009 - 彼女の悩み -
こっこそーり差し替え…( ̄▽ ̄;)
夜。動物や人間に魔獣すらも、何もかもが寝静まり暗闇だけが支配する時間。
真夜中、わたしは眠れずにいた。
「はぁ…眠れないなぁ…。疲れてはいる筈なんだけど…」
わたしは自身に溜まっている疲労を感じながら独りごちた。そうして一度二度、寝返りを繰り返すと、勢いよく簡易寝具の中から上半身だけ起こす。
「っ。やっぱり寝れない…」
何故かは分からないが、妙に目が冴えて一向に眠気が来る気配がながった。
「皆よく寝てるな~羨ましい…」
わたしは回りを見回して、寝息をたてている皆を見やる。
疲れているのだろう簡易寝具に入るなりすぐに全員寝息をたてていた。キュレアちゃんは借り物なので少し寝ずらそうにしていたが…ちゃんと眠れたようである。
(ってルナちゃん…。キュレアちゃんを抱き枕にしてるよ…)
むにゃむにゃと呟きながらいつもの魔女っ子帽子を脱いで、帽子から開放された紫色の長い髪を床に広げながらルナちゃんが小さな狐族の少女に抱きついて眠っていた。案の定、その抱き枕にされた少女は寝苦しそうにその可愛い顔をしかめている。
(………こんな風に普通に寝ていたら年相応に可愛らしいんだけどなぁ…)
わたしはその狐の耳をピクピク動かしている獣人の少女を見つめながらそう思う。
一見すると弱々しくて小さく可愛らしい女の子に見えるのだが、実際は自分の何倍もの大きさのある魔物すら倒してしまう…圧倒的な力を持っている強者だったりするのだ。
わたしはその事を誰にも話していない。理由は単純、彼女が望まなかったからだ。
『───私のこの力のことは秘密にしておいてください。詳しくは話せませんが…私は目立つことはしたくないのです』
と、彼女はわたしを見据えながらそう言った。そう頼まれてしまえば、やはり誰だって口をつぐんでしまう。まあ、誰にだって話されたくないことはあるだろうから、わたしはそれを守ろうと思った。
(……やっぱりこの子は…“特別な存在”なんだろうな…)
わたしは彼女が自身を含め仲間の治療をしている様子を見ながら、そう思ったのだった。
身勝手で不謹慎な思いだが、どうしても“羨ましい”という感情が表に出てきてしまう。そのくらいの力がわたしにもあればもう少し良い結果があったかも───って、ああもうっ!ダメだダメだっ!
わたしは一人、髪がボサボサになるのも構わずに頭をブンブンと振って考えを打ち切る。
(ああもう…。ちょっと外の空気でも吸いに行こうかな…)
わたしは悶々とした考えを払拭するためその場を立ち、そばに転がしていた護身用のロッドを掴んで外へと向かった。
ーーー
暗い夜の闇がこの森を覆い隠し、空から夜しか輝けない星たちがその弱々しくも儚い輝きで、一生懸命にその場をその燐光で照らす。
「っ~~はぁっ…」
その中でわたしは両腕を上げ、大きく伸びをする。
さらさらと髪を夜風が揺らし、夜空に一際輝く月の光がその金色の髪を一層輝かせていた。
「ふぁ~ぁ。やっぱり夜空はいいな~。星が一杯で綺麗…」
(あ…でもちょっと肌寒いかな…)
昼間とは打って変わって、夜は気温が低い。
わたしはいつもの白いローブで前を隠しながら、丁度よく腰掛けるのに適した樹木を見繕い、それに寄りかかりって座り込む。そして、空を見上げた。
「……ダメダメだなぁ。わたしは…本当に…」
わたしは誰ともなく呟く。最近、独り言が多くなってしまった気がする。脳裏に浮かぶのはいつものあの記憶。またそれをよく思い出すようになってしまった。
一人になれば…あの情景が頭から離れない。何も出来なかった、見てるだけしか出来なかった、あの時の自分がこちらを“見ていた”。
わたしはいつもそうだ。弱いのはわたしの所為なのに…。何もできなかったのはわたしの力不足のせいなのに…。いつも人の強さを欲しがる…。
「何も…何も…あの頃から何も…変わってないね…」
もしそれがあれば、もしそれができれば、もし、もし、もし…───と、渇望する。もう過去は戻せないのに。
わたしはいつの間にか顔をうつ向け下を見ていた。
臆病で…弱くて…取り柄もない…。わたしは強くなりたい…いや、強くならなければならないのに…。どうすればいいか分からない。
今回は助かった。しかし、それは運が良かっただけだ。彼女がいなければまた同じことが起こっただろう。最悪…自分だって死んでいたかもしれない。
───なら、どうすればよかった? あの時わたしは…どうすれば助けられたのだ?
「わたしは…どうすればいいんだろう…」
わたしは心に突っ掛かった、刺のような疑問を呟く。その返答は返ってくるはずはなかった。いや、そう思っていた。
「───貴女のしたいことをすればいいのではないですか?」
え? と、わたしは驚き顔を上げる。そこには────
「きゅ…キュレアちゃんっ? な、なんでここにっ!?」
その目立つ紅白の巫女服を夜風にはためかせて目の前に立つ彼女は、紅の双眸にわたしを写して、驚くわたしを不思議そうに見ながら小首を傾げた。
「えっと…。ただ単に寝苦しくて目が覚めただけです。すると、貴女の姿がなかったので、気になって探していたんですよ」
「そ、そうなんだ…。ごめんね心配かけて…。ちょっと外の空気でも吸ってこようかなって思って…」
「そうですか。───…隣、いいですか?」
彼女は一瞬考えるような素振りを見せて、その滑らかな人差し指でわたしの隣を指した。
「え? あ、うんっ。もちろんいいよ。どうぞ」
わたしは一瞬驚いたが、すぐに少し横へと位置をずらし、彼女にその場を譲る。
ありがとうございます。と、その綺麗な鈴の音のような声で言い彼女は隣にちょこんと座る。
隣同士で座って改めて分かったが、やはり小さな存在だ。自身より年下だろうか。この子が強大な力の持ち主なんて、実際に見てみないと到底信じられないだろう。
わたしたちは少しの間言葉もなく夜空を見上げていたが、わたしは耐えきれなくなって彼女に聞きたかったことを訪ねることにした。
「そういえば…キュレアちゃんって何処から来たの? やっぱり“狐の里”からかな?」
「“狐の里”…ですか…」
獣人の狐族と言えば、ほとんどの者たちが“狐の里”の出身だと聞く。当然例外はいるが“狐の里”にはその地特有の“巫女”と言われる神官のような人たちがいて、“巫女服”を着ている彼女はやはりそこから来たのだろうか、と思ったのだ。しかし、わたしの質問に彼女は考え込む素振りを見せた。
「あ、もしかして…言いにくいことだったのかな? ごめんね…」
「い、いえっ…そういうわけでは…。そうですね…私は“狐の里”ではなく、もっと先にある山奥に祖母と一緒に暮らしていたんですよ」
「あれ? そうなんだ? てっきり里の巫女様なのかと思ってたよ。…あはは」
わたしは予想外な答えに若干驚きつつも、的外れだった自分の予想に少し頬を染めて渇いた笑いを浮かべる。
(あれ…? でも、“狐の里”よりも奥って…なにかあったけ? ま、いっか…)
因みに、“狐の里”とはその名の通り“守り神”『キュウビ』が守護する里のことだ。昔は違ったようだが、“キュウビ”と言われる土地神様は、今では狐族だけではなく獣人族ほぼ全ての者から崇拝されている。そして、近頃は獣人だけでなく人族にも広まっていっているようで、“守り神・キュウビ”と言えば誰もが知っている神様の名前となりつつあった。
“狐の里”が出来た当初は本当に小さな里だったようだ。しかし、今では国家と同等の力を持つようになり、“王国”や“帝国”などの大きな国家にも無視できない存在になっているようだった。
「はい。なので、基本的なことは祖母に教えてはもらったのですが…今の世界の情勢には少し…疎いところがあるかと…。その時はすみません…」
「いやいや、謝らなくても大丈夫だよっ。仕方ないことだしね。分からないことがあったらわたしにいつでも聞いてね?」
申し訳なさそうに言う彼女にわたしは元気づけようとウインクしながら頭を撫でる。
「あう…」
「あっ。ごめん! つい…」
「あ…いえ…。だ、大丈夫です…」
わたしはしまった!と、つい勢いででてしまった行為を急いで止める。
(い、いけないっ。可愛かったからついやっちゃった…。けど…それにしても、凄く柔らかくて艶やかな髪だったなぁ…羨ましい…。って、あれ? 何だか残念そうな顔をしてる? …気のせい?)
「ごめんね…嫌だったよね…」
「いえ、その…驚きはしましたが全然大丈夫です。むしろ───少し嬉しかったです…」
「え? 今なんて言ったかな?」
「何でもありませんよ」
「??」
わたしは聞き取れなかった部分を聞こうとしたが、彼女は何でもないとはぐらかしてしまった。すでに彼女はいつものポーカーフェイスに戻ってしまっていた。
「それにしても…。私は里の巫女に見えるんですね。この格好をしていたら仕方ないかもしれませんが…」
「うん、そうだね。あれ? でも、よく見たら巫女様たちが着ている巫女装束と形が違うね? そんなにミニスカートじゃなかったし…袖と本体が別れてもいなかったし…????」
「ええ、そうですね。そもそもブーツでもないでしょうし…。間違われることはないかと思ってたのですが…やはりそう見えるようですね…」
どうにかしないといけないわね…。と、ぶつぶつと聞きと取れないほどの小さな声で彼女は呟きなが考え込む。
「うん? 大丈夫? …キュレアちゃん?」
「あ。はい、すみません…勝手に一人で考え込んでしまって…」
「ううん、大丈夫だよ。人にはいろいろ言えないことも悩んでいることもあるだろうからね。そういうわたしにも…あるし………」
わたしは少し言葉に詰まる。
(うぐぅ…。あーもうっ。何やってるのかなっわたしは! キュレアちゃんも見てるのに…ダメだっダメだっ)
よし!と、わたしは気を取り直し彼女を見やる。
「そういえば、キュレアちゃんは王都に行きたいんだったよね? どうしてそこに?」
わたしは少し強引に話を変えながら聞きたかったことの二つ目を聞くことにした。
「王都に向かう理由ですか…」
キュレアちゃんはそこで一旦言葉を切り、少し目を細める。
(あ、あれ…? もしかして聞いちゃいけないことだったのかな…)
「あ! ごめんねっ。言えなかったらいいんだよ! 気にしないでね?」
わたしは慌てて取り繕う。
「いえ、大丈夫ですよ。そうですね…理由…王都に向かう理由は…そこに大切な人がいるかもしれないから…ですね…」
「大切な…人…?」
わたしは予想だにしてなかった答えに鸚鵡返しのように、一番耳に残った言葉を聞き返した。
「そうです…。私の大切な人が王都にいるかもしれないのです。王都にいると祖母に聞いただけなので確証はないのですが…私はその人を………」
「キュレアちゃん…」
神が作ったと、そう語られても信じてしまいそうな、精巧なお人形さんのような綺麗で可愛らしい彼女の顔。それに暗い影がさした。
(───っ!!)
それを見たわたしは、咄嗟に彼女を抱きしめた。本当にいきなりで彼女が驚くのも無理はない。が、その触れば壊れてしまいそうな…儚いその少女をわたしは無言で抱き寄せた。だって、だってそうしないと…彼女は、この小さな女の子は……何処かに消えてしまいそうだったから…そして、今の彼女は───
「ねぇ…キュレアちゃん。悲しいなら…泣いてもいいんだよ?」
泣きそうな顔をしていた。
「───っ!…わっ、私はっ…」
「大丈夫。これ以上何も聞かないから…本当にごめんね。キュレアちゃんのこと何も考えてなかったよ…。本当に…ごめん…」
「ステラさん…」
「だ、だからさ。その…こんなのお詫びにも何もならないかもしれないけど、頼りないけど……わたしの胸を貸してあげるから。そんなに溜め込まないで? ちゃんと泣きたいときは泣けばいいんだよ。…ね?」
わたしは自分の出来る限りの満面の笑みを浮かべて彼女を見つめる。
彼女はその少しつり上がったルビーのような瞳をパチパチと瞬かせてわたしを見つめていた。
「───……貴女は本当に変わっていますね」
ふふっと、彼女は嬉しそうに楽しそうに笑いながらそう言った。
「あ、あれ? キュレアちゃん? もしかしてわたし…勘違いしちゃったっ!?」
「いえそんなことはありません。流石ステラさんです。ありがとうございました。お陰様で元気が出ました」
「そ、そう…? なら、よかった…」
わたしは暗い影を落としていた表情に笑顔が戻ったことにほっとする。やっぱり、キュレアちゃんみたいな可愛い女の子には笑顔が一番だと改めて思った。
「本当に…似ていますね…。自分のことではなく人のことを先にどうにかしようとするところなんて……本当に…」
「ん? どうしたの? キュレアちゃん…?」
わたしは彼女が言った言葉をよく分からずに聞き返す。
「いえ、何でもありませんよ。では、お礼といってはなんですが…。何か私に出来ることはありませんか?」
「へ?」
突然の申し出にわたしは素頓狂な声を出してしまった。
「キュレアちゃんにしてほしいこと…?」
「はい、そうです。なんでもとはいきませんが…。貴女を見ていると…その…助けてあげたくなりまして…何かありますか?」
と、キュレアちゃんはわたしの返答にそう再度、聞き返してくる。
わたしはいきなりで唐突な提案に戸惑ってしまうが。
「えっと…そうだね…。うーん…その…いいのかな? こんなことで…?」
「? なんでしょう? 言ってみてください」
「…えーと。こんなこと年下のキュレアちゃんに聞くのは恥ずかしいと言うか…いいのか分からないけど…」
と、わたしは羞恥心からか自尊心からか分からないが、渋りながらもその言葉を口にする。
「どうやったら、どうしたら…キュレアちゃんみたいに───“強く”…なれるのかな…??」
わたしの問いに小さな彼女はその特徴的な瞳を瞬かせた。そして、彼女は一拍おき、わたしに向け口を開く。
「分かりました。では、ステラさん」
と、彼女はすくっと立ち上がるとわたしを上から見下ろしながらこう言い放った。
「───私と戦いましょう。話はそれからです」
…………………へ????
わたしは一瞬呆然とし、そしてその数十秒かけてその言葉を理解した。
「えっっっ!!!!???」
おっお久しぶりな方はお久しぶりですそうじゃない人は初めまして真理雪です。これは前に書いていた第九話を改変したものです。なので少し矛盾していたり違和感があるところがあるかもしれませんが…その時はすみません…。見つけ次第変えていくつもりですが…見つけたときはそっとしておくか報告してくれれば嬉しいです!
2020/7/15 全体的に文章修正