第十二話 もめごと
「あともうちょっとですね」
「いやあ、本当に助かりましたよ! ラルフ君が居なかったら、夜まで残業するところでした」
俺が来たときに比べて、すっかりと片付いた部屋の中。
鑑定された物品は、いずれも済と書かれた箱に入れられて山積みとなっている。
ざっと、五十点は鑑定しただろうか。
出来上がった山の大きさに、我ながら良く仕事したものだと思う。
「後はこれぐらい――」
「だから言ってんだろうが、四分の一だって!!」
「なんだ?」
いきなり、外から野太い怒号が聞こえてきた。
それに応じるかのように、女の声も聞こえてくる。
何やら激しく言い争っているようだ。
「ちょっと行ってきます!」
「ええ、あまり無理はしないように」
「はい」
慌てて扉を開けて外に出ると、男三人に取り囲まれた少女の姿が目に飛び込んでくる。
恐ろしく巨大な包みを背負った彼女は、俺たちの姿を見ると、助けを求めるかのように距離を詰めてきた。
「お、職員さん! 聞いておくれよ! こいつらが不当に素材を請求するんだ!」
「不当だァ!? バカ言っちゃいけねえ。俺たち四人パーティーなんだから、取り分は四分の一ずつで当然だろうがよ!」
「あんたたち、戦いから逃げたじゃないか! こいつが現れた途端、ビビっちまってさ!」
そういうと、少女は背負っていた包みを下ろした。
ドンッと音が響くと同時に、たちまち白い布が広がる。
やがて中から現れた威容に、俺は思わず息をのんだ。
ドラゴンだ。
ドラゴンの頭である。
燃え立つ紅い鱗、禍々しく突き出た白い角、死してなお光を保つ竜眼。
大きさと色からして下級の火龍だろうが、それでもとんでもない迫力があった。
「ドラゴンッ!! こんなもの、いったいどこで!?」
「アラボナさ。グレーウルフの掃討依頼を受けてたんだけど、そこで偶然」
「これは凄いですぞ! 他に、他に素材は?」
「外の荷馬車に乗せてある。全身、ほとんどあるぜ」
「エクセレントッ!!!!」
ロッシュさんはそう叫ぶと、止める間もなく走り去ってしまった。
ドラゴンの素材と聞いて、我慢が出来なくなってしまったようだ。
俺はすごい勢いで小さくなっていく彼の背中を見送ると、ふうっと息をつく。
「……それで、このドラゴンの素材を巡って揉めているというわけですね?」
「ああ。この女が、素材はぜーんぶ自分の物だって主張しやがるんだ!」
「当たり前だろう! あんたら、逃げたんだから!」
「何だと!? お前の方こそ逃げたじゃねえか!」
「な!? 言うに事を欠いて、とんでもないことを言いやがる!!」
火花を散らせる四人。
今にも暴力沙汰に発展しそうだ。
ドラゴンの全身素材ともなれば、その売却益は軽く一千万ジュエルにはなる。
大騒動が起きてもおかしくはない。
「落ち着いてください! ギルドで喧嘩は困ります!」
「ああ? これは俺たちの問題だ。職員は引っ込んでろよ!」
「そうだぜ!」
男たちは、乱暴に俺の体を突き飛ばした。
予想外の行動に、思わず尻餅をつきそうになる。
彼らはそのまま少女に詰め寄ると、リーダー格と思しき男が彼女の首元を掴んだ。
少女は殺気のこもった眼で睨みつけるものの、男は意にも介さない。
「あんたたち……こんなことしてタダで済むと思ってるの!?」
「じゃあどうなるって言うんだよ」
「俺たち三人を相手に、その体でよう!」
目に力を込めて、少女の体を見る。
すると、あちこちで気の流れが滞っていた。
強がって、態度や振る舞いは表していないが……相当な怪我を負っている。
それも一か所や二か所ではない。
全身ほとんどに、何かしらの不具合があるようだ。
本来ならば病院で寝込んでいるべき状態だが、無理を押して素材を売りに来たのだろう。
一方、男たちの方は健康そのものと言った状態だった。
装備を見たところ、彼らは中級上位ぐらいの冒険者だろう。
下級のドラゴンにぎりぎり勝てなくもないが、怪我は必須だ。
それなのに、かすり傷一つ負った様子が無い。
これはいよいよ、怪しかった。
「……失礼ですが、武器を見せてもらってもいいですか?」
「あん? どうしてだよ?」
「もし龍と戦ったのならば、間違いなくその痕跡が残っているはずです。それを見れば、どちらの主張が正しいかはっきりするかと」
「そういうことかい。いいぜ」
ほらよっと、男は腰の剣を投げてよこした。
引き抜いて見れば、確かに刃の一部が欠けている。
だがそれは、魔物を斬って出来たものでは到底なさそうだった。
「これ、あとでハンマーか何かで打って意図的に欠けさせたものでしょう?」
「何だと!? 適当なこと抜かしてんじゃねーぞ!」
「刃が欠けた部分だけ、外側に向かって少し曲がっています。普通に使ったんじゃ、こういうふうにはなりません。バレバレの偽装工作ですよ」
「好きかって言いやがって……! これ以上言うと、ギルド職員だからってただじゃ済まさねーぞ!」
腕まくりをする男たち。
気が高まっているのが、目で見てすぐに分かる。
「……殴ってもいいですよ? でも、後で後悔すると思います」
「んだと!? もういい、やっちまうぞ!」
右ストレート。
力を込め過ぎたのか、テレフォンパンチになってしまっているそれを、身体を傾けて避ける。
制服の裾を拳が掠めた。
こうして男の体が少し前のめりになったところで、背中に一発。
裏拳が綺麗に入り、ドンッと打楽器にも似た音が響く。
男の肺にたまっていた空気が、一気に吐き出された。
たちまち酸欠となった男は、意識を手放して床に倒れる。
「一丁上がり」
「チッ! 結構やるぞこいつ!」
「かまうな! こっちはまだ二人いるんだ!」
二人同時に、飛びかかってくる男たち。
瞬時に姿勢を低くしてかわすと、連中は自ら衝突してダメージを受けた。
そこでクルリと反転すると、立ち直りきれていない男たちの腹に一発ずつ。
たちまち、口から唾を吐いて気絶する。
デカいことを叩いていた割に、呆気ない決着だ。
「すげえな……! こいつら、これでもBランクだったのに。あんた、いったい何者だい!?」
「ただの窓口係ですよ」
「嘘だ! 絶対何かあるだろ!」
目をキラキラと輝かせながら、ぐいぐいと詰め寄ってくる少女。
彼女は遠慮なしに俺の手を掴むと、顔を覗き込んできた。
見つめ合うような格好となる俺たち。
よくよく見れば、言葉遣いはがさつだが顔は相当な美人さんである。
手に当たるふくらみも、十分すぎる質量がある。
ちょっぴり、顔が赤くなった。
「あ、ラルフさん! 何やってるんですか?」
「ヘレナさん!? いや、いろいろとあって……」
不意に、階段からヘレナが姿を見せた。
大慌てで少女から離れると、何でもないとばかりに手を振る。
だが彼女は俺の方に近づいてくると、倒れた冒険者たちの姿を見つけてしまった。
「ラルフさんがやったんです?」
「ええ、まあ……」
「凄いじゃないですか! ラルフさんって、強かったんですね!」
「ああ! 一瞬でバッタバッタだぜ!」
笑いながら、俺の真似をする少女。
余計なことは言わんでいいというのに……!
俺はとっさにヘレナの手を握ると、彼女を連れてその場を離れる。
少女が「あッ!」と声を上げた。
だが気にすることなく、そのまま人気のない一角へとヘレナを連れ込んだ。
「な、なんです!? 怪しいお誘いですか!?」
「そうじゃなくて……。今回のことを、言わないでほしいんです。特にシャルリアには」
「どういうことです?」
「戦えるってことが、ばれたくないんですよ。絶対にややこしいことになりますから」
「……なんで、そんなに戦いたくないんですか? 強いのに?」
ヘレナは軽く小首をかしげると、まっすぐにこちらを覗き込んできた。
無垢な瞳の輝き。
それに気圧されそうになるが、グッとこらえる。
「……いろいろとあるんですよ。だから、どうかお願いします!」
「わかりました。じゃあ、みんなには黙っておきましょう。その代り……」
「なんです? あんまり、無茶なお願いとかは聞けませんよ」
「ロタ・フランジェのジェラートを奢ってほしいのです!」
ズイッと身を乗り出し、力説するヘレナ。
そのささやかなお願いに、俺はひっくり返りそうになったのだった――。




