070 ― 旅は道連れ 2 ―
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
……もう1月終わりやん。
「───ええ~めずらし~ぃ。アトラが自分から誘うなんて」
そんな意外そうな声を上げるのは金髪碧眼エルフのレビヤさん。
相当珍しい事なのか、傍らにいるジンさんも目を丸くしている様子だった。
「るせぇ。ただ単に俺に着いてこれる奴らがいなかっただけだ」
と、渋い顔で答える彼。
「そう? 前に自分が避けられてるから誘う気はないとか言ってた気がするけど?」
「あー…ともかくだっ。俺の理由なんてどうでもいい。で、どうなんだ? お嬢」
そういってアトラさんはレビヤさんの会話を振り切って俺を見やった。
当の俺は…悩む。
当然、俺としてはありがたい申し出だ。だが───良いのだろうか? 俺は彼らにとって赤の他人だ。
あの時助けて貰ったのは自分自身。ここで甘えてしまえばまた彼らに迷惑がかかるのではなかろうか。なにか恩返しでもできればいいが、彼らは上位ランクでお金に困っている訳でもなさそうだ。それなら俺が依頼の手助けを…とも考えるが、ベテラン冒険者の彼らが困るような依頼も少ないだろう。
安易に首を縦には振れず。どうしたものか…と、返答に窮していたところ。
「キュレアさんはすごく───大人びてるね」
「え…?」
一瞬、ドキッと心臓が跳ね上がった。俯いていた顔を上げるとジンさんと目が合う。
「キュレアさんは今、何歳くらいだい??」
「…え? えと…14…です」
「そっか。うん、若いねやっぱり。それなのに凄く大人びていて、いろんなことを考えてる。なんと言うか奥ゆかしいね。少しレビヤにも見習わせたいよ」
「失礼ねっ。あたしに喧嘩売ってるわけ??」
「おおっと、口が滑ったかな」
「ふんっ。まあ…だけど、そうね。キュレアちゃんは少し考えすぎな気がするわ。確かに世の中甘くないし、危険なことなんて山のようにあるけど…。チャンスがあるなら掴まないと後々後悔しちゃうわよ?───あ~もしかしてあたしたち…怪しい?」
「い、いやそんなことはっ」
「なら、そんなに気にしなくてもいいのっ。あたしたちの方がずっと年上なんだから。ここは乗っときなさいっ。アトラの気が変わらない内にねっ」
と、そういってレビヤさんは一つウインクをする。
「遠慮なんてしなくてもいいのよ。だって、助けたいのはあたしたちの方なんだから。小さい子が困ってるのに大人なあたしたちがほっておくなんて言語道断なんだからねっ」
と、レビヤさんは自信満々に胸を張る。
(そ、そうか…小さい子…か。彼らから見たらそうにしか見えないよな。やっぱり。一瞬、ひやっとしたよ)
バレるなんてありはしないか。と、安心感と同時に埋めようのない寂寥感が胸に沸き上がってくるのを感じた。それはまるでなにかに裏切られたかのような…心に突き刺さる空虚感。
(…この世界に来て十年余り。中身だけで言うと二十歳はとうに過ぎてるんだよな…。それを知っているのは自分とユノにルージュくらいなものだけど)
だから、いろいろと考えてしまうのも年齢のせい…だと思いたい。
今の俺は確かに狐族の少女“キュレア”だ。だけど、前の俺…“彼方”としての俺を捨てた訳ではない。そもそも身体そのものが変わってしまって、性格まで変わってしまったら…今の俺になにが残っているのか…。俺を俺だと証明する確固たるものは…一体なんだというのだろう…────ダメだ。この話は考えても仕方ない。
「キュレアちゃん??」
「あ。な、なんでもありませんっ───で、ですが…その…。私には返せるものがありませんし」
「そんなこと気にしなくてもいいんだ。何度も言うようだけど、これは僕らがしてあげたいだけ。恩に着せるようなことはしないよ。だけど、キュレアさんはそれでも気しそうだね…うーんそうだな…」
と、ジンさんが悩んだところへ、レビヤさん割って入ってくる。
「───なら、あたしの買い物に付き合うのはどうっ!?」
「え? …買い物ですか」
テーブルに勢いのまま乗り出した彼女を見ながら、俺は驚き返す。まさかそんなことを提案されるとは思ってもみず、少々面食らった。
「そうっ。あたしたちが乗るのは明後日だからそれまでは自由行動だし。王都までの三日間の準備も必要でしょ? この町の案内もできるし、あたしたちが使ってる宿でいいなら紹介してあげられるわ」
え…それは恩返しになるのだろうか。俺のせいで手間が増えてる気がするんだけど。
「あ、またそんな顔する~。あたしはキュレアちゃんと親睦を深めたいのっ。ね、ジンもアトラもいいと思わない?」
同意を得るため彼女は二人に話を振る。
「いいんじゃねぇか? 俺の方はそれで構わねぇ」
「うん、僕もそれでいいと思うよ」
と、二つ返事で快諾する。
これで俺が拒む理由がなくなった。レビヤさんはニッコリと笑顔でこちらを見やり、俺の返答を促す。
ここまで言われちゃあ俺も断れないな…。
「分かりました。では、お言葉に甘えて…ご一緒させてもらいます」
「よかった! じゃ、これからよろしくねっ。キュレアちゃん」
「はい、よろしくお願いします」
───こうして、俺はとにもかくにも“飛空挺”に乗れることとなった。一時的なものだが、アトラさんにジンさんとレビヤさんという新たな仲間と共に、明後日この街を立つ。
始めての空の旅。どうなるかは分からないが、これでやっと王都にたどり着ける…と、俺は密かにほっと胸を撫で下ろしたのだった。
◆◆◆
ドンッと勢いよくなにかを叩いた音が響く。それは我慢できなかった怒りを自身の机に発露した結果だった。
「よくも…よくもわたしの顔に泥を塗ってくれたな」
プルプルと震えた手に苦虫を噛み潰したような表情でそう言うはこのギルドの長であるジェニス・アルバード。
ここの領主の三男坊であり、この街に“冒険者ギルド”を設営する折に、ここのギルドマスターの職を押し付けられたのが彼であった。
アルバード家は代々続く歴史のある家柄で“獣人”を奴隷として扱ってきた。
そんな領主たる父親は“冒険者”というものを心底嫌っている。なぜならそれは奴隷である筈の“獣人”が我が物顔でのさばっているからであった。
この街に“冒険者ギルド”を作る上で、そのことでかなり揉めたらしい。そして、この街にギルドを作る条件としてギルドマスターにアルバード家のものを据えることとなったのだ。
「いや…災難でしたね旦那。まさかあんなに早くアトラどもが帰ってくるとは───」
と、目の前にいた彼は睨まれて口をつぐむ。
「それもこれもお前たちのせいだろう!! 目立つようなことはするなとあれほど言ったこと忘れたのか!!」
「わ、忘れてないですよ旦那。ただその…金が足りなくなりましてね。ただの小遣い稼ぎで…」
責め立てる彼に対し、言い訳がましく言うのはキュレアに喧嘩を売った一人の優男。
「ただの小遣い稼ぎで小娘にのこのこ逃げ帰るやつがあるかっ。それのせいでこうなったのを分かっているのか!?」
「いやそれは…その…。旦那が狐族を捜してると伺っていたので…よければと伝えただけで…」
馴染みの店に顔を売るためジェニスは“狐族の少女”を捜していた。そこへ都合よく現れたのがキュレアだった。街に来たばかりで仲間もおらず、小競り合いの一件を逆手に取って上手く弱みにつけこむことで店に誘導できると考えた彼は早速行動に移し、そして今に至るわけである。
ふんっ…と苛立ちを隠そうともせず彼は会話を打ち切り、話題を変える。
「貴様らとは少し間を置くことにする。お前たちとの契約も当分凍結だ」
「え!? そ、そんな殺生なっ。素材の横流しは順調でしょう!? 旦那の取り分はちゃんと払ってるじゃないですかっ。そんなことをいきなり言われてもこちらにも生活ってもんが…」
「うるさい!! 当然の結果だ! そもそも何故貴様らを上位ランクに上げてやったと思ってる! 縁を切らないだけマシだと思え!下民が!!」
クライアントにここまで押し切られては優男も成す術なく。
彼は悔しそうに唇を噛み、部屋を去っていく。この部屋には彼のみが残された。
『───嘆かわしいですね』
部屋が静かになって束の間、突然声が響いた。
『仲間割れとは嘆かわしい。人は群がらないと生きてはいけないというのに』
「むっ!? なんだ貴様か…。驚くから唐突に出てくるなと言っただろう」
『これは失敬』
突如目の前に現れたのは黒い衣装を纏った人物。動きやすそうな軽装で、肌全てを隠し、顔には“白い仮面”を着けた得たいの知れない人物。声も変えているところから性別すらも判別できないかなりの徹底ぶり。それはまるで影のような“何か”。
この部屋唯一の扉が開いた様子はなく、それは本当に影のように姿を現した。
「毎度のことながらほんとに貴様は不気味なやつだな。その格好は一体なんなのだ?」
『我らの正装…とでも言っておきましょう』
「正装…もっとマシなのがあっただろう。ふんっ。まあいい。今は機嫌が悪い。貴様が現れたと言うことはどうせまた飛空挺のことだろう?」
『話が早くて助かりますね』
そう言うな否や。その仮面の人物は懐から黒塗りの簡素な木箱を取り出す。
「今回はこれだけか。いつもとは違うのだな」
『ええ、今回はテストも兼ねていますので。おっと、中は見ない方が良いですよ。───死にたいなら別ですが』
その言葉でピタッと中を確認しようとした手が制止する。
「ふん…一体お前たちは何をやっているのだ? 父上の言いつけがなければお前なんぞに手を貸すことはなかっただろうにな」
『それは残念。それはそうと…貴方に一つ“提案”があるのですが』
「…提案?」
いつもならば渡すものを渡せば去る筈のそいつは珍しいことに話を持ち掛けてきた。
『ええ。この荷物を明後日の積み荷と一緒に王都へと送って欲しいのです』
「明日の便ではないのか。それは構わんが…なにが狙いだ?」
『狙いなんてありませんよ。ただ、貴方の恨みを晴らしてあげようかと思いましてね』
そこまで言われて気がついた。明後日の便には護衛としてある“冒険者”パーティが搭乗することになっている。なぜこいつらがその事を知っているのかは分からないが少なくとも…今回の一件は彼らに筒抜けということだ。
「…なぜ貴様らがそのことを知っているのだ」
『答えても良いのですが、その場合こちらになにもメリットがありません。取引とはお互いの信頼関係が重要になってきます。さて、そちらにそれと同等以上な価値あるものは存在するのでしょうか』
奴の仮面の下。表情が一切見えない人物に淡々と返され、黙ってしまうジェニス。
『そう警戒するものではありませんよ。ただ、貴方は荷物を頼まれた。だから、積み荷に紛れ込ませた。それだけで良いのです。───それだけのことなのですから』
そう言うな否や。奴は忽然と姿を消す。
いつも通りだ。ただ渡されたものを他の積み荷と一緒に王都へ送り出す。それだけで大金が彼へと流れ込み、父上への評価も上がる。なんてことはない。いつも通りなのだから。
彼は手に持った黒い木箱に目を落とし、振り払うようにそれを机にしまった。心に沸いた一抹の不安に気づかないふりをして───。
はい、お久しぶりです。結局、二ヶ月近く投稿できませんでたね。1月になったら仕事が楽になると思っていたのですが…甘かったようです…。結局、今の今まで仕事三昧でした。安月給の癖に…。
来月も正直ちょっと分かりませんが、どうにか街を出立するところまでは書ききりたいところ。そのあとは恐らくストップするでしょうね。うん。
まだ頭の中にある物語をまったくもって文字にできてないので、ホントどうしようか悩み中です。せめて、早めに帰ってこれたら少しは書けるんですが…。
あーもうここで愚痴っても仕方ないですね。さてさて。
今回もありがとうございました。また見てくれると嬉しいです。では、また次回!