「ぎゃふん」なんて言ってやらない。 その2
ヒロイン入学を控えた今日、俺の持っている情報を整理しようと思う。
この世界の舞台は『秘め恋☆テンペスト』通称秘めテン(姉談)は女性騎士を目指して学園へ転入してきたヒロイン(固定名、マリア・コナー)が、5人の魅力溢れる男性と恋に落ちる恋愛シミュレーションゲームだ。
攻略対象は5人いる。
○マリス・リュミアン。
15歳。エステリア王国第二王子。王妃を母に持つが、有能な第一王子に劣等感を抱く。一応成績は良い、顔も良い、ドSで俺様王子。攻略すると途端に尽くし系。騎士科。
○アルヴィン・ビショップ。
15歳。庶民出身らしいが、強大な魔力を持ち魔法科不動のトップ。色男でチャラいが、好きな子には一途。攻略すると、肉食系男子。
○ジェフリー・ブレアム。
21歳。騎士科教師(ロリコン枠)。熱血で爽やかな生徒思いの先生。攻略すると、シャイになるがそれがたまらんという女子に人気。
○クライヴ・バートン。
17歳。次期侯爵。大臣の息子。クールメガネ。文官科トップで生真面目。融通が利かないともいう。攻略してもクールなのは変わらないが、全力で恋人を守ろうとする。
○ギルバート・ダウナー。
15歳。次期伯爵。騎士科トップで剣の達人ともいわれる。単純明快ワンコ系。大人になるにつれて落ち着き前線将軍になる予定。
5人それぞれに婚約者がいる。基本的に政略結婚なので愛はない。ヒロインは愛情(笑)をこめて振り向かせるのだ。
さて、諸君。ここで疑問に思ったことを言ってくれたまえ。
まず、俺の設定が大きく異なっていることに気が付いただろうか。
この世界を思い出したのが8歳だったので、そこから俺は自分のトラウマになる部分を自分で克服した。それもそうだ、本来ヒロインに克服できることは、案外あっさりしたものだ。
俺の場合は、兄への劣等感。そこは、腐らず勉学や剣技に励み、兄との関係を修復した。本来兄は元々弟である『秘め☆テン』のマリスを大切にしてくれていたのだが、マリスは勝手に「優越感持ちやがって」と腐っていたのだ。だから、俺さえ兄と向き合えばなんとでもない溝である。
俺が兄と対当できるほどの実力をつけてきたため、俺を持ち上げて王にしようとした輩が出てきたが、一人ひとり首元喉元に誰にも見えないよう切っ先つきつけて脅したから大丈夫。
そして、若干俺様な部分は残っているが、それはすべてミリアに向かっているから問題ない。
ミリアは、本来文官科へ通う設定なのだが、フェミニストに目覚めてしまい騎士科へ進学した。騎士科学年トップのギルバートに次ぐくらいの実力だ。
怪我したら、魔法で私を癒してくださいませ、と言われた時には、隅から隅まで癒してあげると床ドンしそうになったのは秘密だ。
そして、身近で確認したところ、原型を半分くらいしかとどめていない者が一人。
「マリス、今日こそ騎士の誓いを受けてくれ」
俺に鞘に入った剣を押し付け、跪く青年が一人。
説明でワンコ系男子と言ったギルバートだ。
「ギルバート、貴様ごときが俺の騎士になるなど10年早い」
「あ、そんな事言っちゃう? 俺を側近にすると絶対役に立つのに。 まぁいいか、俺の心は決まってる」
立ち上がり、ニィと表現するだろう片方だけ口角を上げた笑みは、どう見ても腹黒。周囲の意識操作は完璧で、そろそろ騎士にしてあげたらどう?と言われる始末だ。なんでもう覚醒しちゃってんの。しかも、仕えるべき主を持たないってヒロインが癒すトラウマじゃなかったか?
「一生必ず守り抜くよ、俺の殿下」
俺の全身に、一気に悪寒が駆け抜けた。
いい加減、変な誤解を招きかねんからやめてくれないか。
「お、俺に剣で勝てたら考えてやる」
「そう言ってるけど、一向に相手してくれないよね」
当たり前だ、絶対負けると本能でわかっているからな。単純明快ワンコ系、のギルバートなら余裕で勝てる自信はある。
「何をおっしゃるやら! マリス様の騎士で婚約者はこの私、ミリア・リズバーグですのよ! 腹黒野郎はおとといきやがれですわ!」
サッ、と俺とギルバートの間に入って主張するのはミリアだ。今日も愛らしい。
「ミリア嬢、君は婚約者なんだから騎士の座くらい譲ってくれてもいいだろう?」
「どちらも譲れませんわ!」
ああ、ミリア可愛いミリア可愛い。やばい、抱き着きたい。その小柄な体を堪能したい。いっそ今すぐ結婚したい。
「ミリア、今晩屋敷に挨拶に行ってもいいかな」
「マ、マリス様っ!?」
途端に真っ赤になるミリア。これは俺の理性を試しているのか?
そんなタイミングで、始業準備のチャイムが鳴る。騎士科のギルバートとミリアは二人そろって教室を出て行った。まだ言い合いをしているが、正直ギルバートに背後からアローをけしかけても構わんだろう?
悲しいかな、教室では魔法の使用は許可されていないのだ。命拾いしたなギルバート。
騎士科では、今日ヒロインが転入してくる。いったいどう転ぶのか判らないが、俺は俺でいられたらと、それだけを願った。少なくとも、俺の意思を無視した『ヒロイン補正』という呪いは、最小限であってほしいものだ。
●
昼休みの時間がやってきた。そこで、俺は何かイベントがなかったか考える。
確か食堂に取り巻きを連れて行けば、そこへヒロインがいたはずだ。傲慢な俺は、権威を持って生徒たちを押しのける。しかし、ヒロインはそこに立ちふさがり、学園内は身分関係なしに平等であると俺に説く。その生意気さが気に入り、ヒロインに興味を持つのだ。
そこで思う、そもそも現在の俺に取り巻きはいない。食堂に行かずとも、俺の作った愛夫弁当がある。なぜ愛夫かというと、体力勝負の授業ばかりでおなかをすかせたミリアのためだ。手自ら食べさせると、小鳥のようにかわいい唇を寄せてくるのだから、思わず「このままミリアも食べてしまっていいかい?」と言いたくなる衝動を抑えるのに必死だ。俺の嫁が小悪魔すぎて困る。
そういうわけで、俺は食堂へ行かずに教室でミリアを待っている。いつもなら迎えに行くのだが、ヒロインになるべく接触したくない俺は、魔法通信でミリアに手紙を送った。もうすぐここに来るはずなのだが。
「王子、ゴチです…もぐもぐ」
「王子マジ嫁にしたい…んぐんぐ」
「女であることを絶望したくなりますわね…うまうま」
「つまみ食いはお重の半分までだ」
いつの間にか、愛夫弁当は勝手に開かれクラスメイトにつまみ食いされている。それもこれも、ミリアが「よろしければ、皆様もいかがです?」なんて言うから調子に乗っているんだ。俺は王子だぞ。いくら身分が関係ないとはいえ、少しは敬え。
クラスメイトと弁当の攻防戦を繰り広げていると、ミリアが現れた。もちろん後ろにはギルバートが付いている。そして、その後ろにはギルバートの婚約者であるステラ・エンフィールド伯爵令嬢がいた。
こちらも設定と違って仲睦まじい。しかしながら、それは愛情というより同志に近いように見えるのは気のせいだろうか。
「あ、ずるい! 俺の愛主弁当!」
「私の愛夫弁当ですわ」
俺の周りにいるクラスメイトを押しのけ、ミリアとギルバートが横と前の席を陣取る。
それを見るクラスメイトの視線は、いつも生暖かい。そんなにミリアと仲睦まじいのがほほえましいか。そもそも、俺が愛情表現を大げさにしているのは、『ヒロイン補正』という呪いが発生した時に、周りが抑えてくれるか、誤解しないでくれるかのためだ。下手にヒロインとの間を勘ぐり、ミリアに余計な情報を与えられては困る。
「んまっ! 今日の弁当も最高だよマリス」
「どーも」
「本当に美味しいですわ、マリス様。 私、不器用で料理もできないものですから」
「そうか? 美味しいと感じるなら、俺がミリアへの愛情をこめているからだ。 ミリアは俺を支え、俺はミリアを支える。 苦手な所は補い合って幸せな家庭を作ろうな?」
ギルバートの感想をぞんざいに返し、ミリアの感想に手を取り見つめて返す。すると、ミリアは何かを察したのか、表情を曇らせた。
「最近のマリス様はおかしいですわ。何か、ありましたの? 私が、何か不安にさせましたか?」
「………っ」
勝手に不安になっているのは俺の方だ。ミリアには何も落ち度はない。目に見えない呪いに、発動するのか、していないかもわからないソレに、怯えているのだ。
怖い、怖い。もしかして、俺からミリアを手放してしまうかもしれないと思うと、寒気がする。
「ミリア………今後何があろうと、俺は、君だけを愛している」
言葉でいくら愛を囁いても、抱きしめてぬくもりを感じても、不安はぬぐいきれない。
「………すまない。 こんな情けない俺では、ミリアの隣に立つなど」
「皆様」
そういうと、ミリアは席を立ち周りを見渡す。
何を言い出すのだろう。もしかして、こんな情けない俺に嫌気がさしたのだろうか。
「どうか皆様、1分だけ、私たちに背を向けて頂けませんか」
握ったはずの手が、握り返される。普段はおとなしいミリアが発言したためか、クラスメイトたちは一斉に俺たちから背を向けた。
「ミリ…ア?」
「マリス様」
ゆっくりとミリアの顔が近づいてくる。なんだろう、と首をかしげると、急に顎を持たれた。
「!!!!!?」
俺の唇に、ミリアのやわらかいソレが重なる。かつて、初キッスはレモン味☆とか聞いたが、それどころじゃない。甘い、本当に甘い。溶けてしまいそうだ。
「マリス様、私もマリス様をお慕いしておりますのよ。 マリス様は、過剰に愛をささやいてくださるけれど、私の愛は信じてくださらないの?」
咎めるように、ミリアが言う。
違うんだ、ミリアの愛を疑うのではなく、俺の愛が改ざんされるのが怖いんだ。
「違う……違う。 俺は……」
「もし仮に、マリス様が私を見限られても、私はずっと貴方をお慕いしております」
目を見開く。そうだった、『悪役令嬢』たる彼女たちは、婚約者が心変わりをしても全身で立ち向かっていったではないか。それが破滅の道だとしても、ひたすらに、がむしゃらに。
パン、と俺は自分の両頬を叩き、自分を戒める。
そして、ミリアに跪いた。
「我、マリス・リュミアンの名において、全ての精霊に誓約する。 我が心はミリア・リズバーグにあり。それは永久に違えぬと…」
言葉を紡ぎきれないまま、パシッと何かがはじける音がした。誓約の不履行。これが『ヒロイン補正』というものだろうか。
ちなみに、今のは魔術師だけが使える『結婚の誓約』と言うものだ。いうなれば、何があろうと二人の間を裂けないようがんじがらめにするという、ヤンデレちっくなもの。昔書物で見た程度だったが、まさか使ってみることになるとは思わなかった。
「ま、マリス様!?」
「ちっ、無理だったか。 ミリア、剣を」
「は、はい」
ミリアが俺に剣を渡す。それを受け取ると、俺はその場を見渡した。どうかいてほしい。
「アルヴィン」
廊下側の席に、その背中を見つける。振り返ると、やはり攻略対象だけあって整った顔が見える。
「頼む」
それだけで通じたのか、アルヴィンは一瞬目を見開くと、ニィと不敵に笑った。
「ほんと余裕ないのな、王子。 わざわざ次席の私を指名してくるあたり」
「だめか?」
夫婦がだめなら、騎士としての主従。前世の姉が、アルヴィンを「神官」呼びしていたから思わず言ってしまったが、強い魔術師でも代用は可能なのだろうか。
「いや? いつも余裕な爽やか王子に貸しが出来るなら構わない」
「………出来うることで返そう」
予防線を引く。相手は俺と同じ攻略対象だ。いつヒロインと手を組んで俺をおびき寄せるかわからない。
俺の怯えを感じたのか、アルヴィンは色気のある笑みを浮かべてきた。
「ああ、たまらないね」
一気に悪寒が駆け抜けたのは気のせいだろうか。実は、マリスじゃなくてアルヴィンがドSなんじゃないか?設定どこ行った。しかし、昼休みもなくなるし、これ以上クラスメイトを拘束するわけにもいかないから、とっととすませよう。
「ミリア・リズバーグ。 汝、我が剣となりて敵を排除し、我が盾となりて我を守らんとすることを誓うか」
俺の言葉に、はっとしたミリアがその場に跪く。
「我、主の剣となりて敵を排除し、主の盾となり主を守らんと誓います。 マリス殿下」
「殿下、彼女の肩に剣を」
アルヴィンに示され、俺はミリアの細い肩に彼女の剣を置く。アルヴィンは、それを見て指を組むと、何かぼそぼそと言葉を紡いだ。端々に聞こえる単語から、〆の言葉なのだろう。
「…………うまく行った?」
「ああ、オーラクレイ家の名において、この騎士の儀式は受け付けられるよ」
「オーラクレイ家って…まさか」
「マリス!」
ミリアの剣を返したところで、ギルバートがまたもや剣を押し付けてくる。
その表情は、いつもの楽しげなものではなく、どこか真剣みを帯びていた。
「俺も、あんたの支えになりたい。 あんなに取り乱してる姿なんて初めて見たからさ……俺も、取り除きたいよ、あんたの不安を」
「ギルバート」
ギルバートがその場に跪く。
俺は、少し重く感じた剣を握りしめ、ミリアの時と同じ言葉を紡いだ。アルヴィンに完了したと言われたときに見上げられた表情に、どこか泣きそうになる。
気が付けば、不安がだいぶ薄れていた。
「まぁついでに、私のも受けてもらおうかな」
楽しげに、アルヴィンが魔術師の誓約を唱える。騎士の誓いの魔術師版で、正直本来の魔法科トップ、しかも稀代の魔術師と呼ばれるアルヴィンが配下になるのは大変光栄ではなるのだが。
ちなみに、さらっと名乗っていたが、オーラクレイ家とは、神官長を何度も輩出した名門神官一族である。
「だが断る」
アルヴィンよ、どうか俺のためにヒロインの毒牙にかかってくれ。
そしてまたヒロイン不在です。
ヒロインは、攻略対象全員いるはずの食堂で彷徨ってます(笑)
王子がヒロイン化してる気がするのはきっと気のせいです。ミリアがイケメン化してるのもきっと気のせいです。
女性が姉御肌系が多いのは、きっとそういうのが理想だからかもしれません。
劣等感の部分がちょっとごっちゃになっていたので、微妙に修正しました。