046 ― 這い寄る脅威 ―
こんばんは、お久しぶりでございます。真理雪です。
世間ではSTAYHOMEが囁かれ、自粛ムードが高まり、ストレスが溜まるという悪循環が広がっているかと思います。とっても嫌な感じです。自分には何もできることがありませんが、この物語は頑張って続けていきたいと思っています。関係ないかもしれませんけどね…。ですが、少しでも早く終息することを願っております。
って、なんか湿っぽくなっちゃいましたが。どうぞ。
水が落ちる音がする。回りに漂う清涼感と自然から発される落ち着いた空気が張りつめた緊張感を解きほぐしてくれる気がする。
「うひゃ━━━━っ! すっごい大自然!!」
シンプルな白の水着を纏った亜衣が両腕を上げてそれに突撃していく。それの後ろを麻衣も声を上げて駆けていった。
ここは簡易的に作られた給水地点かつ簡易入浴場だ。
何日もの間、滞在することになる兵士たちにとって、安全に水を確保することは必須事項である。汗や血、汚れなど、それらを落とすことは魔法にも可能である。が、それで代用できると言っても限界があり、水分補給もしなくてはならない。
それを踏まえて、この入浴場は小規模ながらもしっかりとした造りをしていた。
持ち込んだ木材なのかここで調達したものなのか、見ただけでは判別がつかないほど精密に作られ、その木造の建物が川に接するように設計されていた。作り込まれた脱衣場に洗面所、そして開けた場所から川に出れるようになっており、少し出たところに小さな滝のように水が流れ落ちる場所もあった。
「おおお…。この世界って地球に負けず劣らず、凄い技術力を持ってるんだね」
遥は回りを見渡してから感嘆の声を漏らす。実際、この浴場は簡素ながらも良くできていた。お湯ではなく冷水なのが残念だが、そこはそれ。比較的温暖なこの世界では冷水に入っても寒くはない。これはプールに入るようなものだと彼女は一人納得し、一歩を踏み出そうとする。
「ほんと元気な二人ですわね。羨ましいですわ」
そこへ後ろから現れた未來は走っていった二人を眺めながら歎息する。
「異世界とかこんな超常現象に巻き込まれながらいつも通り明るい。彼女たちが一番強いのかもしれませんわね…───って、どうしました?」
見事にくびれた腰に左手を当てながら長い髪を払う仕草をする彼女。そんな未來は頭に疑問符を浮かべながらこちらを見つめる遥に問うた。
そこでハッと我に帰った遥は慌てて取り繕うように口を開く。
「な、ななななんでもないよっ。胸が大きいとかモデル体型で羨ましいとか全然思ってないよっ!」
「全部口からだだ漏れですわよ…」
水着こそここで借りた無地の上下が別れたシンプルなものであるが、それをものともせずむしろ良い面が表に出てきて、後光が差すかのようなその雰囲気に遥は固まってしまう。
鍛えているかのように引き締まった身体にしなやかな女性らしさも兼ね備えたその体つき。確実に常日頃から管理しなければ到底辿り着けないほどの美しいボディバランスに遥は最初こそ羨ましそうに見ていたが、徐々に沈んでいき今では…。
「同年代なのに…わたしとは天と地の差…」
「いや、貴女も良い体だと思いますわよ。って、何を言わされているのかしら私は…」
表情に影が差す遥に慰めの言葉を掛けるが、恥ずかしいことを口にしている気がして少し赤くなる未來。
「別に…驚くことでもないですわ。私は天楼院家の一人娘、どこから見ても見られても恥ないものを見せないといけませんわ。この名を名乗ることはそれ即ち、それだけの責任を背負うことと同義ですの。ですので、これくらいはやって当然ですのよ」
一つ大きな溜め息をつき、彼女は遥の横を通り抜けていく。遥は少し躊躇った後、それに追い付くようにして早足で近づいた彼女は水際で腰をおろした未來と並んでそこに腰をおろす。
「…ご、ごめんね天楼院さん。変なこと言って…」
「何を気にしているんですの。私は別に気にしてませんわよ」
「そ、そう?…でもそれって、少し…辛くないかな」
「………」
答えのない沈黙。
「あ、ご、ごめんなさいっ! 無神経なこと言っちゃって!」
「………(じと~)」
その黙りを遥は怒りととったようで慌てて謝る。それを細めた双眸で見つめる未來は大きな溜め息をついて口を開いた。
「貴女。人のことを心配しすぎじゃないかしら」
「へっ!? そ、そうかなっ?」
「ええ。心配なさらずとも私は自分でどうにかしてみせますわ。それよりも私としては貴女のことの方が心配ですわよ」
そう言って言葉を切る未來。きょとんとした遥に改まった調子で彼女はこう続ける。
「…回りくどい言い方は私苦手なのですが、その…大丈夫なんですの? いろいろと。気持ちの整理は…つきました?」
いつもはきはきとした彼女には珍しく、額に皺を寄せ、どう言葉にしたらよいかと悩んだ様子で言の葉を紡ぐ。
それを見た遥は彼女が言いたかったことをすぐに悟った。
突然の勇者召喚で有耶無耶になってしまっていたが、遥はつい先日まで部屋に引き込もってばかりで、友人とすら話すことのない日々を過ごしていたのだ。
───始業式当日、突如として教室に現れた遥とそれを待っていたかのようにタイミングよく発動した召喚の儀。
兄が亡くなってから約一年、姿を現すことがなかった人物を見て、誰だって思うことは一つのはずだ。
「───そっか。…そうだよね。ごめんなさい」
「は? なんで謝りますの」
「皆にこんなにも心配させて。天楼院さんにも悪いことしたかなって思って…」
そう言って遥は視線を外して騒ぐ二人を見る。
「皆何も言わないけど。天楼院さんや勇二くん、亜衣や麻衣たち…クラスメイトの皆はずっとわたしのことを気にしてくれていた。それを踏みにじってわたしはずっと引き込もっていた。それでも、謝っても謝りきれないほど、わたし個人では手に余るようなたくさんの優しさを彼らから貰った。それを少しでもわたしは返していきたいと思うんだ。だから──ごめんなさい。と、これはわたしなりのケジメのつもり。それから ───ありがとう、天楼院さん」
真っ正面から笑顔で思いの丈を伝える遥。
立場が逆転したように次は未來がきょとんとした表情をして、次いで思い出したかのように赤くなる彼女の顔。
「べ、別に感謝される覚えは…ありませんわよっ」
居所が悪くなったように彼女はふんっと鼻息を鳴らして顔を反らす。それが可笑しくて微笑ましくて、懐かしい感じを思い出した遥はふと笑みを溢した。
「───貴女も強いですのね…」
反らした先で呟いたその言葉は誰にも届かず、せせらぎの音で消されていく。
「ま、いいですわ。私も貴女に負けないよう努力するのみ。聖剣を持ったからって油断なさらないことですわよ!───何て言ったって私たちはライバルなんですからっ──────」
────バッシャーンッッ!
決め台詞をいい放った直後、すぐ隣で水柱が立つ。それをもろに受けた未來は言い様のない悲鳴を上げた。それの元凶はいつの間にか近くまで来ていた騒がしい二人組。
「おー。まさかクリーンヒットするとは」
「水も滴るいい女だね~」
「…あ、貴女たちねぇ……」
水を浴びせた二人はニヤニヤと意地悪な笑みを溢しながらこちらを見ている。片や未來は口角をひきつらせながら肩を震わせている。そうしてびしょびしょになった前髪を右手で掻き上げてこう言った。
「ええ、ええ。もう容赦しませんわ。喧嘩を売る相手を間違えたこと…後悔させてやりますわ!」
「ぎゃー、テンテンが怒ったー」
「脱兎の如く逃げる…」
「逃がしませんわよ! あと、テンテンって呼ぶのを止めなさい!!」
文字通り脱兎の如く逃げる二人と獲物を狩る女豹の如き彼女。その攻防を見る遥の表情には屈託のない心の底からの笑顔が浮かんでいた。
ーーー
「ぷは―っ。遊んだ遊んだー!」
亜衣が脱衣場に上がり様に声を上げる。
「はぁ…遊びに来た訳ではないのですがねっ。次はもう一人で来ますわ…」
「ふぁぁ…ねむねむ~」
笑顔が眩しい亜衣の横で相反する疲れた表情の未來と眠そうに欠伸をかます麻衣が並ぶ。
「まあまあ。さっぱりしたしいいんじゃないかな?」
「遥さんがそう言うなら───いえ、やっぱり許せませんわね」
気を許そうとしていた未來はささっと背後に迫ってきていた刺客の脳天にチョップをお見舞いしてから、睨みをきかして言い直す。
「いったーいっ! 手加減してよテンテンーっ」
「うぐぅ…まともに入った…」
「貴女たちまだそんな元気がありましたのね。もうちょっと痛め付けないと分からないようですわね?」
「「ご、ごめんなさーいっ」」
ふんっと腕を組んで仁王立ちする未來の前で頭を押さえた二人が土下座していた。
クラスでもよく見た光景に遥はやはり懐かしさを覚える。が、ずっと見ていることも出来ないので、ふと思い出したことを実践することにした。
「そうだ。天楼院さん」
「なんですの遥さん。こちらは少々説教中なのですが」
「いや、せめて身体ぐらい拭こうよ。風邪引いちゃうよ?」
「……それもそうですわね」
「そこで提案なんだけど、水を吹き飛ばす魔法を使ってみない?」
「…そういえばやってみたことがありませんでしたわね。ついタオルがあるからといつもどおりにしていましたが…」
備え付けられていたタオルに手を伸ばしていた未來は遥の言葉で思い出したようにそう口にする。
「えっと…魔法ですわね。“マギア”と言ったかしら」
「確か、アリア師匠たちは“ウィータマギア”って呼んでた気がする」
“ウィータマギア”──それは所謂、“生活魔法”と呼ばれる代物。もとは“古代魔法”のほんの一部で、大部分が長い年月によって歴史の影に埋もれてしまっていた。今現在、使われ続けているものは生活に紐付いたもののみ。
その中で特によく使われるものを彼女たちには教えられていた。
「吹き飛ばす魔法と言えば、“ブロウ”ですわね」
「そうだねっ。えっと、誰がやろうかっ──くしゅんっ!」
「あら、貴女の方が風邪を引きそうじゃありませんの。では、私がやってあげますわね」
「えっ!? いやいいよっ!?」
逃げ腰になる遥だったが、ニッコリ笑う未來に成すすべなくロックオンされ、容赦なく彼女は右手を掲げる。
「吹き飛ばしなさいっ───“ブロウ”!」
「うひゃあっっ!!!」
右手の先から白い閃光が走ってかと思うと、突如、油断していたら吹き飛ばされそうな小規模ながらも突風と言えるほどのものがその場で巻き起こった。
「・・・・・」
「・・・・・」
収まってからの遥からの視線が痛いのか、未來は気まずそうにささっとそっぽを向く。
「…びっくりしましたわ」
「それはこっちの台詞なんだけど…」
「…申し訳ありませんでしたわ」
遥の少し刺のある言い回しに観念した未來は素直に謝った。
「もう…。お陰で全部吹き飛んだけど。髪がボサボサだよ…」
「う…私も少し調子に乗っていましたわ…。加減するべきでしたわね」
「わたしはもういいけど…。あっちで見てる二人にもしてあげたらいいんじゃないかな」
「それは…良い考えですわね」
「「え”っ」」
よもやこちらに白羽の矢が立つとは思っても見なかった亜衣と麻衣は表情をひきつらせながら同時に声を出す。
「いやいや! あたしたちはいいからっ! ねっ、マイマイっ?」
「そ、そそそそっ。そうです! 麻衣たちはいいから自分をした方がいいよっ。こっちはノープロブレムっ」
「あらあら。そんな遠慮なさらなくてもよいですわよ? 私は今凄く上機嫌ですから。こちらも遠慮せずにしてあげますわよ」
「いやいやっ。そこは遠慮しておいてよっ」
「うわーんっ。はるにゃんの裏切り者ーっ」
屈託のないよい笑顔の未來と戦々恐々な亜衣と麻衣。それを尻目に遥はささっと身支度を整え出す。
遠慮のない突風で計二人が犠牲になった後、賑やかな騒動をようやく終えた四人は、なんやかんやで全員が身支度を整え終えることができた。
「ひどいよはるはる~。こっちに擦り付けるなんてー」
「あはは。ごめんごめん。ちょっと魔が差しちゃって」
「ふん。お二方はもう少しマナーというものを知った方がいいですわ」
「言われてるよ。はるにゃん」
「暮野さんと新井さんのことですわよ…?」
まだ懲りてなさそうな二人に睨みをきかす未來に気づいて口をつぐむ二人組。
遥はそんな彼女らを見て笑顔になる。
(─────? )
そこでふと、彼女は手に持つそれに気を取られた。それは背負おうとしていた“聖剣”。
(?? なんだか熱っぽい…?)
冷たい鉄の感触があった聖剣に何故か熱を持っているように感じられた。それは人肌と同じぐらいの温度で巻き布越しからでも十分分かるもの。
(……なんで急に? なんだろ…───胸騒ぎがする…)
そう思った。その瞬間 ─────
ドンッ、ドンドンドン!!!!!!
「勇者殿! 勇者殿!!!」
外へと続く扉から、乱暴に叩く音と共に叫び声が聞こえた。それはどこか切羽詰まったように。
「び、びっくりしましたわ。はいはい、今開けますわよ」
「───っ!! ちょっと待って天楼院さ──」
と、制止の言葉を言い終わる前に未來はそれを開いてしまった。その次の瞬間───
ドサッ
「…へ?」
血に濡れた兵士。エディンが糸の切れた人形の如く、力なく倒れこんできた。
それに一泊遅れて気づいた未來は目をみはり、悲鳴を上げた。
設定が甘かった魔法関連の設定を敷き詰めて決めてみました。簡単にですが下記に魔法について記しておきます。魔法と魔術という言葉を分けていた理由も分かるかと思います。たぶん…。
魔法のことを“マギア”に統一します。
『古代(原初)魔法 (アルケーマギア)』第一魔法と呼ばれる。神が扱ったと言われる高高度な魔法。現在では再現不可。
『生活魔法』古代魔法の一部だったもの。生活に紐付いていたため失われずにすんだ。が、古代に使われていた時よりも自由度が極端に低下している。
『魔術』第二魔法。人類種が容易に扱えるように作った魔法。術式という型にはめることによって、魔力と詠唱のみで施行することが可能となったもの。一応、“魔技”もここに入る。
『魔導』第三魔法。???
魔導についてはまた出てきてからにします。魔技や符術のこともまだ詳しくは出てきてないのでまた今度ということで。物語内でまた詳しく書くと思いますので、こんな感じなのか~とフワッとでも覚えていてくれていると嬉しいです。
今回も見てくれてありがとうございました。投稿が度々遅くなってしまって申し訳ないです。どうせ外に出れないし頑張って休み中に書きたいところです。とか言ってだれるのが自分なんですが…ダメじゃん…。
貴重な水着回がこんなことになってしまって悲しいです…ああ、主人公はどこに行ってしまたんだ…。いや、また書きますよええ。次は主人公も加えてノリノリで書いてやりますよ。
そ、それは置いといて…来月もよかったら読んでくださると嬉しいです!では、また!