2.用なんかねえよ、おまえ誰だよ
その日、私は復讐を決意した。
南高校は、偏差値五十。
最寄り駅から激近、歩いて五分。
鉄筋コンクリート造りの校舎はざっと見て築三十年以上は経過していて古い。教室の床は飴色の木板で、継ぎ目の隙間が経年劣化で広がって、中に溜まったごみは掃除しても取り切れない。とにかくぼろい。
近々、駅向こうの空き地に移転するらしく、只今新校舎を絶賛建築中! って、三年後じゃ在校生には全く関係ない。卒業してから、寄付を願うはがきが届くだけだろう。うざい。
ものすごい馬鹿も秀才もおそらくいない、部活動もそれなり、ごくごく普通の公立高校です。
そんな南校を選んだのは、自宅から電車を乗り継いで一時間半もかかるため、うちの学区からは誰も行かないだろうと予測したから。
我が家は母子家庭で決して裕福とは言えないので、私立高校は最初から眼中にない。ただでさえ私の闘病で家族には金銭的、肉体的、精神的に多大な負担をかけてしまったので、これ以上の迷惑は絶対にかけたくない。
将来私はお兄ちゃんを見習って、地元の国立大学に入る。落ちたら私大にも専門学校にも行かずに働く。
今日早速帰りに近所の『めだか書店』で赤本買って帰ろうかなぁと気の早いこと考えながら、式が始まるのを待つ、午前九時半。
四月の体育館は少し肌寒くて、身じろぎしたら脹脛に触れたパイプ椅子の足がすごく冷たくて、思わず
「うおっ」
と上げた声が意外と大きかったようで、前後左右を含めた数名がこちらを見る。右側のおさげ女子(今どき三つ編み)、左側の金髪男子(校則的にどうなんだろう)、右斜め前のメガネ男子(紫のフレームがおしゃれ)、左斜め前のニキビ女子(洗いすぎは肌に悪いよ)。そんなにおかしなことをしたつもりはないのに、鬼やゴキブリを見るように目を丸くして、五秒、十秒、十五秒と見つめられ続けるとさすがに不安、というか怖い。
なので小声でそっと呟いてみる。
「何か私に用?」
全員がさっと目線を外したその時、ど真ん前に座る男子が振り向き、ばっちり目と目があった。
そのキラキラには既視感がある。左目の下の泣き黒子にも、見覚えがある。何をそんなに怒っているのか、
「んだよ、用なんかねえよ、おまえ誰だよ」
と、輩のように凄む様子には、懐かしさすら覚える。最後に見たのは小3の頃。さすがに外見は成長しまくってだいぶ変わったけれど、芸能人級のイケメンというカテゴリとしては変わってない。というよりもむしろパワーアップしている。三瀬粉雪に間違いない。
憎しみは体が覚えてる。
喉もとで膨張するなつかしい嫌悪感をハンカチで口の中に押し込め、「気分を害してしまったのなら、ごめんなさい」と、しおらしい声で言いながら、胸では開戦の狼煙があがり、法螺貝がぼおぼおと鳴る。
私はもう逃げない。
否定され続けた過去を、書き換えたい。
この男のせいでいつまでも、私は私を認められない。
口元を覆って気分が悪い演技でこの場は穏便に済ませられるか。上目でちらりと見れば、三瀬は少しばつの悪そうな顔をして、そのままステージへと向き直ったところ。
同時に校長が壇上に上がり、祝辞を述べ始めるが、耳に全く入らない。私は無心で考える。
法に触れずに、三瀬粉雪に地獄を見せる方法。
陰湿なのは好きじゃない。
暴力も嫌い。
だけどどうにかして、泣き顔を見たい。あの綺麗な顔をぐしゃぐしゃに歪めたい。ぼろぼろと涙をこぼして、私に謝る三瀬粉雪を見たい。どうしても見たい。
想像しただけで、邪悪な笑みが頬に浮かぶ。
胸を満たすこのどす黒い高揚感はいったい何? 胸が高鳴って、息が苦しいよ。
6/7 冒頭部分をいちぶ削除しました。