058 ― 聖霊と死神 ―
お久しぶりです。これから妹編を連続で投稿しますが…気にせずゆっくりお読みください。
では、いきます!
『今のアナタには二つの選択肢があるヨ』
彼女は楽しそうに笑う。
『一つ目、ボクの力を借りずにやってみる。二つ目、ボクと契約して力と知識を得る』
どうする? と、首を傾げる小さな少女。
「契約って…?」
『そうだネ…。ボクは“聖霊”。契約者がいなければなにも出来ない存在なんだ。だから、ボクにとっては契約そのものはなくてはならないモノなんだけど、それには契約者の魔力がいるわけ。ただ“魔力”と一口に言っても、条件はある』
明るく喋る聖霊に対して、じっと説明を聞く美衣。
『あなたの“魔力”がボクと合わなければ、そもそもボクを呼べない。まあここまで現界できていればそれは問題ないと思うけどネ。問題なのはその次。あなたの“保有魔力”が契約に必要な量に達していること。あと付け加えると…契約した後に、身体がもつかどうかだね』
「“保有魔力”って…確か身体の中にある“魔力”のこと…だったよね。身体がもつかどうか…って、どういう意味なの?」
『そのまんまの意味だヨ? 契約すると、ボクの“魔力”も契約者の身体に入り込むから、それに耐えられるかどうかってことだネ! ───纏めると、アナタに契約に必要な量の魔力があるかどうか。そして、ボクの魔力にアナタの身体が馴染むかどうか。だネ!』
「もし、失敗すると…どうなるの?」
『死ぬよ?』
「え…?」
『当然じゃなーい。自身の限界以上に魔力を引き出しているんだから。魔力がなければ枯渇して死ぬし、身体が耐えられなかったら…爆散しちゃうね』
「爆散…っ!?」
ニコニコと楽しそうに言う女の子だったが、言ってることはかなり容赦がないものだった。
『いろんな人を見てきたよ。ただこの力が必要なんだと言って死んでいった人とか、無理だと言っても聞かず強制的に契約しようとして死んでいった人とか、誰かを助けたくて契約したけど魔力に耐えられず死んでいった人とか…。アナタはどうなのかな?』
可愛らしく首を傾げて尋ねてくる彼女。人よりも遥かに長く生きてきた彼女はたくさんの人間を見てきた、そしてその死に様も見てきた。
それを踏まえて彼女は美衣に尋ねる。美衣は一度呼吸を整え、そして言った。
「分かった…。契約します」
『へぇ…』
女の子の笑みが変わった。ニコニコと天真爛漫に笑顔を見せていた彼女は、今やニヤリと口角を上げている。そのまま彼女は美衣の様子を窺っていたが真剣な顔を崩さないその態度をどう取ったのか…大きく彼女は頷いた。
『一応、理由を聞かせてもらっても?』
「…理由。死なせたくない人が…いるから」
『ふーん…』
と、聖霊は視線を変える。それは横たわっている彼女へと。
すると、聖霊はその小さな手を彼女に向けた。
光が発光する。彼女の回りを滞空していた水分が意思を得たかのように動き出し、明へと纏わりついていく。
「えっ? なにを───」
『だいじょーぶ。流石にこれ以上ほっておくと死んじゃうからネ~。これは応急措置』
そういって女の子は魔法を行使する。いや、これは魔法なんだろうか? もしかすると自身の身体を使っているだけなのかもしれない。
美衣は心配しながらも固唾を呑んで見守る。
彼女の操る流水は明の身体を覆うと大きな水滴になりその中で彼女を浮かべる。それを見るとまるで眠っているだけのようだ。そのこびりついた血と血の気の引いた肌を除けば…だが。
『さて…。それじゃやろっか契約』
彼女は遊びに誘うかのように軽く言う。そういって聖霊は手を差し伸べた。
『手を出して、目を瞑って。そして、唱えて──』
───我は契約する。その者と我は一蓮托生。その力と命は我と共にある。
“契約施行繋ぐは聖霊ウンディーネ───フィアトラーク”
唱えた瞬間。光の本流が足元から立ち上る。
「───っ!?」
差し出した右手に痛みが走る。驚いて目を開けると人差し指から血が流れている。
『ちょっと貰うネ~』
滴り落ちた赤い水滴はまた他のものと同じように宙を舞う。すると───
パクッ
聖霊が食べた。
その行動に目を見張り驚く美衣。それにお構い無しに美味しそうに咀嚼している聖霊。なんとも妙な光景だった。
『ヨシッ。これでアナタとのパイプが出来た。それじゃいきまーすっ!』
溌剌とそう宣言した彼女はその次の瞬間、美衣に向かって突っ込んできた。
「ふぇっ!?」
ビクッと震える美衣の胸に彼女は入り込む。美衣の中に奇妙な感覚が巡る。それは冷たい水の中に沈んでしまったかのようが、身体は冷えていない。実際は逆。暖かいものが身体中に広がり、真っ白いキャンパスは青色の色彩で彩られ、視界に映る光は美しい水色となる。
───ボクを呼んで。
と、胸の内の誰かが言う。美衣は息を吸って彼女の名を叫ぶ。
「ディーネっっ!!!!」
その瞬間契約は成された。
水色の光は右手の、正確には手の甲に収束し一際光輝くと弾ける。その中から…
『はいはーいっ! “聖霊”ディーネ再登場だヨッ!』
元気よく彼女が現れた。
『───それじゃ。お友達を助けましょうか。契約者さま?』
―――
これが夢ならばどれだけ良かったのだろう。
ただの夢だと切り捨てる訳にはいかなかった。
勇者となって魔王を倒す。それはなんて、出来すぎた夢物語だろう。本を嗜むものとしてファンタジーものにも何度も手を出して来た。
旅をしていろんな経験を積み力を得た勇者が強大な魔王を討つ物語。
出来すぎだ。偶然だ。それはただフィクションだから成せるものだ。と、自身は一蹴した。
現実。それがリアルとなった。なんて馬鹿げた話だろう。
今時のファンタジー小説でもあるまいし…と、現実逃避したかった。だけど…
「なにも出来ないのは嫌だから。できることがあるなら、わたしも助けたいんだ」
我ながらホント馬鹿だな。思い返してそう思ってしまう。
その言葉で結局、着いていく決心をした。
そして───
「明ちゃんっ!!!!!」
悲痛な叫び声を上げて、涙を流して、駆け寄る彼女を閉じかかる瞳で微かに感じながら意識が落ちていった。
・・・・・・・
───結局、自分になにができた?
それは自分自身の声か、それとも目の前にいる不気味な影か。
纏わりつくような闇が冷たさを持って自身を包み込む。
周りを見渡してもそこは景色の変わらない“黒”一色。
光がない闇の世界。その割りには目の前にいる影はやけに鮮明に見えていた。
闇色のボロ布を頭から被り、それの正体は分からない。それが男性か女性か。はたまた人かですら認識できなかった。
「貴方は何?」
そう問うてもそれは黙りを決め込む。
頭にあるぼろ布の隙間から、それはずっとこちらを見てくる。
気味が悪い。そう思ったが、逃げるにしてもここがどこか分からず、そもそも視界にこいつしか映らない世界では何をどうしていいかも分からない。
どうするか考えあぐねていると、ふと聞き覚えのある声が聞こえた。
『───明ちゃんっ!!』
とても必死さが感じ取れる声。それは明のよく知る人物。橘美衣の声だった。
それが聞こえた瞬間、身体が何かに引き戻されたような奇妙な感覚がする。
そして…
明は目を開けた。そこにあったのは涙で目をはらした美衣の顔。
「……生きてる?」
「よ…よかったぁ。明ちゃぁんっ!!!!!」
感極まってガバッと引っ付いてくる彼女。それに困惑しクエスチョンマークを浮かべる明。
意識がなくなる前。激痛で身体の感覚が麻痺し、酩酊感を覚えたところまでは覚えている。が?
「えっと…。美衣…?」
「う…うう…ぐすっ…」
囁くように名前を呼ぶが、彼女はそれどころじゃないようだった。
仕方ない…と、少しそのままにして視線だけで辺りを確認する。頭を動かせず視界が限られているがそれだけでも分かることはあった。
(水浸し…)
彼女の記憶にある通路と異なる奇妙な点。
それは大雨に打たれたかのように周囲が水浸しなこと。
(一体、なにが…)
彼女が考察している最中、目の前に何かが現れる。それはそれは天真爛漫な笑顔で。
「───っ!?!?!?」
『あははっ。ビックリしたビックリした??』
「あ…で、ディーネっ。怖がらせたらダメだよっ」
『はいはーい』
目を白黒させる明に対し、楽しそうに笑ってその場をくるくると舞う小さな少女。
美衣に窘められた彼女は素直に返事をするが、やはり笑みは崩さない。
「あなた…何者…?」
『ボク? ボクはディーネ。“聖霊”だヨ~。契約者さまの呼び声に答え馳せ参じました』
「…せいれい? 契約者?」
その言葉に明は目を細めて訝しむ。視線を変えると身体を離した美衣が少し焦った様子で視線を逸らした。
「そう…。そういうこと」
「えっ。まだ何も説明してないけど…」
「この状況を見れば大体察しがつく。そんな髪になったのもそいつのせいだね」
「え…? …髪?」
美衣は自身の髪の毛を手に取る。そこには見慣れた自身の髪はなく、水色に青く染まった髪があった。
「ほぇ…?」
彼女は初めて見たようにフリーズする。そして───
「なにこれぇっ!!!???」
と、叫び声を上げた。
『なに~? 気付いてなかったの?』
「き、聞いてないよディーネっ。これはどういうこと…っ?」
『んー? それはボクの魔力が契約者さまに混ざったからだネ~。髪と瞳は魔力によって比較的色が変わりやすい部位だから。こればっかりは仕方ないネ』
説明を聞いた美衣は愕然とする。真面目な彼女は当然髪を染めたことなんて一度たりともない。恥ずかしがり屋な面もあり、服装も地味なものを選びがちだ。そんな彼女に偉く目立つ髪色はまあまあ衝撃的だったようで、涙目になりながらディーネに訴えている。
「…ど、どうにかならないかな?」
『無理で~す』
「う、うううううう…」
ションボリとする彼女の背中は偉く悲しそうだった。
「別に似合ってると思う」
「うへっ? …そ、そうかな」
「うん。だから問題ない」
明に慰められ美衣は少し安心した表情を浮かべる。
少し落ち着いた彼女を見て、明はこの現状を鑑みる。
自分がいない間、彼女には何かしらあったのだろう。それは明白だった。それがどんなものかは想像すら出来ないけれど…確かなものはある。それは明自身が今尚、生きているということ。
「───…ねぇ美衣」
明はそんな彼女に声をかける。
「ありがとう。明を助けてくれて。さすがだね」
「 ! 」
明は美衣を見つめてそう言った。そして、それは彼女には珍しい優しい笑みだった。少しぎこちない慣れない笑みだったが、それを見た途端、美衣の心に火が灯ったように暖かくなる。
「…そっか、わたし助けることができたんだね。本当に…本当に…」
「うん。美衣がいなければ明はここにいなかった」
「…もしかして、明ちゃんはこの事を知っていたの?」
「…いや、ここまでは知らない。明自身も半信半疑だったし…」
と、明は視線を落とす。そこへふらふらと近づくディーネ。
『ほほ~。なんだか奇妙な魔力を感じると思ったら、あなた“魔眼”持ちなんだねぇ~』
明の眼前まで接近し、じっと彼女は見つめる。それに対し、明は顔を嫌そうにしかめるが、そんなこと気にも留めないで話を続ける。
『光が遮られた暗い深海のような、見ているだけで凍えるほどの冷徹なオーラ。それもしかしなくても───“死神の目”だね』
「死神…?」
その単語を聞いて、明には脳裏によぎるものがあった。それは意識がなくなっていた時に見た、気味の悪い人影。
(あれが…もしかして、“死神”?)
「あ…明ちゃん?」
突然黙りになった明に顔色を窺うように声を掛ける美衣。
「大丈夫? はっ!? も、もしかして…気分が悪いとか…っ吐き気がするとか…っ? やっぱりまだ体調が…? そうだっ。治療薬を…って、あっ。全部使っちゃったんだった…うう…どうしよぅ…。あっ。ディーネにお願いして魔法を使えば───」
美衣は泣きべそをかきながらうんうんと一人で悩んでいる。心配性だな…と、吐息をついた明だったが、その過剰な心配ように疑り深い彼女は少し違和感を覚えた。
「別に考え事してただけだけど…。───もしかして美衣…なにか隠してない?」
「…えっ!? な、なんでっ!?」
「分かりやす…」
その分かりやすい反応に明は確証を得る。
『…契約者さまには隠し事はムリだねぇ。ま、隠す気はなかったけどサ。ボクから言っちゃおっか?』
「…う、うう…。だっ、ダメだよ。わ、わたしから言うから…」
ディーネの提案に首を振り、覚悟を決めたようにこちらを見る美衣。そして…
「そ、その…明ちゃんの身体の中には、え、えっと…その…で、ディーネがいるのっ!」
「は…?」
素頓狂な声が出た。
「どゆこと…?」
「えっと…その…。実はね? 治療する際に明ちゃんの血が足らなくなっちゃってて…輸血することも出来ないから、ディーネの身体の一部を使って血を循環させているの」
「・・・」
美衣のかなりの爆弾発言に言葉が出てこない明。自分の手を見ても、そんなことは一切分からない。
(…なるほど。ここで明が息をしているのも奇跡だってことなんだね)
“死神の目”というのは強ち間違ってはいないということか。と、どこか納得したような雰囲気を見せる明。
「あ、明ちゃん…?」
「大丈夫。心配しないで。そこまでショックは受けてないから。それで? 明は今も危険な状態なわけ?」
『いーや。普段の日常生活は大丈夫だよん。ただ魔法関連は使えないかなぁ。まあでもこれは“回復魔術”がないための応急措置だからネ。街に帰ればどうにかなるよん』
「そう、それを聞いて安心した。明も…助けたい人はいるからね」
「明ちゃん…」
そういって明は美衣を見やる。それには自然と笑みが浮かんでいた。
「(ぴょんぴょーんっ!!!)」
「わっ!?」
「む…なに?」
そんな良い雰囲気をぶち壊すように“白兎”が跳んでくる。
「(私を忘れないで!)」
と、憤慨した様子の兎。
「…存在感ないから忘れてた」
「(ガーンッ)」
「明ちゃんっ!? なんてこと言うのっ!? うさちゃん大丈夫っ!?」
ショックを受けて項垂れる白兎。それを心配して美衣は声を掛けるが…なにやら突然思い出したように白兎が立ち上がってまた何かを書き出す。
「(そろそろ来るよ!)」
「? なにが──」
ゆら…と、世界が揺れた。
「なにっ!?」
『あ~。なんだか嫌な予感~』
瞬時に明が臨戦態勢をとり、傍らではディーネがこの後のことを予知したように溜め息をつく。その次の瞬間。
ズンッ!!!!!
脳まで揺らすような衝撃が響いた。
そんなものが起こって古い地下通路が持つ筈がない。壁に地面に大きな亀裂が入る。
瞬時にディーネは水のベールを展開させて落下物を遮る。
『──っ! これはなかなかヤバイね!!』
「っ!?!? で、ディーネっ。大丈夫っ!?」
『ボクはね! それよりもそこの“片割れ”! 早くなんとかしてよ!!』
ディーネは兎に対して催促する。
“白兎”は短い両腕を精一杯広げなにやら妙な動きをする。すると、足元に光る円陣ができた。
「へっ!? なにこれっ!?」
「っ!?」
驚く二人だったが、その光る魔方陣は大きくなって彼女らを捉えるそして…。
「また落ちるのっ!?」
地下通路の崩落。それよりも一瞬早く。光る魔方陣は音もなく消失した。




