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【旧作】 Welcome into the world [俺の妹が勇者なんだが…]  作者: 真理雪
第四章【商業都市アルフレド】
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066 ― 海の街 2 ―

 こんばんは。暑い日が続きますね…。残暑とは思えないんですが…。






 

 ・・・・俺は今テーブルに突っ伏して沈黙している。




 ただいま意気消沈中です。お店の関係者からしてみれば本当に邪魔者でしかないだろうが…許してもらおう。


 このギルドでは隣に酒場が併設されているようで、ここで飲食が出来るようになっているようだ。

 俺はそこの一つのテーブルを陣取り、暗い雰囲気を辺りに撒き散らしていた。


「はぁ…どうしたものかしら」


 俺はそう一人ごちる。


 (…もうこの際、森を突っ切っていくか? いやそれはちょっと…自身無い…)


 “飛空艇”を使わずに行くとなると、ここから最短でも一週間は掛かることになる。なぜなら正規ルートが大森林を迂回するルートを通るからだ。

 ───なら、その森を突っ切れば早いのではないか? と、考えたが…それは却下だ。恐らく俺の能力なら不可能ではないだろうが、いかんせん森が大きすぎる。広大な森に地図もなしに突入するのは自殺行為だ。方位磁石でもあれば方角は分かるだろうが…ここまでの道のりで迷子になった俺がそんな場所を通れるものか。…なんだか考えてると悲しくなってきた。俺ってそんなに方向音痴だったのだろうか…。確かにあまり遠出はしなかったけど…。


「はぁ…。もう引きこもりたい…」


 結局、どうするか決められないまま俺はその場で現実逃避をした。





『───おい聞いたか? また“黒い脅威(ダークメナス)”が出たんだってよ』


『聞いた聞いた。それで“カノン”が偉い目になったらしいな』


『よくそれで持ちこたえられたな。アレが出たら住める土地じゃなくなっちまうって話だったが…』


『なんでも時間消滅じゃないらしいぜ。カノンから戻ってきた商人に聞いた話だが、何人ものやつらが消滅する前に空に駆け巡った赤い閃光を目撃しているらしい。なんの光かは定かじゃないんだが…なんでも誰かの魔術の類いなんじゃないかって話だ。消滅したのはそのすぐ後らしいしよ』


『それまじか? 誰かがアレを討ったってのかよ。アレに対抗できる奴が現れたら前代未聞だぜ? それに空を駆け巡る魔術ってなんだよ。人の域を越えてるぜ』


『さあな。だが、もう王都の調査団が動き出してるって話だ。帝国もあの里も無関係じゃいられないだろうさ──』



 (───・・・)




 聴覚が良いというのも困ったものだ。頭の上でピョコピョコ動く大きな耳はフードの中でもその役目をしっかりと全うしていた。


 別に聞く気はなかったのだが…。あれだけ派手にやりやって見られていないというのもムシのいい話だ。やはりというか、まあ予想通りに噂は広まっているようであった。

 人の口に戸は立てられないとは言うが、ここまで早いとは驚きだ。


 (…ふぅ。あまり目立つことはしたくないんだよな。でも、“陰”が出てきたら対処するしかないし…。いろいろしがらみがある里の“(かんなぎ)”が、外部の対応するとも思えないし。どうしたものかね…)


 頭が痛くなりそうな悩みの種だ。“調律者”たるものが、まさか“陰”という異常なものと出くわしてまさか無視するなんて…。いや、まあ、アイツは恐らく怒らないだろうけどね。過保護だし。戦って怪我した方が怒るだろうと思う。




 (取り敢えず───…なにか食べようかな)




 と、俺は鼻腔を擽る芳ばしい良い香りに誘われて顔を上げる。


 ここは酒場だ、そして料理も振る舞っている。昼時も相まってかなりの数の客が占めていた。なにも頼まずに意気消沈しているのは俺ぐらいなものだ。


 ひょいっと俺は立て掛けられていたメニューを取り、それを開いた。


 (…ふーむ。分からん)


 いろいろな冒険者が訪れるだけあって、メニューに書いてある種類はたくさんあった。しかし、それは簡素に書かれた料理の名前と価格のみでどんなものか分からない。

 この辺の特産物や食文化を知らない俺はそれがなにがなにかさっぱりだった。


 (…もういいや。適当に頼もう。考えても埒が明かないし)


 俺は考えることを放棄して備え付けられていたベルを鳴らす。すると、直ぐ様“はいはーい”と、ウェイトレスらしい女の子が元気よくやって来た。対応いいな。


「お待たせしました。ご注文はお決まりでしょうか~」


「はい。えっと…このティラノ魚のムニエルにドスポークと野菜のソテー、ソウレン草のゴーマ和えと赤卵のパスタ。それから園鳥の丸焼きと…あ、唐揚げもいいわね。それとこれと、これと、…あとこれと…これもいいかしら…」


 俺はメニューを見ながら取り敢えず目についた分かりやすいものを頼んでみる。

 そんなに頼んで大丈夫なのかって? 大丈夫だ。金はある。何故あるのかって? そりゃ、なんか貰ったし…あ、そっちじゃない? ああ…別に食べなくても生きていけるというだけで、少食という訳ではない。食べること自体は嫌いじゃないし、貧乏性が抜けきらず食べないときも多々あるが…まあ食べれるなら遠慮なく食べるのが俺だ。それに今は…とにかくどこかにストレスをぶつけて発散させたいというのもあった。


「あ、あのぉ…お客様…?」


「…はい?」


 俺は突然投げ掛けられた言葉に小首を傾げる。


「…えっと。つかぬことをお伺いしますが…これを全部…お一人で?」


「そうですが…?」


「あ、そ、そうですか。…失礼しました」


 少しひきつった笑顔の彼女はその微妙な表情のまま固まってしまった。


 (…あーうん。なんかドン引きされてる気がする)


 その予想は恐らく当たりだろうが、まあ別に食べ残す気もないし、食い逃げするほどお金に困ってる訳でもない。気にすることはない。…気にすることは…ないんだろうけど───


「…えっと。迷惑でした?」


「え!? いやいや、そんなことはありませんよっ。お客様のお気に召すまま頼んじゃって下さいっ。はいっ!」


 凄い勢いで否定された。なら、よし。遠慮なく。


「それでは…───ん?」


 と、メニューに目を戻すと気になる単語を見つける俺。


「───“イナリスシ”?」


 どこかで聞いたような響きだ。


「あの…すみません。この“イナリスシ”って“狐の里”の【稲荷寿司】のことですか?」


「はい? ああ…よく分かりましたね。はい、その通りです。確か…シェフの一人が里で一時期定住していた方がおられまして。その時に大変気に入ったらしくて…里の味を覚えるため奔走したとかなんとか…」


「へぇ…」


 まじで? え? まじで? 


 急に口を閉ざした俺を首を傾げながら不思議そうに見る彼女をほっておき俺は一人外套の下で人知れず震えていた。


 (狐の里以外で稲荷寿司に出会うなんて…これはまさしく運命(デスティニー)…。里の味を愛し、身に付けるために修行したなんて…これはかなり期待が持てるのでは。食わざるを得ないっ!)


「あの…どうし───」


「イナリスシをお願いします。これは一人前でいくつですか?」


「あ、はい。えっと、六つほどだったかと」


「ならそれをとりあえず五セットほどお願いします」


「えっ!?五セット!? …あ、はっはい。ご注文ありがとうございます」


「因みに…イナリスシは人気、なのですか?」


「え? え…っと。なんと言いますか…正直あまり…」


「なるほど」


 ふと気になったので聞いてみたが、まあ案の定、そこまで注文されるようなものでもなかったようだ。彼女の反応を見た限り、注文する者の方が珍しいのかもしれない。まあ、しかしそれはどうでもいい。なぜなら───

 

 (…ああ。久しぶりに里の味が…食べられる…)


 ずるっと不覚にも弓なりに上がる口角の端から溢れ出てきた涎を啜る。


 実は、俺は稲荷寿司が大好きだ。当然ながら“油揚げ”もね。


 この姿になってからというもの。“油揚げ”やそれを使った料理。すなわち、“稲荷寿司”が異常(・・)なほど大好きになっていた。

 恐らくだが、身体が変わったために味覚そのものが変化してしまったのだろうと思う。ユノにも問い詰めたことが幾度かあったが、ひらりひらりと避けられ、結局なにも出来ず仕舞いだった。


 味覚が変わってしまったことによってそこまでのデメリットというものはなかった。が、その頃の俺はまだまだこの世界にやって来たばかり。腑に落ちないことがあると頭を悩まし、考え込んでしまうことが多かった。特に身体変化に関しては。


 (…今はまあ…だいぶマシにはなったけどね…。食べ物に関しては、楽しむのが一番だと思うようになったし)


 男性と女性。性別が変わったことで、変化したことは本当に多かった。今でもその弊害は消えずに残っていることが多々ある。男性の精神と女性の身体とのズレ(・・)。それはこれからも恐らく消えることはないのだろう───俺が俺であるかぎり。

 そして、同時にこうも思う。もしそれが消えたのならば恐らく…───俺はもう俺じゃないんだろうな、と。


 ぱたん。と、一頻りメニューを頼み終わった俺はそれを閉じ、もとの場所へと戻す。

 ウェイトレスの女の子は駆け足で厨房の方へと戻っていった。


 さて…料理が来るまで手持ち無沙汰だ。大量に頼んだため配膳されるのは遅くなるだろう。


 俺はテーブルに肩肘を付き、頬杖をしながら考える。それはこれからのこと───



 (───乗る予定の飛空艇に乗れないとすると…。これからどうしよ…)



 結局はその問題をどうにかしないことには先に進めない。


 (…キャンセル待ちを待つにしても…そう都合よく空くとも思えないしな…。なら、予約済みのパーティに入れてもらうか? いや待て俺がそんなこと出来ると思うのか? それこそ無理な話だろ…。はぁ、コミュ障ツラい…)


 はぁ…と、心の底から漏れ出る溜め息。やっぱり考えてもどうしようもない。早く“王都”に行きたいのは山々だが…これは急いで焦っても仕方がない問題だと再確認してしまった。時間がかかるなら、どこかで宿も取らなければいけないし、旅の準備もまたやり直しだ。こりゃ、まだまだ掛かりそうだな…食べたらまた受付に戻ってよい宿でも聞いてみるかと、そう思ったところで────



「お待たせしましたー!!」



「ひゃんっ!??」



 ドカッと、目の前に料理が置かれる。驚いた拍子につい恥ずかしい声を上げてしまった。少し顔が熱くなる。


「え…と? もう出来たんですか? 全然時間たってませんけど…」


「はい! ここはスピードが命の料理店ですからねっ! 冒険者の方々は短気な人が多いですから!」


 (いや、それをここで言います…?)


 まわりに冒険者がいるのにも関わらず、彼女は明るい笑顔を振り撒いて料理をテーブルに並べていく。

 肝が据わっているといえばいいのか、ただ能天気なだけなのか。彼女はさささっと皿に盛り付けた料理を両手に抱え、慣れた手付きでどんどんテーブルを料理一色へと変えていく。それは瞬く間の出来事であった。



 (…うおお。ちょっと頼みすぎた気がする)



 料理を敷き詰められたテーブルを見て、改めて少し後悔が内心過る。まあ、しかし頼んだものは仕方ない。


「はい! これが最後の品です~」


「!!」


 最後に目の前に置かれたそれは俺が一番目当てだったもの。

 黄金色の皮に包まれた酢飯。それはまごうことなき稲荷寿司!!


「おお…」


 つい感嘆の声が漏れる。それを不思議そうに見ている彼女。


「…お好きなんですね。イナリスシ」


「へっ!? あ、いや…えっとっ。は、はいぃ…」


 いるの忘れてた…。俺は見られた恥ずかしさで動揺し返事が尻萎みになる。


「よかったです。誰も食べてくれないとシェフも嘆いていたので」


「え? ああ…そうだったんですか…」


 そういえば人気がないと言っていたような…。実際、狐の里以外で食べられる料理でもないだろうし、肉系統の料理ならまだしも違うしね。あまり皆の関心がないのも頷ける。


 先程までとは違う優しい笑みを浮かべた彼女は一礼してそのまま去っていった。



 (ふむ…。ではでは、いただきましょうか)



 しっかりと手を合わせ、食前の挨拶を行う。なんかちょっと浮いてる気がするが…。まあ、今さら気にしたところで仕方ない。気にしないでおこう。



「いただきま───」




『───ふざけてんじゃねぇぞ!!!』




 (うるさっ!)



 ガヤガヤと賑やかな喧騒の中。一際響く怒鳴り声が聞こえた。

 

 (ちっ…。いいところだったのに…突然なんだよ…)


 と、楽しみに水をさされた気分で俺は声の方を向こうとする。しかし、それよりも先にとんでもないことが起こってしまった。…目の前で。




 ────ガッシャーン!!!




「は?」



 なぜか()が落ちてきたのだった。よりにもよって俺のテーブルに。










 今月はこれで終了です。ありがとうございました。


 次回もよろしくお願いします。ではでは。

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