第二十八話 決戦!
俺の知り合いの一人、ベロノア。
ギルドで助け出して以降は、ちょくちょくとカウンターで話もしていた。
最近では黄昏のメンバーと共に、土龍とも戦っている。
確か、土龍討伐以降は『黄昏』を離れてソロをやっていたはずだが……どうしてここに。
少しずつ現れたその姿に、思わず俺たち四人は息をのむ。
長い金髪に翡翠の瞳、やや高すぎるきらいがあるものの整った鼻。
間違えようが無かった。
「あの人、黄昏の人でしたよねぇ……? な、なんでなんです!?」
「分からないわ。けど、間違いない。あの剣には見覚えがある」
ベロノアの背中には、トレードマークともいうべき大剣があった。
禍々しさを増したかのように見えるそれは、どこか昏い輝きを帯びている。
人を斬って、血でも吸ってきたかのようだ。
「まさか、悪魔は人間から生まれているの……!?」
目を見開き、掠れた声でつぶやくミラ。
その問いかけに、魔女はいやらしい笑みを浮かべる。
遊び道具を見せびらかす、子どものようであった。
「ご名答。悪魔っていうのは、魂を私たちにとられた人間のなれの果てなんだよ」
「魂? どういうこと!?」
「魔女の契約って、知ってる?」
ミラは、黙って首を縦に振った。
俺にも大体の内容は分かる。
魂を捧げる代りに、一つだけ願い事をかなえてもらう。
それが、魔女と人間が結ぶ契約だ。
この世界の童話で、良く語られる内容である。
魔女に魂を取られた人間は、永遠に魔女に尽くさねばならないという。
恐らく、こうして魔女のしもべとされた人間が……悪魔にされるのだろう。
思わず拳に力がこもった。
何を叶えてもらったのかは知らないが、どうしてこうなった。
何で、あんなに強かったあの子がこんなことになっているのか。
悔しくてならない。
なぜ、魔女の誘惑なんかに負けてしまったんだ……!
「お前……許さねえ!」
「何をそんなに怒ってるのさ。もしかして知り合いかい」
「ああ、ちょっとばかりな」
「ふーん。まあ、彼女は悪魔になったけど、私は彼女の願いをかなえた。対等な契約じゃないか」
「まともなわけない!」
「そうです! だいたい、願いはちゃんとかなえたんですか!?」
ヘレナの問いかけに、魔女はカラカラと嗤った。
彼女は呆れたような顔をすると、こちらを見下す。
「魔女が契約を守るのは当たり前だろう? この女は、何よりも強くなりたいと願ったんだ。だからこうして、ちゃーんと強くしてやったのさ」
「そんな強さ、彼女が求めていたのとは違うはずだ!」
「知ったことかよ。強くなりたい人間を強くしてやったんだ、どこがおかしい」
そういうと、魔女はスッと手を上げた。
それに応じるかのように、ベロノアの背中から悪魔の象徴たる翼が広がる。
星空に広がる漆黒。
禍々しい翼は、怪物の姿をしていた時よりも一回り以上も大きさを増していた。
じりじりと、肌をさすようなプレッシャーがこちらへと伝わってくる。
見た目の恐ろしさは人型になって半減した。
だが、内に秘められた実力はどうだろうか。
ここに来て、一気に跳ね上がったように感じられてしまう。
「やれ! そいつらを黙らせろ」
ドンッと、悪魔の足元が吹き飛ぶ。
速い。
予想外の速度に、一瞬、眼で追い切れなかった。
光学迷彩を使ったわけでもないのに、加速した悪魔の体が視界から消えかける。
全員、素早く身を固めると武器を構えた。
その間にも、雪をまき散らしながら悪魔がシャルリアに迫る。
衝突。
防御のために構えられた剣と、悪魔の大剣がぶつかる。
白い刃と黒い刃が、真正面から交錯した。
「あぐッ!!」
大剣が持つ、圧倒的な大質量。
シャルリアの剣が、わずかながらにたわんだ。
それと同時に、シャルリアの足が雪に深くめり込むみ、雪原を滑り出す。
シャルリアはアキレス腱でも伸ばすかのような姿勢をとり、懸命に踏ん張る。
彼女の全身を取り巻く幽気が、にわかに勢いを増した。
とっさに幽気を増幅して、どうにか堪えようとしているようだ。
しかし、彼女はそのまま近くの岩まで吹き飛ばされると、背中をしたたかに打ち付ける。
「はあ、はあ……なんってスピードとパワーよ! 幽気で目いっぱい増幅しても、身体に響くわ!」
「大丈夫ですかッ!?」
「ええ、何とかね……」
シャルリアの口の端から、血が滴る。
それを手の甲で拭い去ると、ベロノアをキッと睨みつけた。
先ほどまであった微かな動揺やためらいが、すべて消えている。
目の前の悪魔を、知り合いの少女ではなく改めて敵と認識しなおしたようだ。
それを見た魔女は、高らかに笑う。
「鎖約解放された悪魔の力は、ざっと通常時の五倍。そうそう勝てるもんじゃないよ」
「五倍? 意外と大したことないのね、あの様子だと五十倍ぐらいはいってるのかと思った。しょっぱいわ」
「抜かせ! お前もすぐに殺してやるさ!」
余裕を崩さないミラに、口調を荒げる魔女。
彼女はたちまち大きく手を振って、悪魔に指示を出す。
「早くその小娘をやるんだ!」
「ウゴアアアッ!!」
咆哮。
見た目が人間であることを忘れてしまいそうなほど、おぞましい響きだった。
その叫びは天地を揺らし、微かにだが積もっていた雪が舞う。
こちらの動きが、思わず止まってしまった。
その隙に接近してきた悪魔を、俺とミラは間一髪のところでかわす。
「クッ! だけど……!」
悪魔が爆発的な加速を生み出す際に発する「ドンッ」という音。
この音さえ聞ければ、何とかかわせる。
驚異的なスピードだが、動きは極めて直線的なのだ。
俺たちは耳を澄ませながら、悪魔の攻撃を二度三度と避けていく。
敵の攻撃は当たらない。
だが、これではこちらも決定打がまったくと言っていいほどなかった。
次第に、戦況が苦しくなってくる。
悪魔のスタミナはおそらく無尽蔵なのに対して、こちらはあくまでも有限だ。
「これじゃ、手の出しようがないわね……!」
「速すぎる! こうなったら俺のバリアで……!」
斜めに構えることが出来たのだから、曲げることもできるんじゃないだろうか?
そう思ってやろうとしてみると、あっさりと出来てしまった。
本来、自分たちを包むように展開されるべきであろうバリア。
それを逆に、敵に向かって放出される。
半透明の壁が、空間を切り取るようにして展開されていった。
しかし、自分の身を守ろうとするのに対して、敵に向かって出すのは展開速度が遅い。
遅すぎる!
「そんなの、包まれなければどうってことはないさ」
高笑いをする魔女。
超神速。
悪魔の姿が、特徴的なドンッという音と共に加速し始めた。
その瞬間、ミラがありったけの矢をボウガンに番えて放つ。
「流鏑雨ッ!!!!」
ミラの指が眼にも止まらぬ――いや、目にも映らないほどの速さで動く。
瞬く間に、おびただしい量の矢が天へと打ち上げられた。
やがてそれらは光を纏い、流星となって地に落ちる。
爆撃さながらの音と共に、地が砕けて雪が舞った。
超神速を誇る悪魔も、それを避けようとして動きが鈍る。
「なッ!?」
「ヘレナッ!!!!」
「ち、距離を詰めて攻撃するつもりだわ!」
このままではらちが明かないと、悪魔の方でも判断したのだろう。
超神速をフルに活かしてのヒットアンドアウェイ。
それをやめて、距離を詰めての打ち合いへと持ち込むようだ。
悪魔はヘレナに狙いを定めると、彼女に密着するような動きを見せる。
「仕方ないですね!」
どこまでも貼り付いてくる悪魔。
逃げきれないと判断したヘレナは、たまらずフラガラッハを振るった。
始まる打ち合い。
超重量級の武器同士が、激しく火花を散らす。
空気が震え、音の津波が押し寄せた。
大剣という武器の性質上、どうしても攻撃が大振りになる悪魔。
ヘレナはフラガラッハの柄を短く持ち、その隙を果敢に突こうとする。
しかし、敵もさる者。
ヘレナの放つ鋭い突きと切り上げを、紙一重でよける。
翼を折りたたみ、コンパクトになったその姿は完全に戦闘に特化していた。
「ヤバいッ!!」
「かはッ!」
大剣が、ヘレナの腹をかすめた。
強靭なコートはどうにか致命傷を防いだが、ヘレナの口から言葉にならないうめきが漏れる。
口から、紅いものが飛び散った。
技量はおそらく五分と五分だが、肉体のスペックが違いすぎる。
このままでは、確実に殺される。
そう直感した俺は、気が付いたころには駆けだしていた。
雪原を蹴り、自分でも恐ろしくなるくらいの速度でヘレナに迫る。
刀を構えた。
たちまちバリアが展開され、ヘレナと俺を隔離する。
「不味いな、このままじゃ……!」
倒れたヘレナの体を抱えながら、つぶやく。
この寒さの中で、怪我人をずっと放置していたら。
どうなるかは目に見えていた。
「こうなったら、一か八かだな……。これに掛けるしかない」
そういうと同時に、俺は地面をトントンと足で叩いて降り積もった雪を示した。
魔女からは見えないように、上手く死角を利用して。
するとその仕草を見たシャルリアが、興味深げに眼を細め、言う。
「わかったわ! あんたの作戦がうまくいくように、全力でフォローする!」
魔女に気づかれていないかどうか気にしながら、足でトントンと地面を叩くシャルリア。
さらに彼女は、俺に確認をとるようにしてつま先で雪を救い上げる。
だいたい、言いたいことは理解してもらえたようだ。
すぐさま、頷きを返す
ミラも、それを見て俺が言いたいことを理解したようであった。
普段は無表情な顔が、どこか楽しげな笑みを浮かべる。
「ヘレナはここでしばらく休んでいてくれ。二人は、あいつを俺の方に寄せてッ!」
「了解ッ!」
「わかった」
二人は全速力で前に飛び出すと、悪魔の追い込みにかかった。
しかし、敵もさるもの。
こちらの意図を知ってか知らずか、超神速で翻弄して寄せ付けない。
振るわれる大剣。
その切っ先に危うく斬られそうになりながらも、二人はどうにか敵をこちらへとひきつけてくる。
「よし……ッ!」
剣を構える。
そうしたところで、魔女が笑った。
「追い込んで、バリアで捕まえる作戦かい? そんな見え見えの案、意味ないね!」
「どうかな? うおりゃッ!!」
大地が揺れた。
雪の下に展開していたバリアを、一気に持ち上げたのだ。
予想外の行動に、流石の悪魔も動揺したのか。
反応が遅れた。
その隙に、シャルリアとミラが俺の後ろへと避難してくる。
「なるほど、多少は考えたな! だが、その状態からでもそのとろいバリアから逃げることは可能だッ! この悪魔のスピード、舐めるなよ!」
「ああ、そうだな。そこからでもバリアからは逃げられるだろう」
「ん? なんだと?」
怪訝な顔をする魔女。
彼女が考えている間に、俺は後ろのミラに「矢を放て」とジェスチャーをする。
ニヤリ。
紅い瞳が、楽しげに歪んだ。
彼女はボウガンを構えると、再び目にも映らぬ速さで矢を放つ。
「流鏑雨……ッ!」
空に舞う光の矢。
やがて落下したそれは、はるか山頂付近を穿った。
その衝撃の大きさに、雪が煙のように舞う。
そして――
「雪崩ッ!!」
大自然の驚異が、俺たちに向かってきた――!
夏バテでダウンしかけて、更新が遅くなっておりました……(汗)
次回からはもう少し早く出来るように、頑張りますッ!!
そろそろ第一章もクライマックス、感想などありましたら是非是非。




