第十三話 ジェラートを食べながら
「うーん! 噂通り、ロタ・フランジェのジェラートは最高なのですッ!!」
仕事を終えて、寮へと向かう帰り道。
俺はヘレナの要望で、噂のジェラート店『ロタ・フランジェ』へとやって来ていた。
ヘレナが食べたいというだけあって、相当な繁盛店である。
夕方になって忙しさのピークは過ぎているだろうに、外のカフェスペースは全ていっぱいになっていた。
道路にはみ出すようにしておかれたテーブルは、いずれもカップルによって占拠されている。
「確かに美味しいなあ。すっごい濃厚ですね」
「ロタ・フランジェのジェラートは、水を一切使わないってことで超有名なのです! だから一度食べてみたかったんですが……はうぅ……」
心底幸せそうに、目を細めるヘレナ。
恍惚とした表情を浮かべる彼女は、そのまま昇天してしまいそうだ。
だらしなく緩んだ口元から、ほんの少しだが白いものがこぼれてしまっている。
「ほら、口から垂れてますよ」
「あ、ほんとだ!」
「動かないで、落ちちゃう!」
ハンカチを取り出すと、すぐにヘレナの口元を拭いてやる。
どうにか、零れる前に拭き取ることが出来た。
「ふう。気を付けてくださいよ、アイスのシミは厄介なんですから」
「ははは、すみません」
そうしたところで、周囲からの視線に気づいた。
道行く人々――特に男が、凄い剣幕でこちらを見ている。
……よくよく考えると、今の俺とヘレナってシチュエーション的には恋人同士にしか見えねえな。
そう思うと、顔が自然と紅くなった。
それを誤魔化すように、ヘレナに質問を投げかける。
「ヘレナさん、こうやって奢ったんですし……間違いなくしゃべらないですよね?」
「もちろんです。私の口は貝より柔らかいのです!」
「……そこは堅いでしょう?」
「こ、細かいことは気にしないのです! それより、ラルフさんこそどうしてそんなに強いことを隠したいんですか?」
「うーん……正直、説明しづらいんですけど……」
まさか、前世で無茶をして死んだからとは言えない。
いくら相手がヘレナでも、大顰蹙は必須だ。
さて、どうやって誤魔化したものか。
いろいろと頭を巡らせるが、すぐには思いつかない。
そうしていると、ヘレナの顔が急速に曇っていく。
「まさか……力を使うと死ぬとかそういうことです!?」
「いや、そんなことは。うーん、何と言ったらいいんだろう。俺、戦うのが怖いんですよ。正直、力があるからっていきなり戦えって言われても……何が何だか。決心がつかないんです。何より、無茶はしたくないですし。死んで、周りの人を泣かせたくない。あんな辛そうな顔、もう見たくないんです」
「なるほどなるほど」
ヘレナは俺の言葉を噛みしめるように、うんうんと頷いた。
やがて彼女は、酷く無邪気な笑みを浮かべる。
そして――
「甘っちょろいですね。ここのジェラートよりも甘いです」
「ぶッ!?」
予想以上に厳しいお言葉。
思わず、吹き出してしまった。
形の崩れたジェラートを慌てて舐めながら、顔を上げる。
「……そうですか?」
「はい。でも、嫌いじゃないですよ。いきなり戦えって言われて、すぐに戦える人なんてそうそういませんから。それに――」
「それに?」
「力があるから戦わなきゃいけないってこと自体が、必ずしも正しいとは思いませんから」
そう言ったヘレナの顔は、いつになく真剣だった。
いつもはどことなくふんわりとした雰囲気なのに、今だけは引き締まった感じがする。
瞳の奥に、どこか昏い光があった。
昔に何かあったのだろうか。
そう思わせるには十分すぎるほどの変化だ。
「……何かあったんですか?」
「あ、いえ! 何でもないです! それよりも、ジェラートおかわりッ!」
「あんまり食べて、お腹壊さないでくださいよ」
「へへへ、大丈夫なのです! 昔、マスターに『ヘレナの胃袋はドラゴン並や』って言われたぐらいですから!」
「それ、ほめられてはいないと思うよ……」
「そ、そうなのです!? 今知りました、大ショックなのですよ!」
目を見開くと、懺悔するかのように天を仰ぐヘレナ。
……今の今まで、褒め言葉だと思っていたのか。
なかなかのボケっぷりだが、それがいつもの彼女らしくて安心する。
すっかり、元の調子に戻ったようだ。
やがて新しいジェラートが運ばれてきたところで、彼女は何事もなかったかのようにペロペロと舐めはじめる。
「しかし、何かいい方法はありませんかね?」
「何がですか?」
「シャルリアに認めてもらう方法です。ずっとこの調子だと、いくら何でも息苦しいですよ」
「そうですねえ。戦っちゃうのが一番手っ取り早いんですけど……それ以外となると……。うーん」
腕組みをすると、うんうんと唸り始めるヘレナ。
やがてその頭脳がオーバーヒートし、軽く湯気が出てきたところで、彼女はポンッと手を叩く。
「そうです、ご飯です!」
「食事に誘えってことですか?」
「そうじゃありません! 美味しいご飯を造って、ご馳走するんですよ! シャルリアはあれで結構グルメですから、料理の出来る人にはきっとやさしくなりますよ!」
「料理かあ……」
自信が無いわけではない。
前世では、休日になるたびに自炊していた。
料理本もちょくちょく購入していたし、材料さえ手に入ればそれなりのものを作れると自負している。
この世界ではあまり料理はしていないので、ちょっとブランクがあるが……まあ、何とかなるか。
「よし、いっちょ料理チートでもしてやりますか!」
「料理ちいと?」
「あはは、何でもないです。何でも」
思いっきり手を振って、どうにか誤魔化そうとする俺。
ぐいぐいっと覗き込んでくるヘレナから、どうにか視線を逸らせる。
すると、通りの向こうからこちらをものすごい目つきで睨みつけている一団が目に留まった。
街中で武装していることからすると、冒険者のパーティーのようだ。
彼らは拳を握りしめながら、射殺さんばかりの目つきでこちらの様子を観察している。
「なんだ、ありゃ? すんごい顔してるけど……」
「あれは、いつも私の窓口に来てくれてる常連さん達ですねえ。何でしょうか?」
「さあ……俺は良くわからないけど……。もしかして」
とっさに周囲を見渡すと、席についているのは百パーセント若い男女のペアだった。
おひとりさまや同性のグループは、全く見られない。
まさか、このお店……。
嫌な予感が体全体を駆け巡る。
「このお店、カップル以外は立ち入り禁止なんじゃないですか?」
「え、そうなんです? 確かに、前に一人で入ろうとしたら『男性の方を連れてきてくださいね』って言われたので、今日はラルフさんを連れて来たんですけど」
「それ、カップル専門って言ってるに等しいですからね!?」
「そ、そんなァ!! 私はただ単に店員さんが男の人が好きなのかなって……」
「んなわけありません! と、とにかく早いうちに出ないと! 変な噂が立っちゃいますよ!」
このままじゃ、俺が冒険者に闇討ちされる!
ドンドン鋭さを増す視線に、本能レベルで危機感を覚えた。
慌ててヘレナの手を引くと、取るものもとりあえず立ち去ろうとする。
だがその時、とっさのことでバランスを崩したヘレナがジェラートを落してしまった。
あろうことか――露出された胸の谷間に。
「あわッ! も、もったいないのです!」
「ちょ!?」
食い意地のなせる業か、ヘレナは谷間に落ちたジェラートをチロチロと舐めはじめた。
子犬が水を飲むように、舌先を小刻みに動かす。
両手で寄せられて、深まる谷間とはみ出す柔肉。
溶けたジェラートが生み出した小さな三角の池。
そこに顔を埋めて白い液体をなめとるその様子は……怪しかった。
とてもとても、あるエッチなプレイを想起させた。
これは、ヤバい。
頭の中がピンク色に染まりつつも、冷汗をかく。
その直後、冒険者たちの怒号が聞こえてきた。
「あいつ、ヘレナちゃんにあんなことを!」
「羨ましい! じゃねえ、許せねえ!」
「やるぞッ!!」
雄叫びを上げながら、突撃してくる冒険者たち。
俺は改めてヘレナの手を握りなおすと、猛ダッシュする。
「な、何でこんなことになった……!?」
情けない声が、燃え立つ茜色の空に響き渡る。
こうして俺の窓口初日は、波乱とともに幕を閉じたのだった――。




