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【旧作】 Welcome into the world [俺の妹が勇者なんだが…]  作者: 真理雪
第三章【シスターズサイド・消滅都市編】
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061 ― 譲れないもの ―

 久々のジュリアたち視点です。ギスギスしてます。


 騎士団と兵士隊の面々は駐屯地の周りに陣取って暴走する魔物たちを押し止めていた。


 魔物どもは統率も取れてなく、烏合の衆と言って差し支えない。しかしながら、数が多く、迷宮内から無尽蔵に沸いてくる蛆虫のような物量をどうにか押し止めている状態であった。


 その上、この悪天候。彼らの疲労はピークに達していた。


「…いつまで続くんだこれは」


 と、一人の兵士が愚痴った。


「…しらん。俺に聞くな」


「…もうそろそろ限界に近いぞ」


「…俺たちは一体どうなるんだ…」


 そんな暗い雰囲気のあるテント内部。そんな状況のテントがそこかしこに並んでいた。


 彼らの士気は下がる一方だった。


 そんなテント間の通路を早足で歩く、赤紫の鎧を着込む女性。


 ジュリアはある一つのテントへその足を向けていた。


 彼女が魔物どもを一掃し、駐屯地(キャンプ)に戻ったちょうどその時、伝令役の騎士団の一人が彼女へと言伝てを持って訪ねてきた。

 それは勇者たちを任せたミスティアからのもので、それ曰く、“彼らが言うことを聞かなくて困っている”、と言うもの。


 ジュリアは少し歩調を早める。


 彼らが言いたいことはジュリアには既に予想できていた。


 (恐らく…彼女らのことでしょう)


 地下水道に落ちた三人の仲間たち。騎士団と兵士隊は彼らの捜索を打ち切った。

 それには現状、そこまで手が回らないという理由と、わざわざ危険な場所へ無傷な仲間を赴かすことはできないという理由からだった。


 彼らには甚だ納得できないことだろうが。


「あっ…。えっと…あ、あの…」


「ん…? 貴女は…魔導器研究員のテトラでしたか」


 彼女の行く手に現れた少女。常に自信なさげでジュリアと視線が合うとあたふたと彼女は目を反らす。


「あのっ。えと…大魔導器“アイギス”の設置…完了しました。い、いつでも起動可能です」


「そうですか。ありがとうございます。助かりました。そういえば…貴女は勇者方とお会いしましたか?」


「えっ? え、と…会ってません」


 ふと、ジュリアは思ったことを口にする。彼女は魔導器技術に於いてなくてはならない人材だ。

 それ故に今まで多忙で勇者たちと顔を会わせることすらできていなかった。


「今勇者方のテントへ向かっている途中なので、一緒にどうでしょう」


「え、えええ…っと、テトラはそ、その…えっと…うう…」


 第一印象から分かっていたことだが、彼女はかなりの人見知りらしい。その要領の得ない言葉にはあまり乗り気ではない印象がありありと現れていた。


「彼らはこの国。牽いてはこの世界を救わんとする“勇者”です。一度会っていた方が何かと都合が良いと思いますが」


「…う、ううう…ううう…。わ、…分かりましたぁ…」


 だいぶ渋った彼女だったが、見つめるジュリアの視線が辛かったのか、はたまた、彼女の言葉に納得したからなのか。彼女の誘いに応じることにしたようだ。

 少し涙目になった彼女を連れてジュリアはまた歩き出す。



 雨は小雨になっていた。


 空を覆う曇天は今だ分厚いものの。少しばかり視界は軽減された。

 水溜まりが幾重にも作られた通路を彼女ら二人は歩いていく。


 その間、彼女らは無言であった。もともとジュリアもテトラも会話が苦手だということもあったが、周りからの暗い雰囲気に流されて言葉が出てこないのも事実であった。


 そうしている内に彼女らは目当てのテントへ行き着く。


 そこには護衛役の騎士が二人。入り口付近に立っており、ジュリアが近づくと彼らはさっと敬礼した。


「お疲れ様です。ルミナリー騎士団長!」


「ミスティアに呼ばれてここに来ました。入れて貰えますか?」


「はいっ。…と、その…言いづらいのですが、あまり中は良い雰囲気ではないかと…」


「分かっています」


「承知致しました。では、お通りください」


 彼は道を開ける。


「行きますよ。テトラ」


「ううう…。はいぃ…」


 ジュリアはテトラに声をかけ、非常に嫌そうな彼女を伴ってジュリアはテントの中へと入っていった。





  ―――





 大型の軍事用テント。


 勇者たち専用に備え付けられたそこには簡易ベッドが並べられ、簡素ながらも治療院のような風体に見える。



 そこに集められた六人の勇者たち。



「───入りますよ」



 凛とした口調でジュリアはそこへ踏み込んだ。


「あ、ジュリィ。…来てくれたのね」


 ギスギスした雰囲気の中。入ってきた彼女に一番に反応したのは難しい表情を浮かべたミスティアだった。


 そして…


「「だんちょーさんっ!!」」


 その姿を見て飛び出した影が二つ。


「「わたし(あたし)たちに助けに行かせてください!!!」」


「はぁ…」


 息の合った連携で同時に頼み込んできた二人。それは“亜衣”と“麻衣”だった。

 ジュリアはそれに嘆息し、彼女らを突き放すようにこう言った。


「駄目です」


「なんで! 危険だからっ!? そんなことで諦められないよ!! ね? アイアイっ」


「そうだ! そうだ! 親友を見捨てることなんて出来ない!!」


 冷静沈着な彼女に対し、一層ヒートアップして食って掛かる彼女たち。


「危険だから。という理由も勿論あります。貴殿方はまだこの世界に来たばかり。この世界の戦闘には慣れていません。魔物や魔獣が蔓延る地下水道に入るのは自殺行為と言わざるを得ません。ここはこちらに任せてください」


 淡々とそう述べる彼女の目には意見を寄せ付けない冷やかな色が浮かんでいた。

 その視線に晒された彼女ら二人は「うぐぐ…」と、腑に落ちない唸り声を鳴らすのみ。しかし───



「───それでも、行かせてください」



 彼女らの後ろから落ち着き払った声が響いた。


「そちらの理由も理解しています。今もなお魔物たちと交戦し、手が足りないこともお聞きました。だからって、なにもしない理由にはなりません。自分たちにだって守りたいものがあるんです」


「遥さんには一緒に着いていくと約束しましたわ。ですから、勝手にいなくなって貰っては困りますの。過保護になるのも分かりますけど、こちらにだって譲れないものがありますわ」


「うむ。手が足りないのであれば尚更自分たちも使えば良いだろう。勇者としてここに呼ばれたのだ。守られてばかりでは何も変われん」


 そう述べたのは勇二、未來、武司の三人。因みに日向は彼らの少し後ろで何も言わず、ことの成り行きを見守っていた。


 彼らの意思の固さを知って、溜め息をつくジュリア。

 彼女としてもここで許可を与える訳にはいかない。騎士団長として勇者の身の安全を確保するのは当然のことなのだ。…まだ彼らが未熟な内は。


 ジュリアとミスティアはお互いに視線を交わし合った後、彼らに向けてミスティアが言葉を投げ掛ける。


「貴方たちがあの娘たちのことをほっておけないことは分かるよ。だけど…ね」


「ええ。戦場は甘くありません。貴殿方の世界は平和そのものだとお聞きしました。ならば尚更。許可することは出来ませんね。わたしたち騎士団は主様…並びに王女殿下の命によって貴殿方を護衛しています。これ以上、危ない橋を渡るわけにはいかないのです」


 彼らの決意を聞いても、ジュリアたちの考えは変わらない。

 彼らの召喚に関して、どれだけの資産や犠牲を払ったか、それを鑑みれば勇者を失くしてしまうのはこの国だけではなくこの世界の最大の痛手だ。


 魔族、それらが結託した組織───“魔王軍”。


 それを討てるのは彼らしかいないのだから───



 テント内に沈黙が降りる。


 ギスギスした雰囲気が充満し、空気が重苦しい。ジュリアはそれに慣れているのか表情は崩さず、対してミスティアは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


 明らかに気落ちする彼ら。それも無理もない。


 彼らも魔物との戦闘や戦場の危険性は重々承知していた。

 亜衣や麻衣、未來たちは既に魔族と遭遇していたし、その他の彼らも王宮で奇襲を受け、血生臭い戦場は経験している。


 ほとんどの生徒が恐怖で足がすくむ中、仲間のためとは言え、戦場へ赴きたいと言えるその根性はジュリア共々評価している。しかしながら、経験も浅く、戦闘能力も低い彼らを死地に赴かすのは到底、許可することはできなかった。




 話は平行線。そんな折、口を開いたのは…



「───遥ちゃんは、俺の親友の妹です」



 勇二は顔を上げ、ジュリアを見やる。


「俺の親友である彼は…ある事故で亡くなりました。…彼女を守って。俺もその事故を目の当たりにしました」


 勇二は悔しそうなそれでいて悲しそうな…そんな複雑な表情を浮かべながら語る。

 他のクラスメイトたちはその話を聞き、何とも言えない表情を描くが、口を出すことはしなかった。


「彼と俺は幼少の時からの付き合いで、家も近く、彼と顔を合わせない日はありませんでした。そんな折、突然彼は事故で帰らぬ人となりました…。遥ちゃんはそのショックで部屋から出ることすらできなくなり、俺は俺で心にぽっかりと穴が開いたように感じてなにも出来ない生活が続きました。そして、ある時思ったんです。このままで彼は報われるのだろうか…? 彼方は喜ぶのか…? と。そして俺は彼の墓前で誓ったんです。彼がいないのならば、俺が代わりに彼女を守ろうって…助けようって」


 彼はそこで言葉を切って、ジュリアに詰め寄る。


「団長さん。貴女にだってそんな存在はいるんじゃないんですかっ!? 貴女が主と認める存在…。そんな大切な人を…貴女は諦められるんですか!! 俺は…諦められないっ!!!」


「───っ!!」


 一瞬、空気が凍りついた。


 冷静に対応していたジュリアは彼のある単語(ワード)で、雰囲気がガラッと変化する。

 それは鋭利な刃物のような眼差し。それに睨み付けられた勇二は首筋に冷たいなにかを突き付けられたように感じ息を呑む。


「……っ」


「…主様は関係ありません」


 感情が乗っていない恐ろしく冷たい声。そこへ…


「はーいっ。待った待った! そこまで!」


 ミスティアが声を上げ、割って入る。


「キリサキくんもジュリィも落ち着いて。ここで喧嘩しても意味はないわ」


「…すみません」


「…喧嘩などしてません」


「ジュリィ…?」


「…謝罪します」


「うん。よしっ。じゃあ…ま、これからのことなんだけど───」


 ミスティアが続けようとしたところで、異変が起きた。



 


 ズンッ





 地面が揺れる。そして…轟音。それは誰にも恐怖を植え付けるような地響き。



「───っ!!!」



 ジュリアがいの一番に行動に移す。地響きがまだ収まらぬ中で、テントから飛び出た彼女は轟音が鳴った方へと顔を向ける。すると、とんでもないものが視界に映った。


「ジュリィ! これは一体───っ!!?」


 後から駆けつけたミスティアもジュリアが見ている方角を見て言葉を失う。




『な、なんだあの化け物はぁ─────っ!!!』




 誰かがそう叫んだ。それは悲鳴にも似た叫び声。



『や、山が動いているぞ!!!?』


『違う!! あれは魔物だ!!』


『あんなものがいたなんて聞いてないぞ!!?』



 騒々しくなる駐屯地。


 そこから見える山のような巨大な影。


 地面を割って背中を見せたそれは次いで、大きな顋を地中から出す。




 ガァァァァ────────────ァァァ!!!




 そいつが吠えた。それは意識を持っていかれそうな程の大音響。脳髄が揺さぶられたかのように目の前が真っ白になる。



「───っ!! テトラッッ!!!!!」



 さすがと言うべきか、それからいち早く立ち直ったのは騎士団長たるジュリアだった。そして、彼女の名を叫ぶ。


「…う…ええ…うう…」


「起きなさい!! テトラッッ!!」


「…はっ。な、ななななな何事ですかっっ!?」


「貴女の力が必要です。即刻“アイギス”を起動させてください! これは一刻を争います! 急いで!!」


「へっあ! は、はいぃ!!!」


 切羽詰まったジュリアの様子に傍で目を回して気絶していた彼女も、事の重大さを察したようで急いで駆け出して行く。



 それを見送ったジュリアはもう一度振り替える。


 それは山と見紛えるほどの巨大な身体。“(ドラゴン)”という名が一瞬脳裏に過ったが、その骨格は四足歩行のそれで、パッと見翼などは見当たらない。黒くくすんだ外骨格が変形して針のような形を取っており、神聖視される“竜”とは似ても似つかぬ禍々しさを纏っていた。


「ミスティア! 勇者たちをここから一歩も出さないで下さい!」


「え、ええ。分かった! ジュリィは?」


「わたしは総隊長と合流して、皆を駐屯地に退却させます。今のわたしたちでは…あれを叩くことは出来ません」


「分かった。───っ! ジュリィ伏せて!!!」




 言い終わらない内にミスティアが叫ぶ。ジュリアも反応し、地面に伏せた。次の瞬間───






 閃光が空を焼いた。


 熱線(・・)が駐屯地の上空を通過し、業風を巻き起こす。


 大型以外のテントはそれで悉く吹き飛ばされ、油断していた兵団員は目を焼かれる。


 それだけで大規模の駐屯地はまさしく竜巻が通過した後のように瓦礫の山となった。


 被害は…計り知れないほど。



 ───それでも彼女らは立つ。立ち上がって瞬時に状況を確認し、打つ手を模索する。


 ジュリアは司令塔として号令を出し、ミスティアは勇者たちの安否を確認しに走る。



 今回はたまたま外れただけだ。それでもこれ程の被害をもたらす相手。


 次があれば…全滅。


 それでも、彼女、彼らは動く。それを回避するために。






 

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