068 ― また一難 ―
こんばんは。仕事が繁忙期に入りましていろいろごたついてました…。
少し落ち着いては来たんですが…まだ来そうだなぁ…。と、憂鬱になっている今日この頃です。
「さて───騒ぎを起こしたのは君かね」
事務机に頬杖をつき、ぶっきらぼうに言ってくる目の前の男。
長めの金髪でやたらと小綺麗で少々ふくよかな男はめんどくさそうに手元にある書類に目を落とし、それを声に出して読んでいく。
「えー、なになに…。酒場のテーブルを破損させ、料理を台無しにた挙げ句、冒険者二人をボコボコにし、金品を強奪か。これはこれは…かなり過激だね」
「はぁ?」
俺は身に覚えのない言い草に眉根を寄せる。
ここはギルド内の一室。ギルドマスターの執務室らしい。
なぜこんな場所に俺がいるのか。
俺はこの意味の分からない状況に少し前の記憶を振り返ってみた。
───あの後、冒険者二人を退けた俺は、あのウェイトレスさんに案内され、新たな席でまた再注文した料理を今か今かと楽しみに待っていた。
初めの料理は注文から五分もせずに届けてくれたものだったが、混んできた時間であったためかなり遅くなっているようだった。
そんな折、突然俺の目の前に現れた人物がいた。それはまさしく絵に描いたような秘書らしき女性で、開口一番『ギルドマスターがお呼びです』と言いはり、呆気にとられる俺を有無も言わせず連行していったのだ。
そして通された部屋にいたのがこの目の前にいる小太りな男である。
その小綺麗ななりから恐らくは貴族だと思うのだが…雰囲気がなにやら小物臭いなぁ。と、我ながらなかなか失礼なことを心中で思っていたところ、奴がこうして話し出したという現状だった。
よし、現状確認終わり!
「…どういうことですか? 私は無関係…とまでは言いませんが、テーブルを破損させたのも台無しにしたのも私ではありませんし、そもそも手を出してきたのはあの冒険者の方ですが?」
「ふむ? 言い逃れはできないぞ君。こちらには目撃証言がある」
ニヤリと得意気に言い放つ男。その顔が相手を見下しているようでものすごく腹立たしい。
(は…? 目撃証言て…)
確かに誰かに見られたということはあり得る。完全な閉鎖空間ではなかったし、二階に上がろうとすれば一発だ。だけど…
(…テーブルを割ったのは俺じゃないし、台無しになったのは俺のせいでもない。そもそも俺の方が被害者だ。なんで、それらが全部俺のせいになってるんだ)
誰かが意図的にそう証言したとしか思えない。
(これは、嵌められた…かな)
極力面倒事は避けようと思っていた矢先にこれだ。まあ、自分が撒いた種だろ、と言われればそれまでだが…。なんでこう、次から次へと来るかな…。
逃げた優男。恐らく犯人はそいつだ。奴がここのギルドマスターにありもしない嘘を告げ口し、それを鵜呑みにしたギルドマスターが俺をここに呼んだのだ。
「返事がない、と言うことは。同意したと見なしてよいかな?」
この肥満体質な男は不愉快な笑みを浮かべて俺を促す。
「待ってください。その目撃証言というのが、“真実”だという証拠はあるのですか?」
「証拠? …くくっ。そんなものはいらないのだよ君」
男は込み上げてくる笑いを耐えるように肩を震わす。俺はその態度に何か嫌なものを感じ取った。
目の前の男は機嫌が良さそうなまま俺を見やる。
「Cランク、亜人の狐族。名を“キュレア”と言ったか。君を冒険者ギルド内で暴力を振るい騒がせた罪で降格処分とする」
「は、はぁっ!!?」
俺は思わず声を上げる。降格処分…言葉通りでいけばランクを下げられるという意味だろうが…。しかしだ。なぜ俺がそんなことをされないといけないのか。納得などできるはずもない。これは明らかにギルドマスターの権限を使った横暴だ。
「待ってください。それは横暴ではないですか? 普通なら先に真偽を確かめるべきです」
「ふむ。そういって逃げる気かね? ならば聞くが君には自身の潔白を証明できる者はいるかね? 当然、パーティ仲間や親しい者は却下だ。君を庇う恐れがあるからね」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる男。その顔に拳を入れてやりたいところだが、話が余計こじれるのでどうにか抑え込む。
(…ああ、少し分かってきた。こいつは騒ぎの責任を俺に全部擦り付ける気だ。だから、証人が帰った後に呼びつけたわけか)
ここでの証人とはあの少女と男の子のことだ。既に彼女らはここから出た後で、どこにいるかすら分かっていない。冒険者なのだから恐らくは宿屋に泊まっている筈だが…この大きな街で捜し出せるとは到底思えない。
冒険者はギルドでのルールには縛られているが、プライベートを報告するような義務はない。日常会話で誰かに所在を言うことはあるかも知れないが…それを探し当てるのは難しいだろう。
この分では自身がパーティを組んでおらず、一匹狼なのも調べは付いているはず。
助けてくれる仲間もおらず、ちょうどこの街に訪れたばかりの冒険者。なるほど、責任を擦り付けるにはうってつけなわけだ。
(それにしても…妙に手慣れてやがるな。これは初めてじゃないな。くそっ…どうする?)
俺はどうにかならないかと頭を悩ます。しかし、さすがにお手上げだ。目の前にいる糞野郎を殴り飛ばして出て行きたいが…これは暴力で解決できるようなことではない。それは肝心の飛空挺がこのギルドからでしか乗れないからだ。こんな糞野郎がギルドマスターなんて俺は納得できないが…それが本当ならば、俺を出禁にすることだって容易いはず。
「くくっ…。まあ、なんだ。ワタシも鬼ではない。君は女性の亜人だろう? すべきことをすれば融通をきかしてやろうではないか」
「はぁ? なにを…言っているんです?」
奴のにやけた顔が一層醜くなる。まるで人間の欲望が服を着て座っているかのようだ。
奴は引き出しからメモのような紙を取り出し、机に置く。そのまま滑らせてこちらに見せてきた。
それは名刺だった。名前のみ書かれたシンプルで簡素な名刺。その名前から察するに、恐らくいかがわしい類いの店。
「ここはワタシのお気に入りでね。ちょうど亜人の…狐族を捜しているようなのだ」
「そこで働けと?」
「さあて、それは君次第だ」
そういって奴はじっとこちらを見つめてくる。不快な視線に晒され、尻尾がゆらゆらと揺れてしまう。
こいつにどういう意図があってこんな提案をしたのかは分からない。ただ、この態度を見るに何かしら奴に利益が生まれるものだったのだろう。だが、俺の答えは端から決まっている。
「お断りします」
「ふん、そうか。ならば仕方ない」
あからさまに不機嫌になる糞野郎。これにより俺は降格処分になるのだろうが、こいつの良いように動くのも癪に触る。これで飛空挺という足はつかえなくなってしまった。ホント前途多難だな。嫌になってくる。
「なら、君は今から───って、なんだ? 騒がしい」
奴は言葉の途中で顔を扉へと向ける。
そこからは何やら騒がしい声が聞こえて来ており、こいつが気づく前から俺も妙に気になっていた。
なにやらわざとやっているかのような荒々しい足音で廊下を歩く者がいるらしい。恐らくあの秘書らしき女性が必死で止めているような声が聞こえてくるが、それをものともせずその人物はここに迫って来る。そして───
「───邪魔するぞ!!」
ドンっ!! と、盛大な音をたてて扉が開けられた。
入ってきたその闖入者に驚く俺と糞野郎。その人物はなんて言ったって、とても目の引く黒虎頭の獣人だったからだ。
・・・・・・・・・・・
「なっ!? お前はアトラ・リーズバイト! 突然押し掛けてくるなど失礼きわまりない行為だぞっ!!?」
「うるせぇ!!! そんなこと知るか!!」
その大柄な獣人は奴の言葉を一蹴し、俺を見やる。
その猫科の顔に少しほっとしたような表情が浮かび、すぐに怒った表情になって奴を睨み付ける。
その覇気のある視線に睨み付けられた奴は一瞬で蒼白になる。これは誰だってひとたまりもないだろう。なんてったって完璧なる“虎”の顔なのだ。それが本気の威嚇をし、その上ガタイも良く大きな身体である。まさしくその姿は“猛獣”そのもの。そんな人物から見下ろされる状況…。考えただけでも背筋が凍る。
「おい…ギルドマスター。またアンタは己の得のために無実のやつに責任を擦り付けようとしてたな?」
「な、ななななななにを根拠に言ってるんだね君はっ!!?? こ、これはれっきとしたギルドマスターの仕事だ! ただの冒険者風情が文句を言う筋合いはないぞっ」
おお、言い返した。と、胸中で称賛を送る俺。正直このまま失禁でもして終わるかと思ってた。
「ふじゃけんじゃねぇ! 録に調べもしねぇでいわれのない責任を擦り付けることの何が仕事なんだ!! どうせアンタらのことだ。“獣人”だから狙ったんだろ? ああんっ!!??」
(獣人…?)
そういえばこいつ俺のことを“亜人”と呼んでいたな。と、ふと気が付く。この世界で“亜人”と言う言葉は、禁句だ。人族を省いた種族を纏めて指す言葉で、所謂“蔑称”である。
「なっ、なにを言うっ。こちらにはちゃんとした目撃証言もある! 騒ぎを起こしたのなら本人が責任を取るのが当たり前だろうっ」
「ほう…? なら、その目撃証言は誰のもんだ。言ってみろ! てめぇが仲良くしてる冒険者じゃねぇのか!!!!」
「───っっ!!??」
ドンッ!!と、机を叩く虎男に肩を震わす糞野郎。あ、机にヒビが入ってる。かなりの力を籠めたようだ。魔力の反応はなかったんだけどな…素の腕力で割ったようだ。
彼の睨み付けも効いているのだろうが、どうやら彼の言ったことが図星だったようで、口をパクパクとしながら奴は固まっている。なかなか哀れな姿だ。
「…第一な。目撃証言ってなら───俺も見てたんだよ。全部な」
「な、なななななにっ!? そんなわけっ。───そ、そうだ! お前たちのパーティは明日まで戻ってこない筈だったろう! もしや、失敗したのか! ははっ! Aランクともあろう君がそんなへまをするとはな!」
「───話をすり替えるんじゃねぇ!!」
「ひぃっ!??!?」
攻め口を見つけたと思った刹那、怒鳴られて容易く一蹴されてしまう。迫力が凄い。
「アンタに心配される覚えはねぇよ。ちゃんと討伐依頼は完遂済みだ。今仲間が報告している最中だろうよ」
「うぐぐ…」
悔しそうに唇を噛み、恨めしそうに唸り声を鳴らす糞野郎。それを上から見下ろし、虎男が追い討ちをかける。
「アンタの上はあのクソ領主だ。お前らが俺らを気に食わないのは分かっている。だけどな、ここは“冒険者ギルド”だ。お前らの都合のいい箱庭じゃねぇんだよ。俺たちにこれ以上手出ししてみろ。───“痛い目だけじゃ済まさねぇぞ”」
相手を凍えさせるほどの気迫が俺の毛を逆立てる。魔物すら畏怖させるほどの迫力と威圧感。熟練の冒険者だけが出せる練りに練られた重圧。
それを真っ向から受けた一般人が耐えられる筈もない。
微かに聞こえる不快な水音。それを俺の耳がしっかりと拾ってしまった。聞きたくもなかったのに。
心配になるぐらいに蒼白になった糞野郎はそれ以上口を開くことはなかった。
「おいそこの…えーとなんだ。───お嬢」
「…? え…お嬢?? あ、私ですか?」
一瞬誰を呼んでいるのか分からなかったが、こちらを向いた彼の視線で自分のことだと察する。お…お嬢と来たかぁ。
「なんだ嫌だったか。すまねぇな。さっさとここから出るぞ。長居は無用だ」
「あ、はい。そうですね」
先の気迫はどこへやら。彼は俺へと声をかけるとさっさと扉を潜ってしまう。俺もそれを追いかけ、扉を出る。
しかし、廊下の突き当たりまで行ったところで俺はふと足を止める。
(…?)
俺は背後から少し妙な視線を感じ取った。
気になって振り返れば、そこには一人の女性の姿。確か俺をここまで連れてきた秘書らしき女性だ。
彼女はじっと俺を見ていたようだったが、俺が気づいたことですぐに視線を外し、踵を返してギルドマスターの部屋へ入っていく。
(??? なんだったんだ? 今の…)
そんな様子に怪訝そうな顔になる俺。
(…いやまあ、こんな外套で姿を隠したやつがいたら、そら気になるよな)
少し考えた末にそんな結論に至る。
俺はさっさと行ってしまった彼を追いかけ、再度足を踏み出した。
前書きにも書いた通り少々多忙のため今月もここで終了です。やべぇ…次回まだ書けてないぞ…いきなりストックなくなったやん。
月末には二回目ワクチンもありますし…面倒事が多いですね…。寝込まなければいいんですが。
今回もお読みくださりありがとうございました。いつもスローペースで申し訳ないです。今更ですが…。
誤字脱字などありましたら言っていただけると助かります!
では、この辺で…。寒くなってきたので風邪にはお気を付けて! では、また次回!!