063 ― エピローグー思惑と影ー ―
「ジルに叱られてしまいますね」
風鈴を鳴らしたかのような澄んだ声。それが、ある宮殿の執務室で響く。
それの主はどこに出ても目を引くであろう美しいエメラルドの髪を持つ少女。“ティアラ・フィオーレ・アタランテ”。
彼女は執務机につき、自身の髪を手で鋤きながら同室にいる人物に尋ねる。
「それが分かっていながら言わなかったのよね、王女殿下?」
「もう…リア。意地悪なこと仰らないでください。これをジルに伝えれば、彼女は頷くことはしなかったでしょう」
少し不満そうに返した彼女。それに対するは赤い鎧姿の女性である。リア…もとい、“アリア・ウィクトリーナ”は向かいにあるソファの上で澄ました顔で珈琲を啜る。
「…まあ、そうでしょうね。彼女は人の命に人一倍敏感だし。部下をそう易々と死地に赴かすことはしないでしょう」
そのやや刺のある返しはピクッと華奢な肩を震わせた。
「…う。死地…ですか…。強行したこと…怒っておりますのね。やっぱり…」
彼女の顔色を窺うような声。
「いえ。怒る権利は自身にないわ。私も同罪だもの。なにより彼女らを送り出したのは私自身よ?」
アリアは少し嘆息した後にそう言う。アリアは彼女を引き止められなかった自分には怒る権利はなく、責められるべきは自分自身だと思っていた。
この案はもともと“消滅都市”に、勇者を赴かせ、“案内役”と出会わせるというものが根っこにあった。
その為に何ヵ月も前から準備を済ませ、兵士隊を向かわせた後に、大規模な殲滅作戦を敢行させたのだ。
窓から差し込む朝日に照らされ、彼女のエメラルドの髪がキラキラと輝くが、反対に彼女の表情は浮かない顔をしていた。
「───勇者の一人に託した“聖霊石”は見事発現し、契約も成功。眠っていた“案内役”との接触も成功し、“加護”も聖剣の担い手に渡った。これ以上ない功績だと思うわよ」
「それは…そうなのですが…」
「そんなに勇者たちを戦場に送り出すのが不満?」
「…不満…と言えばそうなのでしょう。今回、この作戦が成功したのはまさしく“彼女”のお陰です。彼女がいなければ…あわや全滅は免れなかったでしょう。しかし時折思うのです。───わたくしとそう歳が変わらない彼ら。平和な世界から来た彼らをこちらの世界の出来事に本当に巻き込んで良いのか…と」
腑に落ちない表情の彼女はそのまま静かにカップに手を添え、口をつける。
「…ですが、それを気にしてはいけないところまで来ているのでしょうね」
彼女は机の上にあった用紙を手に取る。それにはずらっと敷き詰めるように書かれた報告書があった。そこには“魔物”に襲われた被害報告が書かれている。
「年々魔物の被害は増える一方です。それと同時に魔族の動向も活発になってきています。今はもう悠長なことをしているわけにはいかないのです。どうにか勇者様を魔族と同等に…いえ、それ以上に力をつけて貰わねば」
「…まあ、それはそうだけど…ね」
「む…リア。なにか言いたいことがおありのようですね」
「言いたいこと…ね。なら、言わせて貰うわ。貴女、無理してない?」
じっと見つめる赤い瞳に少し気まずそうに目を逸らせる彼女。
「元冒険者の私が言っても説得力がないけどね。無理してると身体に毒よ。まあ、難しい立場なのは理解してるつもりだけど」
「…分かっています。ですが、今のわたくしはお父様の代理。今はまだ…弱音を吐くことはできません」
逸らせた視線を窓の外へ向け、真っ直ぐに見つめる。その眼差しはただ不安な未来をうれうだけの王女の視線ではなかった。
先の魔族の奇襲で大怪我を負った国王。一命は取り留めたが、執務を勤めるのはまだ無理があった。その為、その娘の第一王女たる彼女が代理として勤めることとなったのだ。
彼女はもともと優秀で学園も飛び級でこの歳で卒業している秀才でもあった。国王の仕事も手伝っていたため、仕事事態は問題なかった。しかし…その国王代理という心労は思っていたより深刻そうで…。
話がちょうど途切れたところで、コンコンッと、ノックの音が鳴る。
それに返事をすると、恭しく一礼し入ってくる執事服の男性が一人。
「失礼します。王女殿下。お客様がお見えです」
「? 今日は来客の予定はありませんが…。もし、また大臣でしょうか?」
「はい。例の話をしたいと」
「…またですか」
彼女には珍しくうんざりした表情を見せる。珍しいものを見たアリアはついそこへ口を出してしまう。
「どうしたの?」
「あ。いえ…その。勇者様に会わせてほしいと、何度も催促されているのです。貴族院の方々が出資したのに面会することすらできないのか…と」
「あ~。なるほど…」
アリアはそこで口を閉ざす。自身には助けられないことだと悟ってまた珈琲を啜る。
「どうなされますか? 応接室にお通し致しましたが…」
「仕方ありません…。面会致します。リア、少しここを開けますので」
「分かったわ」
彼女はアリアに後を託すと、長い髪を靡かせて部屋を出ていく。その後ろ姿は小さくて触れれば容易く折れてしまいそうな、儚い一輪の花のように見えた。
(…あんな彼女らに重荷を背負わせるしかないのね。私たちって)
アリアは背もたれにもたれ掛かってそんなことを思う。
今回の作戦は…ほとんど賭けのようなものだった。
(上手く言ったから良かったものの…。下手したら貴重な勇者を失うところだったし…こちらも痛手を受けた。こんなのは作戦と呼べないわね)
はぁ…、と天井を見上げながら溜め息をつく。
「…ん……?」
彼女はふと何かに気がつく。不意に立ち上がった彼女はそのまま窓へと近づく。
窓を開けたアリアは窓枠に降りてきたそれを見るや口を開いた。
「あら、貴方はバルトのとこの…」
それは梟だった。灰色の配色で、目立つ金色の瞳が彼女を見つめて光っている。
アリアは彼(?)の脚にくくりつけられている文を見つけ、それを取り外す。すると、梟は自分の用事は終わったとでも言いたげに一鳴きすると、空に羽ばたいていった。
「ふむ。えー…なになに…」
それに目を通す。
「へぇ…」
スッと彼女の目が細められる。
「…ようやくご到着ね。“鍵”。…忙しくなるわね」
細められた瞳は窓の外を見る。それはこれから起こるであろう出来事を案じているかのようであった。
◆◆◆
────太陽の光が射し込まない。黒く鬱蒼とした森の中。
ひたひたと赤い斑点が続く。それは血だ。それは暗い闇の中をゆらゆらと千鳥足で続いていく。
「…ちっ」
自身の感情を表したような舌打ち。彼女自慢の蠱惑的な肢体は今や傷だらけだった。
「───良い表情をするじゃないか。ラプタ」
「…それは嫌味? バイアグナ」
ふいに暗闇の中から声が掛けられる。彼女はそれには驚かず、その存在を知っていたかのように言葉を返した。
「そう取ってもらって構わない」
「…相変わらずうざいわね。せめて姿ぐらい見せたらどう? 臆病者」
闇の中へ目を向けていた彼女は少し苛立った雰囲気を見せ、臆病者と揶揄された“そいつ”は圧し殺したような笑い声を上げた。
すると、彼女の半径1メートル以内に変なものが地面から現れる。
───それは仮面だった。真っ白な“仮面”。人を嘲笑ったかのような顔が型どってあり、それが不気味さを際ださせている。
「聞いたぞ、ラプタ。“支配者”の殺害に失敗したそうじゃないか。それも“欠片”を使ってまで」
その仮面は彼女の前でゆらゆらと揺れ、馬鹿にしたような声色で彼女の感情を逆撫でする。
彼女…ラプタは目を細め、それを睨む。生物かどうかも定かでない仮面。それは表情すら変えずに言葉を続けた。
「何故、“カノモノ”の力を使わなかった? それを使えばアレの攻撃ぐらい防げただろう」
仮面は彼女に問う。それは馬鹿にしているとか、責めているというより、ただ純粋に理由を聞きたかったからのようだった。
対して、ラプタは顔をしかめ、嫌なものを思い出したような口振りで返答する。
「ワタシは使うなんて一言も言ってないわよ。あんな胡散臭い力…」
「そうか。それならいい。そう思うのはお前の勝手だからな。だが、お前の心情にどれだけの価値があるというのだ。もう少し賢い奴だと思っていたのだが、残念だ」
仮面の言葉に口を閉ざすラプタ。
「まあいい。これで“加護”は勇者に渡ったわけだ。魔王の予想した通りになったな。ははは。次はワレの出番ということだ。お前は指をくわえて見ているがいい。くくくっ───」
そう一方的に捲し立てると最後に笑い声を残して仮面はその場から消えてしまった。
残ったのはラプタのみ。
「…死ねばいいのに」
消えた仮面に悪態をつくと、彼女はまだ癒えぬ傷を引きずりながら森の奥へと消えていった。
────【シスターズサイド・消滅都市編 終】
これでしゅーりょー。ふう…書ききった…。
これで妹編は終わりです。恐らく、主人公が合流するまでないかと…それ以降は分かりませんが。
だいぶ駆け足になってしまいましたが…こんな流れなんだと思っていただければ良いと思います。書きたいことは書いたと思うので…恐らく後々リメイクとかすると思われますはい。
というわけで、次回から主人公登場です!
……と、思ったんですけど。残念ながらなにも書けてないため勝手ながら休みます。(チーン)
少し投稿の仕方も変えようとしているので…まあまあ間が開くかと。休講は2ヶ月ぐらいを予定してます。調子がよかったらもう少し早いかもですが…。
詳しく気になる人は活動報告の方を見てみて下さい。恐らくこの後に書いてると思うので。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。かなり長かったと思います…。実はこれでもカットはしました(汗)。
ここまで追ってくれた方々に深く感謝を。
ミスなどのその他もろもろはちょくちょく修正していくと思いますが、また復活したときに見てくれるととても嬉しい限りです。
では、皆さま。お元気で!