064 ― 未練を抱いて ―
お久しぶりです。約3ヶ月空いてしまいましたが…また今月から再開しようと思います。切りのいいところでまた止まるかもしれませんが…またお付き合いくださるととても嬉しいです。よろしくお願いします。
────カナちゃん。
これから貴方が歩む道のりに私は一緒にいられないけど…。きっと貴方の未来は明るいから。今はなにも見えなくてもいつか必ず…。だから、歩むことを怖がらないで。
そう言って頭を優しく撫でてくる女性。彼女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、俺を見ていた。
“怖がらないで───”
単純でシンプルな言葉だ。だけどそれを実行するのは難しい。少なくとも、小さかった俺には到底無理な話だった。
白くてやけに明るい空間。白い壁に白い床。白いカーテンに白いベッド。覚えているのはそれくらい。
小さな俺とベッドに横たわる大人の女性。
その彼女が放った言葉は今でも俺の心にしっかりと根付いている。だけど…
結局俺は…今でも怖いよ。母さん。
大切なものはその手から溢れ落ちていく。まるで形の無い砂を掴んでいるかのように。指の間からすり抜けて、俺の手にはもう何も残っちゃいない。それでも、またあいつとの“出会い”を求めてる。
出会いがあれば別れがあると言うけれど。それは生きているものから見た話だ。
死んだ者に出会いもなにもない。
まだ老衰で看取られながら息を引きとっなのなら、“別れ”はあったのだろう。しかし、突然なんの前触れもなく、死んでしまった人間はいったいどうしたらいいのだろう。
十年後しの行き過ぎた“思い”は募りにつのって…それは拭い取れない“未練”となる。
そして俺は、そんな“未練”を捨てきれずに会いに行く。大切な人に。別れも告げれず、勝手に去っていった俺は、また懲りもせずに出会おうとする。
───全く違う存在なのに。赤の他人なのに。そもそも、もう“人”ですらないのに。
そんな小さくなった自身の手のひらを見る。白くてか細く、華奢な指先に、染み一つ無い綺麗な手。
男とは思えない、美しい女性の手だ。
『──キュウちゃん』
大きくなった頭上にある耳。それが俺の名を呼ぶ声を捉える。
振り向けばそこはまた違う風景。
年期の入った大きな社に黄色と赤色が入り交じった紅葉樹林。
そこに眩しい程の笑顔を浮かべた“彼女”が立っていた。
突然命を落とした俺は、奇しくも彼女と出会った。それは偶然なのか必然なのか。彼女は最後までそれを語ろうとはしなかった。
うるさいほど明るく、底無しに元気な彼女。別れたのは数日前の筈なのに、その顔が何故か懐かしく感じる。
───貴方は気に悩まず、したいようにやりなさいな。
少しおどけたようにウインクをするその姿は霞のように微睡みの中に消えていく。
残ったのは、変わり果てた己のみ───。
決まった未来などない。過去は変えられずとも、それはこの…変わり果てた“小さな手”の内にある。あいつが勇者として呼ばれ、険しい道を歩もうとしているなら、俺はやっぱり…助けてやりたい。
あいつの生きる未来をこの手で────
・・・・・・・・・・・・
「───…お………ちゃん。お…」
誰かの声が聞こえる。
「お…ょ…ちゃん。つ…たよ───」
「───お嬢ちゃんっ」
────はっ。と、目が覚めた。
顔を上げるとそこには年老いたお爺さんの顔があった。
「よく寝てたねぇお嬢ちゃん。もう着いたよ」
「あ…。ごめんなさい。起こしてくれてたんですね」
「いやいや。謝らなくてよいよ。可愛らしい寝顔を見れてわしゃ嬉しかったよ。寿命が伸びたようじゃひゃひゃひゃっ」
「お爺さんや? 少しお話があるのでちょっと来ましょうねぇ」
「あ、ありゃ? 婆さん…? ど、どうしてそんなに青筋立てているんじゃ?」
ズルズルと横から出てきたお婆さんに連行されていくお爺さん。フェードアウトしてほどなく、外から言い訳をしている彼の声が俺の大きな耳に飛び込んできた。
(少し仮眠でも…と思っただけだったんだけどな。かなり熟睡してたらしい…)
俺はふぅ…と吐息を漏らして、壁にもたれ掛かった。
俺がいるのは馬車の荷台だ。客車用には作られておらず、椅子も窓すらなく殺風景な室内だ。薄暗いここには街で売るだろう箱に詰められた“果実”がところせましと並んでいた。果実のよい匂いが漂う中、俺はそんな箱と箱の開いている隙間に陣取って、壁を背にして休んでいた。
あの人の良さそうなお爺さんとお婆さんは、道中でたまたま出会った人たちだった。
カノンの街を立った俺は港町に向かうため街道沿いに歩いていた。しかしだ。俺はふと気づいてしまった。地図を買い忘れていたことに…。
気づいた頃にはかなりの距離を歩いてしまっており、引き返すわけにもいかなかった。『まあ、大丈夫だろ。道なりに行けばいいだけだし』と、安易に考えた俺は…まあ、案の定、迷った。普通に迷った。ソッコー、迷った。誰だ大丈夫とか言った奴出てこい。…俺だ。と、数時間前の自分をしばき倒したいと思いながら、どうするか考えあぐねていると。
狼の群れに追われている彼らを見つけたのだ。
“狼”と言っても“魔獣”とは言えない小型の動物だ。それぐらいなら追い払うことは容易い。
俺はその狼たちを追い払い、彼らはちょうど港町にまで品物を下ろしに行くところだったと聞き、俺はそこで乗せてもらえないかと、提案したのだ。彼らは『もちろん!こちらこそお願いしたいぐらいだよ!』と、快く了承し、今に至る。
俺はそんな回想を打ち切り、一息つくと立ち上がる。ところせましと並んだ品物を上手に避けながら俺は出口へと足を動かした。
荷車の天幕を引き開ける。
途端に薄暗かった視界が眩しい世界に切り替わる。少し目を細めて空を見上げれば、雲一つ無い綺麗な青が空の果てまで広がっていた。
ひょいっと軽いフットワークで荷車から飛び降りると、申し訳なさそうに頭を掻くお爺さんと冷ややかな笑みを浮かべながら怒るお婆さんの姿があった。
ここまでの道中で聞いた限り、長年寄り添いあい付き合ってきたらしい老夫婦だ。まあ、本気で怒っている訳ではないだろう。…たぶん。
そうして荷車から降りてきた俺に気がついたらしいお婆さんは、こちらに申し訳なさそうに声をかけてくる。
「お嬢ちゃん。すまなかったねぇ。居心地が悪かったろう? 人を乗せる様には出来てなくてねぇ…」
「いえ、乗せてもらえただけでも大変助かりました」
「そうかいそうかい。それはよかった。こちらとりゃ助けてもらったのに満足にお礼も出来ていなかったからねぇ…」
そう言って少し表情が和らぐお婆さん。気にしなくていいと言ったのだが、まあ無理な話か。
「本当に街まで送らなくていいのかい? 遠慮せず、一緒に来てもいいんだよ」
「いえ、ここまで来れば後は一本道ですし。大丈夫です。ありがとうございます」
彼女の申し出に俺は軽く首を振って断る。これ以上彼らの手を煩わせるのは気が引けた。彼らも自分達の仕事でここまで来た筈だ。その仕事を邪魔することは極力したくない。
「そうかい…それは残念じゃのう」
「なにが残念なんですかね? お爺さんや?」
「あたたっ!? 足を踏まないでおくれっ!! 他意はないっ。他意はないぞ! 婆さんやっ」
「ふふっ…」
彼らの様子を見て少し笑ってしまった。うん、やはり仲のいい夫婦のようだ。
「おや。やっと笑ってくれたねぇ」
「──え。あ、すみません…」
「いやいや、謝らなくていいんだよ。お嬢ちゃんのような可愛らしい子には笑顔が一番だよ。出会ってからまだそんなにたってないけどね。笑顔を見せてくれないなと思っていたのさ」
お婆さんは優しい微笑みを浮かべ俺を見やる。俺はというと、突然のことにどう返していいか分からず固まってしまう。
まさかそんなことを思われていたとは露知らず、確かにずっと仏頂面だったかもしれないけど。
「そ、そんなに無愛想でした…か?」
「いやっ、そんなことはないぞ! まだ小さいのに出来た子じゃなっと思っておったからの。ひとり旅のようじゃし、何か理由があるんじゃろうと思って言うのは避けていたのじゃよ。まあ、今全部言ってしまったがのっ。ひゃひゃひゃ!」
お爺さんはまた独特な笑い声を上げる。そんな彼を横目で見ながらお婆さんは溜め息をついている。
俺は気づかない内に気を使われていたことに今更ながらに気づき、これが年の功というものなのかな…と、心の内だけで密かにそう思っていた。
結局、俺はその気遣いに便乗し、自身の身の上を語ることはしなかった。
その代わりといってはなんだが…。
「お二方に出会えて本当に良かったです。末長くお元気で!」
俺は出来る限りの笑顔で彼らと別れた。
離れていく馬車を見送り、俺は脱いでいたフードを被る。
さて、目指すは“商業都市”『アルフレド』!
今回はプロローグ的な話なので少なめ。本格的に始まるのは次回からかな? やっと主人公登場ですねっ。
また同じルーティーンで投稿していくと思いますのでゆるりと見ていってください。
ではでは、また次回~。