11話 フルリカンド邸への襲来
部屋の外がどうなっているのか、私たちにはよく分からなかったけど、何かが襲ってきていることは分かった。
騒がしい、と表現するのはあまりにも呑気に思えるほどに物騒な物音が遠くから聞こえてくる。
「大丈夫だよ。ヴァル。ミリナさん。四天の方が二人も戦ってくれているんだから、そうめったなことじゃ僕らに危険が及ぶことはないよ」
「そんな言い方するとかえってめっちゃなことが起きそうだよヴァイツ」
いわゆるフラグを立てるってやつだね!
気をつけよう!
なんたってゲームの世界なんだから!
「あの、ヴァイツさん」
ミリナちゃんがおずおずと右手をそっとあげる。
「なんでしょう、ミリナさん」
「先ほどのお話に、魔力を神聖力に変換できるというお話がありましたけれど、それは他の人の魔力でも可能なのですか?」
こんな時に込み入った話の質問とはなかなか余裕があるねミリナちゃん!
「いえ、不可能です。人から離れた魔力、例えば火炎や雷光という形で魔法として出力された魔力は変換できるのですが」
「ということは、ヴァルシュさんの魔力を神聖力に変えてさしあげることはできないのですね……」
ミリナちゃんはそう言ってしょんぼりした。
「どういうこと?」
なんだか心配してもらえてるのは分かるんだけど意味がよく分からなかった。
「もしもヴァルの帯びている魔女の魔力を神聖力に変換できたらよかったのにねってことだよ。ヴァルが帯びているのは人の魔力ではあるんだけど、完全にヴァルと融合しちゃってるから、変換はできないんだ」
「もし変換できると何かいいことがあるの?」
「ヴァルの帯びてる大量の魔女の魔力は、絶対に何か大きな災いを引き起こす。でもそれを神聖力に変換できれば、収縮したものも含めて全部解決できたのにってことだよ」
「……なるほど!」
私の背負ってる爆弾みたいな魔力を全部危険のない神聖力に変換できたら幸せだったけど、なかなかそうはいかんよってことか!
というかミリナちゃんはこんな時に私の心配してくれてたのか!
いい子すぎる!!
流石ヒロイン!
「あ、ありがとねミリナちゃん。心配してくれて」
「いえ、ただ思いついただけですし、それに何の解決にもならないようでしたので」
「ううん、心配してくれただけで嬉しいよ」
「……えへへ、どういたしまして」
なんてのほほんとした空気を醸し出してると、不意に扉が開く。
「失礼します!」
それはこの屋敷の使用人らしき男性だった。
「現在、この屋敷には数百もの死体の群れが襲い掛かっており、四天であるブラウ様とルジィ様はそれらを相手に奮闘しておりますが、敵は数で押す戦術を取っているようで、とても対応しきれない状態です!」
数百もの死体の群れ。
それってつまり、私を炎の魔法で殺したあの死体みたいなのが数百あって、それが襲ってきてるってこと???
なにそれ怖い、なんて茶化せもしないんですけれども。
生き残れなくないですか、そんなの。
「なのでこちらにいても安全は保証できかねます!」
ブラウとかいうヘタレ臭のする四天様が安全は保証するみたいなこと言ってたんですけどー!!!
「いつこの部屋にその死体が訪れるかも分かりませんので、警戒を怠らないようにお願い申し上げます!」
そう言ってお辞儀をする使用人さん。
そんなこと言われてもどうしたらいいのさ!!!
とは口に出さないけど、とにかく不安だし怖いし、ほんとどうしたらいいんだろう。
「そして加えて申し上げます!」
まだ何かあるの?
もうこれ以上怖い話なんて聞きたくないんだけど。
「どうやらその操られた死体たちは、ヴァルシュ様を探すような動きを見せているようで、おそらくヴァルシュ様の魔力の残滓を追いかけてこの屋敷に辿りついたのではないかということです!」
「……えっ、私のせいってこと?」
一番怖い話が最後にドスンと来た。
私がここにいるから、居場所もバレて、襲われて、たくさんの人が命の危機にいる……ってこと?
血の気が引いて頭が真っ白になりそうだった。
結局私がいけないってこと?
私の存在が?
私ってなんなの?
どうしてこんな身体に……
「ヴァル。大丈夫だよ。ヴァルが悪いんじゃないよ」
「そうですよ。ヴァルシュさんが落ち込む必要なんてありません」
「ヴァイツ…… ミリナちゃん……」
二人が笑顔で励ましてくれるとなんだか頑張れる気がしてきた。
「二人ともありが――」
唐突に窓ガラスが盛大に割れる音が聞こえて、私のお礼は遮られる。
「ひっ」
それは紛れもなく、死体だった。
喪服のように見える黒い礼服に身を包んだ男の顔色は明らかに死人のもので、その目に光はなく、だらしなく口を開いている。
「下がって」
ヴァイツがすぐさま前に出てそう言った。
「……ブラウ様には申し訳ないけど、上半身裸で戦うわけにはいかないからね」
そう小さく呟くと、ヴァイツの衣服の背中の部分が破け、翼が姿を見せる。
そしてそれで威嚇するように、操られた死体と向き合う。
「―――――」
死体は何も言わないまま、掌をヴァイツに向けると、その先から炎が飛び出る。
「ふっ」
それをヴァイツは翼で受け止める。
「ヴァイツ!」
「大丈夫だよ」
思わず声を掛けたけれど、ヴァイツの返事通り、その翼には傷一つなかった。
そういえば、魔力を変換して神聖力にできる、なんて言ってたっけ。
魔法として出力された魔力なら変換できる、そう言ってた気がする。
それってつまり、魔法の攻撃はいっさいヴァイツには効かないってこと!?
無敵……ってほどではないかもしれないけどめちゃくちゃ強いんじゃないのそれって?
「――――――」
死体は首を傾げるような動作を見せる。
まるで意志があるみたいで不気味だ。
操られているんだからそんなもの、あるはずないのに。
「――――――」
死体は魔法が効かないことを察したのか、ヴァイツに直接組みつこうと駆ける。
「……安らかに眠ってください」
ヴァイツはそう呟くと、翼を大きく羽ばたかせ、一際強い光を放った。
そしてその翼で死体をあっさりと押しつぶした。
その死体が完全に行動不能になったのは間違いなかった。
「……!!」
死体であっても、見ていて気分のいい光景じゃなくて、思わず顔を背けて目を閉じる。
「ヴァル。逃げるよ」
そんな私の手をヴァイツがぎゅっと握りしめる。
「逃げるってどこに?」
「四天の二人と合流できるといいんだけど、二人はそれどころじゃないだろうから、とにかく安全そうなところに。ここに留まると、敵がどんどん集まってきちゃうからね。ミリナさんもそれでいいかな?」
「はい、もちろんです」
ミリナちゃんはあっさりと了承する。
「……分かった! 行こう、ヴァイツ、ミリナちゃん!」
私のせいで二人が巻き込まれてるのは分かってる。
でも、だから私を置いていって、なんて言ってもヴァイツはそれを許してはくれない。
そんなヴァイツの優しさを、私が不意にするようなことをしちゃいけない。
――そして、私たちはその部屋を飛び出した。
道中に出てくる死体の全てをヴァイツが倒してくれるおかげで、私もミリナちゃんも全くの無傷だった。
ヴァイツも危なげない戦い方で、傷を負っている様子はなかったけれど、数十回もの戦闘を経てかなり疲弊しているようだった。
屋敷の傷つき方、壊れ方も尋常じゃなかった。
窓は割れ、調度品は壊され、絨毯やカーテンもボロボロになっている。
そんな中を歩いて行くうちに、ようやく四天の二人を見つけることができた。
「……す、すご」
私たちは二階の窓から、中庭にいる四天の二人を見つけた。
二人を中心にして百は超える死体の群れが四天をぐるりと取り囲み、攻撃を仕掛けている。
それをものともせずに二人は迎撃し続けていた。
四天の二人が何か攻撃をするたびに十体以上の死体が行動不能に追い込まれていく。
よくよく見ると、中庭は死体の海とでも表現するのがしっくりきてしまうほどに、死体で溢れかえっていた。
そして、それをしばらく見ていると、辺りは行動不能になった死体のみとなり、あれほど騒がしかった屋敷全体も随分と静かになっていた。
「ブラウ様! ルジィ様! こちらは無事です!」
ヴァイツは窓から二人に呼びかける。
「おお! 無事で何よりだ!」
ルジィが大声で返事をする。
「悪いが屋敷の正面口まで行ってくれ! そこに迎えの馬車が来ているはずだ! この屋敷に留まる訳にはいかねえから、そこで合流するぞ!」
「はい! 分かりました!」
そんなやりとりをして、私たちは屋敷の正面口にまで移動した。
正面口には、私たちが乗ってきた馬車よりも二回りほど大きな馬車が待ちかまていた。
そして、その馬車の客車の前に、金髪の男がモデルみたいな粋な姿勢で立っていた。
その男は私たちに気が付くと、大げさな手振りで感動を表現し始めた。
「ああ! ミリナ嬢! ご無事で何よりだ!」
金髪の男は芝居がかった動き方でミリナちゃんの前に跪いてその手をとり、甲にそっと口づけをした。
「お久し振りです、ロイエさん。ご心配おかけしてすみませんでした」
「謝罪など不要だよ、ミリナ嬢。君が無事でいてくれた、それだけでいいんだ。……おっと、こちらのお二人はどなたかな?」
「申し遅れました。ヴァイツ・アンデイルと言います」
「アンデイル? ……ふむ、事情はよく分からないけど、よろしく頼むよ。そちらのお嬢さんはどなたかな? 随分と……可愛らしい顔に似合わず物騒な魔力を持っているようだね?」
そう言って――ロイエ・ベルトワーズは、私を見てウィンクをかます。
すごいぞ。
これがプレイボーイってやつだ!
それも四天様の!!
「……もしもし?」
「あっ、失礼しました。ヴァルシュと言います。えっと、その、ご迷惑かけています」
「??? 事情はさっぱり分からないけれど、とにかくそれも後で聞くとしよう」
パチンと指を鳴らして彼は微笑む。
それは商売人や接客業を営む人の笑い方に似ていて、見た目は紛れもなく貴族様なのに、妙に親しみを持てる男の人だった。
ロイエ・ベルトワーズ。
その二つ名は《山吹の旋風》。
丁寧にセットされた金髪は、いかにもな優男のキザ男に見えるけれど、その自信に満ちた表情は、実力に裏付けされたものなんだろう。
「それでは馬車に乗ってくださいな。行先はそう、この国で最も厳重に守られた場所、『森の離れ王宮』だ。そこでお嬢さんたちをお守りしますよ」
ロイエは言いながら流れるような動作で客車の扉を開いてくれるのだった。




