第二十七話 雪原の魔女
「さっむいわねえ……。この極地型コートって、ほんとに効果あるの?」
「理論上は、マイナス二十度でも快適に活動可能」
「じゃあなんで寒いのよ!」
「単に、この場所がマイナス二十度よりも寒いだけ」
不時着から約二十分。
準備を整えた俺たち四人は、ひたすら山を登っていた。
標高は軽く三千メートル以上。
酸素は薄く、天候こそ良好だが気温も低い。
防寒用に渡されたコートを羽織ってなお、冷たさが骨の髄まで染み渡る。
空で瞬く星々が、何とも寒々しい。
「ほんとにこんな場所に、悪魔なんているんですかね? さっぱり、何の気配もないですけど」
「悪魔は突然現れる。気を引き締めた方がいい」
「そうは言われても……うーん」
首をかしげると、喉の奥で唸るヘレナ。
何か引っかかる点があるようだ。
「何か、気になるのか?」
「悪魔がロマニウム以外に現れるなんて、そもそもが珍しいので」
「そうね。さっきのマスターの態度と言い、今回の事件には何か裏がありそうだわ」
「まあとにかく、私たちに出来ることは悪魔を倒すことだけよ。今回の敵は、結構強そうだし気合を入れないと」
シャルリアは拳を振り上げ、力のこもった口調で言う。
さきほど、山頂からこちらを攻撃してきた怪光線。
一撃でフレースヴェルグを不時着にまで追い込んだ威力は、侮れるものではない。
万が一の時は、俺の刀で……柄を握る手に自然と力がこもる。
「ん? あれは……」
なだらかな斜面に突き出した、巨大な岩。
壁のように視界を遮るその突端から、赤い光が放たれていた。
天を貫かんとする光の柱。
その中に、何者かが立っているのが見える。
重力が消えたように、長い髪を空に向かって逆立てたその姿は、少女のようであった。
「おや? お客さん?」
「あなた誰よ! ただの人間じゃないわね!」
少女は黒いドレスを身にまとっていた。
白い肩が露わになっていて、伸びやかな足が目にまぶしい。
ここが街であればただ眼福なだけなのだろうが、あいにくと極限状態の山だ。
どう見ても只者ではない。
「うん、人間じゃない。魔女だよ」
「魔女……何よ、それ?」
「あれ、お姉さんたち魔女のこと知らないんだ。祓魔師なのに」
カラカラと笑う少女。
その言葉に、俺たち四人は緊張の度を深める。
特窓と祓魔師は違う存在だ。
祓魔師に幽気を取り入れて強化したのが、俺たち特窓隊員である。
だが俺たちを見てすぐに祓魔師と言う言葉が出るというのは、こちら側の存在と言うこと。
油断はできない。
「違うわ。私たちは――」
言葉を止めると、シャルリアは俺たちの方へと振り返った。
その視線に、すぐさまうなずきを返す。
彼女は満足げに眼元を歪めると、薄く唇を開く。
「特窓よ!」
四人の口調が揃った。
力強い声が、雪の峰々に響き渡る。
俺たちの返答が予想外だったのか、魔女と名乗った少女は目を見開いた。
「とくそう? なんだい、それは?」
「正義の味方よ!」
「研究組織ね」
「秘密結社かな?」
「愉快な仲間達です!」
「ちょっと! こういう時は答えをそろえなさいよ!!」
四人とも、見事にバラッバラの返答を返してしまった。
つか、愉快な仲間たちって何だ。
思わず、全員の顔がほんのりと朱に染まる。
「……次回までに、決め台詞を考えておきましょう」
「異論はない。これは恥ずかしかった」
「ですね」
「あはは! お姉さんたちちょー面白いよ! お礼に、とっておきを見せてあげる!」
そういうと、手にしていた杖でカツカツと岩を叩く少女。
それと同時に、景色が揺らいだ。
バチバチと空中に火花が散り、虚空から黒い何かが姿を現す。
天に広がる黒い翼。
咆哮を上げる巨大な口。
ドラゴンにも似た逞しい手足。
悪魔だ、悪魔が姿を現した。
「なッ!!」
「なかなかのものだろう? 光を操る能力が付与してあってね、レーザーなんかも撃てるよ」
「まさか、さっき攻撃してきたのは……!」
「ん? ああ、お姉さんたちってさっきの飛行船に乗ってたんだ。良く生きてたね、並の飛行船なら木っ端みじんになる威力はあったはずだけど」
「フレースヴェルグをただの船と一緒にしないで」
「ま、いいや。お姉さんたちにはここで消えてもらうよ。作業の邪魔をされたら困るんだ」
少女が手を振り上げると同時に、こちらに飛びかかってくる悪魔。
衝撃波と共に迫る拳を、間一髪でかわす。
クレーターが出来る。
飛び散った雪が、身体全体に降りかかった。
後方に退避した俺は、たまらず舌打ちをする。
その直後――悪魔の姿が消えた。
いや、正確には『普通の』眼には見えなくなった。
「クッ! 見えない!」
「不味いわね、完全に姿が消えちゃってるわ!」
「足音だけが、頼りですね……!」
「あっちだッ!!」
気の流れを見て、指差す俺。
特窓の中でも人一倍、気の流れに敏感な俺の眼はどうにか悪魔をとらえることが出来ていた。
光学的に姿を見えなくしているようだが、悪魔の全身を巡っている気に似たエネルギーまでは消えていない。
むしろ、能力の発動に使っているのか激しく猛っているようだ。
悪魔の肉体が、針金の塊のような姿で動いている。
「月を穿つ天啓の矢ッ!!」
ミラの聖遺物が唸る。
ボウガンから、強烈な閃光が放たれた。
一条の光と化した矢が、雪原の雪を巻き上げながら、信じがたい速度で悪魔へと迫る。
飛ぶ。
翼を広げた悪魔は、天高く舞い上がった。
だがそれを追うかのように、矢の軌道もまたねじ曲がる。
曲射。
わずかな空気抵抗を利用して矢の軌道を曲げる、超高等技術だ。
「グギャッ!!」
放たれた矢が、悪魔の翼を貫いた。
バランスを崩した巨体は、そのまま雪原へと落ちる。
光学的に見えなくなっていても、質量が消えているわけではない。
舞い上がる雪。
それに紛れるようにして、今度はヘレナが飛び出す。
「とっりゃァッ!! 斬首刑ッ!!」
宙に飛び、たかだかとハルバードを振り上げるヘレナ。
刃が月光に煌めき、鋭く弧を描く。
風切音。
神速で振るわれた刃は、空を切った。
悪魔は体を器用に転がし、必殺の一撃を回避したのだ。
「距離感がつかめないです……ッ!!」
着地と同時に、ヘレナは悔しげな顔をする。
その直後、悪魔が尻尾を振るった。
巨大な鞭と化した尻尾は、音にも迫る勢いで彼女の体へと迫る。
危ない――!
声を出そうとしたが、とても間に合いそうになかった。
刹那、俺は自らの刀を全力で投げる。
「グォッ!!」
刀から生じた光の壁が、悪魔の攻撃を防いだ。
一瞬だが、ひるんで敵に隙が出来る。
その間に距離を詰めると、すぐさま落ちた刀を拾い上げた。
乱暴に投げたが、異常は全くない。
さすがは聖遺物と言ったところか。
「助かりました!」
「仲間なんだから、お礼なんていいさ。それより、来るぞ!」
振るわれる爪を、再び刀で防ぐ。
雪が舞った。
そのポイントを狙って、今度はシャルリアとヘレナの二人が飛び出す。
挟み撃ち。
さしもの悪魔も、回避しきれずに強烈な一撃を喰らう。
黒鉄の巨体が、わずかに揺らいだ。
悪魔はいったんこちらから距離を取ると、口元に何やらエネルギーを集中させ始める。
あれは……フレースヴェルグを一瞬で落とした、あのレーザー攻撃か!
「頭を下げるんだッ!!」
「は、はいですッ!!」
「しょうがないわねッ!!」
姿勢を低くする三人。
その前で、俺は刀を斜めに構えた。
斜めに、斜めに、斜めに……意識を集中させる。
刀から展開される障壁もまた、ゆっくりと斜めになって行った。
その直後、天地を揺るがす雄叫びが聞こえる。
「グアアアァッ!!!!」
放たれる閃光。
視界を白に染め上げながら迫るそれは、一瞬にして障壁へと衝突した。
轟音。
さしもの障壁も、この一撃には大きく揺らぐ。
自動車を手で押し返そうとしているかのような、強烈な負荷が腕にかかった。
筋肉が千切れ、骨が砕けてしまいそうだ。
だがその直後、閃光の一部が屈折して跳ね返っていく。
その行きつく先は――戦闘を悪魔に任せ、得体の知れない儀式を行っている魔女の元であった。
「なァッ!?」
絶叫と共に、魔女の体が吹っ飛んだ。
激しく宙を舞った彼女は、そのまま弧を描いて地面へと叩きつけられる。
主を失ったせいか、悪魔の動きもにわかに止まった。
黒鉄の巨体が、錆びついたようにその場で静止する。
「決まったな。完全な不意打ちだった!」
「……やったかしら?」
倒れた魔女の姿に、シャルリアが飛び出していった。
他の二人も、すぐさま彼女の方へと駆け出そうとする。
だがその時、恐ろしい魔女の声が響いた。
先ほどまでの子どもらしい高い声とは異なり、老婆を思わせるしがわれた声だ。
「うーん、大戦の時よりも強くなってるみたいだねェ。あのままの悪魔じゃキツイか」
音もなく立ち上がると、魔女は手を高々と掲げた。
細い手の先から、何か鎖のようなものが伸びているのが見える。
悪魔へ向かって延びるそれは、黒鉄の巨体を万遍なく縛り上げている。
先ほどは見えなかった、光の核のようなものが悪魔の肉体の奥に見えた。
「鎖約解放」
静止していた悪魔が、悶えはじめた。
爪で自らの体を掻き毟り、蒼い血をあふれさせる。
やがて、その体は淡い光を帯び始めた。
不気味な破砕音とともに、骨格が見る見るうちにつくりかえられていく。
ガチンッと何かが斬れるような音がした。
それと同時に、一気に光が炸裂する。
「ああああァッ!!」
悪魔の咆哮。
その声色は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
化けものじゃない。
狂気じみているが、人間の声だ。
それも、どこかで聞いたことのある少女の――!
「なッ!?」
「嘘でしょ……!」
「なんで、何でここに……!」
「あれが、悪魔?」
光が収まると同時に、姿を現したのは――あのベロニアであった。
悪魔の正体とはいったい何なのか……?
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