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窓口係は世界最強  作者: キミマロ
第一章 窓口係のお仕事
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第十五話 夕食

「これは……。やったぞ、我ながら良く出来た!」


 スズカさんに借りた台所の一角にて。

 おたまで救い上げたジャガイモの欠片をかじり、俺は快哉を叫んだ。

 味の濃さ、ジャガイモの柔らかさ、しみこみ具合……いずれもベストに近い。

 日本に居た頃、良く作っていた味とほとんど同じだ。

 異世界の食材と環境でここまで再現したものだと、自分で自分を褒めたくなる。

 これならきっと、シャルリアも満足してくれることだろう。

 チョロインしてくれるに違いない。


「後は少し寝かせて、夕食の時間を待つだけっと」


 肩をぐるぐると回すと、軽く伸びをする。

 久しぶりに包丁を握ったので、少し疲れてしまった。

 鍋に蓋をしてコンロを止めると、洗い物をかたずけてその場を去る。

 シャルリアの喜ぶ顔が、今から楽しみだ。




 ラルフが意気揚々と台所を離れたところで、彼と入れ替わるようにして中へと入り込む影があった。

 ヘレナである。

 彼女は漂う醤油の香りに鼻をひくひくとさせながら、鍋の蓋を持ち上げる。

 たちまち、表情がだらしなく崩れてよだれが口の端から滴った。


「おおう……! すっごくいい匂いなのですぅ! ここは少し、味見をしておかないと!」

「一人だけはずるい」

「はッ!?」


 ラルフの帰還かと思い、肩をびくっと震わせるヘレナ。

 彼女が恐る恐る後ろを振り向くと、そこには人差し指をくわえたミラが居た。

 指先をちろちろと舐めながら、彼女には珍しい、何とも物欲しそうな眼をする。

 その瞳の鋭い輝きに、ヘレナはたまらず苦笑した。


「ミラさんも食べますか?」

「ええ。いただきます」


 そういうや否や、ミラはヘレナの手からお玉をひったくる。

 目にもとまらぬ超早業。

 いつの間にかお玉を奪い取られたヘレナは、目をぱちくりとさせる。


「え!? ちょっと!?」

「……奥深い味。ロマニウム料理にはない感じだわ。醤油と砂糖、みりん。あとほんの少しだけ魚の風味がする」

「そっちこそずるいじゃないですか! 私にも食べさせてください!」


 お玉を取り返すと、負けじとジャガイモを救い上げるヘレナ。

 彼女は大きく口を開けると、一気にそれを頬張る。

 はふ、はふと荒い息が漏れた。

 その直後――


「おいしいのですッ! ほっくほくのおイモに、甘めの汁がたっぷりと染みて……口いっぱいに広がるのです。舌触りも滑らかで、それでいてしっかりと形の残っているおイモの触感がまた……! これが、あのワショクなのですか!?」

「ヘレナ、おいしいのはわかるけど声大きすぎ」

「あッ!? すいませんッ!」


 ヘレナは慌ててドアの方を見やると、耳を澄ませる。

 待つことしばし。

 とくに、近づいてくるような足音などはしなかった。

 ラルフには気づかれずに済んだようだ。

 ヘレナとミラは揃って胸をなでおろす。


「気を付けて」

「はいです」

「しかし……おいしいけど、ちょっと物足りない感じがする」

「そう言われれば、確かに。もうちょっと刺激があると完璧ですね」


 そう言った二人の目の前に『一味唐辛子』の瓶が転がっていた。

 ラルフが最後の一味に加えようとしていたものである。

 風味が飛んでしまうので、最後にほんの少しだけ加えようと考えられていたものだが……二人がそれを知る由もなかった。


「思い切って入れちゃいましょうか」

「そうね。私が考えるに……」


 蓋を外し、ドサッと中身を鍋の中に投下するミラ。

 たちまち鍋の中が真っ赤に染まる。

 さながら、地獄の大鍋か。

 鼻を突く刺激臭に、ヘレナの顔がゆがむ。


「……大丈夫です?」

「平気。計算上は」

「一口食べて……ほぅあッ!?」


 あまりの辛さに、ヘレナはその場でひっくり返りそうになった。

 彼女は大慌てで流し台に向かうと、蛇口に直接口をつけて水をがぶ飲みする。

 全力疾走をした直後のような、荒い鼻息が聞こえた。

 やがて腹をたぷたぷにした彼女は、紅くなった舌を見せながらミラに抗議する。


「きゃらいですッ! めっちゃくっちゃ、きゃらいですッ!!」

「少し失敗」

「少しじゃないですよ! 中和しないと!」


 そういうと、今度はヘレナが砂糖をドバっと投入した。

 よっぽど辛かったのだろう。

 それを打ち消すべく、大さじでしつこいほどに入れる。


「これで大丈夫なのです! お砂糖の甘さと唐辛子の辛さで、ちょうど良くなったのですよ!」

「対処として、少し間違っている気がする」

「平気です! これでも教会で炊き出ししたこともあるんですから! 神様に会えるって評判だったんですよ、私の料理!」


 自信満々に胸を張るヘレナ。

 その様子に不安を抱きつつも、ミラは時計を見る。

 柱時計の短針は、七の文字に迫っていた。

 そろそろ食事の時間が近い。


「いけない、帰りましょう。ラルフも戻ってくるわ」

「そ、そうですね。私たちはそろそろお暇しましょうか」


 若干の後ろめたさを感じつつも、その場を立ち去る二人。

 彼女たちが居なくなった後には、得体の知れない肉じゃがもどきだけが残された。

 砂糖の粘性と唐辛子の紅が混ざり合ったその様子は、さながらマグマのようであった――。




「ふーん……あんたが料理ねえ」


 夕飯を用意したという俺の言葉に、シャルリアは怪訝な顔をした。

 ここロマニウムにおいて、普通の男が手料理を造るというのは一般的ではない。

 地球に比べると古い価値観がまかり通っている世界なので、家事は女性の仕事と見做されているのだ。

 レストランのシェフなどを例外として、男の料理と言えば「豪快でまずい」と相場が決まっている。


「まあまあ、一度食べてみてください。結構、自信はあるんですから」

「ラルフにしては、自信満々ね」

「こう見えても、昔はほぼ毎日自炊してましたからね」

「へえ」


 興味なさそうにうなずくシャルリアを、どうにか食堂まで引っ張っていく。

 そしてテーブルに座らせると、彼女の前にドンッと皿を置いた。

 さらにその前に鍋を置くと、蓋を開いてたっぷりと中身をよそう。

 大きめにカットされたジャガイモがごろごろっと転がり、肉が跳ねた。

 さすがに糸コンは手に入らなかったが、日本のものとほぼ変わらぬクオリティーである。

 ……心なしか、紅い気がするけど。

 気のせいだよな?


「結構、スパイシーな臭いがするわね。唐辛子かしら?」

「そんなに入れた覚えはないんですけどね。何か妙に粘りもあるような……」

「まあいいわ。私、結構辛いの好きだし」


 そういうと、俺が止める間もなくスプーンを口に運ぶシャルリア。

 沈黙。

 スプーンを口に入れたところで、動きがピタッと止まる。

 どうなんだ、おいしいのか?

 それとも、口に合わなかったのか?

 固唾を飲んで見守る俺の目の前で、シャルリアの顔色がみるみる紅くなっていった。

 そして――噴火した。


「何を喰わせるんじゃこらァッ!!!!」


 思いがけず、ヤクザな口調でブチ切れるシャルリア。

 怒りのあまり完全にキャラ崩壊している。

 彼女はその場にスプーンを叩きつけると、こちらを殺意のこもった眼で睨みつけてきた。


「あんたねえ、ろくに味見もしなかったわけ!?」

「もちろんしたさ!」

「だったら何、あんた人間なの!?」

「そこまで言いますか普通!? これでも頑張ったんですよ!」

「じゃあ、私への嫌がらせ? 普段きつく当たってるから、ここぞとばかりにやったの?」

「そんなことはないですよ!」


 精一杯反論する俺だったが、シャルリアはうんざりしたような顔をしてしまった。

 彼女はゆっくりと椅子から立ち上がる。


「もういいわ。帰る!」

「ま、待って! ラルフさんは悪くないんです!」


 入り口から出て行こうとしたシャルリアを、後から入ってきたヘレナたちが慌てて押しとどめた。

 二人して両手を広げて、抜けられまいと懸命だ。

 妙に熱心な彼女たちの様子に、シャルリアは怪訝な顔をする。


「やけにかばうわね?」

「じ、実はその……あの料理に砂糖を入れたのは私なんです」

「唐辛子を入れたのは私。ちょっと薄味だったから、おいしくしたかった」


 ……おおう、メシマズさんが二人も居たのか。

 その場に放置された肉じゃがを見て、やれやれと肩をすくめる。

 唐辛子と砂糖をどれだけ入れたのかは知らないが、健啖家のシャルリアがあんな顔をしたってことはよっぽどだろう。

 せっかくの料理が、完全に台無しだ。


 試しに汁をちょっと指ですくってみると――殺人的な味がした。

 まず辛みで舌がしびれて、口全体がマヒしてしまいそうなほどだ。

 続いてやってくる砂糖の強烈な甘さ。

 甘さと辛さが絶妙に響き合って、吐き気さえ催してしまうような不快感を醸し出す。

 ――これはヤバい!

 口を洗い流すべく、俺は悲鳴を上げることすらなくグラスの水を一気飲みした。


「うおぅ…………!」

「そんなにダメでした?」

「これはヤバい、いやほんと」

「……ごめんなさい」

「二人とも、本当に申し訳ないのです……」

「まったく! あんたたち、自分が料理がど下手だって自覚なかったの?」


 頭を下げた二人に、シャルリアはやれやれとため息を漏らした。

 やがて彼女は苦笑すると、ゆっくりとつぶやく。


「どうせ悪気はないだろうから、強くは言わないわ。ま、今日のことはなかったことにしましょ。ラルフもそれでいいわよね?」

「俺としては、まあそれで……。でも次はぜひ、おいしい和食を食べてください! 今度は『三人』で作りますから!」


 そういうと、俺は二人のそばに行ってその肩を抱きかかえた。

 彼女たちは一瞬、驚いたような顔をするがすぐさまキラキラとした目をこちらに向けてくる。

 頬を上気させたその様子は、俺の行動に軽く感動しているかのようだった。

 ヘレナに至っては、大げさなことに軽く涙まで浮かべている。

 ここまでやられると……逆にちょっと照れるな。


「あ、ありがとうございます!! 三人でおいしいワショク、作りましょうね!」

「今度こそ、失敗しない……! 頑張る」

「気合を入れて、頑張りましょう!」


 おおっと拳を突き上げる俺たち。

 それを見たシャルリアは、どこかお母さんのような穏やかな口調で言う。


「それだったら、私の誕生日に料理を作ってくれない? 時期も近いし」

「え、いいんですか? お誕生日ですよ?」

「十七歳の誕生日は、一生に一度」

「まあね。でも、せっかくそこまで気合を入れてくれるならちょうどいいじゃない」

「わかった。シャルリアがそういうのなら……やろう!」

「わかりました」

「そうね、どうせなら」


 思いがけぬ提案に、盛り上がる俺たち三人。

 互いに手を握り合い、来るべき日に向かって気合を入れた。

 まさに怪気炎、気が天井まで立ち上る。

 だがここで、シャルリアは不意に怖い顔をする。

 異様な鋭さを湛えた瞳が、こちらを一瞥した。


「……言っとくけど、失敗したら承知しないからね?」

「あ、ああ!」

「そうですね。こ、心に刻んでおきますです!」

「背水の陣……!」


 震える声を出しながら、頷く面々。

 こうして俺たち三人は、シャルリアの誕生日会に料理を用意することとなった――。


 

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