15話 優しい言葉
王宮の会議室から退室した後、私は王宮の使用人さんに案内されて移動した。
その道中にも多くの人が私に付き添ってくれて、守られてるんだな、というのを改めて自覚した。
そして案内された部屋に到着する。
「……窓がない」
真っ先に思ったのはそんなことだった。
ブラウのお屋敷よりも屋敷全体は豪華で大きいけれど、私が寝泊まりする部屋は窓がなくてこじんまりしていて、なんだか窮屈に見えた。
「ヴァルシュ様。湯浴みとお着替えのお手伝いをさせて頂きます」
「あつ、はい。お願いします」
「その際、見張りが付きますが、ご容赦くださいませ。可能な限り、女性がその任につきます」
「はい、分かりました」
常に身の回りに使用人さんが数名、ちょっと遠巻きに護衛の兵士さんが数名という感じで、どうにも一人になれそうになかった。
一人ぼっちでいるのが好きというわけでもなかったし、お喋りの相手にもなってくれるから別にいいんだけどね!
そんな風にして湯浴みと着替えを済ませて、食事もこの部屋まで運んでもらって、毒見もしてもらって、寝る時まで私の周りには人がいた。
「落ち着かないなぁ……」
寝室で横になって一人愚痴を言う。
「ずーっとこんな感じになるのかなぁ……」
もしもそうなら、確かに辛いことを強いられてる気はする。
「まあ仕方ないけどさ……」
私は慣れないふかふかのベッドで何度も寝返りをうっているうちに、眠りについた。
「ヴァル! 起きて!」
「ヴァルシュ様!」
「ふぇっ!? は、はいっ!?」
目覚めはそんな強烈な掛け声が複数畳みかけてきたおかげでばっちりだった。
「え? え? いったい何が?」
目覚めて慌てて身を起こすと、部屋の中には護衛の人と使用人さんと、ヴァイツがいた。
「え、えーっと? 何かあったの?」
私は自分の目元をごしごししながら尋ねる。
これが今後の朝の日常になるんだとしたら寝起きに関して心配が皆無になるけどだらしない寝顔をさらし続けたりするのは辛い。
「ヴァル。落ち着いて聞いてね。……魔女が、襲撃を掛けてきた」
「えっ!?」
――そんなわけで、早速私の周囲は厳戒態勢が取られることになった。
「詳しい話をしようか」
一通り身支度を整えてから、私はヴァイツとゆっくり話をすることができた。
……もちろん、周りには護衛の人も使用人さんもいるんだけども。
「まずこの部屋にいると分からないと思うけど、今は真夜中なんだ」
「あ、そうだったんだ」
あんな風にたたき起こされると、なんかもう朝なのかなって気がしてた。
よくよく考えて、魔女がわざわざそんな気持ちの良い時間に攻めてきてくれたりはしないよね。
「この王宮を取り囲む城壁と魔法結界のおかげでこの王宮の中には全く被害がない状況ではあるんだけど、この機に乗じて何かを仕掛けてくる可能性は十分あるからね。こうして起こすことになっちゃったんだ。ごめんね」
「ヴァイツが謝るようなことじゃないよ。それで……何かした方がいいのかな、私も」
「ううん。ここでのんびりしてくれてればいいんだよ」
ヴァイツはそう言ってくすりと笑った。
なんだか、頑張ろうとしている子供を微笑ましく見つめるお母さんのようだ……!
「で、でも……」
「いざという時には動けるようにさえしてくれれば大丈夫だよ。常に緊張してたら疲れちゃうからね」
「う、うーん。ヴァイツがそう言うなら……」
なんだか周りの人たちに申し訳ない気がするけど、私はのんびりすることにした。
具体的には、ヴァイツとお喋りしたり、ご飯食べたり、お喋りしたり。
きっと王宮の外ではみんなが戦ってるはずなのに、私はこんなんでいいのかな、というぐらいにのほほんとしていた。
新しい報告がやってきたのは、起こされてから随分時間が経った後だった。
「報告します! 王宮内に忍び込もうとしていた自警団団長ロンダルを確保しました! 現在、尋問にかけられています!」
「ろ、ロンダル?」
撃退した、とかそんな報告があるものだと思っていたので、予想外過ぎてなんと言っていいのか分からなかった。
王宮に忍び込んで何をするつもりだったのかな。
……そんなの、私を殺すつもりだったに決まってるか。
「ロンダルから真の魔女への手がかりがつかめる可能性があるため、生かしています。もちろん、厳重な監視下で拘束していますが、念のためご用心を」
「は、はい。分かりました」
分かったところでどうすることもできないけど、そう返事をすると報告に来た兵士さんは速やかに去って行った。
「ロンダルが……捕まったんだ……」
「気になる?」
ヴァイツは心配そうに私を見つめる。
「気にならないっていうと嘘になるけど……ある意味では私と同じ魔女の被害者だから……」
立場が違えば、私がロンダルのように捕まっていたのかもしれない。
私がこの身体に宿っているのはただの偶然でしかないし、死に戻りの能力がなければただ殺されてそれで終わりだった。
ヴァイツと出会えたことも、四天に助けてもらえたことも、色々と偶然ばかりだ。
「……今は自分を大事にしてね。ヴァル」
「もちろん! もう私だけの命じゃないんだからね」
――私のそんな言葉に、ヴァイツが悲しげに俯いた時だった。
一際大きな何かが壊れる音、そして地面が揺れて、響くような音。
それは決して遠くない場所、王宮内で発生した音だった。
「なに……? 爆弾……?」
瞬時に部屋の中は緊張で満たされる。
遠くはないけれど、近いというわけでもない。
「ヴァル、僕から離れないで」
そう言ってヴァイツは私をすぐそばに抱き寄せる。
「う、うん」
こんな時だというのに、すぐ近くにいるヴァイツに一瞬胸が高鳴る。
けれど、ヴァイツの真剣な表情を見れば、そんな思いはどこかへ去った。
「絶対に、死なないよ……!」
私はそう自分に言い聞かせるように呟く。
部屋の外では多くの人が行き交い、何かを話している。
いったい何が起きているのだろう。
王宮内に侵入を許したのかな?
……まさか、ロンダルが?
そんな考えが脳裏をよぎった瞬間だった。
天井が、割れた。
「――――――っ!!????」
大きな爆発音を伴って、天井に亀裂が入る。
そして、その直後に私たちがいる部屋の天井が、瓦礫となって降り注ぐ。
「―――ヴァル!」
ヴァイツは一瞬にしてその背中に翼を羽ばたかせ、その翼ごと私を覆い包むように抱きしめた。
「―――ッ!!」
その翼ごしにも降りかかる瓦礫の衝撃が伝わる。
翼がどんな力を持っているのは知らないけれど、こんなものをまともに食らって無事でいられるとは思えない。
「ヴァイツ! 大丈夫!? ねえ、ヴァイツ!!」
私の頭はちょうどヴァイツの胸の中にあって、ヴァイツの表情は見えない。
「大丈夫……だよ」
ヴァイツが漏らす声は、とても大丈夫そうには聞こえなかった。
「ヴァルシュ様! ご無事ですか!」
「ヴァイツ様、ヴァルシュ様!」
天井の崩落が終わると、使用人さんや兵士さんたちがそう叫ぶ。
「ヴァイツ……? 大丈夫……?」
「う、ん……」
ヴァイツは掠れるような声でそう返事をしてくれる。
「ねぇ、ヴァイツ……?」
私のことを抱きしめて離さないヴァイツは、ゆっくりと私の耳元に口を近づけた。
「誰にも聞かれずに二人で会話できるのは、これが最後になるかもしれない」
「え……?」
「だから、伝えておきたいんだ。もしも、もしも本当にどうしようもなくなって、死に戻りをしても無駄だと思ったら――――」
ヴァイツは小さな、とても小さな声で言った。
「生きることを、諦めて」
「――――っ!? どうしてそんな」
「死ぬよりも辛いことが世の中にはきっとある。魔女はそれを躊躇わずに君に実行する。だから、もしもそんなことがあったその時には、僕らのことなんて気にしないで」
「どうして? どうしてそんなことを言うの?」
私にはヴァイツが何を言いたいのか分からなかった。
まるで、私に死ね、と言っているような。
生きるのを諦めろというのは、死ねというのとどう違うのか。
混乱する私に耳元で、ヴァイツは言った。
「…………忘れないで。僕は、何があっても、何が起きても、君が誰でも、君が何をしても、味方だよ。そう、決めたから」
――ヴァイツへの疑念は、彼の優しい言葉が、すぐに打ち消した。
ヴァイツは最後に、翼を大きく羽ばたかせて、のしかかっていた瓦礫を押しのける。
ようやく晴れた視界は暗いけれど、瓦礫をどかそうとする多くの人々が目に入った。
「……ヴァイツ? ねぇ、ヴァイツ!」
不意にヴァイツの腕から力が抜けて、私を覆うようにしていた翼も消えた。
そして、まるで糸が切れた人形のように、私の方へと倒れ込む。
「ヴァイツ!! ねぇヴァイツ!」
「ご無事だ!」
「ヴァルシュ様!」
「ヴァイツ様が重傷だ!」
私の声も、使用人さんたちの声も、ヴァイツの耳には届いていないようだった。
―――この後すぐにヴァイツは王宮内の治療室へと運ばれた。
幸いにして、傷はそれほど深くはなかったようだけれど、神聖力という未知の力を使い過ぎたことによる疲弊が酷いようで、当分は私の護衛から外れることになってしまった。
後の調査によると、この爆発現象は、ロンダルがその身体に仕込んだ爆発物によるものだった。
尋問から逃れる時に一つ。
この天井を崩壊させる時に特大のものを一つ爆発させ、最後には自分の身体ごと爆発させたようで、爆散した遺体の一部がそれを物語っていた。
尋問した検査員によれば、もはや会話の通じる状態ではなく、何かに取りつかれたような様子だったそうだ。
こうして、魔女の襲撃と王宮内での騒動は、ひとまずの解決を見せた。
けれども、誰がロンダルに私の居場所を伝えたのか、という疑念によって王宮内の雰囲気は険悪化し、加えて天井の崩落によって死傷者が出てしまい、誰もがこの状態を勝利、などと呼ぶことはできない状態になってしまうのだった。




