5.おい、そこの変態鳥頭
「どうしたのです? 子猫ちゃん。君のお名前ですわよ、さあ、おっしゃって」
この状況で素直に自己紹介する度胸はない。
それ以前に、うるさいから黙れと言われるならまだしも、なぜ名前を問われたのだろうか。
気味が悪いと思ったので、「名前を知ってどうするんですか」と、問い掛けたら、
「君のファンクラブも作ろうと思いまして。お名前にちなんだキャッチーな名称を私が直々に考えて差し上げましてよ」
と、会長が言う。そんなのいらんわ。
「作ってどうするんですか? どんな活動をするんですか? 何のためにそんなものを作りたいんですか? そもそもファンクラブというのは、部活動として成立するものですか? 最初からずっと、おっしゃる意味が解りません」
一息で言ったら、息が切れた。
会長は大げさに口元を片手で覆って、まさかそんなことは夢にも思っていなかったというように、芝居がかった様子を見せて、「もしかして、ファンクラブ結成がお嫌なのですか?」 と私に問う。
「絶対に嫌です!」
「そうですか。それは困りましたわ、ヴーン」
最初は誰かの携帯のバイブ音かと思ったが違う。会長(オウム?)が考え込んでいる音らしい。
どうなってるんだろう、この会長。そして、この人を会長に選んだ生徒たち、それを容認した教師陣もおかしい。
「おい、そこの変態鳥頭」三瀬が叫ぶ。
「なんでしょう?」会長の笑顔が不気味だ。
「拒否権があるなら俺にも使わせろよ。スノウ・プリンスなんちゃらとか、冗談じゃねえよ。マジでやめろ」
「あなたのヴぁあい、決定事項です。動かせませんのよ、プリンス」
「なんでだよ」
「なぜって『スノウ・プリンス友の会』の部長は私だからです」
オウムは『ば』が言えないのに、『ぶ』は言えるらしい。友の会なのに、部長って言うのもおかしい。
それにしてもあのオウム。 最初は生物だと思っていたが、やっぱりありえないような気がする。私が浮世を離れているうちに、ああいうマシンはポピュラーになったの?
「答えになってねえんだよ。意味が解らん。ならこの女のファンクラブも作れよ。嫌がってんのは俺も同じだっつーの」
三瀬の言葉で、現実逃避していた私は我に返る。訳の分からない理屈に巻き込まないでほしい。私は関係ないはずだ。
「ヴーン、確かにそうですわね」
会長がまた考え込んでいる。やめてほしい。
「ではプリンスの要望にお答えして作りましょう。そちらの、腰までのサラ艶黒髪ストレートぱっつん前髪、くりくりおめめに雅なお鼻、サクランボ色をしたおいしそうな唇、裏側が透き通って見えそうな白い肌、ヴぁっさヴぁさの長い睫をした美少女のファンクラブを作りましょう。どころで美少女、お名前は?」
この距離で(十メートルほど離れている)まつげの長さまで見えるなんて、ただ者じゃない。
あまりの状況に言葉が出ないでいる私に、会長がさらにまくし立てる。
「どうしたんですの? 困った顔をして。そんな表情も素敵ですが、どうかお名前を教えてくださいませ」
羞恥プレイすぎて、恥ずかしいどころの騒ぎじゃなくて、口を開けるわけがない。
「まあ、黙りこんでしまう気持ちもわからないではありませんわ。やはりメンタル面でのパワー不足は否めない。現状、使い物になりませんね」
え? 今のはどういう意味? 会長の唇に浮かんだ黒い笑みが怖い。
「では、こういたしましょう」 ぽん、と会長が柏手を打つ。
「明日の放課後、生徒会室までいらしてくださいませ。そうしてくださるのなら、公式ファンクラブの結成は諦めます」
「だったら俺もそうしてくんない?」
「残念ですが、できませんわ。これは国の決定です。さあ、この話はここまでにいたしましょう。随分と時間が押してしまいました。各部活動の部長、およびデモンストレーション担当部員は速やかに準備を整え、壇上へ上がってくださいませ」
会長が告げ、私たちはそれ以上発言する場を断たれた。
「ああ、もう意味わかんねえよ。やってらんね」と呟いて、三瀬はギラリとした目を私に向けた。それから、私がずっと手にしたままだったパイプ椅子を取り上げて広げて組み立てて座って貧乏ゆすりを始めた。
私も仕方なく座った。
その途端に脚が震え、傷口がずくんずくんと脈を打つように痛む。
三瀬がガタガタと椅子を揺らす音と、振動が腹立たしい。
背もたれに投げ出された三瀬の右手が、私のリボンを握っている。
返してと、なぜか言えなかった。これが、私のメンタル面でのパワー不足ってこと?
今日はすっごく疲れたな。
私の体にストレスは厳禁。早くうちに帰って自分を労わりたい。お兄ちゃんに会いたい。