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01話 これが噂のゲーム入りと感慨に浸る暇はない!






―――――――――――――――――――――――――――



【――これは遠い遠い、魔の力が存在する世界の物語】



【兵士「この建物の二階だ! 少女を助け出せ!」】



【慌ただしい足音、扉の開く音、画面にスチルが一枚映る。それほど広くない部屋に、手足を縛られて気絶している栗色の髪の少女が横たわっている。それを見下ろすようにローブを着た女が立っている。ローブについたードを深く被っていてその顔は見えない)】



【兵士「おのれ魔女め! ようやく追い詰めたぞ覚悟しろ!」(スチルに兵士たちの姿が加わる)】



【ロンダル「待て。ここは俺に任せろ。奴は魔女だ。何をしてくるのか分からない」(スチルに紫髪の男が加わる)】



【ロンダル「覚悟しろ魔女。ここで終わりだ」(スチルにカットインで紫髪の男が左半分にアップで映る)】



【魔女「…………」(スチルにカットインでローブを深くかぶって顔が見えない魔女が右半分にアップで映る)】



【ロンダル「さらばだ」(台詞と共に剣を振るう音、そして画面が真っ赤になる)】



―――――――――――――――――――――――――――









「えっ、本当に死んだの」


私は7クリック目で真っ赤に染まった画面を見て思わずそう呟いた。


「え、なに、この魔女ってモブなの? ここで死ぬだけの存在? 喋りもしないの?」


 私は呆然としながら今日買ったばかりの乙女ゲーム、『救済の旅路』のパッケージをまじまじと見ながら椅子にぐったりと寄りかかる。


「ラスボスが一番最初に出てくるタイプなのかと思ったけど、普通にここから始まるゲームなんだ」


 クライマックスを最初に見せて、時間を前に戻してゲームスタートするタイプなのかと思ったけどどうもここから普通に時間が進行するらしい。


「こんなに丁寧にスチルから差分、カットインまで用意してるのにこれで終わりとか魔女さん悲しいなー」


 なんてぼやいてると、「もっと事前に調べとけよ」とか「文句いうな」とか言われそうだからちゃんと言っておきたい。

 私はネタバレが嫌いなんだ!

 調べるとどうしたって何かが引っ掛かってしまう!

 だからできる限り見ない!

 見てもせいぜいキャラ紹介とか制作会社とか声優さんとかそのぐらい!

 名作だと信じてプレイする!

 それが私の信条だし、こういう細かい展開にいちいち驚けるのはだいぶ楽しいから、別に文句を言うつもりなんて全然ない。


「ここから壮大な物語が始まると思うとワクワクが止まらないね!」


 ――ところで、実は私が購入したこのゲームは、完全版なのだ。

 完全版ということは、完全版じゃないのが売られてたわけで、納期がギリギリでストーリが不完全だったり、やたらと攻略難易度高かったり、主人公がすぐ死んだりで文句がすごかったらしい。

 公式によると、このゲームはどこかの神話だか寓話だとか、現実にあった話だとか言われている古い物語を元にしていて、完全版ではそれにかなり忠実にしてキャラクターも新規追加しまくったおかげでボリュームが五倍になったらしい。アホとしか言いようがないし、実際それで発売が二年近く延期になった問題作だ。

 展開も色々変わるらしくて、前作とはまるで違うものだと思った方がいいらしい。

 だから、完全版というよりは新作という方が正しい気もするんだけど、公式が完全版と言っているんだから仕方がない。


 そして私はそのいわくつきの作品を、高校三年生の春休みという大学生活に向けての準備をしろというような時間をたっぷりつぎこんでプレイする予定なのだ。たまらないね!


「それにしてもこのロンダルとかいうヤツ、結構な男前だけど攻略対象にもパッケージにもいなかったような……新キャラなのかな」


 パッケージを改めてまじまじと見ると、一人の少女と四人の男が描かれている。この紫髪のロンダルとかいう男の姿はない。 


「なんだろ。新キャラは隠していくスタンスなのかな。有名どころの声優さんの声もついてるし、これだけ格好いいんだしモブってことはないと思うんだけど」


 そうぼやきながらゲームのパッケージをまじまじと見る。

 特に主人公の女の子を見る。


「えっと、たしかお名前は……ミリナだったかな」


 作中のキャラには色んな呼び方をされる子らしいけど、プレイヤーたちは彼女のことをミーちゃんだとかミー子だとか呼ぶらしいけど、一番人気の呼び方はなんともアレなものだった。


「仏様、なんで呼ぶのは流石にひどいよねぇ」


 あまり調べてはいない――そう、調べてはいないんだけどこのゲームのことを知る経緯で色んな情報が入ってきちゃうのは仕方のないことなのだ。

 なんでも、『意中の相手の攻略は簡単なんだけど気づいたら主人公が攻略対象のために死んでる』ということが頻発するらしくて、その自己献身の在り方はもはや仏様らしい。


「うーん、確かに優しそうな顔してるよね」


 パッケージを見てもなんだか慈愛のオーラを感じるんだからきっとゲームをすればその慈悲にむせび泣くことになるんだろう。

 そんなこと考えながらまじまじとパッケージを見てると、妙に頭がふわふわとしてきた。


 白い肌に、栗色のさらりとした髪。


 細い身体に、甘い香り。


 薄い桃色の唇はこりゃ女の私でもたまらんよね!


 ふふ、きっとこれが現実だったらものすごい美人なんだろうなぁ。


 そう、きっとこんな感じ感じ。


 触ってみると、その柔らかさも分かるっていうか。


 ああ、これが乙女ってやつなんですね……









「――――アレ? 私、触ってる……?」








 それに気づくのと、ドタドタという足音に気が付いたのはほとんど同時だった。


「え? いやいやいや……え?」


 ミリナちゃんに触れているその手は、いったい誰の手だ?

 私の手?

 深く被ったフード。

 ゆったりとした黒のローブ。

 こんなに伸ばした記憶はないやたらさらさらの黒髪。

 そして、明らかに私の部屋ではないこの空間。


「おのれ魔女め! ようやく追い詰めたぞ覚悟しろ!」


 そんな聞き覚えのある声と同時に扉が開いて思わずびくり。


「え、あの、え?」


 おろおろとする私に兵士たちは警棒片手に睨んでくる。

 とてもこわい。


「待て。ここは俺に任せろ。奴は魔女だ。何をしてくるのか分からない」


 これまた聞き覚えのある台詞と共にずいと前に出てくる紫髪のイケメン。

 気の強そうな顔ですねぇ。

 血気盛んな若人。

 エリートっていうよりはエリートに憧れてる気の強い青年って感じ。

 これは強気受けの顔ですよ。

 はっきり分かりますよぉ。


「覚悟しろ魔女。ここで終わりだ」


 お名前は確かロンダル君だったかな。

 その彼が腰の剣を流れるように引き抜いて私に向けるわけだ。

 うんうん、そりゃそうだよね。

 この状況、この格好、この台詞、この立ち位置。

 どう考えても、私が魔女なんだ。



「さらばだ」



 何がなんだか分からないし、どうしたらいいのかも分からないまま、ロンダルが振り下ろした剣は目にも留まらない速度で私を切り払って―――――


 



 気づくと目の前にミリナちゃんがいた。


「い、生きてる?」


 自分の首に手を当てる。

 血は出てない。

 どこも斬れてない。


「どういうこと……?」


 と考えているうちに、聞き覚えのある足音が聞こえてきた。

 ドタドタと、間違いなくこの部屋に向かってくる足音だ。


「……あー、なんだか分かってきちゃったなぁ」


 とりあえず、もうゲームの中にいるのは間違いない。

 そして私があの魔女さんになっていることも間違いない。

 問題は、ついさっき斬り殺されたはずの私が、ぴんぴんしてることだ。


「単純に蘇生した、とかじゃないよね」


 その答えは、扉を開けて入ってきた兵士たちが教えてくれた。


「おのれ魔女め! ようやく追い詰めたぞ覚悟しろ!」


 うんうん、聞き覚えがあるよその台詞!

 分かりたくもないことが分かっちゃったなー!


「待て。ここは俺に任せろ。奴は魔女だ。何をしてくるのか分からない」


 やあロンダル君、さっきぶり!

 君にそんな覚えはないんだろうけど!

 なんて軽口は頭の中でぐるぐるするだけで、私は声も出せやしなかった。


「は、はわわわ」


「おのれ魔女! 呪文か!」


 ロンダル君は私の震え声に激昂して剣を振り上げる。

 

「お、お命だけはお助けを!」


「問答無用!」


 ようやく出せた私の声は、私の知る私の声ではなかった。

 そして必死の命乞いと共に繰り出した土下座も意味をなさず、私の意識は真っ赤に染まり――――
















 目の前にミリナちゃんがいる。


「ははぁ」


 そして階下から聞こえる大量の足音。

 聞き覚えがあるね!


「詰んだでしょ、これ完全に」


 これが噂のゲーム入りだと感慨に浸る暇はない。

 この後すぐにでも死んじゃうんだから。


「ど、どうすればいいっていうのさー!?」


 私は頭をフル稼働させて必死に考えるしかなかった。


 


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[気になる点] 誤字受付をしていないので、こちらで。 【慌ただしい足音、扉の開く音、画面にスチルが一枚映る。それほど広くない部屋に、手足を縛られて気絶している栗色の髪の少女が横たわっている。それを見下…
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