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【旧作】 Welcome into the world [俺の妹が勇者なんだが…]  作者: 真理雪
第三章【シスターズサイド・消滅都市編】
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055 ― 雨の日 ―

 お久しぶりです。さて、今月ももう終わり。そして、今年も今日で終わりです。


 いろいろとあった一年でしたね。一番印象に残っているのはやはりコロナでしょうか。まだ終わる気配は見せないやつですが、来年こそ終息してほしいですね。




 寒くて冷たい。気温が下がっている。それは気のせいではなく、体感ではなく、確かにそう感じた。しかし、それは振り続く冷たい雨のせいだけではなく、周りの雰囲気もその一因だろう。

 

 その日は雨だった。

 鉛色の空。地面を叩く雨。傘に当たって跳ね返る水滴。


 啜り泣く声が聞こえる。


 見知ったクラスメイトと先生方が暗い表情でお焼香を待っている。


 誰も口を開かない。いや、開けないの間違いか。

 つい先日まで一緒に勉強していた“彼”がもう話すことも出来ない場所へ行ってしまったのだ。

 重苦しい空気が室内を満たしている。


 ───胸が苦しい。


 “彼”と知り合ったのは高校に入ってからだ。彼の妹と親しくなった時に彼を紹介されたことを覚えている。


 自分は人見知りで恥ずかしがり屋。話すのも苦手で身体も弱かった。だから、親しい友人もおらず、一人読書に浸っていることが大半だった。それが一変したのはこの“兄妹”に出会ってからだろう。



 自身の世界に色を付けてくれたその“兄妹”。それが今や二人(・・)ともここにはいなかった。




 ああ…苦しい。視界がぼやける。

 なぜこんなことになってしまったのだろう。何度もそう心で問い掛けるが、答えは何一つ出てこない。


 それが人生だと言われれば、それは悲しすぎる。


 まだ高校生だ。どんなことでも挑戦することが出来たし、それを楽しむ権利もあったはずだ。それが全て閉ざされてしまったのだ。


「なんで…」


 死ななきゃいけなかったの…? 美凪くんがなんで?



 


 ─────“橘美衣(たちばなみい)”はその日、大切な友人を失った。








 ◆◆◆








 微かな音で目を覚ます。


 パチパチと何かが弾ける音。

 美衣は目を覚ましてから数秒間、まだ頭が回っていないのか、その場でぼんやりとし、目の前の焚き火を見つめていた。


「目、覚めた?」


 ふいに聞こえた声に美衣は視線を巡らしてその主を見つける。


「あ、明ちゃん…?」


 その声の主は“倉井明(くらいあかり)”。パチパチと弾ける焚き火の横で、照らされた彼女の顔は少し安堵したように表情を崩し、手の中にあった物を差し出してきた。


「これ…生命治療薬(バイタルポーション)。一応飲んでおいて」


「え?…これって…」


 彼女の手の中で光を照り返すものはエメラルド色の液体が入った小瓶。それは騎士団の人たちに必要になるだろうからと渡されていたものだった。


 “生命治療薬(バイタルポーション)”は文字通り身体の異常を治す薬である。“水属性”の魔術で作り出されたそれは、それだけ見れば相当便利なものだった。が、もちろん限度はある。

 大きな外傷は小瓶一本程度の力では治せないし、打撲や骨折などのものは魔術を併用しないと効果を発揮できない。

 しかし、軽い傷や身体の怠さ、目眩など。軽い症状なら治すことが出来る。そのため戦う者たち“騎士団”や“兵士隊”、“冒険者”たちにとわず、庶民たちにも使われている困った時の常備薬として活躍していた。


「一応…ね。見た感じ怪我とかはなさそうだったけど」


「あ…ありがとう明ちゃん」


 美衣は微笑んでそれを受けとる。


「えっと…ここはどこなんだろう?」


「恐らくここは彼らが言っていた“地下水道”。明たちはそこに落ちたみたい」


 そう言って彼女は視線を変える。それを追って美衣も視線を変えるとそこには大きな“川”があった。

 水路の内側を流れる水は音を上げて流れている。それを見ながら明は淡々と話す。


「明たちは上手いこと落下物を避けて水の中に落ちた。それ自体は幸運なことだった。けど、だいぶ流されたみたい。残念だけど救助は…望み薄だね」


 “地下水道”は大昔に作られたもので、王都の地下にあるものと同じぐらい巨大だ。その上、今まで誰も足を踏み入れなかったために魔物たちが蔓延り、今や魔物の巣窟と化していると聞いた。


 “誰にとっても危険極まりない場所”。そんな場所に明と美衣は落ちてしまった。


 ぶるっと美衣の身体が震える。それはこの場所の寒さだけではないだろう。


「寒い…?」


「う、ううん…ありがとう明ちゃん」


「…そう」


 二人に沈黙が降りる。パチパチと火が弾ける音が辺りに木霊し、水が流れる音と共に消えていく。


「皆…無事なのかな…」


 ポツリと美衣は言った。彼女の表情が曇る。それを横目で見ていた明は小さく嘆息し、それから口を開いた。


「自分が危険な状況なのに人の心配?」


「う…。そうだよね…ごめんなさい」


「別に責めてる訳じゃない。明も一応は気にしてるし」


「い、一応…?」


「うん。明には美衣がいればいいけど、それで彼らが戻らぬ人になったら寝覚め悪いし。なにより、美衣が悲しむでしょ? また…あの時のように」


 そう言ってじっと問い掛けるような眼差しを向ける明。

 美衣はそれに言葉を返せなかった。


 よく図書室に籠っていた明。彼女と知り合ったのは美衣が図書委員となった時のことだった。それまではクラスで彼女は浮いていて、常に一人で行動し、人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた。

 美衣が図書委員となり打ち解けたことで、亜衣や麻衣、遥たちとも話すようにはなったが、それは間接的で自分からは用がある時以外には話そうとすらしない───それが彼女だ。


 表情が乏しく、他の人よりも長く付き合ってきた美衣であってもその感情を読み取るのは難しい。しかし、彼女は決して冷徹な性格ではなく、根は真面目で優しい女の子なのだと、美衣はクラスの誰よりも知っていた。


 そして、逆もまたしかり。よく美衣と一緒にいた明は彼女が身体的にも精神的にも弱いことを知っている。そして、頑固なことも。

 あの“雨の日”。ずっと泣いていた美衣に泣き止むまでずっと付き添ってくれたのが彼女だった。


 大切な友人を二人も失くした美衣は、精神的にまいっていた。

 彼女はずっと動かなかった美衣を何も言わずにただ傍にいて見守ってくれていたのだ。

 恐らく彼女は、もしクラスメイトの誰かに危険が及び、亡くなってしまえば、美衣には耐えられないのではないかと危惧しているのだろう。


 どう返していいか分からず、言葉を窮していた美衣は視線を外す。その時、美衣は明の傍に何かキラリと光るものが転がっていることに気がついた。


「あれ…それ…」


「あ…」


 明はそれをさっと手に取り、自分の懐に隠してしまう。だが、美衣にはそれが何か分かってしまった。


 “騎士団”がくれた“治療薬”は一種類だけではない。それと同時にもう一種、クラスメイト全員に渡されていたものがあった。それは青色の光を放つ“魔力回復薬(マナポーション)”と呼ばれる貴重な薬。

 彼らの説明では採取がかなり難しい材料を使うため、ほとんど出回らない激レアな代物だそうだ。

 効果は単純で飲めばその人物の魔力を回復してくれる便利なものだったが、貴重なもののためクラスメイトたちに配られたのは各員一本ずつ。使う場合はよく考えてから使うようにと耳にタコが出来そうなほど注意された。


 明の傍に転がっていたのはその小瓶。空になったそれを見て美衣は眉根を寄せる。


 冷静沈着で賢い彼女が無駄に貴重なものを消費するわけがない。ということは、どこかで魔力を激しく使う必要があった。


「明ちゃん…。もしかして…」


 美衣はふと彼女の言葉を思い出す。明は二人とも水の中に落ちたと言った。気を失っていた美衣。そのまま流されてしまえばどうなっていたかは分からない。それをどうにか救い上げ、ここに連れてきたのは誰か。考えなくても分かる筈だ。

 美衣はそんな大事なことも忘れ、彼女の優しさに甘えていた。それに気がついた美衣は彼女に目を向ける。明は少し諦めたような表情を見せると美衣が言葉を紡ぐよりも先に口を開いた。


「美衣が気にすることはない。気を失っていたし仕方ない」


「…っ。だけど、私は足手まといに…」


「──それは違う! …全く違う」


 珍しく明が声を張り上げる。それに驚いた美衣は言葉を継げず、驚いた表情で固まる。


「明がここにいるのは、大事な友達、“橘美衣”がここにいるから。決して足手まといだからという理由で助けようとした訳じゃない」 


 そう言って明は美衣から視線を外し、焚き火へと向ける。照らされたその顔には何かを決心したような雰囲気が宿っていた。


「本当は誰にも言わないでおこうと思ってたことだったんだけど。美衣には話すね───明には恐らく“未来視”の能力がある」


「えっ?」


「自分の目に違和感を感じたのはこの都市に入ってきてから。始めは何か分からなかったんだけど…昨日の魔族からの襲撃を聞いて理解できた」


 明が亜衣に水浴びに誘われた時、拒否したのは彼女らに付き合いきれなかったからと、もう一つ確かな理由があった。


 それはフラッシュバックが起こったかのように突然、視界に映った映像だった。

 “一つのシーンを早送りで流したかのような映像”───そこには鬼気迫るような表情をした遥たちと得たいの知れないものが映っていた。

 一瞬の出来事であったが、それは明にとって踏みとどまらせるには十分で、慎重にならざるを得ない事柄だった。


「この能力は不安定で何度も試しはしたけど自分自身の意思で発動させることは出来なかった。だけど、この能力で見えたものは少なからず現実になる可能性があった。そして、明にはこの崩落も分かっていたことだった」


「え…それならなんで皆に…。回避できたかも…しれないのに」


「うんそう。避けようと思えばできたのかもしれない。だけど、この崩落は大切な出来事だったから」


「たい…せつ?」


 美衣は首を傾げる。明は頷き返し、言葉を継ごうとする。しかし───



「──っ! そこにいるのは誰っ!」


「えっ?」


 

 明は与えられた杖を持ち、彼女は突如暗闇の中へ声を張り上げる。


 戸惑う美衣を置いて、明は美衣を庇うように躍り出る。


「姿を見せないと容赦なく攻撃する」


 暗闇の中でちょこまかと動く何か。それは明の言葉で慌てたように光が当たる方へと駆けてくる。それは妙に小さい影だった。


 大きさからして約15~20cmぐらいのもので動きは素早い。それがはっきりと二人の視界に映ると彼女らは一様に呆気にとられた。


 それの正体は、“ぬいぐるみ”。ピンクと白の布を縫い合わせた兎を模したコミカル調のぬいぐるみ。


「…な、なに貴方…」


 呆気にとられた彼女らを見て、丁寧にペコリとお辞儀する兎のぬいぐるみ。


 これは彼女らが知らないことだが、そのぬいぐるみは遥と出会った“兎”と同種のもので、ただ違うのは明るめの色と礼儀正しそうな雰囲気のみだった。





 結局今年で終わりませんでしたね…。せめて来年の4月ぐらいからは主人公を出したいなと思っているんですが…どうなることやら。


 今年も一年。本当にありがとうございました。ここまでお付き合いくださり感謝感激です。どうか来年も変わらずお付き合いくださると嬉しいです。

 最近一層寒くなってきましたし、体調にはお気をつけください。

 ではでは、来年もよろしくお願いいたします。皆さん、よいお年を!


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― 新着の感想 ―
[一言] あけましておめでとうございます。 コロナに気を付けて、良いお年を。
[良い点] 妹や親友以外のキャラも主人公のことを想ってくれているのはいい…!その想いがいろいろ変化した主人公を見てどう感じるか楽しみですね。 主人公の正体を明かす場合でも明かさない場合でもオイシイ展開…
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