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窓口係は世界最強  作者: キミマロ
第一章 窓口係のお仕事
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第十七話 黄昏

 ロマニウムは人口百万を数える、大陸でも有数の大都市だ。

 その周囲には農村や衛星都市が広がっていて、何かあった時はそれらが天然の盾の役割を果たす。

 いきなり街のど真ん中に魔物が現れることなど、本来ならありえない。

 市民の中には、魔物を一切見たことが無い者も結構居るぐらいだ。


 その市街地に、いきなり魔物が現れたらどうなるのか。

 まして、守りの要である冒険者たちの大半が、町を留守にしている状態で。

 難局を迎えたギルドは、かつてない混乱に包まれていた。


「次から次へと……! どうなっとるんや!」


 ギルド地下の作戦室。

 水晶ディスプレイに次々と映し出される光点を前にして、リューネさんが吠える。

 市内各所に設置されていた、本来ならば対悪魔用のレーダーが次々と魔物を感知していた。

 その数、ざっと二十。

 種類にもよるが決して侮れる数ではない。


「まさか、悪魔の仕業か? せやけど、今までこんなことは……」

「西地区に大型の反応有り! おそらくオーガ級の魔物です!」

「こらアカン……! 仕方ない、ただいまを持って本件を特S級事案に昇格! こうなったら特窓を出す!」


 椅子を回転させ、サッと振り返るリューネさん。

 彼女の背後に控えていたシャルリアたちは、待ってましたとばかりにうなずく。


「行ってくれるな?」

「もちろんです! あんな魔物、すぐに駆逐しますッ!」

「私たちに任せて」

「ボロ船に乗ったつもりで、お任せくださいなのです!」

「そこは大船やろ……。では、特S級クエスト発令! 速やかに達成せよ!」

「はいッ!」


 号令一下、走り出す三名。

 作戦室の扉を抜けると、そのまま移動用のモービルが止めてある格納庫へと向かう。

 そして彼女たちが到着したところで、リューネさんが伝声管で手早く指示を伝えた。


「シャルリアは西、ミラは東、ヘレナは北や。中央と南は冒険者で受け持つ」

「了解ッ!」

「じゃあアイベル、交通管制頼む」

「はい。セリ通り南、アカサ通り一丁目をそれぞれ青へ――」


 アイベルさんの白い指先が、パチパチとスイッチを弾く。

 ディスプレイに表示されていたロマニウム市街地の地図。

 それに表示されている赤色の点が、次々と青へと変わっていった。

 市内各所に設置されている信号を、作戦の邪魔にならないように青へと変えているのだ。

 やがて進路上の信号機が全て青色へと変化したところで、アイベルさんが深くうなずく。


「準備完了や! 出撃ッ!」


 エアバイクにも似た、浮上式のモービル。

 それにまたがった三名が、勢いよく格納庫から飛び出していく。

 やがてその姿がカメラの視界から消えたところで、リューネさんはふうっと息をついた。


「これで南と中央以外は安心やな。あとは冒険者をどうにか集めんと……。ラルフ、現在町に残ってるS級パーティーはいくつや?」

「ゼロです」

「なんやて? 少ないとは思っておったけど、ゼロやったんかいな! A級は?」

「『黄昏』が居ます。他はすべてソロか、B級以下のパーティーですね」

「しゃあない、今すぐ黄昏を呼び寄せるんや。今集めたメンバーやと、大物が出た時に対処できへん」

「……それもまずいですね」


 リューネさんの言葉に、一拍の間を置いた後で首を横に振る。

 たちまち、青色の瞳が訝しげに細められる。


「どうしてや?」

「『黄昏』には現在、怪我人がいるんです。三名でも戦えないことはないでしょうが、万全には程遠いかと」

「そういうことか……。仕方あらへん、足りない分は他と共闘して補ってもらうことにしよか。三名だけでもええから、呼び寄せるんや」

「……はい!」

「なんや、エライ反応が悪いなあ。黄昏を戦わせとうない理由でも、あるんか?」


 歯切れの悪い返事に、リューネさんがわずかばかり苛立たしげな様子で尋ねてくる。

 彼女にしてみれば、こんな非常時に何をためらっているのかと言ったところなのだろう。

 俺はすぐに「何でもありません!」と返事をすると、頭を下げる。


「それなら、ラルフはすぐに黄昏の逗留している宿へ向かうんや。場所は分かっとるな?」

「はい!」

「じゃ、出来るだけ急ぐんや。今回の作戦、ラルフの足の速さにかかっとるかもしれへん」

「分かりました、すぐに行ってきます!」


 素早くエレベーターに乗り込み、一階へと向かう。

 こうしてギルドの外に出ると、街はひどい状態だった。

 先ほどの交通管制の影響もあるのか、道路は混乱し、あちこちで長い渋滞が出来ている。

 商店は軒並みシャッターを閉じ、従業員と思しき人々が片づけに追われていた。

 さらに歩道を、恐ろしい形相をした群衆が駆け抜けていく。


「こりゃ、普通の乗り物は使えないな……」


 長い渋滞の列を見て、ため息をつく。

 この分だと、市内全域の交通網はすっかりマヒしているだろう。

 特窓のメンバーのように、歩道でも走れる浮上式のモービルを持っていれば話は別だが……あいにく、俺の分は用意されていない。


 『黄昏』のメンバーが滞在している宿屋は、ここから結構離れたところにある。

 普通に歩いて行けば、三十分以上はかかる場所だ。

 しかし、この状況。

 特窓が出撃したとはいえ、一刻も早く移動しなければならない。

 ――こうなったら、仕方ないか。

 俺は覚悟を決めると、気を全身に行き渡らせる。

 体があったかくなって、どこか懐かしい感覚が巡る。


「おりゃッ!!」


 強化された脚力で、道路を蹴る。

 スポーツカーも真っ青の、人間離れした加速が出た。

 いつもなら確実に騒ぎになっているスピードだ。

 だが、みんな避難に必死で何も言ってこない。

 町が混乱していて、良いのか悪いのか。

 何とも複雑だ。


 こうして五分ほど走ったところで、前方に武装した一団の姿が見えた。

 物々しい鎧を着こんだその姿は、明らかに冒険者のパーティーである。

 しかも、全身を巡る気の流れにほとんど無駄や澱みがない。

 その一団の中に見慣れた顔を見つけると、すぐさま声をかける。


「黄昏の皆さんですね!?」

「お、窓口の兄ちゃんじゃないか! なんだ、私に会いたくなったのか?」


 気安い様子で声をかけてくるベロノア。

 マズイな、一番恐れていた事態だ。

 彼女の怪我はまだ完治しておらず、戦えるような状態ではない。

 だが、ここでもし今起きている事件の話をすれば、間違いなく前線に出て戦うと言い出すだろう。

 実際、既に何かに勘付いているのかしっかりと武装している。


「そういうわけじゃないんですが……。リーダーの方は居ますか?」

「居るよ。ゴーダ、兄ちゃんはあんたに用みたいだぜ」

「この僕に用とは、いったい何事だい?」


 髪を掻き上げながら近づいてきたのは、白銀の鎧に身を包んだ線の細い男だった。

 一見すると、冒険者と言うよりは舞台俳優か何かのように見える二枚目である。

 だが、全身を巡る気の流れがそうではないとはっきり主張していた。

 A級パーティーを率いるにふさわしい、相当な実力者のようだ。


「少し、重要な話でして。他に聞かれたくないのでこちらに来てください」

「ああ、いいよ」


 ベロノアに話を聞かれないよう、男だけを連れてその場から少し離れる。

 やがて近くの建物の陰で、俺はひそやかに話を切り出した。


「実は現在、市内各所に魔物が出現しています。交通の混乱などはそのためです」

「何だって? ギルドはすでに動いているのかい?」

「はい。ですが、冒険者の数が何分不足していて……。黄昏の皆さんにも、お声をかけた次第です」

「そういうことか。だけど、君も知っているだろうが今のうちは怪我人を抱えていてね。パーティーとしての活躍はそれほど期待できないよ?」


 ベロノアの様子を横目で確認するゴーダさん。

 それにつられて、俺もまた彼女の様子を確認する。

 とても元気そうに振舞っているが、俺の眼で見れば本調子でないのは明らかだった。

 さすがに一週間前よりは格段に回復しているが、それでもまだ各所で気の流れが滞っている。

 頑張って、平常時の七割と言ったところだろうか。

 怪我が悪化する危険性も高いし、とても無理だ。


「もとよりそのつもりです。マスターも承知しています。問題は……いかにベロノアさんを抑えるかですね。俺も彼女とはちょっとした付き合いですが、この状況を知ったら間違いなく飛び出しますよ」

「うん、間違いない」


 俺が黄昏に声をかけるのを渋った理由が、これである。

 ベロノアをいかにして前線に出さないようにするか。

 なかなかうまい誤魔化し方が思いつかなかったのだ。

 するとここで、困った顔をする俺にゴーダさんがニカッと白い歯を見せる。


「ま、俺に任せてくれ。女の子の扱いは慣れているんだ」

「ははは……素晴らしい説得力です」

「ふふ、そうかい? こう見えても、僕はめちゃくちゃモテるからね」


 若干上から目線で、自慢げに語るゴーダさん。

 普段だったら非常にうざく感じるのだろうが、この時ばかりは頼もしい。

 頑張れイケメン。

 イケメンパワーで、サ○ヤ人の暴走を抑えてくれ……!


「ひとまず、ギルドへ向かいましょう。詳しい説明はマスターがしてくれますから」

「了解した。では急ごうか!」


 物陰から出ると、ついてこいとばかりに手を振るゴーダさん。

 先導して走り出した彼に続いて、他のメンバーも走る。

 こうして道を進むこと数分。

 ギルドの建物が見えてきたところで――再び大地が揺れた。


「じ、地震かッ!?」


 先ほどよりもはるかに大きい、突き上げるような縦揺れ。

 それに全員、慌てて立ち止まる。

 この世界にも地震はある。

 だがその頻度は、日本と比べてはるかに低かった。

 人が感じるほどの地震なんて、俺は生まれてから一度も経験していない。

 よりにもよって、何でこんな時に――!

 天を呪わずにはいられない。


「みなさん、道路の中の方へ! 建物が崩れるかもしれません!」

「わ、わかったッ!!」


 地震に慣れていないせいか、動揺しつつも素直に俺の指示に従う『黄昏』のメンバーたち。

 だがここで、再び大きな縦揺れが俺たちを襲う。

 一回目よりもかなり衝撃が大きく、身体が飛んでしまいそうになった。

 更にその後、地鳴りのような音が響き始める。


「……おかしいな」


 急に、揺れが小刻みになった。

 何だか変な感じだ。

 何回か経験したことのある日本の地震とは、まるで揺れ方が違う。

 地質の違いなどもあるだろうが、ここまで違ってきてしまうものなのだろうか。


「これは、もしかして……」


 頭の中に、とある魔物の存在が浮かんできた。

 そいつならば、周辺の都市や農村を素通りしていきなり街の中心部へと出現できる。

 他の魔物も、そいつが用意した『通路』を通ってやってきたとすれば、今回の事件に上手く説明がついた。


 しかし、そいつは伝説の魔物だ。

 もしもそいつが現れたとするならば、とてもAランクである『黄昏』の手には負えない。

 まして、メンバーの一人が負傷中となればなおさらだ。

 強力なS級パーティーが何組か、もしくは特窓のメンバーが――


「おわッ!」

「なッ!」


 三度、大地が揺れる。

 煉瓦の敷き詰められた通りが、にわかに裂けた。

 ハチの巣のようなひび割れが一気に広がり、陥没する。

 直径五メートルにも及ぼうかという穴が、いきなり姿を現した。

 俺たちは全員無事だったが、あまりのことに腰を抜かしてしまう。

 そして――


「グララァッ!!!!」


 黒鉄を思わせる強靭な外皮。

 長く鋭い爪を、天高く掲げる両腕。

 大地を踏みしめる足は逞しく、軽く数十トンにも及ぶ巨体をがっしりと支えている。

 光のない世界で生きるゆえに、盲目となったその顔は、独特の凄味があった。


「土龍ッ!!」


 天を舞わない代わりに、地を突き進む龍。

 大地の支配者とも称される、天災級の魔物の一角が姿を現したのだった――。


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