第三話 別れと出会い
気が見える眼と言うのは、俺が最初に予想したよりもずっと便利なものだった。
この世界の物質は、何であれ少なからず気を有している。
気の流れや性質が目で見てすぐに分かるというのは、すなわち物の性質がすぐに分かるということに他ならない。
例えば、人間ならば一目でその大体の強さが分かる。
また、気の流れによって相手の体調などを見極めることも可能だ。
さらに戦闘に特化した部分で言えば、気の流れを見れば相手が次にどのような攻撃してくるのかが事前に分かってしまう。
次にパンチをするならば手に気が集中し、キックを繰り出すならば足に気が集中するといった具合に。
また、簡単な鑑定なども可能だ。
気の流れが良いものは価値があり、気の流れが悪いものはガラクタと言った具合に。
特に、水晶は気の流れによって純度などが一目で分かった。
おかげで、水晶を扱っているローバーさんにはより強く「跡取りになれ」と言われたのだが――断っていた。
「合格だな」
十七歳の春。
いつものように模擬戦を終えたところで、グオンさんがぼそりとつぶやいた。
今までずっと「まだまだ半人前だ!」と言ってくれた彼が、初めて俺のことを認めてくれた瞬間だった。
「本当か!?」
「ああ。お前にはやはり才能がある。まさか、その年で俺と互角に戦えるようになるなんてな」
「まだまだですよ。ズルもしてますし」
眼のあたりを指さしながら、笑う。
この眼が無ければ、俺はまだまだ彼の足元ぐらいにしか及んでいないだろう。
身体能力だけならいい勝負をするかもしれないが、経験が違いすぎる。
するとグオンさんは、いやいやと首を振った。
「それでもだ。その腕っぷしなら、ギルドに入るのがいいかもしれねえな」
「……俺は冒険者になるつもりないよ? あんな危険な仕事は――」
「いや、冒険者じゃねえ。ギルドの職員だよ」
「ギルド職員?」
グオンさんの言葉に、首をひねる俺。
今までの人生設計では、想像もしてこなかった選択肢だ。
「ああ、ギルドは聖十字教会直下の組織だからな。冒険者の方はどうしようもねえゴロツキばかりだが、職員の方は結構なエリート様なんだぜ」
「へえ。でも、それに腕っぷしなんて関係あるの?」
「ギルド職員は冒険者と接する機会が多いからな。幹部候補はそれなりに腕が立つことも、採用条件の一つなんだよ。ま、めったに冒険者が暴れることなんてないけどよ」
「なるほど」
凄んでくる冒険者たちの姿を想像して、ポンと手を叩く。
そういう連中をいざと言うときは追い払えることも、ギルド職員には必須の能力だろう。
ギルド自体は極めて安定した組織だし、ちょっといいかもしれない。
何より……ギルドと言う名前の響き自体がファンタジーっぽくていい。
「お前の腕は、そのままにしておくにはもったいねえよ。ギルド職員になれば、旦那様に習った商人の知識と俺に習った腕がそのまま使えるぞ? どうだ?」
「ギルドか……いかにもファンタジーって感じでいいかもなあ。でも俺、商業協会にはいるってことでこの家の厄介になってるし。今さら」
「ギルドなら、旦那様も反対はしないと思うぜ。商売をする上で、ギルドとコネがあるのは何かと有利だからな。な?」
振り返ると、そこには良い笑顔をしたローバーさんがいた。
話に夢中になっていて気が付かなかったが、結構前からこの場に居たようだ。
仕立てのいい服の裾に、ほんのわずかだが土埃が付いている。
「若者はギルドにあこがれるものだからねえ。私も、家業を継ぐ前はギルドに入ろうとしていた時期があった」
「そうなんですか?」
「ああ。これでも、英雄にあこがれていた時期なんてのもあったんだよ。だが、見た目に反して私は運動が苦手でね。採用されずに仕方なく家業を継いだら、そこそこうまくいったというわけさ」
軽くウインクをするローバーさん。
そこそこうまくいったというのは、彼一流のジョークだろう。
俺は軽く笑うと、確認のためいう。
「ははは、そうですか。だったら俺はギルドに入っても……いいですよね?」
「もちろんだ。君の親父殿も、ダメとは言わないだろう。いや、男爵の性格なら商業協会よりもその方がいいというかもしれん」
「わかりました。じゃあ俺……ギルドに入るよ!」
そして、半年後。
十八歳となり無事にギルドの採用基準を満たした俺は、面接を受けるためにギルド本部があるロマニウムを目指して、駅に居た。
グオンさんやローバーさんによれば、採用はほぼ確実と言っていい状況だったが、面接や試験は時の運。
出発を前に、俺の心は張りつめていた。
水晶機械を搭載した機関車が、白煙を上げて吠えている。
やがて響き渡る汽笛の音。
それに急かされるように、人々が荷物を抱えてホームから客車へ乗り込んでいった。
さすがに日本のラッシュアワーほどではないが、圧倒されてしまいそうなほどの活気だ。
「決心は変わらないのか?」
「はい。ローバーさんには申し訳ないですけど」
「いや、気にしなくてもいいんだ。もう君は、私の息子のようなものだからね。まあ、エリーヌと結婚して本当の息子になってくれるのが一番には違いないが」
そういうと、ローバーさんはすぐ後ろに立っているエリーヌを見た。
豊かな金髪を縦に巻いたエリーヌは、ガッシリとしたクマのような父親とは対照的に、腰の細い華奢な体型をしていた。
抱きしめればすっぽりと収まってしまうであろう細い肩幅に、折れてしまいそうな白い首。
小さな卵型の顔は整っていて、ほんのちょっぴり上を向いた鼻が気位の高さを表している。
蒼い瞳は鋭く、キツイ印象を与えるがそれを補って余りあるほど澄んだ美しい色彩をしていた。
全体として、超美人だけどわがままそう。
それが、エリーヌの見た目に対する俺の評価だ。
そして――
「ライナーの息子ならば、絶対に気に入ると思っていたんだがね。これほどのものは、大陸広しと言えどもなかなか手には入らんぞ?」
ローバーさんはエリーヌの後ろに素早く移動すると、彼女の胸元に手を伸ばした。
大きく毛深い手が、白いドレスのふくらみをわしづかみにする。
露出された胸元から、柔肉がもりっとはみ出した。
文字通りスイカほどもある大山脈がつぶれて、半球状をした上部が見事な盛り上がりを示す。
山間の谷は深く、グランドキャニオンを思わせるほど。
あまりのボリュームに、思わず唾をのむ。
推定、100cmオーバーのJカップ。
全男子憧れのわがままサイズだ。
親父や兄貴なら、これを見ただけで即結婚を決めるレベルである。
俺も……正直なところ、でっかいのは大好きだ。
何だかんだで、表には出さないだけで親父の血はしっかりと引いてしまっている。
エリーヌが大商会の跡取り娘なんて言うめんどくさい立場でなければ、マジになりそうなぐらいに。
「うぬ? また、大きくなっていないか?」
「……な、何をするんですのッ!! このクマ親父ッ!!!!」
「ぶばッ!!」
突然のことにぼんやりと硬直していたエリーヌは、すぐに我に返るとローバーさんを殴った。
みぞおちに拳がクリーンヒット。
吸い込まれるような綺麗な一撃だ。
ローバーさんはくの字に折れ曲がると、声にならないうめきを漏らす。
「こ、こんなことだからラルフに断られるんだ……。も、もっとおしとやかに……その胸のように、大きな心を持ってだな……」
「娘の胸を揉む父親に説教されたくありませんわッ!! だいたい、胸を目当てに結婚されても困りますわよ!」
「それは確かに、そうなんだが……」
「ラルフ、こんなのの言うことは気にしなくてもいいですわよ。あなたは、あなたのしたいようになさるべきですわ。その上でもし、わたくしと結婚したいと思ったならば……いつでもそう言ってくださいな。検討ぐらいは、して差し上げますわよ!」
そういうと、顔を赤くしながらプイッとそっぽを向いてしまうエリーヌ。
これは、明らかにフラグだよなあ。
鈍感な俺でも、さすがに今のエリーヌが思っていることは理解した。
基本的に、彼女は超分かりやすい性格をしているのである。
うーん、本当にローバーさんの娘でなければ……ますます口惜しい。
「あはは……。ま、まあ落ち着いたらまた連絡するよ!」
再度、汽笛が鳴った。
いよいよ列車の出発が迫り、人々の動きも早くなる。
先頭車両から身を乗り出した車掌が、急かすようにホイッスルを鳴らした。
「それじゃあ、また! お世話になりました!」
「ああ、頑張りたまえ!」
「気を付けていってらっしゃいまし!」
俺は二人に頭を下げると、人波に乗るようにして車内へと乗り込む。
そしてポケットからチケットを出すと、まっすぐに座席へと向かった。
狭い通路を縫うようにして、車両から車両へと移動する。
「ありゃ?」
俺の座席につくと、何故か女の子が座っていた。
さらりと艶やかな黒髪を背もたれに垂らして、気持ちよさそうに寝息を立てている。
八号車、Dの38
改めてチケットを確認したが、間違いはない。
どうやら、女の子の方が誤って俺の席に腰かけているようだ。
「すいません。そこ、俺の席なんですけど……」
声を掛けながら、少女の前へと回り込む。
目が覚めたのだろうか、下を見ていた少女の顔がにわかに持ち上がった。
露わになった白い横顔に、思わず息をのむ。
この世界ではあまり見ない、東洋系の顔立ちだった。
それもとびっきりの美人。
清楚ながらも芯の強さを感じさせる、凛とした顔だ。
わずかに開かれた黒曜の瞳に、たちまち心が吸い込まれてしまいそうになる。
心臓が、とくんっと跳ねた。
「……ああ、すまない。少し疲れていてな、間違ったようだ」
少女は軽くお辞儀をすると、ゆっくりと席を立った。
羽織っていた黒い外套が、はらりと揺れる。
しかし、通路に出たところで彼女はぴたっと動きを止めた。
「すまん、ここは……何号車だ?」
「八号車ですよ」
「なんと、八号車か! 私のチケットは十一号車だから……えっと、どっちだ?」
号車ごと間違えるとは、凄い人だな。
ちょっぴりあきれつつも、困った様子の彼女にすぐさま申し出る。
「あの、良かったら案内しましょうか?」
「おお、それは助かる! ありがとう!」
そういうと、興奮した様子で少女は俺の手を握ろうとした。
だが、差し出された手の異様さに、俺はたまらず身を引いてしまう。
青かった。
青い炎のようなものが、手から立ち上っていたのだ。
気ではない、それとはもっと別の何か。
もっとこう、強烈な何かが手からあふれ出ている。
「む? 私の手がどうかしたのか?」
「いえ、ちょっと……。女の子にいきなり握手を求められたので、びっくりしちゃって」
動揺しつつも、少女の手を握る。
案の定、青い炎のようなものは別に熱くもなんともなかった。
気と同じで、俺だけが見える特殊な何からしい。
こういうものはだいたい見た目が派手なだけで実害はないと、経験的に知っている。
「そうか? ならいいのだが。……これが私のチケットだ。案内、頼む」
「ええ」
少女のチケットを受け取ると、すぐさま場所を確認して移動する。
俺の動揺した様子に、少女はいぶかしげな顔をしつつも『その場では』特に何も言ってこなかった。
俺はまだ知らなかった。
この時、偶然出会った少女『オウカ・ヒイラギ』が俺の人生を大きく変えていくということを――。
エリーヌはそのうち再登場するかも?
※大幅改稿済




