表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧作】 Welcome into the world [俺の妹が勇者なんだが…]  作者: 真理雪
第三章【シスターズサイド・消滅都市編】
59/77

052 ― 過酷な世界で 2 ―

 お久しぶりです。凄く涼しくなりましたね。一ヶ月前はあんなに暑かったのに…早いものですね。


 と、今回は少し多めです。いろいろ突っ込んだような感じになっちゃいましたが…やっとここまできました…。


 では、どうぞ。





 私は“完璧”であるべきだった。失敗なんてしてはいけない。“天楼院家”に生まれた私にとって、それは何物にも変えがたい理想だった。


 小さい頃から高水準の教育を受け、この天下の天楼院家を継ぐものとして育てられてきた。

 天楼院とは昔から代々続く名家の一族だ。国の政治や経済、はたまた貿易などにも影響を及ぼす程の家系。

 その影響力は凄まじく、そのトップとなればその責任も重大だ。だからこそ、この天楼院は一つの家訓を決めていた。それは───『完璧であること』。






 小さな頃から雁字搦めの日々だった。自分の時間なんてないも同然。学校から帰っても習い事が毎日のようにあり、気を緩める時間など休寝前の数分ぐらい。

 そんな日々を嫌だと思ったことはなかった。私は天楼院を継ぐものなのだから当然だと思っていた。しかし───


 学校からの帰り道。車窓から見える風景の中、和気あいあいと楽しそうに会話しながら歩く彼女らを見た。


 それが不思議と輝いているように見えた。理由は分からない。自分がしてきたことは無駄ではない筈で、間違ってもいなかった筈だった。しかし、心の中ではそれは輝かしいものに見えた。


 私は憧れていたのだろう。普通の学生と言うものに。別に友達がいないわけでも寂しかったわけでもない。ただ単純に彼女たちの日常を経験してみたかったのだ。


 そうして私は初めて我が儘を言った。当然両親からはいい顔はされなかった。が、今までの自身の行いが功を奏し、許可が下りた。そして、晴れてその高校に入学した私はある人物と出会うこととなった。自分の親友(ライバル)と自分自身が認めた彼女。それが────




「天楼院さん…」


「遥さん…ですか」



 美凪遥だった。



「隣いいかな?」


 彼女は微笑みながら首をかしげる。未來は少し逡巡したあと、身体を横にずらすことで答えを返した。


「探したよ。帰ったらいなかったからびっくりしちゃって」


「申し訳ありませんでしたわ。少し一人になりたかったのです」


 未來は視線を反らして遥に謝った。彼女は今、遥を見ることができなかった。それは、自分の弱さからくる後ろめたさを彼女に悟られたくなかったからだが、その態度を彼女がどう捉えたのかは分からない。そこから話が途切れたまま、何分か沈黙が続いた。


 彼女たちが今いる場所は駐屯地から少し離れた開けた広場だった。

 二人は何かの建物の跡らしき瓦礫の上に腰掛け、無言で夜空を見上げていた。



「星…凄いね」


「そうですわね」



 つい口からでてしまう程の迫力満点の星空。都会では見ることは出来ない星々の大群衆が暗い闇夜をライトアップしている。そんな大自然が作る幻想的な光景の中で──。


「怪我は…大丈夫でしたの…?」


 ぽつりと彼女は言った。


「うん、もう大丈夫だよ。治療してくれた人が凄く腕のいい人でね。すぐ治っちゃったっ」


 遥は努めて明るく言い放つ。それを見た未來は少し複雑そうで、それでいて安心したような表情をして、そうですか…と、小さく呟いた。


 それからまた沈黙が続くが、遥は未來の隣でずっと待つつもりだった。余計なことは言わない。何か無神経なことを言えば、彼女を傷つけてしまうかもしれないから。




「…全部、私のせいですわね」



 未來はそう呟いた。



「私の我が儘で、貴女方を危険にさらし、そして…」



 彼女はぎゅっと唇を噛む。その表情には暗い影が差し込み、いつもの堂々とした様子とは見る影もなかった。


「天楼院さん…」


「無様でしょう? これが完璧ばかりを追った者の末路ですわ」


 未來がもっとも恐れたものは、“天楼院”の名を自分自身が地に落とすこと。だから、どんなに怖くても、どんなに逃げたくても、その足を背けることはしたくなかった。しかし──


「目の前にある恐怖に私は何も出来ませんでしたわ…。こんな“魔剣”と呼ばれるものを持ちながら、思い上がって…結局、何も出来ないまま挫けてしまうなんて」


 力の差は歴然としていた。ぽっと出の彼女らの力では抵抗すら儘ならないことをまざまざと思い知らされた。その上、魔族は未來の一番言われたくない言葉を言い当てた。


 “使い手が無能なのね”


 つい手に力が入る。握り締めた“扇子”から軋む音が鳴った。


 その時の光景が目に浮かぶ。何も出来なかった悔しさと虚しさ、どうしようもない程の力量さからくる恐怖と不気味さ。いろいろな感情が混ざって、胸が苦しい。


「こんなことなら…こんなことになるなら。着いてこなければよかった…」


 未來は絞り出すようにしてそう言った。そうして、立て膝にうずくまる彼女を遥は無言で見つめる。そして──


「──この世界に来て、一つ分かったことがあるんだ」


 遥は優しい声色で話し出す。


「この世界の人たちは皆…生き残るために必死なんだなって」


 遥は先程のジュリアから言われた一言を思い出す。


「ジュリアさんにね。こう言われたんだ。人の死なんて日常茶飯事、次に誰が死ぬかなんて分からない。だから、それを覚悟して生きていくしかないって」


 ジュリアの言いたいことは理解できる。ここは戦場で平和な世界じゃない。だから、誰が死んでも不思議じゃないし、生きるために戦えば戦うほど死ぬ確率は高くなる。それを覚悟しろと言うのだ。死ぬのは仕方がない、だから、生きるために戦えと。そんなの…

 

「…そんなの理不尽ですわ。誰かの死を、自分の死を前提にして生きるなんて、そんなの悲しすぎますわ」


 未來はそう言う。


 どんな生物でも終わりはある。だけど、そうじゃない。言いたいことはそこじゃない。



「そうだね。だからわたしは──」



 遥は言葉を切って、座っていた場所から飛び降りる。しっかりと足を地に着けて立ち、くるっと振り向いて未來に言った。



「皆を生かすために戦うよ」



 自分を生かすために戦うのではなくて、誰かを生かすために戦う。幸い、自身にはその力がある。まだ全然使えてないけど。


「始めは勇二くんやクラスの皆を守れるならそれでいいと思ってた。だけど、今はもうそんなことを言ってられる状況じゃない。──いや、わたしが嫌なんだ…。誰かが傷つくのを見たくない」


「だから、これはわたしのただの我が儘───」


 遥は片手に持っていた聖剣を持ち上げて掲げる。


「この聖剣をわたしは使いきって見せる。もしこの子がわたしを認めてなくても、意地でもしてみせる。それでこの世界の皆を、守ってみせる」


 ギュっと握り締めた手に力が入る。やはりズキズキと痛みが走った。これは治療してくれた人以外には誰にも言っていないことだったが、遥は魔族と相対した時に、聖剣が発した熱で自分の手のひらに火傷を負っていたのだった。


 それが何を意味するかは一切分からない。自分の使い方が間違っていたのか、それとも…自分が端から認められていなかったのか…。これは遥にとって新たなる悩みの種となっていた。しかし──


 (もう…迷ってなんていられないから。あなたが嫌でも使わしてもらうよ。“エクスカリバー”)



 

 


「──はぁっ…ほんっと。凄いですわ」




 これ見よがしに溜め息をついた未來が言う。



「え…? 凄い?」


「ええ。まさかここまでとは思いませんでしたわ。皆を守るなんて、そんな確証もないことよくもまあ断言できましたわね。ほんとこちらが悩んでいるのが馬鹿らしくなってきますわ」


「うぐ…。た、確かに確証なんてないけど…」


「貴女。この私と対抗できる程頭がいいのに、こういう時は馬鹿になれるのですわね」


「え、えーと…それ誉めてるのかな? 貶してるのかな?」


「貶してるのですわ」


「ひどいっ!」


 少し涙目になる遥。それに追い討ちをかけるように未來は話し続ける。


「そもそも、貴女は私を慰めに来たのではなくて? 何故貴女の決意表明をここで私が聞かなくてはならないんですの。これは所謂オーバーキルというものですわね? 馬鹿なんですの? …馬鹿でしたわね」


「ひ、ひどいよぅ…天楼院さん」


 容赦ない彼女の言葉攻めによって、遂にはいじけだした遥はぶつぶつと小声で呟きだした。


「だ、だって…どう慰めたらいいか分かんなかったし…変なこと言って怒らせたら嫌だし…。それに、生半可な慰めの言葉なんか天楼院さんには余計なお世話かなって思ったし…。大体、わたしが誰かを慰めるなんて出来っこないんだよ…ぶつぶつ…ぶつぶつ」


 三角座りをし、どんよりと暗雲が立ち込める彼女。見るからに分かりやす~く落ち込んでしまった。

 ふんっ、と言いたいことを一頻り言ったらしい未來は少し満足そうに鼻息を鳴らす。



 (ほんとに…この方はいつも…輝いて見えますわ。その強さは…どこから来るのでしょうね)



 瞳の中に映る彼女はやはり出会った頃と何一つ変わることなく輝かしい。それを見留めた未來は先程とは明らかに違う雰囲気で改めて訪ねた。



「私も───私も着いていってよろしいですか?」



 天楼院が言う“完璧”とは、どんなことがあっても狼狽えず、冷静に状況を把握し、乗り越える能力のこと。


 彼女の輝きに何故引かれるかは分からない。彼女に自身の求めた完璧さがあるのか…。それもまた分からないことだ。しかし、その輝きには未來の闇を払ってくれる力があるものだった。


「私は一度折れた人間。貴女のように自信満々に確約はできませんわ。ですが…こんな惨めな終わりを許すこともできません」


 この世界は未來自身が思うより、過酷なもので、立ちはだかっているものは予想すら難しい強大なものなのだろう。だけど…。


「“天楼院”の名に懸けて、抗ってみせますわ。私がまだまだ未熟者でも、軽視して馬鹿にしたこと…後悔させてやりますわ」


 はっきりとした口調で、前を見据えた視線で、彼女は言う。もう先程の物憂げな感じは鳴りを潜め、決意の火を点した瞳が遥を見つめていた。

 それを目を丸くして見ていた遥は、気を取り直したように立ち上がって、笑顔でこう言った。



「うんっ。一緒に行こうっ!」





 






 ◆◆◆











 夜がふけた深夜。クラスメイトは既に皆寝静まり、駐屯地には静かな時間が流れていた。その中でポツンと灯されたランタンがある。

 ペラ…ペラ…と紙を捲る微かな音。それは、多少のズレはあれど一定の間隔で捲られ、静寂な空間へ消えていく。




「……いつまでそうしてる気?」


「ひゃうっ…!? あ、(あかり)ちゃん…? ご、ごめんね。起こしちゃったかな…?」



 ビクッと肩を震わす美衣。それをじっと見据える明は簡素なベッドの上で身体だけをこちらに向けて答えた。


「別に…。それよりも早く寝た方がいいよ」


「あ…うん。そ、…そうだね」


 明の言葉に美衣は少し複雑そうな表情をして視線を反らす。その視線の先にあるのは彼女が先程から真剣に読んでいた“魔道書”だった。


「…美凪たちのことを気にしてるの?」


「う…。えっと…分かる?」


 図星を突かれ、少し恥ずかしそうにした美衣は開いていた魔道書で口元を隠して聞き返す。それを小さく頷いて返す明は次いで言葉を続けた。


「そんなに焦ってもどうしようもないよ。それは“回復魔術”の書でしょ。“上位属性”は才能によるって言ってたけど?」


「う…やっぱりそうだよね…」


 明の遠慮のない言葉に彼女はしょぼんと落ち込んでしまう。

 美衣にも彼女の言ったことは知っていた。しかし、諦めきれずにいたのだ。


 “回復魔術”を扱えれば、いろんな人の助けになるだろう。誰かの怪我を治せるだろうし、大切な友達を助けることもできる筈だった。しかし、この魔術は貴重でそもそも使い手が少ない。美衣にも魔術は多少使えるが、それは当然異なる属性のものだった。


 美衣は側に立て掛けてあったものを物憂げに見る。それは、王都で選んだ“ロッド”。先端に水色の“魔力結晶”がついたもので、高価なものだと一目見ただけで理解できる代物。

 魔術を使うにあたって助けになるだろうと与えられたものだったが、良い武器を与えられてもそれを使いこなせなければただの棒切れと変わらない。


「…ごめんね明ちゃん。もう少し読んでから寝ることにするよ」


「…そう」


 何かを隠したような笑顔で美衣は明に答える。それに静かに頷いた明はごろんと背を向けて寝転がってしまった。



 少しの静寂の後──





「──不思議に思うことがある」


 ぽつりと明は言った。


「えっと…? どうしたの明ちゃん」


 唐突な言葉に美衣の本を読む手が止まる。


「…どうして明たちは字が読めるのだろうかと」


 明はこちらを見ずにそう続けた。


「…そういえば、なんでだろう」


 そんなこと考えたこともなかった。美衣は明の着眼点を流石と思いながら考える。


「えっと…召喚の魔法に細工されていたのかな…?」


「うん、恐らく。そして、明が思うに…こちらに召喚された時点で何かしらの加護(・・)が働いているのではないかと思う」


 彼女は珍しく饒舌に話す。それは彼女が好きなオカルト話をしてくれている時のような光景だった。


「これは明の憶測だけど…。明たちには召喚した…ううん…“召喚”という魔法を作った者の意志が密かに宿っているだと思う。それが何かは分からないけど。そいつの手のひらの上で明たちは踊っている…のかもしれない。そう考えると癪に触るけど…そういうことだと思う」


「そうなんだ…」


 美衣は感心したように呟く。が、明はどこか不機嫌そうに納得していない反応を示した。


「だから…その──」


「??」


 彼女は口ごもり、美衣はそれに小首を傾げる。


「──…自分はお荷物だとか。思っちゃダメだよ」


 明はそう言うとフードの袖を引っ張って顔を隠した。驚いて目を瞬かせた美衣。その視線の先にいる小柄な身体を丸めた彼女は恥ずかしそうな雰囲気を醸し出している気がした。


 彼女が言いたかったことを要約すると、美衣に身体が弱いからって無理をする必要はない、と言いたかったようである。それか、役割が決まっているなら、負い目を感じることはない、と。


 そこまで言われて美衣はようやく彼女の気遣いに気がついた。


「ありがと、明ちゃん…」


 美衣は暖かくなる胸を抑えてそう呟いて微笑んだ。







 (──まあ…それが()の手のひらの上かは分からないけど…)




 美衣は言葉の通りにもう少し続けるようだ。

 背中で彼女の存在を感じながら明は眠りに落ちていく。美衣と話していたクールな雰囲気とは裏腹に、そんな一抹の不安を抱えて。










 ◆◆◆










 夜の闇より深く、暗く、冷たい。


 そこに暗くとも仄かに発光する巨大な何か。


「もうすぐねぇ…」


 それを見据え、右手に持った“欠片”を差し出す。


 それに反応したそれ(・・)は地響きのような唸り声を上げ、地下世界を震わせる。





「もう少しで会えるわ…。“支配者(ドミネーター)”、今度こそ…殺してあげる」





 彼女は邪悪な笑みを浮かべてそう言った。








 初代勇者と魔王の戦いから約一千年。またそれと同等な…いや、それ以上の、戦いの幕が開けようとしていた。





 遥と未來の話、凄く悩みました。結局はこんな感じに収まりましたが…どうなんだろ…変ですかね? 自分では分からないところがあるので何かしらありましたら遠慮なく言っていただけると助かります。


 人の心境の変化とか文字にすると凄く難しいです。なんというか…不自然にならないように努めていますが、また見直したら気になるところが出てくるんだろうな…と、そんな気がします。


 あと捕捉的に言っておくと、勇者たちには加護?祝福?のようなものがかかっています。全然言ってませんでしたが…。なので、明の予想はあながち間違いではないということですね。え? それネタバレにならないのかって? …恐らく大丈夫です。恐らく…。どうせどっかでまた出てきますよっ。


 さてさて…次回、どうしましょうかね…。まだ全然書けてないんですが…。あ、それはいつも通りだった。でも、そろそろ仕上げないと年開けちゃう…。やばいです…。


 と、とりあえず…。今回もお読みいただきありがとうございました。また次回も読んでくれると嬉しいです。ではっ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  今回も楽しく読まして頂きました。気になる終わり方だったので次話も楽しみに待ってます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ