たしてしまったから、身体の中の魔力と神聖力のバランスを整えるのに時間が掛かっちゃったんだ」


「そう、なんだ。……お願いだから無理はしないでね?」


「うん。心配かけてごめん」


 ヴァイツはそう言って、私の頭にぽんと手を置いてからそっと撫でる。


「……んもー。早く元気になってね!」


「頑張るよ」


 ――それから私たちは久しぶりに他愛もない話を楽しんだ。

 

 できる限り穏やかな話題を選んで私たちはお喋りをした。


 食事のこと。

 湯浴みのこと。

 ミリナちゃんとのお喋りのこと。


 あんまり暗くならないように、不安にならないようにと気を遣ってお喋りするのにそれほど苦労はしなかった。

 どんな話題でもヴァイツは穏やかに笑って聞いてくれるから。


 ――けれど、あの言葉の真意は聞けなかった。

 周りに人がいるから、というのもあったけど、それを聞くのがどうしようもなく怖かった。




「ヴァルシュ様、そろそろ」


 そんな声が使用人から掛かると、私は露骨にがっかりした表情になってしまう。


「あはは。そんな顔しないで。また明日、話そう?」


「……うん、それじゃあまた明日ね、ヴァイツ。おやすみ」


「おやすみなさい」


 別れ際に挨拶を交わして、私は部屋に戻った。



 

 もうちょっと喋りたかったなー、なんて思いながら歩いていると、部屋の前にミリナちゃんが立っていることに気が付く。

ミリナちゃんは私を見ると、嬉しそうに手を振った。 


「ミリナちゃん! どうしたの?」


「ヴァイツさんの容態が気になってしまって……」


 ミリナちゃんは心配そうに言った。


「だいぶ元気になってきたみたいだったよ!」


「そうなんですね!」


 ミリナちゃんはほっと息をついて微笑む。


「護衛はいつ頃からできそうなんですか?」


「あ、聞いてなかった。でもあの様子だともうしばらくは安静にした方がいいかも……」


「そう、ですか。それなら仕方がありませんね」


「??」


「それまでは私が代わりに護衛をします!」


「え!?」


 ミリナちゃんは随分とやる気に溢れているけれど、それを今ここで決めてしまってもいいの!?


「ヴァルシュ様。ミリナ様からのこのご提案は、実は少し前からなされていたのです」

 使用人さんが驚いている私にそっと教えてくれる。


「そ、そうだったんですか」


「はい! これでも私、役に立ちます!」


「でも、魔力が回復しないんじゃ……?」


「戦闘が連続する前線では厳しいですが、ヴァルシュさんお一人ならなんとか!」


「そ、そう? えっと……それならお願いします!」


「はい、お任せください。 ヴァイツさんがお戻りになるまで、しっかり頑張ります」


 ――そんなあっさりとした経緯で、ミリナちゃんは私の護衛についてくれた。

 

 その後、一緒に食事をして、湯浴みをして。

 

「い、一緒に寝るんですか!?」


「はい! 寝起きが一番危険ですからね!」


「う、うん」


 なんだかその勢いにおされてしまう。

 やる気まんまんな正ヒロインを邪険に扱う理由はないし、積極的に関わってもらえるのはなんだか嬉しい。


「それでは、おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


 万一に備えて、部屋の明かりは消さないことになっていて、常に人が見張っている状況だ。

 最初はなかなか寝付けなかったけど、これだけ何日も続くと慣れてきて、わりとあっさりと眠れてしまうものだ。


「明日はヴァイツと何の話しようかな」


 小さくそう呟いて、私はゆっくりと目を閉じた。

  














「起きてください」


 それは、聞き覚えのある声だけれど、いつもと気配がまるで違った。


「うん……?」


 目を覚ましても、部屋の中は暗い。

 いつもなら、数人で起こしにきてくれるはずなのに、何も見えないし、声も聞こえない。

 それなのに、部屋の中には血の臭いがする。

 ヴァイツの診療所でお手伝いしていた時にも多少は嗅ぐことがあったけど、その比較にならないぐらい、強くて濃い、むせ返るような臭いだ。


「いったい何が…………ってアレ」


 起き上がろうとして、腕と足に引っ掛かるものを感じる。


「?? これは……?」


 何かの布できつく縛り上げられていて、身動きができない。


「その反応から察すると、これが一度目のようですね」


「……?? ミリナ、ちゃん……?」


 真っ暗闇の中で聞こえてくるその声は、間違いなくミリナちゃんの声だ。


 ミリナちゃんの声なんだけれど、絶対に何かがおかしい。


「騒いだら殺します。暴れても殺します。……言ってること、分かりますよね?」


「え、あの、ミリナちゃん?」


 暗くて何も見えない。

 けれど、ここがいつものあの部屋のベッドの上で、その上で縛り付けられていて、そしてすぐ傍にいるのがミリナちゃんだということも分かる。


「……話を聞いてもらえないのってすごく嫌いなんです。だから、しばらく黙っていられますか?」


「……わ、分かりました」


 分からない。

 全然分からない。

 

 だけど、今私のすぐそばにいるミリナちゃんが、私の知っているミリナちゃんじゃないことは分かる。


「ちゃんと説明して、しっかり絶望して、これ以上ないくらいに死にたくなってもらわないと困るんです。だから、何度でも繰り返します。何度でも、何度でも」


 それは間違いなくミリナちゃんの声なのに、心臓がぎゅっと小さくなるような感覚に陥るぐらいに、怖い。いつも当然にできてたはずの呼吸が荒い。


「ここまで苦労したんですよ。だから、その苦労話、ぜひ聞いてくださいね?

 ――私の可愛い人形さん?」


 ミリナちゃんの指が私の首筋をなぞる。

 私はそれにただ震えることしかできなかった。


 


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