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24.じゃあ、黒を

 証拠はないが、おそらく私が生まれた時には、お兄ちゃんはお兄ちゃんとしてうちにいたはずだ。

 血の繋がりをはじめて疑ったのは、物心がついた頃。

 物心がついた瞬間って言うのは、あの日! あの時! って言えないから定かじゃないが、幼稚園の年中さんか年長さんだと思う。

 看護師さんが、「長月君と葉月ちゃんは、あんまり似てないわねぇ」と言った時のことだ。

 お兄ちゃんは激しく切れた。

 その時のものすごい剣幕が脳裏に焼き付き、その後も何かにつけて私はその瞬間を思い出しては、どうしてお兄ちゃんはあんなに怒ったんだろう? と疑問に思った。

 それで気が付いたのだ。

 もしかして、私達って本当の兄妹じゃないのかもしれないと。

 いつも優しいお兄ちゃんが怒るのは、壊れかけたものを守ろうとする時だけだったから。


 当時、幼稚園が終わると、私を迎えに来るのはお兄ちゃんだった。

 小学五年生に見えないくらい長身で、既にランドセルが似合わない時期に差し掛かっていたお兄ちゃんと二人で手をつないで、お父さんのお見舞いに行くのが日課だった。

 お母さんは、お父さんの入院費を稼ぐために毎日忙しく働いていたので、着替えや雑誌や果物や花をお母さんのかわりに私たちがせっせとお父さんの元へと運んだ。

 町で一番大きな総合病院の、その年にできたばかりの緩和ケア病棟にお父さんは入院していた。

 

 新棟のピカピカの病室で、日一日と死へ向かう。

 その時にはわからなかったお父さんの気持ちを、今ならわかる。

 とても笑っていられる心境なんかじゃなかっただろうに、お父さんはいつもにこにこしながら私たちを迎えてくれた。

 変顔をしたり、鼻眼鏡をかけたり、その日に思ったことを手紙にして、私とお兄ちゃんとお母さんにそれぞれ一通ずつくれたり。連載コーナーの『お父さんが選ぶ! 葉月のいいところベスト100!』は、第八十八回まで続いた。今でも手紙は大事にしまってある。

 私には、お父さんが死の宣告を受けていたことは知らされていなかったし、教えられても理解できる年齢じゃなかった。

 お父さんはすぐにうちに帰ってくるものだと、信じて疑わなかった。

 あの頃、本当のことを知らされていたら、もっと長くお父さんの傍にいたいと願っただろう。

 自分にできるすべてのことを、お父さんのためにしたかった。

 お兄ちゃんはきっと、闘病中の私に対してそういうことを思ったのではなかろうか。

 

 正直、消えてしまう方が楽でいい。

 病に侵された身体は重くて痛くて苦しくて、治る見込みがないのならさっさと死んでしまいたい。

 私がそう思っていたことは、誰も知らない。

 それでも最終的には生きようと思ったのは。

 いじめられて、居場所がなくなって、生きている意味が解らなくなった時、いつも優しく励ましてくれたお母さんを、お兄ちゃんを悲しませたくない、その一心だった。


 お兄ちゃんには苦労ばっかりさせて、いつも守ってもらって、これ以上望むことなんてできない。

 そう思いこもうとしても、どうしてもだめ。

 私は、お兄ちゃんが好きだ。

 だけどたぶん、お兄ちゃんは、私のことを好きじゃない。

 あの優しさの全てが演技だなんて思いたくないけれど、でも。

 私はお兄ちゃんの本当の気持ちを知っている。

 私は、お兄ちゃんの日記を読んでしまった。







「お待たせしました。こちら、サービスさせていただきます」


 店員の声で、我に返った。

 同時に、お兄ちゃんの腕は離れていって、私はすごく、すごく寂しい。

 お兄ちゃんとくっついている時にしか、私は深く息を吸えない。


「お色はどれになさいますか?」


 店員が差し出したカメラケースは、赤、青、白、黒、黄。

 私はお兄ちゃんの瞳を覗く。

 涙の膜が、濃く張ったお兄ちゃんのキラキラの瞳。

 お兄ちゃんは、私が何も言わなくても、私の意図を汲んでうなずく。

  

「じゃあ、黒を」


 ほらね。お兄ちゃんはいつも黒を選ぶ。

 私が生まれる前からずっと、喪に服しているから。 

 

 

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