第九話 歓迎会と同室
ギルドからやや離れた、徒歩十分ほどの場所に建っている窓口係専門の寮。
その外観は、寮というよりはお屋敷と形容するのが相応しかった。
特に表札などは掲げられていないので、案内されてこなければどこぞの富豪の館と間違えそうである。
青いスレートの屋根に、紅い煉瓦の外壁。
エントランスの部分が広く作られていて、屋根の下に馬車を止めることが出来るようになっている。
都心の割に、庭も広々と確保されていた。
エントランスに続く通路に沿うようにして、けばけばしくならない程度に花が植えられている。
「これが……寮?」
リューネさんに連れられてきた俺は、門の前で呆然と立ち尽くした。
寮と言う言葉から感じるイメージとあまりに違う。
リゾートホテルか何かだろう、これ。
「なかなかのもんやろ。もともとはさる国の公爵閣下の持ち物やったんやけど、政変が起きてな。手放されたものをギルドが買い取って寮にしたってわけや」
「はあ、ギルドってお金あるんですねえ……」
「みんなには内緒やで? 他の職員の寮は、まあ……うん。そのうち改善しようかと思うとる」
若干、渋い顔をするリューネさん。
やはり、一般職員の寮とは相当に格差があるらしい。
「でも、毎日出入りしてたらばれませんか?」
「そのためにちょっと離れたところに寮があるんよ。一応、ここで生活してる職員は全員近くの『ホワイトクラウン』いうホテルに泊まっとるってことになっとる。万が一、何かあったらそっちの方を案内しいや。ちゃーんと宿帳に名前を載せてあるから」
「よくまあ、そこまで考えましたね」
「生活の基本は家やからね。一番こだわらんと」
そういうと、リューネさんは門の呼び鈴を鳴らした。
たちまち、黒のエプロンドレスを着た少女がこちらに駆け付ける。
黒髪を前でぱっつんと切り揃えた、何となく気弱そうな雰囲気の子だ。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。新しい子が入ったから紹介するで、ラルフ・マグニシア君や」
「ど、どうも……こんにちは。新しくここで生活することになりました、ラルフ・マグニシアです」
突然のことで戸惑いつつも、どうにか自己紹介を終えて頭を下げる。
するとメイドらしき少女は、藍色のつぶらな瞳をさらに大きくした。
「これはこれは。新しい方が増えるとは耳にしておりましたが、殿方だったのですね!」
「せえや。ラルフ君は世にも珍しい男の幽気使いやからな。仲良くしたってな?」
「もちろんです! 私はスズカ・カモと申します。この寮は私と姉と妹の三人で管理しておりますので、何かありましたらお申し付けください」
「は、はい。わかりました」
爽やかにはにかむスズカさんに、少々顔を赤くしながら答える。
フィシック家にもメイドさんは居たが、若い人はほとんどいなかった。
ローバーさんの妻であるリリさんが、浮気を警戒して若い人を雇うことを許さなかったからだ。
俺の実家の方にもいることは居たが、そこらの村娘を適当に雇いましたと言う感じなので、メイドさんと言うよりは若い家政婦さんと言う感じである。
かっちりとメイド服を着こなした若いメイドさんは、この世界に来てから初めてだ。
「なんや、えらい顔が赤いなあ? スズカのこと気にいったん?」
「そういうわけじゃ……!」
「まあええわ。それよりスズカ、準備は出来とるか?」
「はい、皆様揃ってお待ちです」
「さよか、それは良かった。じゃあラルフ君、サッサといくで!」
リューネさんに連れられて、玄関から寮の中へと足を踏み込む。
立派な外観に負けず、中も豪奢な内装がなされていた。
扉を開けるとすぐに広い吹き抜けとなっていて、開放感がある。
空間の両端に飾られた鎧が、何ともセレブな雰囲気を醸し出していた。
天井に輝くのはもちろんシャンデリアで、床は大理石のような光沢のある石で造られている。
驚いている間もなく、リューネさんが引っ張ってくる。
彼女の手にひかれるがまま、俺は食堂へと足を踏み込んだ。
貴族の屋敷であった頃は、ここで夜会などが催されていたのであろう。
広々とした食堂には長いテーブルが置かれていて、その上には料理が山と乗せられていた。
テーブルの端に、先ほど見た二名の少女が腰かけていた。
彼女たちは俺の方を見ると、口々に騒ぎ立てる。
「やっと来た、お腹空いた」
「さあて、どれから食べましょうかねえ! やっぱり、ローストビーフでしょうか! でもでも、やはり最初は食欲を増進するようなものが……」
「みんなごめんな、ちょっと遅れてもうたわ!」
「早く食べたいわ」
「よし、決めました! シーザーサラダからです!」
「こら、まだ食べるんやない!」
リューネの声に、ぴくっと肩を振るわせる少女。
握っていたフォークが、皿の上で跳ねる。
サラダを食べ損ねた彼女は目を潤ませると、この世の終わりが来たような顔で天を仰いだ。
「うう、やはりシスターたる私がこんなご馳走を食べてはいけないのですね? 節制せよとおっしゃるのですね? おお、神よ……!」
「いや、誰もそこまでは言うとらんって……」
「またお祈りモードに入ったわね」
「い、いったい何です?」
「ああ、気にせんといて。いつものことやから」
予想外のことに戸惑う俺をよそに、ひどく冷静な対応をする二人。
いろいろとついていけない。
思わず口が半開きになってしまう。
それを見たリューネさんはやれやれと額を抑えると、不意に「おやっ?」と言うような顔をした
「そういえば、シャルリアはどうしたん?」
「参加したくないって。どうにも、受け入れられないみたいね」
「臆病者は嫌いですって。シャルリアさんは、その辺に執着してますからねえ……。うーん、おいひいれすッ!!」
ドレッシングをたっぷりかけたサラダ。
それを口いっぱいに頬張りながら、ヘレナはうーんっと幸せそうな声を出す。
だがその一方で、リューネさんとミラは額にしわを寄せる。
俺の真正面にある空席が、いやがおうにも存在感を増した。
「……しゃあない、ちょっと声をかけてくるわ。こんな時に顔も出さんなんて、間違っとる!」
「ああ、いいですよ! 後で俺の方から、行きますから」
「さよか? せやったらまあ、ひとまずここにいるメンバーだけでも自己紹介しよか」
気を取り直すように、ゴホンっと咳払いをするリューネさん。
彼女はやたらと気合の入った顔をすると、白い歯をのぞかせる。
「じゃあ、まずは私からやな! 私はリューネ・ゼペル。みんな知っての通り、ギルドマスターをやらせてもらっとる。けどまあ、この寮の中ではそういう堅いことはあんまり気にせんでええよ。ラルフ君も気軽に『リューたん』とか呼んでくれてもええんやで?」
リューネさんはこちらに向かってウィンクをすると、「キラ☆」とばかりに瞳を輝かせる。
突き出された丸いお尻とこんもりとした胸元が、挑発的に弾んだ。
今まで意識していなかったが、結構なナイスバディである。
しかし、なぜだろう。
見た目的には全く苦しくないし、相当かわいいのだが……どこかに無理を感じる。
日本でいうところの『昭和の気配』のようなものを感じた。
「は、はい。慣れたらそのうち……」
「なんや自分、ノリ悪いなあ。まあええ、次はミラや。頼むで」
「はい。ミラ・アルソンよ。技術担当に近いようなことをしているわ。以上よ」
それだけ言うと、着席するミラ。
恐ろしくさっぱりした自己紹介である。
仮面をかぶっているような無表情さと言い、口数の少ないタイプらしい。
彼女は俺の反応をちらちらと確認すると、すぐにまた元の無表情へと戻る。
「ミラ、自分はもうすこし口数を増やしたらどうや? コミュニケーションは大切やで?」
「必要になったら増やす」
「……やれやれ。もう少し、フレンドリーになれんのかいな」
「では次、私が行きますッ!」
いつの間にか、お皿の山を造っていたヘレナ。
彼女は授業参観の子どもよろしく、はいはいッと手を上げた。
ミラとは打って変わって元気のいい彼女に、自然とリューネさんもハイテンションで話を振る。
「よっしゃ! 気合の入った自己紹介、頼むで!」
「おまかせください! えー、私の名前はヘレナ・ベレーク! 見習いシスターをしています! 出身はここから五百リーグほど離れたナタルの街で、家族は父母に姉が一人。あとは……えっとスリーサイズは89・56・84です。得意な奉仕は――」
「ま、待った! いったい何の話をしとるんや!?」
不穏な方向へと流れだした話に、大慌ててストップをかけたリューネさん。
その声の大きさに、ヘレナはビクッと肩を震わせる。
「な、なんですか!?」
「いや、さっきのは明らかにおかしいやろ」
「え? 町の看板を参考に、自己紹介をしようとしただけですよ?」
「その看板……女の子がいっぱい映っとらんかったか?」
「はい!」
「ドアホ! エッチな看板を参考に自己紹介してどうするんや!」
リューネさんはヘレナの頭をスパコーンッと、スリッパでしばいた。
景気のいい音が響く。
結構痛かったのか、たちまちヘレナは涙目になった。
「ひ、酷いですよぅ……」
「泣きたいのはこっちや。まあええ、そろそろ料理を食べるで! こうなったらとことん食べるッ!!」
フォークと皿を手にすると、凄い勢いで料理を取り分けていくリューネさん。
完全にやけ食いモードだ。
彼女は呆然とする俺をよそに、吸い込むように皿を空にしていく。
「……な、なんだか濃い人たちだ」
リューネさんの喰いっぷりに釣られて、フォークを手にする。
そしてゆっくりと、食事を始めたのだった――。
「ふう……何だかんだで、結構食べたなあ」
あれから数時間。
飲んで食べて、すっかりおなか一杯になった俺は、用意された自室に向かって歩いていた。
手に握った鍵には、大きく101と刻まれている。
リューネさんの話によれば、母屋の西端の角部屋だそうだ。
「ん?」
夜になり、昏くなった通路の先に紅い髪が見えた。
とっさに走って距離を詰めると、そこにはどこかくたびれた雰囲気のシャルリアがいた。
彼女は俺の顔を見るなり、ムスッと頬を膨らませる。
「な、なによ!」
「いや、ちょっと姿を見かけたから。挨拶しておこうかと思って」
「ふん! だったら、いきなり近づいてこないでよ! びっくりしたじゃない」
「ごめん」
「言っておくけど、私はあんたなんて認めないから。戦わないなんて、冗談じゃないわよ! じゃ!」
くるりと背を向けると、そのまま歩き去ろうとするシャルリア。
だがその時、どこかからクウッと情けないような音が聞こえてくる。
シャルリアの白い耳が、すぐさまほんのりと朱に染まった。
「ひょっとして、ご飯を食べてないの?」
「う、うるさい!」
「料理ならまだだいぶ残ってるよ。リューネさんも、食べ切れなくって困ってるみたいですし」
「……そうなの?」
「うん。俺も、余っているのをちょっと持たされたんですよ」
持ち帰り用に、タッパーのような入れ物に詰めてもらったプリンと果物。
それを差し出すと、たちまちシャルリアの眼の色が変わった。
口の端から、たらっとよだれがこぼれる。
かなり、お腹が空いているのを我慢していたようだ。
「……仕方ないわね! 料理を残したらもったいないし、処理してくるわ!」
「いってらっしゃい」
「ふん、あんたに言われたから行くんじゃないわよ!」
否定的な口調に反して、足取りの軽いシャルリア。
彼女はそのままふわふわとした感じで廊下を駆けて行った。
よっぽど、お腹が空いていたようだ。
「何だか、ちょっと面倒そうな人だな」
軽くため息をつきつつ、廊下を抜けて101号室へと入る。
扉を開けると、たちまち広々とした部屋の様子が目に飛び込んできた。
もともと公爵家の別邸だっただけあって、実に贅を凝らした造りとなっている。
とても寮とは思えない空間だ、ベッドに天蓋までついている。
「すげえや……。けど、何か妙に生活感が……」
ベッドの脇に置かれた戸棚の上に、小さな人形が飾られていた。
他にも、写真盾などがさりげなく配置されている。
さっぱりとしているが……人が生活しているような感じがした。
なんだろう、嫌な予感がする。
もしかして――背中に冷たいものを感じて振り返ると、そこには仁王がいた。
紅い髪が、天井に向かって逆立っているように見える。
「忘れ物を取りに戻ってみれば……! あんた、私の部屋に何しに来たの!?」
「違う、シャルリアさん! 俺はただ、リューネさんに鍵を渡されたからここに来ただけで……!」
「部屋の入り口に、はっきりと『シャルリア』って書いてあるでしょ!」
慌てて廊下に出て、ドアを確認する。
するとドアではなく、その脇のところに表札よろしく『シャルリア』と掲げられていた。
普通、こういうのはドアに掛けとくもんだろう……!?
そう思わずにはいられないが、一応、目立つ場所にあったので言い返せない。
「こ、これは……!」
「問答無用! とっとと出ていけー!」
「ま、待って! この部屋に入れないと、俺の寝床が――」
「知らないわよそんなの!」
そういうと、シャルリアは俺を部屋から叩き出してしまった。
哀れ、足蹴にされてしまった俺は廊下に転がったのだった――。
※大幅改稿済




