第十四話 市場にて
「ああ、もう! 遅刻しちゃうわッ!」
「シャルリアのシャワーが長いせい」
「あんたたちが朝から騒ぎを起こさなければ、余裕で間に合ったわよ!」
「人のせいにしちゃ嫌。自分の誤りを認めるべき」
「あんたってのはいつもいつも……!!」
翌朝、ギルドへと向かう道中。
言い争う二人を見ながら、俺はほとんど全力に近い走りをしていた。
まさか、床で寝ていた俺の布団にミラが潜り込むなんて……このリ○クの目をもってしても見抜けない可能性だった。
昨日と言い今日と言い、あの子はバイタリティが有り余りすぎている。
おかげでミラとシャルリアの間に戦争が勃発し、ご覧のありさま。
危うく朝食を食べそびれるところだった。
「セーフッ!!」
「セーフじゃないでしょう? 始業時間まであと二分しかないわ。もうちょっと早く来て!」
「すいません……」
裏口からギルドの中へと滑り込むと、アイベルさんが仁王立ちしていた。
ぷりぷりと怒る彼女に、全員そろって頭を下げる。
それが終わると、すぐさま受付カウンターへと向かった。
二日目ともなると、さすがに少し慣れたもの。
昨日の書類を整理して、すぐさま冒険者たちを迎え入れる準備を整える。
「……ふう。これでオッケーっと」
「何か、あんたが来てからやたらくたびれるような気がするわ」
「ははは……まあ、人が増えるっていうのはそういうことですよ」
チクチクと、刺すような眼を向けてくるシャルリア。
その視線を苦笑しながらやり過ごしたところで、始業を告げる館内放送が流れる。
たちまち、冒険者たちがフロアへと流れ込んできた。
彼らは奥のクエストボードへと向かうと、我先にと条件のいい依頼書を奪い合う。
「お! 昨日の兄ちゃんじゃないか!」
しばらくして。
威勢のいい声とともにこちらへやってきたのは、昨日助けた冒険者の少女だった。
俺は慌てて人差し指を口に当てると、隣のシャルリアを伺いながら「シーッ!」と声を出す。
すると彼女は、不敵な笑みを浮かべながら身を寄せてきた。
「ははーん。あの子と仲良くしたいってわけかい?」
「そ、そういうわけじゃなくて! とにかく、昨日のことは他言無用だ」
「わかってるよ。助けてもらった兄ちゃんに、恩を仇で返すようなことはしないさ。っと、話はここまでにしておいて。これ頼むよ」
そう言って差し出されたのは、『アイアンタイタス討伐』と書かれた依頼書であった。
アイアンタイタスと言えば、鋼鉄のように固い甲羅と強靭な爪を武器とする獰猛な亀型の魔物である。
A級に指定されている魔物の中でも、かなり上位に位置する存在だ。
とても、今の状態の少女が受けられる依頼ではない。
「こちらの依頼を受けられるには、身体の状態が悪いと思いますよ? おやめください」
「私は今日付けで昇格して、Aランク。この依頼もAランク。問題ないだろう?」
「手続き上は。でも、その怪我だと――死にますよ?」
目を細め、可能な限り低い声を出す。
だが、目いっぱいの凄みを効かせた俺に少女は笑みをこぼした。
こちらの威嚇を、ものともしていない。
「平気さ。私はどうしても、強くならなきゃいけないんだ。こんなところで、いちいち立ち止まってなんかいられないよ」
「だったらなおさら、体を大事にしてください。こんな無茶をしていたら、間違いなく身体を壊しますよ」
「そりゃあ、私も分かってはいるんだけどさ……」
ぽりぽりと後頭部を掻く少女。
足をしきりと動かす彼女の様子は、どこか落ち着かない。
じんましんか何かを我慢しているようである。
戦いたくて戦いたくて、身体がうずうずしている。
彼女の雰囲気から察するに、おそらくそんなところか。
「何もしていないのが嫌だというなら、パーティーメンバーでもお探しになってはどうです? あの人たちとは別れたんでしょう?」
「パーティーねえ。この際、ソロでも……やっぱダメか」
背中の大剣を持ち上げると、ため息をつく少女。
無理というわけではないが、取り回しのしやすさに難がある大剣はソロには向かない獲物だ。
「えっと、ベロノアさんは実績もありますしね。すぐに仲間はできますよ!」
ギルドカードで少女の名前を確認すると、はにかむ俺。
するとあろうことか、ベロノアは俺の手を掴んだ。
そしてニタアッと、悪戯っぽい目つきで笑う。
「じゃ、兄ちゃんが仲間になってくれよ!」
「え?」
「窓口なんてやめて、私と大冒険しようぜ。あれだけの腕があるなら……おっと!」
俺との約束を思い出したのか、ベロノアは慌てて自身の手で口をふさいだ。
彼女は怪訝な顔をする周囲を見渡すと、苦笑しながら誤魔化す。
「に、兄ちゃんかっこいいからな! 惚れちまってつい、おかしなことを……」
「な、なッ!?」
誤魔化すにしたって、もうちょっといいやり方があるだろ!?
思いもかけぬ言葉に、調子っぱずれな声が出た。
隣のカウンターからバタッと何かが落ちたような物音が響く。
見れば、シャルリアが呆れた顔でカウンターにつんのめりになっていた。
「ラルフ、あんたいったい何を……?」
「なんでもないです! なんでもないですよ、ええ!」
「そうだ、私が一目ぼれしただけだ。兄ちゃんは何もしてない!」
「待て!? 事態をよりややこしく……ええい、もう! ちょっと募集を出してるパーティーの資料を捜してきます!」
そういうと、俺は素早くその場から立ち去ったのだった――。
「ひ、酷い目にあった……」
仕事終わりの夕方。
大きく腫れ上がったたんこぶをさすりながら、市場への道を歩く。
あの後、シャルリアからこってりと搾り取られてしまった。
彼女曰く――受付嬢は利用者とみだりに恋愛してはいけないとかなんとか。
中級窓口のお姉さまとかはほとんど気にしていないが、一応、利用者との間には一線を引いておくべきらしい。
「しかし、おっきなたんこぶですねえ」
「痛そう」
両脇を歩くヘレナとミラが、揃ってたんこぶをさする。
ぞわぞわっと、痒いような痛いような気持の悪い感触がした。
とっさに歩を速めて、二人を振り切る。
「あ、待ってくださいよ!」
「逃げちゃダメ」
トトトッとついてくる二人。
画的には両手に花で素晴らしいが、こうも付きまとわれると困る。
というか、大体何でついてきてるんだこの子たち。
俺になついてるとか、そういうわけでもないだろうに。
「何で追いかけてくるんですか?」
「買い出しに行くんですよね? だったら、ついでにお菓子でも買ってもらおうかと!」
「ヘレナから話は聞いた。シャルリアを落すためにどういう料理を作るのか、興味深い」
小学生みたいなことを言い出すヘレナと、いかにも怪しい雰囲気を醸し出すミラ。
落すって……いやまあ、やろうとしてることは大差ないけどさ。
もうちょっとマイルドな言い方をしてほしい。
その言い回しだと、俺がスケコマシにしか見えん。
「それで、何を作るんです? やっぱりロレンス料理ですか?」
「ダーガ鳥のフォアグラ食べたい」
「いや、和食だよ」
「ワショク? 聞いたことが無いのです」
「……確か、前にオウカが作ろうとして失敗した奴」
「ああ、あれですか!」
そういうと、ヘレナは急に渋い顔をした。
いつも笑顔の彼女にしては、珍しい表情である。
よっぽど、何か嫌な思い出でもあったのだろうか。
げっそりとしたその様子は、ただ事ではない気配を感じさせる。
彼女の隣に立つミラも、額に汗をしていた。
「もしかしてラルフさんが造るのは……魚を『輪切り』にしてお米に乗せた、謎の物体です?」
「いや……? もしかしてお寿司のことですか?」
「そう、オスシです! あれではないですよね!?」
「うーん……寿司はあれで結構難易度高いから、違うのにしようと思ってますけど」
「良かった」
二人そろって、ほっと胸をなでおろす。
オウカさんはいったいいかなる料理を作ったのか。
気になった俺は、怖いもの見たさで尋ねてみる。
「そんなに凄かったんですか? オウカさんのお寿司は?」
「それはもう! 口に入れた瞬間、魚の臭みがぶわーっと広がって。次に、処理されてない骨がぶっ刺さるんです! そのあと、強烈な酸っぱさと涙が出るような辛さがやってきて。産まれてはじめてお残ししました!」
「ショウユってのも凄かった。塩辛くて、舌が焼けるかと思った」
「……な、なるほど。鮮度の悪い生魚をぶつ切りにして、大量のワサビと同じく酢がたっぷりすぎる酢飯にのっけたんですね。その上、さらに醤油を適当にドバドバっとシャリが浸るぐらいに掛けちゃったと」
俺の説明が理解できたのかは知らないが、二人はそうだそうだとばかりに勢いよくうなずいた。
そりゃ、和食がトラウマにもなるわな。
つか、魚がさばけないなら寿司なんてメニューは避けた方が無難だろうに。
何でチャレンジしてしまったんだ、オウカさん……。
魚をご飯に乗っければすべてOKな、簡単料理だと勘違いしていたんだろうか。
「ま、まあ安心して。俺はさすがにそこまで料理は下手じゃないから」
「はい、期待させてもらいますです!」
「あれと同じものを出したら、覚悟して?」
「ははは、出来るだけ頑張るよ……」
そうこうしているうちに、中央市場へと到着した。
細い路地を埋めてしまうかのように、露店が数えきれないほど軒を連ねている。
籠から溢れ、今にも零れ落ちてしまいそうな野菜や果物の山。
軒下に吊り下げられたベーコン、ハム、ソーセージ。
氷の上に並べられ、新鮮さを誇示するかのように目を輝かせる魚。
日本ではなかなか見られなくなった、活気ある風景がそこにはあった。
「お! これはなかなか」
ある商店の軒先に、うずたかく積まれていたジャガイモ。
手にしてみると、ずっしりと重い。
皮にも張りがあり、なかなかいいイモのようだった。
「イモですか?」
「おイモ、嫌いじゃない」
イモを手にした俺に、なかなかいい食いつきを見せる二人。
このあたりでも、ジャガイモは割と好まれる食材のようだ。
「よし! 肉じゃがで行くか!」
「肉じゃが?」
「お肉とジャガイモを煮込んだ料理です。シャルリアさんは、ジャガイモが苦手だったりしないですか?」
「いえ、特には。嫌いなものとかはなかったと思います」
「何でも食べる、雑食」
ミラさんの物言いにおいおいと思いつつも、とりあえずは大丈夫である。
好き嫌いがあまりないのであれば、あまり知らない料理でも受け入れられることだろう。
それにもともと、肉じゃがはビーフシチューを元にして作られたという説もある料理。
生魚とかよりはずっと、食べやすいに違いない。
「さてと、後は醤油と砂糖とみりんと……」
「その手の食材なら、鮮材堂がたくさん扱っているのですよ!」
「お、どこです? そのお店?」
「こっちです!」
こうして俺たち三人は、肉じゃがの食材を求めて市場中を走り回ったのだった――。




