054 ― 雨は降り続く ―
こんばんは。お久しぶりです。またもや1ヶ月ぶりですね。
今回は少し長め、といっても5000字ぐらいなんですが。なんだか読み直すと展開が早い気がするんですよね。なんででしょうね。心理描写とかが足らないのかな…。リメイクするときはもっと追加したいです。まあやるか分からないことを今言っても仕方がないですよね。
では、どうぞ。
雨。
無数の水滴が天から槍のように地に降り注ぐ。
それは冷たく、大気の暖かさを掠め取って、瞬く間に、肌寒く薄暗い世界へと一変させる。
灰色に覆われた世界。降り注ぐ雨が視界の邪魔をする。そんな中、慣れたような足取りで俊敏に駆けていく姿があった。
「ブラッドランス…」
その呟きに答えるように細く鋭利な槍先が赤く煌めく。それは水滴を高温によって跳ね返し煙を立たせる。
その目標を視界に納めた彼女は、それが気づく間もなく肉薄する。そして────
───バシュッ!!
肉が焼き切れる音が響いた。
自身が死んだことも認知できず、水飛沫を上げながら地に倒れ伏す人ならざるものの巨体。
それを冷めた瞳で見やった彼女はその槍で空を切って血飛沫を飛ばした。
「これで20…。こちら方面の魔物どもはこれで全部ですか」
長い髪を雨に濡らし、その美しい顔に少し影を落とした彼女は静かに呟く。
彼女の周りを見れば、彼女の槍が葬ったであろう死骸がたくさんあった。
駐屯地を襲ったあの地揺れの後、突然穴という穴から魔物たちが飛び出してきた。
突然のことに騎士団も兵士隊も対応が遅れ、その上、匿っていた“勇者たち”が地下水道へ落下するという最低最悪なアクシデントまで起きてしまった。
「──騎士団長!!」
雨の中、急いで駆けてきたらしい騎士団の一人が彼女へと声をかける。
その騎士は彼女の前で立ち止まると拳を胸に起き敬礼する。
「進展はありましたか?」
「はい。どうにか落盤に巻き込まれた者たちの救出は完了しました。幸い死者は出ておりません。が、重傷者は多数出ております。副団長は自力で這い上がってきたようです」
「そうですか…。それで、勇者の方は?」
「それですが…」
彼は渋い表情を浮かべる。
「幸い大きな怪我はありませんでした。ですが、まだ数名…人数にして、3名の行方が分かっておりません…」
暗い口調で彼はそう告げた。ジュリアはその報告に「そうですか」と、短く返すと瞳を閉じて口を閉ざした。
雨の音だけが支配する時間。
突然出てきた魔物たちは慌てたように四方八方に広がり、とにかく遠くへ遠くへと行こうとしているように見えた。まるで何かから逃げようとしているかのように…。
それだけ見れば幸運なことだった。その魔物たちの行動は統率の取れたものではなく、烏合の衆と変わりない。その数で一気に駐屯地を襲われてしまえばたまったものではなかったが、バラバラに散ったものでこちらに向かってくる魔物のみを絞って対処すれば対応の遅れを取り戻すことは難しくなかった。しかし、一番の問題はそこではない。
ジュリアは懸念した───魔物たちは何から逃げようとしているのか、と。
(何かがこの都市の地下で潜んでいるのはほぼ確実。幾度かの地揺れと魔物の動向、魔族が言っていたことを鑑みると、それの“復活”は近いのかもしれません)
ここに何が潜んでいるのか、魔族が企んでいることはなんなのか。
潜んでいる者の正体は今は調べようがなく、勇者を執拗に狙う魔族の企みは未だ不透明。
目的が勇者たちの殺害だけなら、機会はたくさんあった筈である。しかしながら、魔族はそうしなかった。ということは、それとは別に目的があることとなる。
「ふぅ…」
どんどんと思考がヒートアップしていることに気がついたジュリアは軽く頭を振ってそれを打ち切る。今は悩んでいる場合ではない。現状分かっていることは少ないが、それでも何か手を打たないと手遅れになるだろう。もしかしたらもう…というネガティブな考えは今はなしだ。
彼女は疲れたように短く嘆息した。
「騎士団長…少し休まれては?」
「私は大丈夫です。それよりも今は来るべき脅威に備えましょう」
「分かりました。しかし…勇者殿は…」
「彼らの力を信じるしかありません。一応、兵士隊の方には捜索願いを出しておきますが…今の私たちには戦力を削って地下水道へ乗り込む余裕はありません。もうこればかりは私たちの手の届く範囲を越えてしまっていますから」
「…御意」
少し複雑そうな表情を見せた彼は結局、反論せずに頷いた。
彼の言いたいことはジュリアにだって理解している。このまま行方知れずの勇者たちを見捨ててしまえば、彼らはもう帰ってこれないかもしれない。しかし、騎士団を纏めるリーダーとしてこればかりは譲れないものでもあった。
“仲間を無駄死にさせない”
何が起こるか分からない地下水道で、所在も分からない人物の捜索。非常に危険なことは言うまでもなかった。
ジュリアは踵を返し、後ろから着いてくる足音を聞きながら、駐屯地へ足を早めるのだった。
◆◆◆
『俺に着いてくるな』
かつて兄にそう言われたことがあった。
それは嫌がられているとか、面倒くさがられているとか、邪魔だからとか、そんな気持ちから来る言葉ではなかった。
顔を、雰囲気を、瞳を見れば分かる。この人はわたしを心配しているのだ、と。
彼のことだから大方、自分に着いてきたらわたしの成長の妨げになるとか思ったのだろう。
彼はいつもそうだ。
頭が悪いからとか、性格が悪いからとか、イケメンじゃないからとか、運動神経が悪いからとか、自身の短所を並べ立ててわたしを突き放そうとする。
その理由は分かっていた。
“お前まで同じ学校に行くことはない。もっと上の学校に行けば、良い人生が待っている。お前の才能をここで潰してしまうのはもったいない”
と、そう言われた。
『そうだね。分かってるよ、お兄ちゃん』
わたしは微笑む。彼の目を見据えて、はっきりと言葉を紡ぐ。
『わたしの幸せはお兄ちゃんと歩むことだから』
いつか。いつか。それが終わるときが来るだろう。彼に彼女が出来て、わたしにも彼氏が出来て。いつの間にか別々の道を歩くことになる筈だ。
だけど、それまでは一緒にいたい。
『───わたしはずっと貴方の自慢の妹でいたいから』
『バカタレめ…』
そういって困ったように彼は微笑んだ。それを見てわたしもいっそう笑顔になる。
それは間違いなく、心から愛した大切な、大切な、日々の思い出────
「──冷たっ!?」
突然意識が戻った遥は驚いて悲鳴を上げる。
身体の節々が痛い。が、それは動かせない程ではなく、彼女は上半身を起こして辺りを見渡す。
「ここ…は?」
そこは見たことがない景色だった。
突然地面が割れ、逃げることも出来ずに落ちてしまった遥。そこから推測するに恐らくは地下を通っている“地下水道”に落ちてしまったのだろうと思われる。
落盤の影響で瓦礫や土砂などがゴロゴロと転がっているが、“壁”事態は人工物のようで一定の形を保ったブロックがまるでパズルのように積み重なって上に伸びている。
長年の劣化からか見た目はボロボロのようで、至るところに崩れた跡がある。そこから水が吹き出しており、瓦礫にぶつかることで飛び散った水飛沫が自身に振りかかっていた。
「あわわっ。冷たい冷たいっ」
慌ててその場を離れる遥。幸いなことに身体に異常はないようで、問題なく動かせる。それに感謝しながら、彼女は安全そうな場所を探して歩き始めた。
(皆は無事…かな…)
バシャバシャと足元まで来ていた水を踏み鳴らしながら彼女は共に落ちた彼らの身を案じる。
周りを見た限り、目の付く範囲には誰もいないようだった。
自身が倒れていたのは水が染み込んだ土砂の上で、たまたま近くに大きな岩が落ちてきたことで下が空洞になり、自分を守ってくれたようだった。本当に運がいい。
頭上を仰いで見れば、落ちてきたであろう穴は案の定塞がり、助けを求めることも出来なさそうだ。そもそも何十メートルもある壁をよじ登るのも不可能に近いだろうが。
「これからどうしよう…」
皆のことも気になるが、先に考えなければならないのは自分の方だ。
周りには頼れる者は誰一人おらず、“魔物”たちが蔓延る地下水道に落ちてしまった。これは誰からどう見たって、かなり危険な状況である。
「あ、そうだっ。確か役立つ道具をもらったんだった。確か腰の袋に…」
役立つ…と言っても、まさか地下水道に落ちることを想定していた訳ではなかったので、余り期待は出来ない。が、彼女にとってそれは暗い闇の中で小さくも力強く光を放つ光源のように思えた。
がさがさと腰の辺りをまさぐり、袋を見つけると、その勢いのままに手を突っ込む。
「…ん??」
彼女は不思議そうに首を傾げた。袋に突っ込んだ右手。それに何も振れる感触がしない。その袋はそこまで大きなものではない。どちらかと言えば小さめの袋である。ならば、入れた瞬間に何かしらに振れるだろうと思っていたのだが…それどころかスカスカと空気を切っているような気がする。
嫌な予感がし、一旦呼吸を整えてから、袋を腰から外し、目の前に持ってくる。すると───
「うぎゃ───っ!! 破けてるぅ───っ!?」
その道具が入っていた袋はものの見事に破けていた。しかも、中に入っていた道具類は全て消失。所謂、全ロスである。
チーンと、頭の中で鐘がなったような気がした。
ガックシと肩を落とした遥はどうにか水が来ていない場所まで辿り着き、一旦腰を落ち着ける。
水に濡れたことで肌寒い。気温もだいぶ下がっているようで、このままでは風邪を引いてしまいそうだった。
遥は膝を折って胸に抱く。縮こまった体勢で深く息を吐いた。
「ひとりぼっちに…なっちゃた…」
水が流れ落ちる音が木霊し、彼女の呟きを掻き消してしまう。
───意識を失っていた間、とても懐かしい夢を見ていた気がする。
大切な人との夢。既に朧気にしか思い出せないが、恐らくそれは亡くなった兄との記憶だった気がする。
もう会うことは出来ない。今生の別れ。
さようならも言えず、突如として先立ってしまった大好きな家族。しかもそれは、わたしを守るためだった。
「着いていけないところに…行かないでよ…」
ポツリと遥は呟く。その声は震えていた。
胸の内にしまっていた筈の悲しみが、一人になった寂しさでまた顔を出してきてしまっていた。
また引きこもっていた時に戻ってしまったようで、遥はぎゅっと唇を噛み締める。と、───
────ガラガラッ
「──っ!?」
遥はビクッと肩を震わせる。
不意打ちのように背後から聞こえた何かの落下音にさっと身構えて聖剣を引き抜く。
「だ、誰かいるのっ!?」
正眼に構えた刃の先。暗がりで見えづらい場所で何かが動いたような気がした。
それは小柄な何かのようで、ピョコピョコと跳ねながらこちらへ近づいてくる。
ここは“魔物たち”が巣食う場所。何が起こるか分からない。
遥はぎゅっと聖剣を握り直し、いつでもそれを振るえるように集中する。ヒヤリ…と背筋を冷たい汗が流れた。
そして目の前に現れたのは───
「(ピョンピョンッ! ピョ~~ンッ!)」
「ふへっ…??」
兎の形を模した───“ぬいぐるみ”だった。
「・・・・」
キョトンとした表情で遥はそれを見つめる。
なんというか、肩透かしをくらった気分だった。
(…えっと。なんだろアレ。ぬいぐるみが動いてる? え? そんなものもあるの? まあ異世界だし…そういうこともあるのかな…)
それは見れば見るほど奇妙なものだった。どういう原理で動いているのかは分からないが、身軽な動きでピョンピョンと飛び回る姿は妙にコミカルで、遥を見つけたのが相当嬉しかったのか、素早く近づいてきたそれは周りを飛び跳ね、元気よく動き回っている。
それの大きさは全長15~20センチぐらいのもの。
兎を模した、と言ってもリアルなものではなく、子供受けしそうなコミカル調の容姿だ。某有名な兎のキャラクターのように二足歩行で、黒と青を基本とした色合い。継ぎ接ぎされた布地をわざと目立つように縫い目が作られ、ハロウィンの仮装にでもありそうな印象を纏っている。目は少し大きめのボタンで代用され、口は取って付けたような縫い目で形作られている。
そんなものが遥の周りをぐるぐると回っていた。
(…攻撃はしてこない。それに聖剣も今は熱くない…ということは、危険な生物では…ない?)
今までの経験から言うと、聖剣は危険な物事が起こるのを予知して熱くなっていた気がする。それは持ち手に警鐘を鳴らしているのだと遥は考えた。しかし、今回は温度は高くならず、鉄の冷たさが返ってくるだけ───
「えっと…その。…うさぎちゃん?」
恐る恐る遥はそれに声をかける。その声に反応した“兎”はちょうど遥の目の前で止まり、こちらを見上げる。
「あなたは…何者なの?──って、あ!」
その質問に返答はなかった。しかし、兎は踵を返してその場を離れようとする。見た目以上に素早い動きに遥は声を上げることしかできない。
すると、その兎は少し離れたところでこちらを振り替えって、遥に分かるようにその場で飛び跳ねる仕草をする。
(? なんだろ…)
それを首をかしげながら見ていると、兎は一層目立つように手振りも付けだした。
(もしかして…“着いてこい”って言ってる?)
それはふと頭に浮かんだ言葉だった。その兎は言葉すら発さず、身振り手振りで伝えようとしてくる。それは良いのだが…いかんせんそれがお粗末すぎてよく分からないのが現状だった。しかし、その思いつきは当たったようで近づいていくと兎は嬉しそうに踊りまくる。やけに元気の良いぬいぐるみだ。
(あ、ここ通り道がある。少し小さいけど…どうにか通れそう…。もしかして…これを教えに…?)
兎はこの横穴からここまで来たようだった。そして、兎は着いてこいとでも言いたげに颯爽とその中へと潜っていく。
(着いていっても…いいのかな)
いろいろと心配なことはある。
もし遭難したときはその場から動かないのが最善手だと過去に聞いたことがあった。ならば、今の状況ではむやみやたらに動き回ることは避けた方がいいのではないか?とも思える。それに、ここに落下したのは自分だけではない…はず。皆を置いてきぼりに自分だけ動いて良いのだろうか。
遥はぎゅっと聖剣を握り締める。
「あー!もうっ! はっきりしなさいわたし! 行くのっ!? 行かないのっ!? どっち!?」
胸に募ったもやもや。考え込みそうになる思考を振り払って遥は問う。自分自身に。
もう何も出来なくて、後悔するのは嫌だ───なら、行くしかないでしょ!
腹が決まった遥はよしっと気合いを入れ直すと、その未知なる横穴へ身を滑り込ませた。
結局、今年中には終わりそうもないです。チーン
予定的には後三話ぐらいだと思います。たぶん。次話には残りの二人が出てくる予定。まだ新キャラを出しきれていませんし…さてさてどうなることやら…。
今回もお読みいただきありがとうございました。また良かったら見に来てもらえると幸いです。誤字脱字なども教えてもらえると助かります。では、また次回!