プロローグ ギルドの日常
世界に冠たる白の都、聖都ロマニウム。
その中心に佇む壮麗なるサンピエス大聖堂のすぐ隣に、ギルド総本部はある。
築二百年、地上五階建て。
上質な石材を惜しげもなく使い、名工たちが柱の一本に至るまで魂を込めた建物は、ギルドが誇る権勢を世に示したかのようであった。
一見して、教会の聖堂のようにも見える外観をした本館の三階。
上級者向けの受付カウンターに腰かけた俺は、今日も営業スマイルで冒険者たちの相手をしていた。
ゴシック風に飾り立てられた荘厳な内装にはあまり相応しくない、暑苦しい雰囲気の男たちが俺の前に列をなしている。
「こいつを、頼む」
先頭の男が、ぶっきらぼうな仕草で依頼書を差し出してくる。
冒険者の男と言うのは、職業柄か荒っぽい奴らが多い。
何かもめごとを起こして、その仲裁に受付が駆り出されることもしょっちゅうだ。
もっとも、そういう連中はほとんどが『Dランクの壁』を超えられない。
俺が担当するこの受付窓口は、Aランク以上でなければ利用できないので、態度は多少悪くとも最低限のマナーはある者がほとんどだ。
トラブルが多い初心者向けの窓口は、俺よりもっと経験豊富な人たちが対応している。
一番厄介な登録窓口は、ギルド歴三十年超のベテランさんばかりだ。
当然、ギルド歴が長いということはお年を召しておられるということで……。
初心者・中級・上級とランクが上がるにつれてだんだんと経験の浅い受付嬢が配置される仕組みは、冒険者たちのやる気アップにもつながっているんだとか。
もっとも、実際に中級・上級になるころには受付嬢の容姿なんてさほど気にしなくなっちゃうんだけど。
「キラーベアの討伐依頼ですか。ギルドカードをご提示ください」
渡された依頼書を確認すると、カードの提示をお願いする。
男が差し出してきたカードには、ランクAと表示されていた。
年数をかけて昇進してきたベテランらしく、ランク的にも経験的にもキラーベアの討伐を受けて全く問題はない。
しかし――彼の体を見ると、少しばかり調子が悪いようだった。
「お客様、少し足を悪くされてませんか?」
「足? そういえばこの間、滑って少しひねったな……。もうほとんど治ったと思っていたが」
「気を付けてください。今はそれほど悪くないようですが、酷使すると本格的に痛めてしまうかもしれません。キラーベアの討伐は、少し苦しいかと」
「……そうか、わかった。今日のところはやめておこう。しかし、俺の足が万全じゃないってよくわかったな? お前さん、医者か?」
首をひねり、不思議そうな顔をする男。
俺はキャンセル処理をしながら、笑う。
「ちょっとばかし、『眼』がいいんですよ」
「眼?」
「はい。いろいろな冒険者さんを見ているうちに、軽く見ただけで体調などが分かるようになってきたんです。一種の特技みたいなものでしょうか」
「なるほどなあ、すげえ特技だ。今度も、あんたの窓口を使わせてもらうよ」
手を振りながら、機嫌よく戻っていく男。
また、俺の窓口の利用者が増えたか……。
せめて美少女いっぱいなら許せるけど、おっさんでぎゅうぎゅう詰めなのはもう勘弁してほしい。
俺は明らかに人が少ない他のカウンターを見ながら、軽く肩を落とす。
ギルド自慢の美人受付嬢たちは、忙しい俺とは対照的に暇を持て余しているようだった。
「ったく。みんなもこれぐらい出来るだろうに……」
『本気』を出せば、他の受付たちにも今の俺と似たようなことはできるだろう。
むしろ、それが出来なければここの受付なんて務まらない。
もっともそんなことで本気を使って、いざと言うときに『仕事』が出来なかったら困るのでみんなやらないのだけど……理不尽だ。
俺だけ忙しいんだから、給料アップしてほしい。
「はい、次のお客様」
ギルドマスターへの不満を内心で漏らしながらも、次のお客様を呼ぶ。
その時、カウンターの下に据え付けられた水晶が輝いた。
おいおい、今月に入って三回目じゃねえか!
日常を破壊する紅い輝きに、俺は大慌てで「受付中止」と書かれたプレートを出す。
「おいおい、どうしたんだ?」
「緊急の用が出来まして。代わりの者がすぐに参りますので、しばしお待ちを!」
「お、おい!」
戸惑う男たちをよそに、素早くカウンターから奥へと引っ込む。
他の三人の受付嬢たちも、時を同じくしてカウンターを離れた。
「やれやれ、ホントはこんな危ない仕事するつもりなかったんだけどな」
カウンターの奥の部屋で、一人愚痴る。
今日もまた、俺たちの『仕事』をせにゃならんようだ――。
ミスがあったので修正。
男のランクをB→Aに修正しました。